先週末書いた日記

2005年12月26日 14:07

なんだかバタバタと日が過ぎていく、気がついたら年明けまであと1週間を切った。この時期は、西洋のお祭で沸き立ち、一晩明ければ厳粛な日本の風物が顔を覗かせる。1年で最も慌しく賑やかで、私も大好きな季節だ。

毎日日記を書こうと思っている。日記用のネタも、ここ数ヶ月無かったぐらいに盛りだくさんだ。ただしプライベートが忙しいので、書こうと思った事を端からどんどん忘れて行く。その忘却ぶりは、我ながら恐ろしいぐらいだ。

良く書くスポーツネタとしては、当然冬季オリンピックの事。代表を決める闘いは、やはり毎回熱い。注目なのはやはり、フィギュアスケート女子だろう。
先日のグランプリで、浅田真央を見つめる安藤美姫の表情、眼差しの複雑さ。僅か17歳が醸し出す雰囲気とは思えない、深い感情を垣間見た気がした。
どんなに華麗に氷上を舞う姿に魅了されようとも、選手当人達にしてみれば、遊びじゃないのよフィギュアは!というのが本音だろう。それを包括して周囲に見せないことも、ああした美しいスポーツには不可欠。その分、内面の苦しみは幾ばくか?30歳過ぎても、私には決して解らない。

年末に関してはこの寒さ!ストーブのお話などは、後ほどたっぷり。
年賀状も書いた、そしてももう出した。
大掃除は・・・パス(笑)。
年末に向けての買出しは・・・殆どない!
この時期安くなるお掃除系の洗剤などは便乗して購入したし、正月は親元に行ってしまうので、食料品は無くす方向で目下頑張っている。
ネットで購入したいものなどもあるのだが、その辺は年越しまでお預け。
今年最後の給料は明後日入って、いよいよ、日本中が祝祭ムードに沸く(そうだよね?)私の大好きなイベント、『お正月』がやってくる。
う〜ん、気分が盛り上がってきた〜〜。

運命の導き?

2005年12月14日 10:44

先日家を出て自転車をこぎ始めた途端、穿いているズボンの裾がペダルに絡みつく嫌な感覚があった。『嫌だなぁ』と思った途端、ビリッ!という豪快な音と共に裾が裂けた。
今の部屋に引越して6年、毎朝自転車で駅まで通っている。破けたズボンは購入して早3年、何度も自転車に乗って出かけている。今日に限って何故?
仕方なく遅刻覚悟で家まで戻り、ズボンを穿き替えた。トップに合うズボンを選んだが、コートにはどうにも合わないので、今年初めて着る(とは言え購入してから早5年)コートに取り替えた。身長165cmの私が着て、踝まで丈があるロングコートだ。
家を出て軽快に自転車をこぐこと数分、今度はコートの裾がペダルを漕ぐブーツのかかとに引っかかり、一瞬バランスを崩した途端、コートの長い裾が車輪に挟まれた。実は自転車の車輪に洋服が絡むのは良くあること。しかし今回は、引っかかった場所が悪かったか、ビリッとまたもや嫌な音。とりあえずは、見た目が破けたという惨事ではなく、裾上げ部分がほづれただけだったので、諦めて駅への道を急いだ。
が、しかし、駅までの道は、あらゆる物が私の邪魔をしているかのような具合。良くあるでしょう?人や物の障害物で、なかなか道が進めないことって。
踏切では2本連続で足止めをくらい、挙げ句、2車線の道路は工事をしていて1車線規制。ただでさえ交通量の多い道なので、延々と並ぶ車の脇を自転車で走るのは至難のワザ。それなのに、三角コーンの置いてある内側を走れと、工事員の指示が飛ぶ。とはいえ、三角コーンの内側は、ぼこぼこに掘り起こされていて、トラックまで停まっている。その隙間は細い道筋があるだけで、人1人が歩くのでやっとぐらい。人と自転車は、一列縦隊じゃ進めない。
工事員の指示を無視して道路を突っ切り、やっといつも自転車を停めている辺りまで来たら、その場所では電柱工事をしていた。
普通なら10分で走破できる道のりを、この時点で5分オーバーしていたもので、頭に来て無理やり自転車を停めて駅に向かった。
バロメーターが悪いのか、何か悪いことが起こる前兆なのか?あらゆるものが、私が会社に行くのを阻止していたような朝だった。
行くなと言うなら、いつでも従いたい提案ではあるけれど。

相撲の世界

2005年12月01日 23:24

ブルガリア出身の琴欧州が大関昇進を果たした。相撲は見ない私だが、貴乃花とは同い年、彼等が活躍する以前は、同居していた祖父のおかげで(と言うか強制で)、テレビでは良く相撲の映像が流れていた。
ここ数年は、外国人力士が勢力を拡大しているように思う。なにしろ今では、外国勢が優勝を競っているのだから。他の外来のスポーツに比べればまだまだ少ないが、日本特有のこのスポーツを苦労して、国を超えてまでやろうとする根性に驚かされる。
特にいつも感心する事がある。それは彼等の語学力だ。どれほど修行期間があるのかは知らないが、語学を習得するのには、決して長すぎるものでは無いはずだ。それなのに、彼等が土俵に上がる時は、ほぼ完璧な日本語を話すようになっている。ただ話すだけじゃない。実に綺麗な日本語なのだ。
異国に来て、裸にまわしという異例の格好をして、叩かれ飛ばされ、自由時間など殆どない。先輩・後輩という縦横の関係や、偉いさんに対する過剰なまでの気配りなど、個人主義の欧米の人には耐え難い世界なのでは無いかと思う。それらを乗り越えて、彼等は言葉の壁とも闘う。
そんな精神力の持ち主は、相撲が強いのも頷ける。
それよりも凄いと思うのは、言葉の世界まで徹底する相撲の世界だ。現代では異常なまでの主従関係、規律の厳しさ、決められた事を遵守する非寛容の世界。きっと外国人選手は、通訳も何もつかぬまま、英語を話すと罰なんか受けちゃったりしてるんだろうな?と、勝手な想像をしてしまう。

相撲の視聴率は落ち続けているそうだ。原因は色々あるだろうが、そうした古くさい日本の悪しきシステムが残っているのが、若者の興味を削ぐ原因なのじゃないかと思っている。
根性、ど根性!折り目正しき姿、というよりは、没個性を鏡とし、権力に逆らわず従順な人間を育てようとする。そう言えば、学校教育と良く似てる。しかも戦前ぐらいの。その上に、自由や親の愛情なんてものすら取り上げられたストイックな世界に、興味を覚える若者は少ないと思うのだ。
相撲界も思い切って変わってみればと思う。茶髪の髷も有りではないか!通訳付きの外国人力士も良いじゃないか!なんたって、厳格を最上とした世代は、残念ながら消えつつあるのだから。

多様化する世界に着いてゆけないのも、ある意味日本らしいと私は思う。仕事のあり方も大きく変わった昨今で、あの時間帯の放送は、視聴率取るのは難しいと思うけど?専業主婦か無職の人しか、見られないじゃないの。

年賀状

2005年11月30日 23:08

年賀状の季節になった。既に2週間ほど前に購入済みだ。
郵便局に買いに行ったのだが、頼んだ年賀状を待っている間に、盲導犬募金の年賀状がある事を知った。なんで盲導犬?と暫し悩む。。。ああ、そうか、来年は戌年か(笑)。
普通の年賀葉書(50円)に幾らか上乗せされた分が、盲導犬募金に充てられるらしい。たかが数円ずつ上がるだけならばと思い、係の人に聞いてみたところ、年賀切手と年賀葉書の2種類があり、年賀葉書の方は、既にハチ公だかなんだかの、お決まりの地味な絵がついているという。
面倒臭がってはいても、毎年、年賀状のデザインを楽しんでいる身としては、既に絵が付いている葉書は嫌だ。募金は別の機会にやるとして、今回は辞退させていただいた。募金より自分の楽しみ・・・少し反省しています。

それにしても郵政省、抜けたことをおやりになる。郵政省が決めたかどうかは、解らないけれど。今の世の中、個人でかなり高度な年賀状作成が出来るし、やりたいと思っている人が多いのだから、用意するなら、白紙のインクジェット用年賀葉書の募金バージョンも、あったって良さそうなものを。
若い人たちだって、募金に関心がある人は幾らでもいるのだから、何もあんな可愛げのない絵をくっつけなくても。。購入者を選ぶ方針だとしか思えない。

気になって調べてみたら、盲導犬関連の団体などでも、盲導犬募金年賀状を作成販売していた。こちらも既に絵や写真が付いているが、そのデザインはかなり可愛いものもある。先にこちらの存在を知っていれば、年末に1つ、良い事が出来たかも知れないのに。。。
まぁ、、ね、良い事とは、何も数円の募金に限ったものではないと、解ってはいるけれど。

ゆとりある生活

2005年11月25日 23:17

なんだか最近疲れが溜まっている。遊び過ぎで疲れているだけなので同情の余地は無いが、予定っていうものは、何も無いときは果てしなく無の空間が広がるくせに、埋まりだすと、久方ぶりの友人などからも連絡が入ったりして、休日を2部構成にしなくちゃならない場合もある。
元来は暇が沢山ある暮らしをしているので、時たまお誘い攻勢に合うと貧乏性の癖が出て、どれもこれも受けてしまう。結果的には、分刻みのスケジュールに追われるように日々が過ぎ、体力的にも消耗し、銀行貯金も消耗する。

ここ2ヶ月程は目が回るような忙しさだった。これまで毎週末と平日はヒマでヒマで仕方が無かったのが、ウソのようだ。そうなってみて、穏やかだったこれまでの生活が、どれほど自分に合っていたのかが良く解る。ヒマを持て余す生活が、少し寂しいと感じていた節もあったのだが、やはり私に、今のような生活は続けられないと実感している。

体力がついて行かない訳ではない。多少疲れているが、倒れるほどでは全くない。何に疲れているかと言えば、精神が消耗してしまっているのだ。
私は自分の家が大好きだ。小さくて寒くて駅から遠くても、家にいることが好きなのだ。某ロック歌手が『家にいるのが嫌いなので、わざと居心地悪くしている』などと、スタイルなのか本音なのか図りがたい事を言っていたが、私には、その感性がちっとも解らない。
協調性が欠如しているだけかも知れないが、家にいて、やりたい事をやってのんびりするのが好き。その時間は多ければ多いほど良い。

『ゆとり』に対する概念は、個人差が大きくあると思う。『ゆとり』をどこに見つけるか?またどれだけあれば十分か。私の場合は、映画を月8本見るぐらいの時間じゃ全く足りない。月に16本は見れる時間が無くては。。。
『孤独』や『寂しさ』い対する概念も、同じように違うだろう。無理をして強がる必要は無いと思うので、『孤独』や『寂しさ』を埋める努力はするべきだ。
しかし、『ゆとり』を穴埋めに使ってしまうのは、精神衛生上良くないのでお薦めできない。『ゆとり』ではなく、『余った時間』を有効に使うべきなのだろう。
『ゆとり』は決して、削ってはいけない大切なものなのだ。

ディズニー・シー

2005年11月24日 23:35

昨日は、初めてのディズニーシーへ行ってきた。
いい歳して、女ばかりで(笑)。ただし今回は一味違う。生まれて初めて、ディズニーマニアと行ったのだ。毎年ランドとシーに必ず数回は訪れ、今回は連休を取って千葉県入りし、2日間でランド+シーの王道の組合せではなく、シー+シーの、まさにマニアならではの充実の訪問をした方々だ。

なぜそんな素敵な人たちに紛れて行ったかというと、ディズニーマニアに退けを取らないと自負している、私のマニアアイテム、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』に様変わりしている、『ホーンテッドマンション』に入りたかったからだ。
『前日にシーに行く』という言葉から期待して、2日目はランドであろうという私の目論みは大きく外れ、シー+シーという、凡人には理解し難い組合せ?(というか連続訪問?)と相成っていた。
とはいえ、私はシーに行った事がなく、この機を逃したら永遠に行けないのではないかと危惧したので、胎を決めて同行したというわけだ。

いややはり、その道のプロに付き従うというのは(笑)、実に気持ち良く気も楽だ。あの広い夢の王国で、迷うこともなく非常に効率的に回る事が出来た。
時折差し挟まれるウンチクも面白く、何より、アトラクション前の絶妙な解説が興味をそそる。少しだけネタを明かして、乗る前の興味をグイグイ引き上げるテクニック、こっそり盗みたいものだと、心のメモに書き留めておいた。

実に12時間以上も園内にいた。こんなにディズニーを満喫したのは、一体いつ以来だろう?初めて入った園内は、やはり御伽の国らしく明るくて夢一杯だし、少し大人向けの、イタリアやアメリカの街並みも興味を惹いた。
しかし何より、ディズニーを愛していると言って憚らない、あの明るくて元気な女性達と一緒の時間を過ごせた事が、とにかく楽しかったなぁと、今もシミジミ思っている。

やはりああいうところは、目一杯楽しまなくては勿体無い。特にディズニーランドは、童心に還って許される場所だ。他の遊園地だと、どうも完全に童心に還るのは難しいが、ディズニーランドはそれを可能にしてくれる。
完璧に計算された夢の国。現実を見せないばら色の世界。あれほど作り上げられた世界だ、無心に恩恵を手に入れればいいじゃないか!
・・・なんて、くだらないこと言っちゃう時点で、つまらない大人に戻っているな、、。24時間の夢をありがとう!

暗闇の先に。。。

2005年11月21日 23:21

書かずにいられる?何をって、高橋尚子の復活Vをだ。
為末大の復活銅メダルから早数ヶ月、またまた過酷な陸上の世界で、驚きの躍進を見た。自身が語るように、『長い暗闇』を通りぬけ、彼女は20日、日の当たる、それも燦々と恵みの太陽が輝く表舞台に帰ってきた。

実は私はそれほどマラソンが好きではない。そんな私が画面から目を離せなくなるのが、高橋尚子だ(と千葉真子、、あと渋谷陽子も少し(笑))。
2年前のあの苦渋に満ちたラン。失速してからの高橋の顔は、初めて見る苦しみの表情だった。
20日も、何度となくその姿をリプレイしていたが、やはり、あの高橋が、あれほど苦しそうに走る姿は、直視に耐えないものがある。出来ることならあの時の映像は、お蔵入り、、、いやいや、焼き捨ててしまって欲しいぐらいだ。
きっとそんな事も本人は、『過ぎた事』と『2度と起さないために』取っておいて構わないと、言いそうだけれども。

テーピングで手際よく固められた右足。走破後、『痛くない・・・わけもないんですけど』と笑顔で語った。彼女がそう言うという事は、凡人なら耐えられないほどの痛みだったのではなかろうか?しかし彼女を支えたチームQの皆様の、熱い思いがあのテーピングからも感じられた。
きっとあれを巻きながら、『もってくれ、走らせてくれ』と、多くの人が祈ったことだろう。果たして、こんな私は、非常な感動屋というだけなのでしょうか?

試合後のインタビューで、彼女が語った言葉の一つ一つ。観客として1ファンとして、しっかり胸に受け止めました。
偉大なランナーである高橋尚子のこれから。北京へ、そしてその先へ。
最後のトラックを回りきるとき、筋肉質だけど細い腕を、高々と突き上げた彼女の勇士に、私はひたすら感動。そして初めて見せた力強いアピールに、生まれ変った得体の知れない、可能性を感じた。

最後に一言、、、泣かすなよ、高橋さん。おめでとう!

ワールドカップ出場国

2005年11月19日 23:44

さて、長かった激闘が終わって、ワールドカップの出場国が決まった。
ヨーロッパはただでさえ、自国リーグだ欧州チャンピオンズリーグだ、UEFAカップだと大変な中、4年に一度、最も緊張する国の戦いに挑むわけだ。(ヨーロッパ選手権もありますけど)
過密スケジュールをぬって、中々集うことのない自国の仲間達が揃い、国の威信かはたまた己の夢か?かけるものはそれぞれだろうが、熱い戦いを繰り広げる。そして決まった出場国。見る側も出る側も、感慨深いものだろう。
気の抜ける時期などは無いはずだ、ここからの7ヶ月間、それぞれの国で選ばれる男達の戦い、観客であるこちらだって、日程の調整や仕事の都合など、先を見据えた配分を心がけるのだ。
サッカーが無類に好きである!という上司へのアピールは欠かせない。夜遅くまで観戦して寝坊しても、暖かい上司なら『昨日サッカー観ちゃって』と言えば笑って許してくれる事もある。
出来ることならドイツに行きたいという願い、それに関わる資金繰りの算段。行く人はいないかと、友情の再確認。それでもダメならと、集って観られるモニターのあるお店のチェックなど、これからの7ヶ月、気を許せる時間は無いはずだ!

かなり本気な冗談はさておき、私の感想を1つ、、いや2つ、、3つ、4つ。。。
スペイン!プレーオフでハラハラしたが、とにもかくにも、出場できておめでとう!!勢力図の変りつつあるヨーロッパで、名門の維持を守り抜く。かつて無敵艦隊と恐れられたスペイン国民の意地を、貫き通した勇士に乾杯!

チェコ。。。は、出られたんだ。ど〜〜〜〜〜〜しても、ユーロ2004で、私の好きな国をことごとく降した悪印象が消えない。勝手な我侭だが、仕方がないの、スポーツには我侭になっちゃうのです。
まぁいい、ユーロ2004の快進撃がまぐれでなかった事を見せてくれ!

トルコは、非常に残念だ。おまけに試合後の乱闘、すこぶる残念だ。
先に蹴ったのはスイスなのに、制裁はトルコだけというのも納得が出来ない。次回ワールドカップすら出場できないかも?なんて、そんなの酷すぎます。

ウルグアイも残念だ。非常に残念だ。なんだかこの国には、頑張って欲しかった。私の“ある”趣味にもよるのだけど。

アイルランドは、、、涙に暮れるほど残念。プレーオフにも掛かりはしなかったけれど、愛する国であるだけに、あのサポーターの暖かさがあるだけに、残念で仕方がない。

とはいえ、ポルトガルも(フィーゴは出られるのでしょうか?クリスティアーノ・ロナウドは、何か事件起してましたが?)、フランスも(ジダンが大好きなんですけど、、出るかな?あとヴィルトールが。。)ウクライナも(シェフチェンコに惚れてます。今、ヨーロッパで一番惚れてる男。あのプレー、飽きるほど観ていたい)アルゼンチンも出場するので、おおむね満足。
個人的には、オーストラリアが興味深々。ウルグアイを抑えた実力、とくと拝見いたしましょう。

あと7ヶ月、、、待てない。どうしようもなく楽しみだ。
12月9日には、予選グループの抽選会が行われる。アジア代表の中山雅史!頼むから良いくじを引いてくれ。
わが日本には、やはり予選を突破して欲しい。死のグループになんぞ入ってしまったら、無駄死には必至では?という懸念は拭えない。
素晴らしい国の選手と対戦するなら、淘汰され生き残った決勝リーグで、胸躍る対戦を期待したい。

美しい40代

2005年11月18日 23:40

今御世話になっている会社の女性達はカッコいい。
(変な言い方だが、社員の女性達が素敵なのだ。派遣はまた別。いまだ、小ざかしい人間関係に多少のジレンマが消えない)
先日退社した女性も素敵だったが、急遽退職が決まった方も、またすこぶる素晴らしい。長年OLをやってきて、大手企業からヘッドハンティグされた人を初めて知った。
彼女の言った事もまた、カッコ良かった。彼女は『やりたい事』があるのではなく、ハンティング先の会社の問題点を聞いた時『手に取るように解った、私ならやれると思った』そうだ。
何かがしたいのじゃない、自分なら出来るという信念の下に、全く違った職種で、同じような業務内容の、部長待遇で転職する。
この違い、この違いが重要なのだと思った。

私の小さな選択肢、小さな世界観の中でしか見られなかった物事を、なにか大きく広げてくれたような彼女の決断だった。やりたい事のベクトルを変更すれば、より多くのものが見つけられるのだと。
今40代は輝かしい。女性の生き方の新たな面を、ドラマじゃなく実生活で見せてくれたような気分だ。

先日退社した女性は、『仕事が楽しい』と言って憚らなかったが、その楽しさゆえ、怠ってしまった家庭を守るために退職した。涙が溢れた送別会だった。
その時、今回退職する女性は、人目を憚らず号泣していた。同胞との別れゆえの涙かと思っていたが、来たる自分の姿と照らし合わせていたのかも知れない。女性は素敵だ。そんな風に、綺麗な涙を流せるから。

主婦であることも素晴らしい。キャリアウーマンであることも素晴らしい。
仕事か家庭か?これまで語られてきた女性の地位問題。それは、デメリットなのではなく、多くの素晴らしい人生の選択肢として、恵まれたものであるのかも知れない。

私も早く、いやもう十分に急いで、『やりたい事』を見つけなくてはならない。彼女達のように素敵な40代になるには、もうあと少ししか時間は残されていないのだから。

ピッチに近い観客

2005年11月17日 23:26

久しぶりに、サッカー日本代表の試合を見に行った。今年最後の代表戦だ。
場所は国立競技場。この競技場の魅力は(個人的)に2つ。都内にあることと、グラウンドに座席が近いことだ。
相当に末席でも、埼玉の末席で観るのでは、比べ物にならないぐらい選手が近い。今回は、カテゴリー3の中でも良い席だったので、動きや体型からでなくとも、選手をじっくり見分ける事が出来た。
何度かサッカーを見に行っているが、初めて、ああ、、あそこに中田がいるんだ、、などと実感した。そう思ってくると面白い、『今の誰?』などというじれったさもない。誰が受けてパスして、など、解説者要らずで面白い。

が、、、愛する高原選手の事は何も言うまい。
まだ30歳前だ、これからも十分にある。そうでしょう?

本当に選手が近く見えたので、中村の特徴ある走りや、華麗なボールさばきなどを食い入るように見つめていたが、何より私が惹き付けられたのは、そのファンタスティックなプレーや、輝かしいばかりの存在感や、逞しくなった安定感などではなかった。彼の背中、そう、10番を背負った背中の向こうに、憧れのスコットランドを見ていたのだ。
選手が近くに見えるので、街中で芸能人を見かけたような、変な興奮があったのだが、そうすると、手前勝手な親近感が芽生えるのだ。彼等の現在の生活や、日々の事を考えてしまう。そして中村は、現在スコットランドはグラスゴーに暮らしている。私が愛して止まない国の1つだ。
イングランドよりはスコットランドの方が好きだ、特にグラスゴーには思い入れがある。そこで暮らす中村には、選手としての憧れよりも、在住者としての憧れの方が強い。すみません、正直な気持ち。

『ああ、、彼はスコットランドから来たのね〜』と思うと、上手く説明できない感慨がひとしお。『この試合が終わったら、彼はスコットランドに帰るのね〜〜』と思うに至っては、羨ましいやら悔しいやら(笑)。なんで私は今、グラスゴーのスタジアムに座って、緑のユニフォームを着た、同じ中村の背中を見ていないんだ?と、自分の不甲斐なさに膝を打ち、まどろっこしさに胸を掻く。
いつか必ず見に行こう、縞のグリーンのユニフォームを着た中村の背中を。ピッチが近いスコットランドのスタジアムで、グラスゴーの熱い観客に混り、英語訛りの『ナカムゥラ〜』という歓声を上げよう。


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