2008年05月13日 23:22
マージョリー・クォートン著/務台 夏子 訳/創元推理文庫
ボーダー・コリーのシェップは、青色の血統書を持つ優良な牧羊犬だ。牧場主のボスは頑固で凡庸で単純な男だが、シェップは心から愛している。そんなボスが競技会熱に取りつかれたから大変!羊を追って楽しく暮らしていたシェップの毎日は、競技会の為の練習の日々と化してしまった。しかし才能あるシェップは瞬く間に優勝犬に!アイルランド西部の田舎町は大賑わいだ。ボスに似た素朴で愉快な奥さん、ボスの子供のマーティン、ボスの友人達、そしてシェップの仲間達が繰り広げる、朴訥で爽やかで最高に愉快な、アイルランドの牧場のお話。
いや〜、もう最高だ。牧羊王国とも囁かれる(笑)アイルランドの牧場のお話だ。語り部はシェップ、そう、犬だ♪自らも牧場を経営し、ブリーダー業もしているという著者が描くのは、本当に犬が語っているかのような(笑)、犬の習性を巧みに絡ませた物語だ。
犬たちが飼い主を、『愛さずにいられない』という姿はなんとも微笑ましい。頑固だが、結局それは実直な田舎育ちの証のようなボス。電話の音に煩わされるのが嫌だからと電話は引かず、TVだって未だ白黒。髭を伸ばせば映画に出してやると言われても、気風良く断るいなせさ。でも、親友を代わりに・・・と言われれば、あっさり髭を伸ばす潔さだって持っている。まずボスが最高だ、こんな男なら、愛さずにいられないのも当然かも(笑)。
ボスの奥さんも、農場の、そしてアイルランドの女性らしく、強く、諦めも良く(笑)。しっかりとボスを御しているのに、それと気付かせない強かさ。ボスの弟ヤンクがアメリカから帰郷したら邪魔者扱いするくせに、またアメリカに帰るとなると大泣きして別れを惜しむ。進歩的なのか現実的なのか、非現実的なのか解らない、全く、ボスとはお似合いの夫婦なのだ。
ボスの息子マーティンは『ロック歌手』を夢見る若者、旅に出ればトラブルまみれのジム・ドーランはボスの親友だ。腕の良い調教師のオブライエンさんは、心根も優しく正直な良い人、マーティンの妻ジュリアと息子PJは災厄のような存在で、ボスとシェップはいつもコソコソ逃げ回る。
犬たちの個性も様々だ。シェップの子供を次々と産む、ピンクの血統書を持つジェス。子犬に対する母性と父性の違いも、犬ならではという様相が見て取れる。シェップがどうしても気にして止まない美犬フルージー、ジム・ドーランの愛犬ベン、シェップの子供で、手に負えない暴れ犬のタイニーなど、犬物語も気を抜けない面白さだった。
思い出すのはやはり、『ジェイムズ・ヘリオット・シリーズ』。ヨークシャーの雄大な自然を背景に、なんとも素朴で愉快な人達が繰り広げる、温かく、そしてコミカルで、人情味溢れる最高の物語の数々なのだが、本作の中にも、ヘリオット先生と同じ匂いを感じて嬉しくなった。
アイルランドの人々に対する印象は、『アイルランドのサッカーファンのファンがいる』という話が礎となっている。彼等の陽気さ、サッカーに対する飽きれるほどの熱意、世を楽しみ、同じ楽しみを持つ人を分け隔てなく受け入れる寛容さ。まさに、アイルランド人のあっけらかんとした大らかさを象徴しているような話だ。細かい事は余り気にしないんだろうな、、、考えないというか?
変化を嫌い、受け入れることが不器用な人達。それでいて、目の前の変化を興味を持って突っついてみる大胆さ。短絡的なのか良い意味で凡庸なのか、その素直さが面白い。ボスが息子マーティンの音楽を受け入れる様がまさにそれで、有名になるなら、何だって良いものなのだ!と本気で信じられる単純さが最高だ。私がアイルランド人に対して抱いていた印象を、そのまま文章にしたようなエピソードの数々。いっそこの架空の農場にホームステイがしたいぐらいだった。
アイルランドにはとかく暗い話題が多い。その歴史を振り返っても、制圧と貧困に苦しみ、痛めつけられた傷跡が生々しく感じられる。しかしだ、そうした基盤からこういう国民性が生まれたのだと言って、過言ではないだろう。その不撓不屈の精神感は、逞しさと共に尊敬すら感じられる。
この愛すべき人達の姿を、上手く表現できなくてもどかしい。もどかしいが、この作品からその姿を読み取る事ができる。こういう明るいアイルランド作品は非常に珍しい、日本では、『アイルランド=暗い過去』という固定概念が強すぎるように思う。本当は、こんなに愉快な人達なのに・・・。と言う事で、1人でも多くの方にこの楽しみを・・・ああ!絶版だった・・・。
ボーダー・コリーのシェップは、青色の血統書を持つ優良な牧羊犬だ。牧場主のボスは頑固で凡庸で単純な男だが、シェップは心から愛している。そんなボスが競技会熱に取りつかれたから大変!羊を追って楽しく暮らしていたシェップの毎日は、競技会の為の練習の日々と化してしまった。しかし才能あるシェップは瞬く間に優勝犬に!アイルランド西部の田舎町は大賑わいだ。ボスに似た素朴で愉快な奥さん、ボスの子供のマーティン、ボスの友人達、そしてシェップの仲間達が繰り広げる、朴訥で爽やかで最高に愉快な、アイルランドの牧場のお話。
いや〜、もう最高だ。牧羊王国とも囁かれる(笑)アイルランドの牧場のお話だ。語り部はシェップ、そう、犬だ♪自らも牧場を経営し、ブリーダー業もしているという著者が描くのは、本当に犬が語っているかのような(笑)、犬の習性を巧みに絡ませた物語だ。
犬たちが飼い主を、『愛さずにいられない』という姿はなんとも微笑ましい。頑固だが、結局それは実直な田舎育ちの証のようなボス。電話の音に煩わされるのが嫌だからと電話は引かず、TVだって未だ白黒。髭を伸ばせば映画に出してやると言われても、気風良く断るいなせさ。でも、親友を代わりに・・・と言われれば、あっさり髭を伸ばす潔さだって持っている。まずボスが最高だ、こんな男なら、愛さずにいられないのも当然かも(笑)。
ボスの奥さんも、農場の、そしてアイルランドの女性らしく、強く、諦めも良く(笑)。しっかりとボスを御しているのに、それと気付かせない強かさ。ボスの弟ヤンクがアメリカから帰郷したら邪魔者扱いするくせに、またアメリカに帰るとなると大泣きして別れを惜しむ。進歩的なのか現実的なのか、非現実的なのか解らない、全く、ボスとはお似合いの夫婦なのだ。
ボスの息子マーティンは『ロック歌手』を夢見る若者、旅に出ればトラブルまみれのジム・ドーランはボスの親友だ。腕の良い調教師のオブライエンさんは、心根も優しく正直な良い人、マーティンの妻ジュリアと息子PJは災厄のような存在で、ボスとシェップはいつもコソコソ逃げ回る。
犬たちの個性も様々だ。シェップの子供を次々と産む、ピンクの血統書を持つジェス。子犬に対する母性と父性の違いも、犬ならではという様相が見て取れる。シェップがどうしても気にして止まない美犬フルージー、ジム・ドーランの愛犬ベン、シェップの子供で、手に負えない暴れ犬のタイニーなど、犬物語も気を抜けない面白さだった。
思い出すのはやはり、『ジェイムズ・ヘリオット・シリーズ』。ヨークシャーの雄大な自然を背景に、なんとも素朴で愉快な人達が繰り広げる、温かく、そしてコミカルで、人情味溢れる最高の物語の数々なのだが、本作の中にも、ヘリオット先生と同じ匂いを感じて嬉しくなった。
アイルランドの人々に対する印象は、『アイルランドのサッカーファンのファンがいる』という話が礎となっている。彼等の陽気さ、サッカーに対する飽きれるほどの熱意、世を楽しみ、同じ楽しみを持つ人を分け隔てなく受け入れる寛容さ。まさに、アイルランド人のあっけらかんとした大らかさを象徴しているような話だ。細かい事は余り気にしないんだろうな、、、考えないというか?
変化を嫌い、受け入れることが不器用な人達。それでいて、目の前の変化を興味を持って突っついてみる大胆さ。短絡的なのか良い意味で凡庸なのか、その素直さが面白い。ボスが息子マーティンの音楽を受け入れる様がまさにそれで、有名になるなら、何だって良いものなのだ!と本気で信じられる単純さが最高だ。私がアイルランド人に対して抱いていた印象を、そのまま文章にしたようなエピソードの数々。いっそこの架空の農場にホームステイがしたいぐらいだった。
アイルランドにはとかく暗い話題が多い。その歴史を振り返っても、制圧と貧困に苦しみ、痛めつけられた傷跡が生々しく感じられる。しかしだ、そうした基盤からこういう国民性が生まれたのだと言って、過言ではないだろう。その不撓不屈の精神感は、逞しさと共に尊敬すら感じられる。
この愛すべき人達の姿を、上手く表現できなくてもどかしい。もどかしいが、この作品からその姿を読み取る事ができる。こういう明るいアイルランド作品は非常に珍しい、日本では、『アイルランド=暗い過去』という固定概念が強すぎるように思う。本当は、こんなに愉快な人達なのに・・・。と言う事で、1人でも多くの方にこの楽しみを・・・ああ!絶版だった・・・。
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