『ペンギンの憂鬱』

2008年05月01日 23:37

アンドレイ・クルコフ著/沼野 恭子 訳/新潮クレスト・ブックス
ヴィクトルは売れない小説家。餌代が払えなくなった動物園から貰い受けた、ペンギンのミーシャとキエフで同居していた。ある時、短編を持ち込んだ新聞社から、まだ生きている人の追悼記事を書いて欲しいと依頼を受ける。突然の訃報にも、対処できるようにしたいらしい。定期的な仕事を得て安心したヴィクトルだったが、個人的に追悼記事を依頼してきた男から、逃亡するからと娘を預けられてしまう。しかし、馴れない子供の世話でよりも、次第に感じられるようになった実体の無い脅威に大きな不安があった。そんな彼を密かに守る『庇護者』とは一体何なのか?彼の追悼記事が新聞に載る回数増えるほど、彼の身は危うくなっているようだった。

可愛らしい表紙、何だか面白そうな作品紹介、売れない作家がペンギンと一緒に暮らしているだなんて、まぁ〜、なぁんてファンタジック!とか思ったら・・・、やられた。。。
いや〜、面白かったわ。ロシアの小説は古典しか読んだ事がないので、そもそもそこからして新鮮な気分。実際、映画でも小説でも、東欧ならチェコやポーランドの方が格段に触れる機会が多かった。近くて遠い、似て非なる国、ロシア・・・・じゃなかった、ウクライナです。ややこしい!
全体の雰囲気は、飄々としているようで何だか暖かい感じ。台詞回しもやたらと好み、これは翻訳者の方のセンスに感謝すべき点だろう。良く知らない男の娘を預かり、その子の子守として若い女性を雇う。それまでペンギンと2人きりだったヴィクトルの暮らしに、俄かに活気が生まれ始める。それだけだったら、もしかしたら感動的な話にだってなり得たかも知れない。事実、ある側面を見なければ、終始楽しい雰囲気で読み進むことが出来る。
ソビエト崩壊後、ロシアが『外国』になり、小国となってしまったウクライナ。国民的尊厳は守られていただろうが、政治的側面は全く安定していなかったであろう頃が舞台である。1900年代後半頃ね。。。。ややこしい!安定した仕事を得て喜んだのも束の間、ヴィクトルはそんな『政治的』暗黒部分にどうやら放り込まれてしまったらしい。しかも、かなりバイオレンスな世界に。
これがこの作品の面白いところなのだが、全体の雰囲気とこのダークサイドが、全く噛合っていないのだ。それなのに、絶妙なバランスを感じられる。ヴィクトルのどこか冷めた人間性がそう感じさせるのか、憂鬱症のペンギンがバランスを保っているのか?ところどころを抜き出して読んでみれば、きっと楽しい小説なのだと錯覚することだろう。
またねぇ、このヴィクトルが・・・。何によってこれほど鈍い人になったのか、友人や子供、恋人、とりわけペンギンに対する感情には血が感じられるのに、自分の事となるとまるっきり。これがどこぞのハードでボイルドな男性主人公なら、単身敵地に乗り込んで、血まみれになってでも真相を探りだし、愛するもの達を守り抜き・・・となろうはずが、淡々と日々を送る事で満足してしまう。
だけど良く考えてみれば、もしも自分が、意図せずしてそうした世界に巻き込まれてしまったら、きっとヴィクトルと同じ行動を取ると思った。良く良く考えて、リアリティがある行動なのだ。そしてもしかしたら、当時のウクライナなら実際良くあった出来事なのかも?などと考えるにつけ、この作品、ひっそりと奥が深いのかも・・・?
楽しげでお気楽感漂う前半から、一気に深刻度を増す後半部分。単に根暗で穏やかなだけだと思えていたヴィクトルの性格が、ちょっと不自然な具合に変化してしまったような気もするが、ラストに向けて必要不可欠な描写である事は間違いない。
そしてあの、ブラック極まりないラスト・・・。いや〜、失敬かも知れないが、東欧だからこそ許されるというか、だからこそ読みやすく、一抹の爽やかさすら残っているような気持ちになれる。意図があったなら、相当ハードでボイルドな男の世界として、同じラストを描けたと思うが、不幸や危険を、あえて軽いタッチで描いたと言う点、非常に記憶に残る作品だったと言える。

ペンギンの憂鬱 (新潮クレスト・ブックス)ペンギンの憂鬱 (新潮クレスト・ブックス)
(2004/09/29)
アンドレイ・クルコフ

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『殺人マジック』

2008年03月09日 22:25

ジョン・ケース著/池田 真紀子 訳/ランダムハウス講談社文庫
TVのジャーナリストとして、忙しく世界を飛び回る日々を送っているアレックス。妻とは別居中で、久し振りに双子の息子達と休日を過ごす予定だった。双子の希望で訪れた『ルネッサンス・フェア』で、2人の息子は何者かに攫われてしまう。双子の失踪には、普通の誘拐事件とは違ってどこか不自然なところがあり、警察の捜索も暗礁に乗り上げてしまう。次第に世間の興味が事件から薄れていく中、アレックスは自らの経験を元に単独で双子の捜索に乗り出す。そして、誘拐と魔術という奇異な取り合わせの鍵が見えてきた。

久し振りのサスペンス・ミステリ。まぁ普通かな(笑)。面白かったのはプロットそのもの。単独で捜査を行う父アレックスは、TVのジャーナリストとしてのキャリアを生かした捜査をするので、一般人が警察を出し抜く、という不自然さを軽減している。
『誘拐』に絡む世論の動き方が非常にリアルで、メディアや市民の感情、各種団体の動きなどが詳細に語られ、むやみにドラマティックにならない描写が興味深かった。
捜査が下火になり、世間の興味が薄れていく、父アレックスが独力で息子達を探し出そうとする展開が非常にスムーズに描かれ、その後の展開も『あり得そう』な心理描写を巧みに描き出す。それゆえ伴う行動も『現実感』があり、捜索の難航が極自然と描かれていくのだ。もしこれが自分だったら?とリアルな状況に置き換えた時に、どう考えたってあり得ない展開や心理描写というのが殆どない。
この緻密で現実的な描写は興味深かったが、反面、遅々として進まない捜索過程に、途中何度か飽きが来てしまった。当たり前に捜索が進まない。息子達を誘拐した犯人の手掛りなど、警察だって見つけられなかったのだ。素人が頑張ったところで、藁の山から針を1本見つけようとするようなもの。
解ってはいるのだが、常に行き止まりに突き当たるアレックスの姿に、いささかまどろっこしさを憶えたのも事実だ。大方のミステリのように、『ヤマが当たりすぎ』とか『偶然が重なりすぎ』と言った胡散臭さは無いものの、現実感を追いすぎて冗長になってしまったかな?という気もする。
その割りに、犯人の目処が立ち始めた後半、一気に『偶然』が作用し始める。当たりをつけた捜索対象が次々とヒットし、これまでの行き止まりは何だったの?というように一気に転がり始める。ラストの展開なんて『いつのまに真実に!?』というぐらいあっけなく、それまでリアルに思えていた展開に面白味を感じていただけに、いささか裏切られてような気分だった。
犯人の真の姿に関してもちょっと不満があるのだが、これを書いてしまうと完璧なネタバレになってしまうので、渋々ながら省略(笑)。言えるとしたら、犯人の意図と言い分が、なんだかちょっとおかしいぞ?という事。マジックとはあくまでも虚構の世界、古のマジックを細かく解説して犯人の正当性を描写していたのかも知れないが、やはり何かズレがあるように感じた。
文章運びや展開に関しては読みやすく緻密な描き出しだったので、格別難をつけるようなところはない。お薦め!という特殊性や面白味も無い分、時間に埋もれて印象が薄れていく作品の1つだろうな〜。

殺人マジック (ランダムハウス講談社文庫)殺人マジック (ランダムハウス講談社文庫)
(2006/06/02)
ジョン・ケース

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『ボビーZの気怠く優雅な人生』

2008年02月17日 19:05

ドン・ウィンズロウ著/東江 一紀 訳/角川文庫
元海兵隊員で冴えない泥棒のティム・カーニーは、収監されていた監獄で正当防衛の殺人をしてしまう。監獄でも追われる身となったティムだが、そんな折、地元警察からある依頼を受ける。ティムに似ている伝説の麻薬王ボビーZの身代わりになって、メキシコの麻薬密売人の元に行けば、そのまま世間に放免してくれると言うのだ。仕方なくその話を受けたティムだったが、その裏には警察も巻き込んだとんでもない陰謀が動いていた。

ドン・ウィンズロウ・・・、そんなに良いかな?面白いとは思うのだが、単にそれだけというような気が・・・。この作品は映画化され、『ボビーZ』という簡潔なタイトルで日本でも昨年公開されているらしい。調べてみたら、ポール・ウォーカーが主演だと。それはまぁ、イメージ的に合ってるか。
ドン・ウィンズロウの『探偵ニール・ケアリー・シリーズ』は、最初の2作を読んで読むのを止めた。理由は、なんだか知らんが変に陰鬱な主人公が気に入らなかったから(笑)。物語は面白いと思ったが、この主人公を我慢して読み続けたい!と熱望するほどの面白さでは無かった。でもなんか、人気あるのよね、この作家。という事で性懲りも無くまた別の作品を買ってみたのだ、人気があるならもう一度確かめたいじゃない?
結論としては、そつなく無難に面白い路線を辿っているなぁ〜、というところ。メキシコの麻薬密売人、カリフォルニア警察、獄中で殺した男の一族、警察が仕組んだ交換劇で殺された警察官の一族と、まぁあらゆる『一味』から命を狙われるティムなのだが、当然主人公なので死なない(笑)。かといって運に頼ってばかりかと言うと、海兵隊で生き残る術を学んだ主人公らしく、危機的状況を乗り切って行くのだ。足手まといとなる子供を連れての逃亡となるのだが、その辺の『何故?』という疑問には、巧みな人物描写で小気味良く肉付けされたティムという人物像が知らず答を出してくれる。
そんな訳で、実際緻密に計算されたような構成力と、さり気なくしかし上手く描かれる人物像が非常に活き活きとしていて、そうした技は上手いものだなとつくづく思う。しかし、ある程度のレベルにしかないような気もするのね。なんでだろ?
きっと、物語がステレオタイプで、上手さが逆にありきたりに繋がってしまっているからなんだろうなと。どこかで読んだぞ?というか、比較的大量生産されている部類の話だから、上手いと逆に個性が相殺されてしまうんじゃないかと。まぁ、勝手な意見だが。
外れの無い、手に汗握るアクションとちょっとしたサスペンスやミステリが楽しみたい場合、迷わず選べる器用な作家だと思う。当分私は、そうしたアクション系の作品は読みたいと思わないだろうけど(笑)。

ボビーZの気怠く優雅な人生 (角川文庫)ボビーZの気怠く優雅な人生 (角川文庫)
(1999/05)
ドン ウィンズロウ

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『最後の晩餐の作り方』

2008年01月10日 11:50

ジョン・ランチェスター著/小梨 直 訳/新潮文庫
料理に関してとてつもなく博識で、ひいてはあらゆる事に精通しているイギリス人タークイン。フランスをこよなく愛し、己の出生と自身に憚りならぬ自負心と虚栄心を持っている。家庭の事情は複雑で痛んでいるが、過去の出来事として全ては表層深くに沈殿している。完璧な上流階級の紳士として暮すタークインだが、ある夏の時期、密かに新婚夫婦の追跡を行っていた。はたしてその真意は?タークインが抱える精神の深みと秘密とは?

いや〜、これ凄い小説。何がってその薀蓄の量たるや!私の心の流れとしては、『驚き→ウンザリ→苦笑→諦め』といったところ。巻末の解説を引用させていただくと、『ひとつのセンテンスに121語という、現代の小説ではあまりお目にかかれないスタイル』だそうだ。
何しろ句読点が少ない(笑)。タークインの独白であり薀蓄が流れるように進むのだが、それが不思議と不自然でも苛立ちを感じるでもないのは、著者の筆致の上手さから可能になっている事と思う。のだが、それにしても、とにかく凄い文字量。
料理の薀蓄だけに留まらず、その起源、材料の効用、歴史的解釈など等、ありとあらゆる定説が解きほぐされる。ひたすら料理の解説で始まり、延々と続く料理の解説に『一体この小説はなんなんだ?』と思ったのは一章を過ぎた辺り。物語はいつ始まるのかな?と思って薀蓄を読んでいたら一章が終わってしまった(笑)。
慌ててその先を無作為に読んでみると、果たして、延々と料理の薀蓄が続いている。物語はどこ?と不安な気持ちになる。続く数章を我慢して読んでみると、なるほど、料理の薀蓄の中に物語がしっかりと潜んでいるのだ。
思い出話なのか薀蓄なのか?気が付くとタークインの幼少時代が語られ、いかに料理に興味を持ったかが語られる。そのうち、タークインの一家に起こった幾つかの事件が語られ、現在のタークイン、そして彼が『今』起こしている行動が知らぬ間に語られているのだ。物語は、薀蓄にまみれながらも確実に進行して行き、最後には鮮やかな幕切れとなる。
そして読み終わった後で感じる事は、不思議な事に、薀蓄ばかりでおろそかになっていそうなキャラクター造詣が、非常に上手く組み立てられていたこと。ただひたすらに薀蓄を読み続けていた印象なのに、気が付けば全く別の物語が脳内に居残り、タークインの母や父、個性的な兄などの面影がちゃんと残っている。これは初めて体験する不思議な感覚だった。
普通の小説なら、状況説明や台詞を通して、この作品と同じ位の長さで同じ内容を語るのだろうが、作者は、タークインの独白による『料理の薀蓄』を通して物語を語り、見事成功させている。これは凄い、!こんなマジックがこの世に存在するとは!
薀蓄に隠れた物語が単純なものであるのか?というと、これがまたすわ恐ろしい印象だ。タークインという男、一体何者なのか?私考えるに、社会において最も恐ろしい部類に入る害悪なのじゃないだろうか?ある意味淡々と語られる理知的なタークインの独白に、後半は不気味な現実感のある恐怖が交じり合う。
ご興味があればご賞味あれ。ただし、確実に口に合うとは言い難いこの作品。作者はこの後、似たような形式の作品を発表し、その後は普通の大河小説風作品を上梓したという。2作目はすっとばして(笑)、3作目なら是非読んでみたいもの。

最後の晩餐の作り方 (新潮文庫)最後の晩餐の作り方 (新潮文庫)
(2006/06)
ジョン ランチェスター

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『殺しのグレイテスト・ヒッツ』

2007年10月11日 14:28

ロバート・J.ランディージ編/田口 俊樹 他訳/ハヤカワ・ミステリ文庫
ミステリ界でなんとなくタブー視されている『殺し屋』の物語。生活のために人を殺す、仕事としての殺人者。そんなタブーを描いた、『殺し屋』を主人公にした珠玉の名作を一堂に会した作品集。

ケラーのカルマ(ローレンス・ブロック)/隠れた条件(ジェイムズ・W・ホール)/クォリーの運(マックス・アラン・コリンズ)/怒りの帰郷(エド・ゴーマン)/ミスディレクション(バーバラ・セラネラ)/スノウ、スノウ、スノウ(ジョン・ハーヴェイ)/おれの魂に(ロバート・J・ランディージ)/カルマはドグマを撃つ(ジェフ・アボット)/最高に秀逸な計略(リー・チャイルド)/ドクター・サリヴァンの図書室(クリスティーン・マシューズ)/回顧展(ケヴィン・ウィグノール)/仕事に適った道具(マーカス・ペレグリマス)/売出中(ジェニー・サイラー)/契約完了(ポール・ギーヨ)/章と節(ジェフリー・ディーヴァー)

う〜〜ん、、、そうねぇ〜〜〜。最近短編集に面白味が見出せなくなってるかも?殺し屋が主人公だから、という理由ではないが、しかしだからこそ、物語のテイストも方向性も、どこか似通ったお話ばかり。奇を衒ってみても、どこかちぐはぐな感じがしてしまう。
しかしなかなかにバラエティー豊富な作者陣。日本に余り紹介されていない作家の作品が読めるのも、短編集ならではの楽しみだ。
J・ハーヴェイの『スノウ、スノウ、スノウ』なんかは、今後が色々と空想できて楽しかった。J・アボットは大好きな作家だし、J・ディーヴァーはさすがね、という感じ。短いながら良くまとまっていたが、同著者によるリンカーン・ライムにこの事件を捜査させたら、あっという間に犯人が捕まるだろうなと(笑)。
なかなかにプロットを凝らしたと思われる『売出中』と『契約完了』は、実際ちょと狙いすぎか?『売出中』はベースラインを度外視したようなラストだったし、『契約完了』はそもそもプロットが・・・奇想天外すぎて(笑)。殺人という重いテーマを扱っているくせに、絵空事過ぎるのよね、これまたベースが。
一番気に入ったのは『回顧展』。一夜の出来事を描いていて、ある世間に認められた戦争写真家が、自身のこれまでの仕事への嘆きと後悔を真っ向から見つめ、その許しを『殺し』にまつわる出来事が可能にする。メインとなるはずの『殺し屋』もなかなかに魅力的だが、これは脇役程度で、この短編集のコンセプトとしては多少外れているかも知れないが、それでも要素は生きていた。
読後静かな夜の時間が周辺に訪れているようなしんみりとした感があり、戦争や人の死に関して、それなりに考えさせられる部分もある。短い中に、これだけの要素を組み込んでいる著者の手腕はなかなかのもだと思う。
そもそも私はハードボイルドが苦手なので、こういった作品集は余り好まないのかも知れないが、男性陣には垂涎の著者達による作品集になるのだろうか。

殺しのグレイテスト・ヒッツ―アメリカ探偵作家クラブ賞受賞 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 332-1)) 殺しのグレイテスト・ヒッツ―アメリカ探偵作家クラブ賞受賞 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 332-1))
ロバート・J.ランディージ、田口 俊樹 他 (2007/01)
早川書房
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『僕の心臓を盗まないで』

2007年06月10日 13:44

テス・ジェリッツェン 著/浅羽 莢子 訳/角川文庫
物語は、モスクワの寂れたアパートから始まる。孤児の子供達、辛い生活だけが彼等の全てだった。アメリカで養子縁組があると連れ出された子供達は、ある船に乗せられた。一方アメリカの病院では、優秀な臓器移植チームが活躍していた。インターン2年目ながらその腕を買われ、移植チームに推薦されたアビー。ある不可解な移植に関わる事件があってから、疑問を抱いたアビーの身辺に次々と事件が持ち上がり始める。果たして、アビーを取り巻く強大な勢力の真の姿とは何なのか?船の中の少年達は、一体どこへ向かっているのか?

余り考えることが得意ではないので、サスペンスはさほど読まない(笑)。ミステリはまた別(笑)。理由は不明なのだが、私の好きなミステリは、総じてアガサ・クリスティを代表する、イギリスの古典的緩めミステリだ。
自らが元医者である女性が描いた処女作。読ませてくれる筆致と展開、さほど重厚でもない雰囲気。加えて女性が主人公という、言い方は悪いが女らしい非暴力的な展開は好みだ。男が主人公のサスペンスってのは、直ぐケンカしたり銃が飛び出したり監禁されたり(笑)。それで主人公があり得ないぐらいの重症を追って、満身創痍になりながらも事件の核心に迫っていく・・・的なね、疲れるのよ、読んでて(笑)。
『臓器移植』という事柄については、先進国アメリカと日本の考えの違いにはかなりの隔たりがあるらしい。この作品は、『生きる』ために臓器を『商品』として扱う犯罪組織と、それと戦う善良な医者という構想が展開する。しかしその中であっても、取り扱うべきは人の命。果たして、読者自身が傍観者でなくなった時、それぞれはどんな行動を取るだろう?非常に難しい問題をスコン!と紛れ込ませている。清く正しい答えを言う事は簡単だが、果たして・・・?
非常に読みやすく、かつ適度な強弱を保ちつつ惹き込ませる筆致の作家だが、難を言うなら、ロシアの少年達とアメリカでの出来事が、どうも上手く融合していなかったこと。雰囲気も違えば、繋がりは見えていながらも、それぞれが『出来事』として成り立っているから尚、毛色の違いが上手く噛合っていない気がして、場面が変わるところでは意識の流れの中断に戸惑った。
登場人物もいささか多いのだが、キャラクターの書き分けが薄いので、時々ぼやけた対象が入り混じり、『うん?あの人の役割はなんだっけ?』と(笑)。
とはいえ、比較的万人ウケする軽めのサスペンスで、楽しめる作品だと思う。事件だけに没入してえぐり込むというよりも、主人公の人生や思考も緻密に描かれているので、もっとドラマ性の高い作品を書かれたら、相当面白い作品になるのではないだろうか?

僕の心臓を盗まないで 僕の心臓を盗まないで
テス ジェリッツェン (2001/01)
角川書店
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『真夜中の電話』

2007年05月27日 23:13

ロバート・コーミア著/金原 瑞人 訳/扶桑社ミステリー
ある時期になると、デニーの家には頻繁に電話がかかってくる。特に夜中に、まるで精神を追い詰めるかのように、誰からか電話がかかってくる。16歳になるデニーは、父から『電話に出るな』と厳命されていた。しかしその決まりを破って電話に出てしまったデニーは、不思議な女性の声を聞く。ルルと名乗るその女性との会話を楽しみにし始めたデニー。実はその裏には、父の関係している25年前のある劇場での惨劇の『ある真実』が隠されているとも知らずに。

以前読んだ『チョコレート・ウォー』の感想でも書いたのだが、この作家、若者の心理を非常に上手く描く作者である。大げさすぎず、淡々と、しかしリアルに描き出す。それに伴って現実の出来事も、些細な事から大きな事件まで、一切の甘さなしにズバリと切りつけるように描くのだ。痛い・・・非常に痛い。しかしこの『痛さ』がなんとも言えず読ませる、上に心地よい。この作品を面白いと思う方は、一種マゾヒスティックな自分を発見するだろう(笑)。
本作は、そんな若者を2世代に渡って描いている。移民としてアメリカに来た1960年代に暮らす、16歳当時のデニーの父ジョン・ポールの姿と、すっかりアメリカに馴染んでいる、アメリカ生まれのデニー。
純朴で生真面目で、今より物事が簡単で、だからこそ大きな事件が目立つ時代を暮らすジョン・ポールの姿は、R・コーミアらしく、真摯な姿が痛々しいほどに描かれている。冷たい世間の風を受けて、実直に耐えて忍ぼうとする姿。それをコーミアは、現実にあり得るだろうと思える世間の批判と言う鋭いナイフで切り刻むのだ。ああ・・・痛い。
しかし今回、現代の子供デニーの姿が、いささかステレオタイプで『らしくない』な?と感じた。こうした今風を描くのは、年がいってから作家になったというコーミアには、幾分描き辛い対象だったのかも?
それでも、デニーが直面する『現実』は厳しく、ついでに結構救いも無い。そしてやはり思うのだ、世の中甘いことは少ないと。。。。痛いよぉ〜。
良くこんなラストが思いつくもんだ。。。辛くて切なくて、なんだか希望も少なくて、、、、それでも、これしかない!と思えるラスト。物語が、その瞬間にぐぐっと引き締まる、鋭すぎる痛みを伴うラスト。止められない、この作家。

真夜中の電話 真夜中の電話
ロバート・コーミア (1997/09)
扶桑社
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『アイルランドの柩』

2007年03月19日 22:31

エリン・ハート著/宇丹 貴代実 訳/ランダムハウス講談社文庫
ユニヴァーシティ・カレッジ・ダブリンの教授で考古学者のコーマックは、ゴールウェイ県の湿地で見つかった死体の調査に向かう。湿地で覆われていた死体は驚くほど状態の良いものもあり、警察は早々に考古学の世界に事件を明け渡したのだ。トリニティ・カレッジの解剖学講師のノーラと共に見つかった遺体の調査に取り掛かるが、地域の貴族ヒューゴ・オズボーンに頼まれて、近くの教会の調査にも着手する。ヒューゴの妻は数年前に謎の失踪をしており、その事件に隠された謎にノーラは関心を抱き、次第に謎の深みにはまっていく。

『アイルランド』と来てケルト十字の表紙、過去と現在を繋ぐ謎・・・とくれば、買うでしょう、そりゃ新刊で!(笑)。と思ったら、著者はアメリカ人、ここで勢いはワンランクダウン(笑)。しかし、ミネソタ州におけるアイルランド音楽・舞踊協会の設立者で、ペンネームかどうかは不明だが、名前が『エリン』とくれば、ちょっとばかり士気も盛り返す(笑)。
がぁしかし、中年の(恐らくそんなに見てくれも悪くない)主人公コーマックと、行動を共にする美しく影を持ったノーラ、その出会いとギクシャクした始まりを読んだ途端・・・やっちまったか?という一抹の、、、しかも大きな不安が。これって、実はロマンス小説?
まぁ〜〜〜一応、その枠はかすっているだけとも言えるのだが、熟女連中(年齢的にはばっちり私もその枠の中♪)が悶々しそうな、じれったくも影のある大人の男女の恋愛模様があった。正直・・・邪魔だ、このエピソードってば(笑)。
ヒューゴの妻の失踪に関わる謎、湿地で見つかった遺体の身元を巡る謎。この2つが平行して適度な按配で進行していく。これだけでも十分読める内容であるのに、この2人のまどろっこしい恋愛模様や、結末の謎解きの陳腐さが勿体無かった。これがどうも、ロマンス小説やゴシックホラー的匂いがきつすぎて。
やはりなんと言うか、どれだけ愛情を感じていても、『部外者』が描くアイルランドは違うな〜と思う。余りにも幻想的で、余りにもロマンティック過ぎるのだ。湿地で見つかった女性の遺体に関しても、いい線突いてるんだけど、物語的要素が強すぎて、いまいち興が乗らない感じだ。多分これ、アメリカが舞台であったなら、もうちょっと面白く仕上がっていたんじゃなかろうか?と思う。
ただし、物語進行、キャラクターの造形などはなかなか上手く、読んでいて『つまらない』ものでは決してない。むしろトントンとリズム良く読める作品である。むしろ、謎や物語の深さが十分なクオリティがあっただけに、ロマンス的な要素とのバランスが取れてなくて残念!といった印象。ふむ、勿体無いなぁ。

アイルランドの柩 アイルランドの柩
エリン・ハート (2006/01/22)
ランダムハウス講談社
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『風の影』

2007年02月03日 16:13

カルロス・ルイス・サフォン著/木村 裕美 訳/集英社文庫
1945年バルセロナ、11歳のダニエルは、父に連れられてある秘密の場所に行く。その場所『忘れられた本の墓場』は、様々な理由で持ち主を失った本の行き着く場所だ。そこのルールに従って、ダニエルは1冊の本を持ち出すことを許される。『風の影』と題名されたその本の魅力に取り付かれたダニエルは、父の経営する古書店のネットワークを利用し、その作家フリアン・カラックスのことを調べ始める。謎に包まれたカラックスの過去が明らかになるにつけ、ダニエル自身の現在と、それが重なり合っていることに気がつく。許されない愛、逃亡、正義のための戦い。内戦後間もなくのスペイン・バルセロナを舞台に、ダニエルとカラックスの人生が交差する。

たまたま本屋で『新書』として発見し、その帯宣伝の文句やらなんやらひっくるめて、どうしようもなく読みたくなって、珍しく『新書』で買ってしまった(笑)。その期待は裏切られることは無く、久々に眠るのを忘れたいほど面白いと感じる作品だった。
カラックスの人生に隠された謎は、いささかも真新しいものではなくて、いわゆる良くある禁じられた愛にまつわる物語だ。しかしその物語を彩る文体、展開の上手さ、キャラクターの造形、面白い作品に不可欠である様々な要素が素晴らしく融合して、ありきりでソープオペラ的な謎を、文学的に見せていたように思う。
まず、礼儀正しい言葉を多用した、どこか懐かしさを感じる日本語の翻訳に惹きこまれた。変な話だが、今風の完璧なる口語体には一線を画したどこと無く古臭い翻訳だ。これが物語の時代感を、いやおう無く盛り上げてくれる。
カラックスの人生を紐解くにつれ、主人公ダニエルの人生がその上に被さってくるのだが、当然のように恋があり、親や友人とのすれ違いがあり、新しい人間関係の構築などが垣間見られる。そうした物語が、バルセロナのとりわけ中心街をメインに展開してゆくのだが、バルセロナを一度でも訪れ、それが心に深く素晴らしい印象として残っている方なら、間違いなくその市中の情景を脳裏に描きながら、その旅を追体験しつつ楽しめる作品だろうと思う
この物語を読むまで、自分が2年前にたった数日訪れたバルセロナを、これほど鮮明に覚えているとは思わなかったのだが、地名・建物などの名前を読むにつれ、記憶がまざまざと蘇ってきた。バルセロナという街は、それほどはっきりとした特徴を持つ街なのであり、強烈な印象を人々に与える、何か図り知れないものがある地域なのだろう。
何より、優れた筆者による、飾ることの無いバルセロナのあっさりとした描写が、私の読書の助けになっていたのは間違いない。
更には、冒頭からいきなり始まる、揺ぎのない本への愛情が素晴らしい。本を読むこと、愛すること、筆者の思いは、ダニエルやその父、最期にはダニエルの恋人を通して、時おり深く語られる。活字離れが盛んなのは日本だけではないようだが、この本は、本を愛することや読書の素晴らしさを伝えてくれる。同じ気持ちを持つ者として、冒頭から共感せずしてなんとする!(笑)といったような、静かな勢いと熱い思いが感じられた。
ラストはちょっとばかり、それまでの盛り上がりを一気に消火させるような地味な感じなのだが、人生のどこかに隠れてしまっている、ちょっとした希望を見つけられるような気もちになるものだったし、その締めくくりも洒落ていた。なんとも、『読書』の楽しみを思い出させてくれる、楽しさを味わえる作品だった。

風の影〈上〉 風の影〈上〉
カルロス・ルイス サフォン (2006/07)
集英社
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風の影〈下〉 風の影〈下〉
カルロス・ルイス サフォン (2006/07)
集英社
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『ディーバ』

2006年12月08日 16:40

デラコルタ著/飯島 宏 訳/新潮文庫
レコード会社のメッセンジャー・ボーイをしているジュールは、無類のオペラ好き。時折オペラ歌手のコンサートに出かけては、バイオリンケースに仕込んだ自作の録音装置を使って、無断でコンサート音源を録音して楽しんでいた。現代最高と目されるアメリカのオペラ歌手シンシア・ホーキンス初のヨーロッパツアーにも行き、アーティスト最高のコンサートを首尾よく録音した。同じ頃、パリ一体を仕切っている裏社会のボスサポルタの愛人が、彼を陥れようと悪事の全てを録音したテープを作成。それが偶然からジュールのバイクに隠されて、ジュールは警察とマフィアの双方に追われる身となってしまう。そんな時に出会った美しいアルバという少女。彼女と行動を共にするゴロディッシュという謎の男に助けられ、ジュールはなんとか身を隠す方策を立てるのだが。

1979年頃?の作品らしく、何の気なしに手に取ったのだが、思わぬ掘り出しものだった。スリリングなサスペンスがスピード感ある展開を見せ、息詰まるような緊張感のある作品だったのだ。
物語は、幾つかの事柄が交差する。マフィアのテープを巡るサスペンス、ジュールが無断で録音したテープを巡るビジネス上の攻防が2本柱だが、それぞれのエピソードが、順当な時間軸を経て巧みに進行していく。
そして、幾つかの人間関係も交差している。ジュールとアルバ、アルバとゴロディッシュ、ジュールとシンシア、サポルタと愛人ナディア、ナディアと友人と言った具合なのだが、これが決して複雑にならず、理路整然と、しかし興味深く描かれる。
非常に薄い本なのだが、これだけの要素がしっかりと収まり、しかも何ものをも邪魔していない素晴らしい構成力だ。ラストも完璧だった。1つ1つの事柄にキチンとした結末が用意され、尻切れトンボに感じる箇所がない。凝った作品は面白い、しかし分厚くなるのは仕方がないと思っていた私の固定概念を、見事に覆した作品になった。
物語の要素だけを抽出し、余計な描写や遠まわしな表現、サブ的な出来事などは綺麗に削ぎ取った作品なのだ。翻訳小説は、長ったらしい言い回しが多いから嫌い!思っている方にはお薦めの作品だ。
謎の男ゴロディッシュが、思ったより正義に厚く良い男だったなぁ?と意外に思ったのだが、これはもともと、ゴロディッシュとアルバのシリーズだそうだ。悲しいかな、日本ではこれ1作しか翻訳されていない。
そうして考えると、主役扱いのジュールの存在感が弱く、大した事をしていないのも納得(笑)。警察から逃げ回る姿がどうも腑に落ちなかったのだが、最後のジュール自らの説明と、シリーズを解説している後書きによってモヤモヤは霧散した。
ページをめくるのを止められず、全てが山場なので息つく暇がない(笑)、サスペンスのコアを堪能できる作品だった。

ディーバ / 飯島 宏、デラコルタ 他


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