『風をつむぐ少年』

2008年06月14日 01:01

ポール・フライシュマン著/片岡 しのぶ 訳/あすなろ書房
16歳のブレントは、父親の仕事の都合で転校を繰り返していた。新しくシカゴへ越してきたブレントは、押しかけたパーティーで女の子に恥をかかされる。頭に血が上ったままの帰り道、強いお酒を飲んだこともあってか、ブレントは自殺を試みる。しかし、中央分離帯に激突したブレントは死なず、その事故に巻き込まれた18歳の優等生、リーという少女が亡くなってしまう。激しい罪の意識に囚われたブレントは、リーの母親の希望のままに、アメリカの4隅に『風の人形』を立てるため、13,000キロにも渡る贖罪の旅に出る。

種をまく人』に続いて、P・フライシュマン2冊目だ。全体的に穏やかな印象だった前作と違い、あっけなく自殺を試みる少年、その事故に巻き込まれて亡くなってしまう、まさに天使のような少女リーという衝撃的な事故がベースになっている。
彼女はなぜ死ななければならなかったのか?母親の言葉が胸を打つ、そして、ブレントの旅の過程で、幾度と無く語られる『リーの事』も。『死』にも何か意味があるのか、死んでなお輝ける存在であるために。人間が生きるという事、その先にある死というもの、そして少年の再生の物語。前作に比べたら、大分切れ味が鋭く、より現実的な側面が強いと言えるだろう。
この著者で良いなぁと思う所は、酷く扇情的な内容であるはずなのに、少しもそれを感じないところだ。感動させて泣かせようと思えば、幾らでも盛り上げられる題材を描いていながら、その影を極力押さえ、それでいて胸に染み入る作品を巧みに描き上げるところ。
だから読了後は、とても優しい気持ちになれる。作品全体から、限りなく優しいオーラを感じるからだ。汚く過酷な現実を突きつけて、そこから涙ながらの再生物語というのもありだろう。しかしこの著者の場合は、余りそうした現実的な『汚さ』を感じないのだ。
かと言ってそうした現実感を軽んじている訳ではなく、若者の安直な自殺願望、未熟な精神には大きすぎる罪の意識、自己を破壊するかのような流行の追求、他人に媚諂うことの無意味さなどなど、それこそ沢山の『現実社会』が描かれている。ただそれを、とても巧みに物語に融合させ、暖かい人間観察による優れた文章の影に潜ませているだけなのだ。
主人公ブレントは、始めこそ『今風』な高校生だったものの、次第に過去と決別し、表面だけの人間性の浅はかさに気が付いていく。『大人になった』とは思わないが、ラストでは立派になったなぁとしみじみ感じ入る。この旅を足がかりにして、人の痛みを理解する、懐の深い人間になっていくだろうと思わせる。小説のキャラクターなのにこうした期待を抱かせる、ある意味人間味のあるキャラクター構築は、前作では余り感じなかった事だ。
長い旅を経てブレントが立てた『風の人形』は、立てられた各所で、人々の心に小さな奇跡を起こす。それは数年先の事だったり、ほんの少し後のことだったりするのだが、そうしてブレントの活動は、リーの思い出と共に波紋を広げていくのだ。
この作品を読んで改めて、人間の行動の先には、無数の結果が生み出されるのだと実感した。私が日々過ごす時間の中にも、こうした暖かい波紋が生まれる事はあるのだろうか?そうあるように務めたいとつくづく思う、せめて、心の中に風の人形を立てようか(笑)。

風をつむぐ少年風をつむぐ少年
(1999/09)
ポール・フライシュマン片岡 しのぶ

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『灯台守の話』

2008年05月16日 23:45

ジャネット・ウィンターソン著/岸本 佐知子 訳/白水社
幼いシルバーは母と2人暮し。崖に斜めに突き刺さった家に暮らしていたから、母は滑り落ちて亡くなってしまった。孤児となったシルバーは、灯台守のピューに引き取られた。灯台には話が付き物と、ピューが語ってくれる幾つもの話。次第にシルバーは、自らも語る事を憶えていく。とりわけピューの話で興味深いのは、町の司祭だったダークの話。二重生活を送るダークの、心の闇を覗き見るシルバー。果たして、彼女がダークの人生に見たものとは?

本屋で偶然見かけて、粗筋を読んでみると中々面白そうだったので借りてみた。私の固定概念として、灯台はドラマ性があるのだ。なんかこう・・・灯台の存在意義が、その外観から与える印象が、特異な生活様式、あらゆる要素何もかもがドラマに繋がる気がする。灯台自身が多くの物語を生み出すとは常々感じて来たし、灯台は、かなり使い勝手の良いアイテムだと思う。だから『灯台』絡みの作品は、何でも大抵面白いはずだという、私の『灯台理論』。
この作品は、雰囲気が3つのパターンに別れていたように思う。まるで児童小説のような語りと精神性を持ったシルバー部分、ゴシック調で主人公の心理状態を深く抉り、物語調の強いダーク部分、この2つの物語を繋ぐのがピューと灯台の存在だ。そして時折、著者自らの語りのような、文学的雰囲気の強いパートが差し挟まれる。何となく、著者の気持ちのままに、描きたいように描いたと感じさせるが、それでも、絶妙なバランスでまとまっているところが凄いと思う。
まず第1には、どん底からの再生と誕生の物語だ。主人公シルバーは何も持たず、何も与えられず、結果的に文字通り『自らの力』だけで大人になっていったと言える。シルバーが与えられたのは唯一、『物語る』ことだった。読書中何度も、この話は『著者自身である』と思えた。そしてこの物語の中で、灯台は様々な役割を担い、あらゆる事柄に繋がるものとして形を変える。
そして2種類の、『愛すること』という主題が含まれている。バベル・ダークという二重生活者の、ただ純粋なる男女間の愛。シルバーが得る事になる、人生における様々な『愛』。愛し方と、その愛の行方を追う姿勢の違いが、交差し、突き放されつつ語られるシルバーとダークの物語の、結末の大きな違いを導き出したのだろう。
私は単純だから、いや違うか、単にロマンチストだから(笑)、ダークの物語により興味を惹かれた。ダークの持つ二面性、それゆえに人間らしいと思える男ダーク。奇麗事ばかりではなく、シルバーのように屈託ないままでもいられない。あらゆる人に備わっているだろうこの二面性を、率直なまでに表現してしまったダークの苦悩、なんとも魅力的な男に感じた。
最も私の心に強い印象を残したのは、その言葉遣いの上手さだ。流麗と言うほど華美ではなく、女性的と言い切るほど甘ったるくも無いのだが、非常に綺麗な言い回しをする作家だ。単純な描写に於いても、時折はっとするほど印象的な文章に仕立てていて、文学作品に特有の回りくどい描写を感じさせない、私にしては珍しい感想だが、非常に音楽的な文章を書く人だと感じた。
不協和音から始まって、徐々に融和を見せる交響曲のような流れ、最後には主旋律だけが静かに残り、爽やかさと一抹の切なさを残す、印象的で綺麗な結びへと運んでいく。短いが満足の行く時間を過ごせた気持ちになる、優れた作品だった。

灯台守の話灯台守の話
(2007/11)
ジャネット・ウィンターソン

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『夜を抱いて』

2008年05月12日 23:42

グウェン・エイデルマン著/雨沢 泰 訳/文芸春秋
出会いはN.Yのとある書店。30歳以上も年上のジョゼフに拾われたキティ。流浪の人生を送り、どこか粗野な印象を抱かせる風貌のジョゼフに、抗いようも無く惹かれて行くキティ。2人の濃密な時間は体によって語られ、その合間に、ジョゼフの半生が断片的に語られる。ユダヤ人として戦火から逃げ続け、安住を女性の体の中に求めた男ジョゼフ。キティは激しい嫉妬と共に、彼の話にも魅了されて行くのだった。

8割は台詞だけで進んでいく形式で、その合間に、台詞では処理しきれない状況描写を紛れ込ませたような、少し変わった作風だ。描写なのか台詞なのか?その線引きが曖昧で、ジョゼフの語りが連綿と続いているような錯覚を覚え、何だか不思議な気分になる。
それ以外でも、不思議な印象を覚える作品だった。まずその描写力。カバー折り返しに著者の写真が載っているのだが、母性愛を感じられる、なんとも朗らかそうな笑顔の著者・・・からは全く想像が付かなかった、激しい性描写にまずビックリ。思わず、解説に飛びついてしまった(笑)。
それでも読み続けていると、時折差し挟まれるそうした激しい描写も、最初こそ予想していなかったから驚いたというだけで、いやらしさや戸惑ってしまうような趣味の悪さは全く感じられない。なので、最初の驚きが冷めてしまえば、全く普通に、物語の流れの中で消化していた。
むしろそうした愛の描写こそ、ジョゼフという男に肉付けをして、人間臭くリアリティのある個性をまざまざと浮かび上がらせる、最も重要な要素だったのだと思う。キティへの愛情を示す他愛もない行動、頬を抓ったり、腿をなで上げたり。例えばもっと露骨な行動や言葉でさえも、ジョゼフの隠された幾つかの人間性を、暗に示しているように感じられるのが不思議だった。
結果、余りにも立体的なジョゼフの影で、キティという聞き役の女性にも存在感が生まれる。だからこそ、この2人の濃密な愛の時間が妙にリアルに迫ってくるのだけど、台詞を多用した親密な雰囲気からか、こちらも一緒にジョゼフの話を聞いている気分になる。本の中に入って、だらしなく汚れたジョゼフの部屋で、裸にローブを羽織っただけの2人の間で、行儀良くお茶を飲みながら、何か期待に満ちた眼差しで話を聞いてる、間抜けな自分の姿が目に浮かぶ(笑)。
この作品のもう1つの側面としては、オーストリアで産まれたユダヤ人の半生の物語だ。第二次大戦で次々と行き場を失い、オランダからイスラエルに渡る。驚くほど人間味を帯びたキャラクターとなって行くジョゼフの口から語られるこの過去の話は、妙な真実味を持って響いてくる。
淡々と悲惨な出来事を伝えているようで、そのほとんどは、彼が通り過ぎた女性に姿を変えて語られる。あたかも、戦争から与えられた様々な苦しみや痛みより、女性との時間の方が重要な事だと伝えたいかのように。そういうジョゼフの口調から、彼の内に秘めた弱さや外側を覆う殻の厚さが見えてくるのだ。脆さとか過去の傷とか、そういう曰く有りがちな事ではなくて・・・人間ってそんなものだよねぇ・・・と思わず呟いてしまいそうな、そんな痛んだ男の姿。
だから物語も終盤に差しかかる頃には、キティがジョゼフに惹かれたのは、その母性からなのではないか?と思えていた。で、こういう男には、そんなぬるま湯みたいな愛は長くはいらないのよね。本当は望んでいるくせに、手元にあると恐ろしくなってしまう。『若くて良い男を掴まえろよ』・・・か、ちっくしょうだな、この男。
そんな訳で、作者の意図ははっきりとは名言されていないが、読了後は堪らなく切なくて虚しくなった。ジョゼフとキティ、2人の刹那的で、常に終焉を感じさせる愛を覗き見した気持ちになって、手が出せない自分にもどかしさも感じた。こんな気持ちは『椿姫』を読んで以来かも。
ラストは詩的な雰囲気で、キティの心情を静かに、しかし鮮やかに描き出して終わる。ある意味では素敵な恋の話。一生を動かすほどの濃密な愛の話だったのだ。ううむ。。。

夜を抱いて夜を抱いて
(2003/07/24)
グウェン・エイデルマン

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『密会』

2008年05月11日 11:04

ウィリアム・トレヴァー著/中野 恵津子 訳/CREST BOOKS
過去に起こったある事故のために、旅を続けた一家。時が過ぎ独りになった娘は、過去の出来事を振り返っていく。才能がある夫、需要の無い手彫りの聖像。理想だけでは生きては行けず、唯一の望みを繋ぐ為、若い妻は奇抜な提案を持ちかける。アメリカを夢見た若い恋人達、男は単身アメリカに渡り、アメリカからの頼りは女の夢を膨らませ続ける。やがて結婚の約束を果たす時期がやって来た・・・。街中の至る所で、僅かな時間を使って逢瀬を重ねるカップル。女は離婚し、2人の間の微妙な空気の変化を感じ取っていた。短編の名手が紡ぐ、12の物語。

死者とともに/伝統/ジャスティーナの神父/夜の外出/グレイリスの遺産/孤独/聖像/ローズは泣いた/大金の夢/路上で/ダンス教室の音楽/密会

W・トレヴァーはどうも苦手だ・・・と以前感想に書いたと思うが、この短編集は結構面白かった(笑)。面白かったと言うよりは、夢中になったと言った方が正しいかも知れない。前半の幾つかは、うむ、、、やはりどうもねぇ?という引き気味な感じだったのだ。思い込みがそうさせるのか、果たして本当に、私には合わないのか?
『夜の外出』辺りで、『あれ?』と思った、他の作品に比べるといささかライトタッチに感じたが、だからこそ私には、ふと引っかかるものがあったのかも知れない。続く『グレイリスの遺産』は、またもや打ち寄せた波がスーッと引いて行くような気もしたが、ラストに向けて徐々に『おりょりょ?』という(笑)。なんと言ったら良いか?キャラクターの思考や行動が理解出来た・・・というね。僅かな文章、言葉の中に、豊かな個性が詰め込まれている事にようやく気が付いた感じかな。
そして『孤独』、まるで長編作品を読んだ気持ちにさせるのに、ほんの僅かのページ数。短編の名手と呼ばれる所以が、心底理解出来た気持ちになった。そして主人公が感じた『孤独』とは?私は同じ類の孤独を感じた事も、同じ境遇になった事も無いのだが、それでも、彼女が抱えた狂気のような『孤独』をまざまざと感じ取り、何か無性に悲しい気持ちになった。
『聖像』はどことなくコミカルな雰囲気を漂わせているが、なんとも皮肉に満ちた物でもある。『ローズは泣いた』の辺りでは、短い作品のその先が気になり、一篇が終わると早くも次への興味を掻き立てられている。なんともはや、幾つになっても人間とは成長するものなのか、苦手意識は跡形も無く消え去ってしまっていた。ローズは何故泣いたのか?その涙の裏に多くの事柄が隠されている。色々と考えずとも表層化してくる筆致の上手さに、今更ながらに感嘆した。
私が一番気に入ったのは『大金の夢』。私に良く合った、解り易い話だったと思う(笑)。先の展開が読めたのはこの作品だけだったのだが、だからこそ私には理解が深く出来、思い入れも強まったのだろう。主人公の若い情熱、個人に寄せる愛と、夢や希望に寄せる愛情。複雑な感情の推移が、とても短い物語に的確に収められている。
思えば、全ての物語のどれも、長編として書き直す事が可能なほど練りこまれたプロットだった。それをあえて短編という枠に押し込む挑戦。恐らくは熟慮の上に削ぎ取られた幾つものエピソードなどがあったのだろうし、そうしてシェイプされた物語は、驚くほどに深みがある。
日常と言い切ってしまうのは余りに短絡的だが、格別大仰な展開でもなく、日常という訥々とした言葉の雰囲気が良く合う作品ばかりだ。何度か読み返せば、その分新たな発見がありそうで、図書館で借りて、一気読みして返してしまうのでは、余りに勿体無い作家だと思った。

密会 (Shinchosha CREST BOOKS)密会 (Shinchosha CREST BOOKS)
(2008/03)
ウィリアム・トレヴァー

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『青い夕闇』

2008年05月05日 12:10

ジョン・マクガハン著/東川 正彦 訳/国書刊行会
アイルランドの小さな村、母を亡くしたマホニー一家は、厳格で暴力的な父に制圧された暮らしを送っていた。長男は成長し、奨学金を貰って家から抜け出そうと努力する。聖職者への道か、まだ何か、自分に可能な未来があるのか?彼は悩み、罪深い己を責める青春の日々を送る。やがて、大学への道が開けた時、彼の下した結論は、父との諍いの和解はあるのか?

いきなり回顧録『小道をぬけて』を読んでしまって、順序が逆じゃないか?という疑問があったものの、実際、最初に回顧録を読んでしまうのはそれなりに正しい方法だったような気がした。
これは、先の回顧録と重複する側面があり、回顧録では周囲の事に重点を置いた描き出しだったため、描かれなかった著者自身の成長を克明に表した作品である。
とはいえ、これは著者の第二作目にるので、著者と共に時代を生き、順序良く著者の作品を読まれた方達には、当然回顧録の存在は無かったわけだ。回顧録の存在を知って読むのと知らぬのとでは、受ける印象は大分違ったものになると思う。それなりに正しい方法とは言ったものの、回顧録を知らずに読めた場合に受けた印象、あるいは衝撃を、想像するしかないのはいささか寂しい気もするのである。
性的な父の暴力、神父から受けるこれまた性的な圧力、妹が受けた職場での性的な嫌がらせ、とかく、宗教に縛られたアイルランドでは、タブー視されていた話題の中心はその辺りだ。主人公が逃れられない性への目覚め、それによって感じる罪悪。聖職者への道、己の罪悪の行く末を考えるからこそ、その道に大いなる不安を感じる。この作品は、暗にであれ、公然とであれ、カソリックの抱える問題を誠実に問うている気もした。正常な人間としての心と体の繋がり、それを夢見て求めるのは、神の恩寵に包まれて、祝福された死を約束される人生と比べられるのか?果たして、どちらがより良いなどと、結論が出せるのか?私などは無宗教で、いかなる神の存在も、その後の天界の世界も信じていないので、答えはあっけなく出てしまうのだが、主人公にしてみれば、それは余りにも大きな問題だったことだろう。
そうした青春時代の『未来への不安』、誰もが抱える正しい道への渇望というのが、主人公を取り巻いた環境を巧みに影響させつつ、彼自身の強い思考と共に語られていく。文章は決して美しいとは言えないが、どこと無く漂う誠実さが当時の著者の真剣な思いを伝えているような気がした。
個人的な話ではあるが、私は人生を真剣に考えた事が無く、10代の頃も、自分が進むべき道をあっさりと、しかし熱烈に決めてしまっていた。この主人公のように、あらゆる事を精査したわけではない。主人公の行きつ戻りつする思考の流れをじっくり読んでいると、こうした試行錯誤は、人生を歩む上で非常に重要であると思えた。あらゆる可能性に満ちていたあの頃、私にもっと分別があったなら、なぜだか私は、そうした自分の過去を反省する気持ちが強く残った。

青い夕闇青い夕闇
(2005/06)
ジョン マクガハン

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『遺失物管理所』

2008年04月23日 20:34

ジークフリート・レンツ著/松永 美穂 訳/新潮クレスト・ブックス
北ドイツの大きな駅、その一角に、そのもの自体が忘れられたような『遺失物管理所』がある。本人の意志も手伝って、新しくそこに配属された24歳のヘンリー・ネフ。お坊ちゃま育ちの彼だったが、本人に出世の気負いは一切無かった。余りにも多くの人が奇妙な物を忘れ、しかもその時の詳細も忘れ、それでも必死になって探し回る事か。ヘンリーにとっては驚きと楽しみの詰まった日々の業務は、職場の同僚を始め、様々な人達との出会いの毎日だった。

著者ジークフリート・レンツという方、かなり著名な作家らしいが私は初見。この作品を読んで無性に他の作品を読みたくなったので調べてみたが、どうやら本作が特に、コミカルで読みやすく、人間味溢れる穏やかな印象の作品、という事らしい。どうかな?だとしたらどうかな?
まず主人公ヘンリーが良い。飄々としていて霞のようで、上昇志向は無いが自分が居たい位置や、望む価値観などはちゃんと理解している。一見するとぐうたらなように見えるが、そこにはそれなりの信念があるのだ。自己犠牲の精神もあるし、その痛みを理解する事も出来る。
それに、なんとも人を見る目が優しい青年だ。人の欠点を露見する事はせず、常に於いてその人の良い面を探ろうとする。感動に対して及び腰ではなく、ふとしたところから温かみを見出せるし、心から悲哀を感じたり同調したり出来、物事の良さや本質を受け止められる人だ。きっと、この著者の人柄が染み込んでいるのだろう。こうした事柄が、それとなく描かれているのが良い。
ぐうたらで掴み所の無い、曰く少年のような男ではあるが、正義を追求する姿勢は人一倍強い。もしかしたら、これまで安寧に暮らしてきて、初めて触れた『人を心の底から傷つける暴力』に戸惑い、持ち前の正義感がようやく目覚めただけだったのかも知れないが。それに、暴力に暴力で征しようとしない姿勢は、作者が伝えたい、何だかのメッセージもあるような気がする。
それでも、やるときゃやる(笑)。敢然と暴力にぶつかったヘンリーが見せた姿は、単に暴行を犯すのではなく、痛みや苦しみの中で『立ち向かう』という高潔な姿勢を見せてくれた。べた褒めでお恥ずかしいのだが、理想の男性像に近かったので、つい(笑)。
さてそんなヘンリーが、会社の吹き溜のような部署にやってくる。ある程度は本人の希望なのでヘンリーには異存」はないが、同僚にしてみれば、諦め半分といった部署なのだ。どうでも良い部署ではあるが、それでもやはり、無くてはならない部署。そんな部署の見方を、ヘンリーは徐々に変えていく。彼にとっては、無限のおもちゃ箱のような世界。品物も面白ければ、それを取りに来る人間も、飽くなき興味を提供してくれるのだ。
そうした、最悪を最高に転じる物事の見方を、巧みな演出で作者は語ってくれる。陰鬱な場所に思える『遺失物管理所』から始まり、そこにヘンリーが一陣の風を吹き入れる事で、読者諸君の『見る目』を鮮やかに変えてから、物語は更なる展開へと進むのだ。憎い演出ね(笑)。
ヘンリーが出会ったバシュキール人のラグーティン教授。この2人には、楽観的で幸福感のある人間として共通点があるのだが、より厳しい環境で生まれたラグーティン教授は、やはり少し内に秘めたものが多い存在だ。これは、ヘンリーがこれから学ぼうとする『人生』を、そのまま体言させたものだったのかも知れない。最後まで、ラグーティンは高潔で温かい印象を残している。例え、如何なる傷を心に秘めていようとも。
とにかくね、巨匠の描く人生。御歳80になんなんとする著者が描いた『人生』ですよ。その明るい側面や幸せな部分、反面鋭利な傷や痛みも、幸せな見方に変えさせようとするやんわりとした指南を感じる。現ポーランド領出身と聞くだけで、そんな著者の秘められた切れ味を想像できる。本作は、そんな刃をそっと鉾に収めた、温かい仕上がりの作品だったと思う。ただし、しっかり有るべき切り口は存在していて、そうした事柄も見過ごさずに読んで頂きたい。
余りに人間臭い人々、沢山の悩み苦しみ、閉塞感を抱えていながらも、楽しい側面を見続けようと努力する。人生は苦しい事も多いけど、当たり前に楽しい事もあるのだということを、こうした人間臭いキャラクターがそれとなく伝えてくれる。そしてヘンリー、およそ高いとは言い難い彼の理想だが、多くの奇妙な忘れ物に囲まれて、その裏には無数の『人生』が隠されている事を知るのだろう。そして堅実さという、これもやはり人生では欠かせない要素の1つである事柄を学んだ、という結末だったのかもれない。

新潮クレスト・ブックス 遺失物管理所 (新潮クレスト・ブックス)新潮クレスト・ブックス 遺失物管理所 (新潮クレスト・ブックス)
(2005/01/26)
ジークフリート・レンツ

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『ラム氏のたくらみ』

2008年04月09日 23:38

キャリー・ブラウン著/堀内 静子訳/早川書房
イギリスの小さな村ハーズリー、村の郵便局長ノリス・ラムは、これまでの人生、女性に縁は無かったが、概ね満足なものだった。ところが、人類が初めて月面着陸した日、ラム氏の55回目の誕生日のその晩、彼は月夜に照らされて踊る美しい女性ヴィーダに恋をしてしまう。村の有力者の息子マンフォードは知恵遅れの青年で、ヴィーダは20年以上もマンフォードのナニーとして暮らしてきた。そんなヴィーダに激しい恋をしたラム氏、中年になって初めて知った恋の威力に戸惑いながらも、何とかヴィーダの心を掴もうと奮闘する。

う〜ん??癒しとかホロリとする恋物語とか・・・。誇大宣伝という気がしないでもないなぁ。私にはかなり冗長な作品だった。ラム氏とヴィーダの出来事が交互に語られるのだが、同じ輪の中をぐるぐる回っているような感じで、物語が中々進まないイライラ感があった。
ラム氏は大方ヴィーダの事で頭が一杯で、その行動も思考もヴィーダ一色なのだが、当のヴィーダの方はマンフォードの事や異国に暮らす叔父の事、これまでの人生やこれからの人生などなど語るべき要素は色々用意されていた。
それでも第一には、マンフォードに対する愛情に関する言動が多いのだが、いかにマンフォードを慈んで育ててきたかという、似たような(ほぼ同じ?)記述が延々と続くのね。子供の頃にマンフォードがどうしたこうしたというエピソードは良いが、結果的にヴィーダが戻っていく感情や行動に変化が無いために、何度も同じ結論、同じ行程を読まされている気がして、最後の方はもう解ったからと、ヴィーダはマンフォードを愛しているのね!と、ハイ次行って!とね(笑)。無条件の母性的愛情は確かに感動的なものだが、何事も過剰は無駄を生む。
ラム氏が行動を起こすまでも長い、かと言ってヴィーダの何が良いのかとか、狂いそうなほどの慕情を表しているのではなくて、、、なんだかグルグルと、『55歳になって初めて恋を経験した』という戸惑いを、手を変え品を変え語っていただけに思えた。こちらもこちらで、戸惑っているという感覚を繰り返すだけで、だからどうしたという行動論は、物語も後半遅くまで語られない。
例えばそれが、雑踏を忘れるほど巧みな文章で描かれていればまぁまだしも、格別際立った筆致でもなかったのが残念。ラストはそれなりに安心感と希望のある展開だったと思うのだが、そこに至るまでが精神的に長すぎて、感銘を受けるほどの心の余裕が無くなっていた感じ。
ダラダラと続く中途半端な記述を読みながら、ずっと脳内で考えていた事がある。それはこの小説の配役。何故か、マンフォードの外見の描写を読んだら頭に浮かんだ(笑)。ズバリ、ギャスパー・ウリエルならピッタリだ!そう考えると、ヴィーダはエミリー・ワトソン、ラム氏はジョン・タトゥーロで決まり。個性的過ぎますか?濃いですか?

ラム氏のたくらみラム氏のたくらみ
(2001/02)
キャリー ブラウン

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『エヴァ・トラウト』

2008年04月04日 08:08

エリザベス・ボウエン著/太田 良子 訳/国書刊行会
生後2ヶ月で母をなくし、事業家の父に育てられエヴァ。愛する事を知らず、何か重要な感情も欠如したような彼女は、大柄で人目を引く女性に育った。何かを求めているようで掴み所の無いエヴァは、常に何物かから逃れるように行方をくらまし、周囲を混乱に陥らせていた。そして不意にアメリカへと渡った彼女は、8年後に養子を連れて戻ってきたのだった。

いざあらすじを書こうと思ったら、難しいの何の。1つの事を書き始めると、物語が連鎖して全てを書かなくてはならなくて、1つを端折ると、残りの全てが意味を成さない。長い物語ではあるが、連綿と全てが繋がって切れ目が無い。実際は、8年の時を挟んで2つのパートに別れているのに、1人の人間の人生が決して途切れる事が無いように、エヴァの物語は、エヴァが関わった全ての人を繋げて1つにまとまっていると言った感じだ。
ちなみに、受賞はしていないが、ブッカー賞候補だ。ブッカー賞が苦手な私としてはかなり悩んだが、受賞していないと言うのが決めてになって読むことにした。途中何度か冗長だと感じて斜め読みした箇所もあったが、概ね面白く読めた・・・と思う。
語らずして語る・・・いや、語らずして語らず。物語の中では色々な事件が起こり、エヴァの過去には多くの出来事があり、彼女を取り巻く人々も個性豊かな面々だったようなのだが、殆ど語られる事は無い。あらすじと後書きをじっくり確認されたし。ドラマティックな要素をハッキリとは描かない、この『描かなさ』がかなり斬新だった。
エヴァに関する外観の記述、より深い洞察を得られる思考などは殆ど描かれていないにも関わらず、物語後半にはエヴァという人物がかなり深くまで理解できているのは不思議だ。そして大柄で不器用で、酷く陰鬱なのに奔放さもあるとらえどころの無い女性であるエヴァを、何となく可愛らしくすら感じている事に驚く。エヴァを中心に人々が回る理由が、何となく解る気がした。この作品は言わばエヴァそのもので、作品自体が擬人化してしまったように感じる。
この作品を研究している方にしてみれば、色々と学術的な論点もおありだろうが、私は単純に、孤独を深く抱えた女性が、愛し守るものを得、自力で人間らしさを取り戻す力強い話だと思った、エヴァはいささか陰鬱だが、飄々として他を寄せ付けない姿が、逆にイギリスの資本的上流階級の孤立感とも思えて、父譲りの高潔さなのだろうと判断できる。
だからこそ、だからこそ!あのラストはズルい、ズル過ぎる!!!あ〜れ〜は〜、文学者としてどうなの?許されるの?私はどうしても許せませんね、ズルいですね。文字数まで完璧に揃えたあのラスト、最後の1節。あえてか知らぬが、ラストページの裏は印字無しの無地のまま。続きを読もうとペラとめくってそこに文字が無かった時の衝撃は、思わずベッドから起き上がるほどのものだった。仕掛けられた企みに、まんまと乗ってしまった気分。
延々とエヴァの人生に付き合ったからこそ衝撃なのだが、逆の見方をすると、あれほど淡々と描かずして描いた物語の最後で、これほど衝撃を感じられるというのは確かに凄い。まさに『はぁ!?』というね(笑)。これ以上の印象は残せなかったろうと思えるほどのラストの潔さだが、それでも、ズルいとしか言いようが無いの。あのまま終わっていたら確かに『普通』の物語だし、あの姑息なラストはこの物語を昇華させるほどのインパクトはあったけどね、ズルい(笑)。
とは言いつつも、割に面白く読めたし、ズルいラストだと思いつつも、この著者の切れ味は堪能できた。こちら、ボウエン・コレクションとして今後2冊、併せて3冊のコレクションになる予定。読むな、多分次も読むな・・・(笑)。ちなみに既刊もあるので、機会を見つけて是非に。

エヴァ・トラウト (ボウエン・コレクション)エヴァ・トラウト (ボウエン・コレクション)
(2008/02)
太田 良子、エリザベス・ボウエン 他

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『トリコロール 青の愛/白の愛/赤の愛』

2008年03月20日 00:11

K・キエシュロフスキ&K・ピェシェヴィチ著/和久本 みさ子 訳/ハヤカワ文庫
交通事故で夫と娘を失ったジュリー。1人だけ生き残った彼女は、亡き夫の遺作となった協奏曲を共同執筆していた友人オリヴィエの中に、新しい愛を見出すのだが。(青の愛)
ポーランド人のカロルは、美しい妻ドミニクのためにフランスへやって来た。しかし言葉の壁に苛まれ、終には離婚を言い渡される。気持ちのすれ違い、語れない愛への想いが、思わぬ悲喜劇を呼ぶ。(白の愛)
純粋な美しさのある女性ヴァレンティーヌ、法律家を目指すオーギュスタン、2人がすれ違いながら暮らす町では、ある老判事が盗聴の罪を犯しながら、人々の繋がりの脆さを1人嘆いていた。(赤の愛)

映画『トリコロール・シリーズ』、3本分のノベライゼーション。全ての物語が少しずつ絡むタイプのオムニバス、これは映画も同じ構成らしいが、今のところは未見だ。少なくともノベライに関しては、単独ではなく、3つまとめて1つの作品と言った感じ。
そのため、1つ1つの話はかなりライトなまとまり。最終的に導き出される答えの為の伏線のようにも感じられる。これらの話が全て90分超えの映画になっているというから、果たしてどのような膨らみを見せてくれるのか、大変興味があるのだ。大抵のノベライは、登場人物の深い心理状態を細かく文字で描ける分、映画そのものよりも膨らみがあると思っていたのだが、映画を観る前ではあるが、それもあっさり覆されてしまった気分だ。
私が映画監督だったとしても、この物語から90分は紡げない。しかしノベライはあくまで映画ありき、本編はきっとより膨らみのある仕上がりなのだろうと期待する。そこからいささか萎ませたのが、今回のノベライなのだろうとね(笑)。
つくづくK・キエシュロフスキーという人は、難解かつ単純なお話を書く人だと思う。相反しすぎだろうか?正直、これ以外に上手い説明が思いつかない。先に書いたように、個々の物語の概要は簡潔かつ明瞭だ。しかしそれゆえ不可解だ。単純過ぎるのだ、話が。しかし、その答えは冒頭にしっかりと明記されていた。導入部でも油断は禁物(笑)。
つくづく上手いなと思うのは、目に見えない概念的存在を、リアルに眼前に浮かび上がらせるその手法。目くらましのように、幾重にも折り重ねられた物語の畝。その下に、ハッキリと感じられるたった1つの要素。物語を語る言葉全てが、その1つの要素を示す隠喩のように感じられる。そして今回の要素は、『運命』という概念を描いてる。
今回は・・・?というか、思うにこのK・キエシュロフスキーという人は、常に避け難い『運命』を主題に作品を作っているように思う。ただ『何に対する』運命なのか?と言う辺りに、違いがあるのかな?今回はズバリ!『運命の愛』。
人を愛すると言う気持ち、代わりの効かない『運命の相手』。物語の主人公達は、それぞれがそうした『たった1人』に出会うのだが、既に別の伴侶がいたり、表面的な障害に苦しんでいたり、ただ相手を知らなかったりする。
文章のそこかしこに隠されるように、しかしハッキリと『これは運命の出会いである』と仄めかされていて、それを前提に読み進むと、全ての行動や台詞に違った趣向と面白さを感じられる。言わば、主人公達が己の『運命』を全うするための物語。偶然に見える事柄も、こうした運命を全うする為には必要不可欠な事柄であるという理論。
個人的な感想としては、排他的な読後感のある『青の愛』、狂騒的で奇想天外な『白の愛』、若い愛と未来への希望を感じられる『赤の愛』。当然最後が一番気に入った。若さと可能性に隠れた判事の不安な人生だが、きっと、ヴァレンティーヌによって一条の光が与えられた事だろうと勝手に安心する(笑)。
物語はこの『赤の愛』で統合を見せ、これまで描いてきた『運命』に対して一応の決着を見せてくれる。と言う事で、どうせ映画を観るなら『3本まとめて』が賢い判断だろう。しかぁ〜し!270分を越す大作となるので、中々思い切れない(笑)。

トリコロール―青の愛/白の愛/赤の愛トリコロール―青の愛/白の愛/赤の愛
(1994/07)
K. キェシロフスキ、K. ピェシェヴィチ 他

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『溺れゆく者たち』

2008年03月12日 23:14

リチャード・メイソン著/那波 かおり 訳/Book plus
ジェームズは、45年間連れ添った妻を昨晩殺してしまった。完璧だった妻サラとの結婚生活、彼女の殺害を思い出すジェームズの思考は千千に乱れ、やがては50年前の初恋の思い出へと収束されていく。その日、ヴァイオリニストを目指していたジェームズは、公園で公爵令嬢のエラと出会い、2人は恋に落ちた。そして親友となるエリックとの出逢い、揺れ動く友情と愛情。その想い出は、年古りたジェームズにはもはや償えない痛みと苦しみをもたらす。初めて人に対する熱情を知り、相反する憎悪に突き動かされたジェームズの罪とは、一体何だったのだろうか。

18歳から書き始め、21歳にして華々しくデビュー。しかも人間の心の闇を描いた、味わい深いドラマだという。若く豊潤な才能を楽しむのは好きなので、こうした背景に興味を覚えた。確かに、紹介が謳っているように、俊英という言葉が相応しい作家だ。
ただねぇ・・・?変な言い方だが、十九二十歳にしては上手過ぎるのだ。しかも、70歳を過ぎた老人が、現在を後悔しながら過去を振り返るという設定。これもね、上手過ぎるが故に無理を感じてしまった。
70歳の老人ジェームズは改悛する。決して償えない罪に苦しみ、蘇る過去の芳醇な愛の香りに苦しむ。現在の自分を冷静に捉えつつ、過去の自分を第3者の様に感じながらも、やはり冷静に分析して語っていくのだが、余りにその描写や比喩的表現などが上手くて、とても20歳そこそこの青年が書いたとは思えないのね、ただふとその事実を思い出す度に、果たして20歳の若者がどれほど『老い』を知っているのだろうか?と考えてしまう。余りに饒舌でリアルであるから尚の事、事実を追求したくなってしまう。
しかも本当に、全てが上手い。風景や人物など全ての描写が、流麗かつ周到な言葉使いで描写されていく。若き日のジェームズ、エラ、エリックの心の動きも、一般論に固執する事無く、しかしそこから逸脱し過ぎる事も無く巧みに描かれている。キャラクターがいささかステレオタイプだったかな〜?という気はするが、果たしてこれは著者の狙いなのか、はたまた未熟さから出たものなのか?
隠喩や比喩を多用した多少回りくどい言い回しだが、それ以上に美しいと思える文章運び。実に非凡な才能だと思うのだが、年齢を考えるとそれが若干鼻に着く(笑)。余りにも上手い分、それが過ぎると何だか借り物の様な気がしてしまうのだ。隙が殆ど無い鉄壁の文章だったと思うが、その完成度の高さが逆に人真似に感じてしまう。
その上、上手過ぎて文章に若さが無いのだ、当然描くべき年齢の人が書いたならまだしも、20歳で70歳の老人をああも緻密に描写されちゃうと、それだけで若さの欠如を感じてしまう。しかし反面、この『やりすぎ感』が、出来る自分を表現したいという、それこそ真っ当な『若さ』から来る自惚れにも感じられる。
とにもかくにも、滅法文章の上手い作者である。物語はどうか?というとそれはまた別の話。私の場合はとにかく文章にばかり集中して、肝心の物語は流していたというか(笑)。衝撃的なまでの傷跡を残した初恋の物語としては、まずまず面白い出来。
冒頭でジェームズの殺人を告白してしまう、この意図はどこにあったのだろう?それでも楽しませるという自信か、構成上致し方無かったのか?語り部をジェームズにしたとしても、殺人を最後まで取っておく事は出来たはず。そのほうが、意外な結末を2つ用意できる事にもなる。殺人を最初に明かしたおかげで、もう1つの結末を容易に想像できる展開にしてしまうので、やはりこの意図には悩んでしまう。
もちろん、必然的にジェームズが殺人を犯すまでの出来事を、いかに緻密に描くか?という事だけが主題なら、それは間違いなく成功していると思うし、ドラマとしては十分楽しめる。だからこそ、無駄に答えの解るミステリ要素を入れなければ良かったのに、と思ってしまうのだ。カテゴリーとしたら、『青春初恋ドラマ』にしてあげたい。『ミステリ』じゃ評価下がります、『サスペンス』もまたしかり。
ともあれ、この作品が本国で発表されてから10年程が経過している。俊英さに落ち着きも加わっている事だろう。残念ながら次作以降は未翻訳だが、新作も発売された様子だし、次なる翻訳出版を期待している。処女作の完成度の高さから、しかしそれゆえに見え隠れする未熟さから、成長が楽しみな作家だ。

溺れゆく者たち溺れゆく者たち
(2001/02)
リチャード メイソン

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