今年の【映画】総括

2007年12月30日 18:02

さてさて、2007年も、もう間も無く終了。
今年も映画を色々と楽しんだ1年だった。
という事で、1年を無事に締め括るべく、今年も年間の総決算をしようと思う。
昨年末はベスト10にしたが、今年はベスト20で。
理由は・・・実は・・・、昨年ほどピン!と来る作品が無かった分、選定に困ったから。どれも似通った面白さで、特出したものが余り無かった。残念と言えば残念だが、全体的に万遍無く面白い作品が増えた、という事で♪

1.『善き人のためのソナタ
<若い監督の可能性に期待して!そして素晴らしい物語に>
2.『クィーン
<名女優の名演技に敬意を表して>
3.『サン・ジャックへの道
<今の私に必要なものを与えてくれたから>
4.『パフューム ある人殺しの物語
<あの奇怪な名著を良くぞここまで!という賛嘆の意>
5.『プルートで朝食を
<キティの憂いを帯びた瞳に乾杯>
6.『幸せのちから
<物語よりも、これもやはり役者の素晴らしさと今後の活躍に期待して>
7.『レイヤー・ケーキ
<スタイリッシュ1番!格好良さ今年1番>
8.『ルワンダの涙
<今年のシリアスNO.1かな>
9.『スタンドアップ
<女性のために、その強さに敬意を表して>
10.『リトル・ミス・サンシャイン
<素晴らしい家族に、その肩の力の抜けた幸福に♪>
11.『トリノ、24時からの恋人たち』<今風で、だけどおかしい素敵なロマンスに>
12.『ダック・シーズン』 <若手監督の素晴らしい目線、映像、演出。意欲作>
13.『13/ザメッティ』<上記同じく、素晴らしい才能に祝杯を>
14.『フランシスコの2人の息子』<感動と素敵な歌声に、父と家族の強い絆に>
15.『フーリガン』<単純に面白かった!>
16.『マッチポイント』<物語の複雑さと簡潔さ、やはり監督は大物?>
17.『ラッキーナンバー7』<意外な物語の展開、その雰囲気、面白かった>
18.『ホリデイ』<キュートで素敵なロマンス>
19.『ラブソングができるまで』<意外な秀作。2人の素敵な共演に>
20.『フランキー・ワイルドの素晴らしき世界』<作品の趣旨に反して?秀作>

≪番外編≫順不同
『世界最速のインディアン』<話が優しくて、何しろA・ホプキンスが良いが・・・地味>
『PURE ピュア』<かなり深くて良い物語なれど、地味>
『偶然』<秀逸なプロット、興味深い展開、しかしちょっと古いのねぇ>
『輝ける青春』<素晴らしい映画。だけど、、、長い!!!>
『モーツァルトとクジラ』<良かった、良い映画だった、だけど賛否両論ありそうで>
『ハニーVS.ダーリン 2年目の駆け引き』<上手い視点でしょう。>
『ナイン・シガレッツ』<メキシコ映画の良さがタップリ。だけど地味ねぇ>
『ヘヴン』<非常に深い、素敵な台詞も映像も満載だが・・・難しすぎる>
『SLAM』<これは最高!言葉の威力、魅力を堪能できる。古いけど>
『ハッスル&フロウ』 <格好よくて、少しワイルドで、、、でもちょっとありがちだったかなぁ>
『グッドナイト&グッドラック』<真摯な作品で重厚なれど、やはり要素が地味>

とまぁ、こんな感じだ。
今年は171本の感想を書いた。書いていない作品はTVで見たりネットだったりというのがあと数本。総じても180本行ってないかな?
来年は目指せ200本!・・・と言いたい所だが、それほど暇であって良いわけもなく(笑)。少し学ぶ時間を持とうと思っているので、より熟考した作品選びをしなくては。
それにしても、私の作品リストには常に200本の作品が保存されている。観ても、観ても一向に減らない(笑)。映画って本当に沢山作られている。しかもほとんどがとても興味深い、意義有る作品ばかりだ。来年も、数多くの素敵な作品に出会える事を期待して!

Have a happy and lovely New year!!!

ファッション

2007年12月30日 13:52

年末なのに、かなりどうでも良い話題の日記を(笑)。

先ごろ行ったアイルランド旅行で、『アランセーター』を2枚買ってきた。もともとは余り興味も無く、アイルランドを象徴する伝統的なものである認識はあれど、憧れだけで買っても『着ないだろ?実際』という思いのほうが強かった。
しかし、以前見た映画で、えらく格好良いアランセーターの着こなしを見てから、ちょっと欲しいな〜♪などと思っていのだ。単なる『欲しいな〜♪』程度の思いだったが、今回のアイルランド旅行ではよもや『必至』の思いで購入したのだ。余りの寒さに(笑)。

旅先ではカーディガンタイプだけを着ていた。恐ろしく寒くて寒くて、身体の芯まで冷え込む空気にガタガタ震え、9月末だというのに既に白く吐き出される息にゲンナリしていたが、これを羽織った途端に包まれた暖かさ。冬の幸せをの一部を実感した。

さて最近、もう一枚買った更にモッサリ厚手のセーターを着てみた。これが驚くほど暖かい。汗をかくほどの暖かさなのだ。良く映画や小説でも、猟師が寒風吹き荒れる中、このアランセーター1枚でいる姿を見て不思議に思っていたが、これは納得だ。本当に暖かい。日本の冬ならこれ1枚でだって乗り切れそうなのだ。
しかし思い返してみれば、最近こういう『モッサリ』した、本物のセーターというのにお目にかかる機会が減った。どこに行っても、身体のラインが割と良く見えるような薄手のセーターばかり。寒がりの私は、それでも厚めのセーターを買っているつもりだったが、このアランセーターを着て、厚手と思っていたセーターも相当に薄めであったことに気が付いた。
子供の頃の記憶を辿ると、待てよ?冬場にはこんな『モッサリ』セーターばかり着ていたな、と思い出した。母の手編みのセーターだったりもしたが、セーターと言えば『毛糸』でしっかりと編んだ物で、その編目が遠目からでも見えるぐらい太くてしっかりした毛糸で編まれていたように思う。最近冬が寒い・・・と思っていたが、何の事は無い、ファッションが変わって薄着になっただけだったのだな、とつくづく思った。

さて、このファッションの推移だが、土地柄や流行に併せて世界各国で様々な変化が見られると共に、共通して変わっていくものもある。前々からずっと思っていたのだが、『男性はなぜ、ズボンしか穿かなくなったのだろう?』という事。きっと服飾を専門に勉強している方ならこの経緯もお解かりかと思うが、その昔、そりゃあずっとずっと昔に遡れば、男性も女性も『スカート』からファッションの歴史は始まったはずなのだ。
原始時代に遡らずとも、例えば古代ローマ辺りのトーガ。シーツを身体に巻きつけたみたいなヤツ(笑)。あれは立派に『スカート』。日本の着物だって、下からスカスカ風邪が入ってくるという観点においては『スカート』の基準を満たしているが、日本の場合は一応『袴』というものもあった事は興味深いのだ。

世界各国今でも、男性がスカートを穿くのが『普通』な地域も多々ある。私が最も先に思いつくのはやはり『スコットランド』。キルトは今でも男性の正装であり、正統な結婚式では女性はウェディングドレス、男性はキルト(巻スカート)に丈の短いジャケット、その他装飾色々という格好だ。ちなみにキルトは、『男性』の為の衣装として残っている。
今でも普通にキルトを穿いて街中を闊歩する男性に出会える、こちらの観点からすればいささか『不思議』な光景を目にする事が出来るのが、スコットランドの面白味でもある。
その昔スコットランドの兵士達は、このキルトを穿いて戦場に赴いた。余談だが、日本の着物と同じで下着を付けないのが正統な着こなしだ。あのスカスカで、下着無し。。。これで良く剣を振り回して戦えたものだと。女の私が考えても落ち着かない(笑)。

一般的に男性はズボンというのが定説ではあるが、時折思い出すのは元彼氏の言葉。
『女は良いよな、洋服買う場所がたくさんあってさ』という、お洒落に余念の無い男性にしてみれば結構な大問題的発言だ。確かに、女性の洋服のバリエーションは多彩だ。併せて購入する店も、男性専門の店の数の比ではないだろう。
その最たる違いはやはり『ズボンとスカート』両方穿けるという所にあると思う。それに併せてトップスのバリエーションも2倍。というのはちょっと違うとは思うが、圧倒的に女性の選択肢の方が多い。
女性は男性の服装を多く取り入れて来た。反して男性は、男性の服装を固持してきた。なぜだろう?この感覚の違いは一体いつ頃から生まれたのだろう?その感覚が生まれ始めた昔に遡って、その考えを正していたら、今頃男性も女性の服装を普通にする世界が成り立っていたかもしれない。ファッションに男女の垣根が無く、男性もスカートを穿いたり、セクシーなラインのトップスを着たりして・・・。挙句化粧が必須なんて世界だったかも?
私は良く、彼氏の洋服を借りて着ていたが、これが男性にも可能な世界。ちょっと彼女のスカートを借りちゃったりして(笑)。面白いと思うのだが、いかがだろう?やっぱりダメか(笑)。

ボトムがズボンだけ、となるとトップスのバリエーションもかなり限られる。ワンピースなるものもあり得ない。短パンはあり得るが、女性のスカートの裾の長さほど、ズボンの長さは選べない。男性って大変だなぁと思うと共に、それでも今尚、スカートを穿いておかしくない世界が平行してある事も面白い。それでもやはり、思い切って穿いてみろ!とは言えないが。
何のオチも無い日記ではあるが、兼ねてから疑問に思っていた事がある。和装をしている男性は、スカスカ風が入ってくるあの感覚、足を1本ずつ布地で覆われていないという感覚をどう受け止めているのだろう?着物は着物!という事で、それに関しては全く違和感が無いものなのだろうか?

難しい言葉

2007年12月23日 23:17

最近の読書感想、いささか現実離れした作品が多い。実はこれにはれっきとした訳がある。

先日読んだ『文学』の薫り高い作品で、『邂逅』という言葉が出てきた。読み方は『かいこう』。読む事は出来る、意味も何となくは解る。
私の悪い癖なのだが、意味が何となく解る程度だと、良く調べもせずにそのまま放置してしまうのだ。しかも私が良く読む小説には、比較的そうした『小難しい』言葉が多く出てくる。この作品を読んでいた時は、ことさらにそうした小難しい表現が多くていささかうんざりしていた。そしてこの『邂逅』という言葉を見た時に、気になって辞書で意味を調べてみた。

邂逅=〔名詞として〕思いがけなく出会うこと。めぐりあい。
:三省堂提供「大辞林 第二版」より:

してこの作品の文中における、『邂逅』が出てきた文章は、大体こんな感じ・・・
『先だっての邂逅からこちら・・・うんぬんかんぬん』
そこでこの『先だっての邂逅』はどんなだったか?とページを脳内でパラパラ戻してみるならば、全く邂逅でもなんでもなくて、完璧に計算されて、偶然を装ったのでもない、強引な『出会い』の事を言っているのだ。

・・・『邂逅』じゃないじゃん・・・と脳内でポツリ。

な〜んでわざわざこんな難しい言葉使うんだろ?原書においてそれに相当する単語で表現されていたからなのか?単に訳者の好みなのか?そんな事を考えていたら、いきなりそうした作品を読む事に疲れを感じてしまったのだ。それはもう思いっきり、ウンザリしてしまったのだ。
そうした文学作品を読むのは、今だって嫌いじゃない。でも当分はもう飽和状態だ!といきなり思った。もちっと解りやすくて楽しい作品を読もう!と思ったので、手持ちの楽しげな作品を掘り出している。

いきなりこんな疲れを感じたのは、そもそも私のお脳が、ちょっと弱いからなのだと思う。ちなみに最終学歴は高卒。専門学校は中退。大学に行かなかったのは、ウチが貧乏だったから・・・などでは全くなくて、単にこれ以上2年無いし4年間も『勉強』する事に耐えられなかったからなのだ。それで両親を説得した。両親はアッサリ了承したのだけど(笑)。
あの時のゾッとする感覚は、今でもはっきり憶えている。冗談じゃない!これ以上勉強なんてしていられるか!12年間も我慢したのに、これで綺麗さっぱり縁を切ってやる!という気持ちだったのだ。
しか〜〜し!実は今読んでみたい本は、高校の頃の世界史の教科書なんである(笑)。今思い返しても、なんであの時、教えてくれる人がいたのに真面目に聞いておかなかったのだろう?と後悔する気持ちがちょっとだけある。

いずれまた『文学』作品を読む日が再開されるだろうとは思うが、今しばらくは、気軽に楽しめる作品に埋没していたい。我ながら残念なヤツだなぁとは思うのだが、難しい言葉にお付き合いするのは、ここ暫くはお休みだ。

ドライブって?

2007年12月17日 22:39

私の辞書には『ドライブ』という文字は無い・・・らしい。
目的もなくただ『車に乗っている』ということが、出来ない性分なのだ。確かに子供の頃は、ただ単に車に乗っているだけでウキウキして、むやみやたらとはしゃいでいたような気がする。ただ難点が1つあって、猛烈に車酔いする子供だったのだが。
それでも、目的地に向かっているという楽しさと、目的地から帰るまでの道のり、車に乗っていれば今日この楽しい日は終わらないという気持ちから、降りるのがイヤでたまらない気持ちになっていたのを思い出す。
いつ頃からだろう・・・?車が単なる移動手段になったのは・・・。

そりゃあ私も若い頃は、夜中に『ドライブに行こう』なんて誘われる事もあった。20代の頃はレストラン勤務で、仕事後に遊ぶとなると当然深夜になってしまう。若さゆえの体力って凄いなぁ〜と今更ながらに感嘆すると共に、その頃はまだ、ドライブもさほど気にしてはいなかったような?いや・・・、ドライブに誘われると、『良いけど、こんな夜中にどこ行くの?』とか良く聞いていた。純粋に、目的地の無い移動というのが理解出来なかったのだな、20代前半で既に(笑)。

ウチの両親、とりわけ母は、人生の楽しみを知っている女性だと常々思っている。彼女のように時に無駄に思える買い物をしたりしてみたい。母は良く『良いじゃない、こんな時ぐらい〜』と口にするが、そんな時の母の大盤振る舞いは多分普通の主婦レベルじゃない。
そのおかげで子供の頃から、貧乏だったくせに『一流』に触れる機会が多かった事は感謝しているし、例えその時スッカラカンになってしまったとしても、私達一家は今でもちゃんと存続しているので、ケチケチして陰鬱な思い出しかないよりは、ずっとずっと素敵な子供時代を送らせてもらったと思っている。
両親は自営業だったので、比較的時間に融通が効いた。また、子供と一緒に暮していない穴埋めか、単に母が暇だったのか?良く母から電話で『ドライブに行かない?』と呼び出されたものだった。年齢が大きくなると逆に、私達の方から『ドライブ』に誘う事もしばしばだった。
余談だが、我が姉妹に反抗期は無かったのだ。離れて暮していたから反抗するのも大変で(笑)。思春期は当たり前にあったが、反抗した憶えは無いと断言できる。
10代から20代にかけては、最も頻繁に『家族で』ドライブしていた時期だと思う。姉が一足お先に社会人になって、深夜の遊びに学生時代より頻繁に出かけるようになってからは、両親と私の3人のドライブが続いた。『ドライブ』と言っておきながら母は必ず、車に乗ると助手席からくるりと振り向いて、『で、どこいくの?』と聞く。
いやいや、誘ったのはあなたです・・・と思いながら、母と娘で行き場所を考えるのだ。その間運転手の父は、適当に家の辺りをウロウロして、いずれの方向にも行ける様にしてくれていた。そこで大抵出てくる案は、『ホテルに行ってお茶飲もう!』である。じゃあどこの?となると、我が家のお気に入りは断然舞浜周辺、または当時出来立てだったお台場周辺だった。
そういや、母の誕生日も兼ねて夜に家族でディズニーランドに行きましたっけ(笑)。姉妹2人、仕事上がりに両親と待ち合わせて、当時はまだ入場券だけが売っていたので、それを4枚買って、パレードを見てお茶を飲んで、、、うん、なかなか良い家族なんだな、ウチは♪

話は逸れたが、母の面白いところはここである。『あたしドライブって好きよ〜』と言っておきながら、目的地が無いと落ち着かないらしいのだ。しきりに『どこに行く?』と問いかけ、『良いじゃない、ドライブなんだから〜』と言っても、『そうなんだけどさぁ・・・あ!○○行ってお茶でも飲む?』とめげずに案を繰り出してくる。
それでも『ドライブ』という言い方にこだわった母。今にして思えば、なんて贅沢な時間の使い方だったろう。『全く贅沢な家族よねぇ、ガソリンぶん撒いて夜中にさぁ』と良く母は笑いながら言っていたが、全くその通り!と当時から思っていた。
それでもあの頃の思い出は、こうして書いていても懐かしく楽しく蘇ってくる。閉店間際のホテルのロビーを母と歩いた思い出。照明を落とした少し薄暗いロビーを歩いて、閉まりかけのお店を冷やかすのだ。出来たばかりのお台場周辺も、レインボーブリッジも、ランドマークタワーも、なんだかそうした『デートスポット』は、私はほとんど全て両親と夜のドライブで初めて訪れているようだ(笑)。

そうして今つくづく思う・・・そういった『贅沢な時間』の使い方、忘れてしまったなぁ〜と。今の私からは『ドライブ』という単語も意味もすっかり抜け落ち、すっかり忙しさにかまけ、そうした時間を無駄だと感じている。
70歳を過ぎた母は今だって、そうした『贅沢で有意義な時間』を大切にしているのに。彼女は若い頃から、時間の使い方が上手かった。楽しむという事も、良く良く知っている人だったのだ。そのクセいつも、『あたしの人生失敗だらけ』とグチグチ言ってはいるのだが(笑)。
なんだか寂しいなぁ〜、自分。かなり豪快で自分勝手さもある母だが、どうせ似るならそういう良い部分にしたい、受け継ぎたい。でもドライブ・・・やっぱり意味解らん行為ではある(笑)。

あ!いや、最後に思い出した、私の楽しかったドライブ体験。
21才頃、免許を取りたてだった私は、父と良く練習がてら深夜のドライブに行った。母は恐怖心からか絶対に同行しなかったので、父と2人きり、良く練馬の方までドライブしたのだ。これこそまさに、行く当ての無い『ドライブ』。いやいや、右折の苦手だった私は、延々と左に曲がり続け・・・(笑)。
そして必ず、どこかのファミレスで軽食を取る。母が心配しているはずなのを2人で笑いながら、父と娘、陰謀の時間だったのだ。頃合を見て母に電話すると、母は決まって死にそうな声で『遅いから心配してたのよ〜』と言う。いつも大抵12時頃まで遠出をしていた。
あれは確かに・・・楽しかった(笑)。

悩みの副産物

2007年12月16日 13:02

最近落ち込む事が多くて、もしかしたら精神的にちょいと参っているのかもしれない?
この『もしかしたら』というのがクセ者で、私はそもそもストレスを余り感じないタイプで、長い事思い悩むという事が無い。根本的には弱い人間なので、『思い悩む』事に耐えられないので、無意識の内でそうした悩みが心の中に侵入するのを防いでしまうのだ。
だから自意識下のストレスが、様々な形になって現れる。体調不良が最たる物だが、個人的にそれがストレスと気がつかないので治療する事もままならない。これは私の欠点だと思っている。多分、もう少し素直に、いや強くなった方が良いんだろうと。

最近のすったもんだは、仕事に関わる事なので無視する事が難しい。今後この先1人でやっていけるのか?生死の問題にすら繋がる重要時。だから考えなくてはいけない、、、という焦りと不安があるので、さすがに私も悩む。。。そんな時間が耐え切れない。

さて皆さんは、悩みを抱えた場合どうされるだろう?大方は『誰かに相談する』とか、『とにかく話を聞いてもらう』という行動に出るのだろう。
実は私はこれも苦手で・・・。こうして文章を書く事はできるのだが、これはじっくり考えた上で何度も修正したり時間を置いたりして書き上げるもの。書いている途中に考えの違いに気がついたりもする。だから、ほぼ自分の思っている事が表せるのだが、ぶっつけ本番で自分の考えを人に話すというのが、相当苦手なのだ。
これは多分、そもそも悩み事をじっくり考えるという事を拒否する性分から来ているのだと思う。悩むべき要素はハッキリしているが、その答えを出すに至る苦難の行程を基本的に拒否しているから、自分の考えを話すことも出来ないのだ。

ついでに私は、自分の悩みを人に相談する事、ひいては悩みを公にする事を潔しとしない考えがあった。それは弱い人間のする事で、本当に強い人間は、そうした悩みを人知れず解決して表には悟らせない。そんな人間が格好良いとすら思っていた。
最近はそんな考えは捨てた。悩みを相談するのは弱い人間のする事とは限らないし、そうした話をする相手もいないなんて、それこそ寂しい人生に他ならないと。幸い私には、話を親身に聞いて心配してくれる良い友人達がいる。そうした事柄に感謝して、少しずつではあるが話を聞いて貰えるように努力している。

しかしこのクセは子供の頃からで、何かあっても私はまずは『両親』に話すことが出来なかった。これは一緒に暮していなかった事が原因なのか、基本的に両親は心配しかしないからなのか?果たしてその真意は私でも謎だが、今でも両親に一番、自分の置かれた苦境を語るのが苦手である。仕事が無くなった時、一番最後に報告するのが『両親』なのだ。
そんな訳で、今もって『人に悩みを相談する』という事が苦手だ。長年培ってきたクセは、そう簡単には抜けないものなのだ。

そんな時に私はどうするか?答は『引きこもる』だ。とにかく人と接する事が億劫になって、とことん内側にこもってしまう。楽なのだ、そうして自分で自分を甘やかしている事が楽なのだ。
かといって何もしない訳じゃない、それなりに『解決』に向けて動いてはいる。だから今でもきちんと生きている。それなりに何とか社会にしがみ付いている。
そうして精神的に引きこもっている時も、時たまは人と接触する事があるが、そうした時はことさらに疲労を感じる。素直に感情を出せない性質なので、その時の自分に可能な限界を超えて明るく振舞っている事に疲れてしまうのだ。でもそんな事は誰にも言えないと、人の顔色を伺ってしまう小心者なのだ。かなり、面倒な性格だ。

最近つくづく考えてしまった。こうした私の内にこもる性格は、なんとも寂しいものだなぁと。
話を聞いてくれる友人がいる、叱咤激励してくれる人達がいる。それでも私は本音の片鱗すら言えないのか?と。一番の問題は、そうして私が凹んでいる時に、実際は友人達にどういった行動をとって貰いたいのか?果たしてどういった行動が一番心休まるのか?我ながら経験が無いので解らない事だ。
ただ最近は、話すとスッキリする!という事が良く解った。聞いてもらいたい人もいる。それだけでも人間的に大きな進歩だと思う。今まではこうして書いて頭を整理するしか方法が無かったが、もっと人との触れ合いを持った人間らしい行動に出る事が出来る。
そうした事柄に気がつけるなら、友人達の存在を大切に感じる事が出来るなら、悩む事もそう悪いものじゃないのではないか?なんて、ちょっと前向きに思えたりする今日この頃だ。

難聴になったらしい

2007年12月03日 21:33

『老いを感じる』・・・、まだ30代なのに変な言い方だが、実際最近つとにそう思う。勿論、これから40代、50代と、まだまだ老いを感じて行くのだろうが、私の場合は、その戸羽口がいきなり訪れてしまったのだ。
20代の後半ごろのある日、鏡を見ていたらいきなり首の皺に気がついた。前日までは全く気にもなっていなかったのに、その時突然、鏡の中の自分の首にあの、『年齢と共に現れる横皺』がくっきりと刻まれているのが目に付いてしまった。その時に初めて、『自分は年をとっているんだ』と、当たり前なのに見えなかった現実に気がついた。それでもまだ20代だったので、その若さにすがって現状を紛らわす事が出来た。
30代に入って間も無く、無視できないほどの白髪が現れ始めた。その量はもう『若白髪』の粋を遥かに超え、単なる加齢による白髪の域。美容院で相談もしたが、当座は自分で染めている。およそ2週間に1回の割合である。
それでもそんなものは、誰にも迷惑をかけないし、私自身が気にしなければ、慌しい毎日に紛れて存在すら忘れてしまう。『老い』と言うには、まだまだ甘ちゃんな出来事だったのだ。

5年ほど前に初めて聴覚異常が出た。丁度30代を超えた辺り。会社の健康診断での発覚だったので、詳しい検査もしないまま時が過ぎた。それでもその診断が出た辺りから、会社の上司から『耳の聞こえの悪さ』に対する批判が出たりし始めた。
以来耳が悪いという自己認識は芽生えたものの、まだまだ周囲を騙せると思ってやってきたのだが、ここ数ヶ月で聞こえなさが悪化。もはや『騙しながら生活して誰にも迷惑をかけない』事は出来ない状況に追い込まれている。
仕事を決める時も耳の状況は予め話していたのだが、今の職場だけは、耳の事を言わずに面接を受けたら受かってしまった。耳の状態をカミングアウトしないで始めた仕事だったが、状況の悪さを思い知るばかりで、苦痛の伴う日々を過ごしていた。
私にとっては聞こえない理由は解っていても、周囲にしてみれば『反応が悪い』としか映らない。何度声をかけても振り返らない私にきっと周囲はイライラしているはずなのだが、会社の人は皆良い人達ばかりで、その素振りを余り顔に出したりはしない。それでも、時折見え隠れする微妙な憤慨の表情に、自分自身が酷い過ちを犯している気持ちになってしまう。
結果として、対人恐怖症じみた感情が芽生え、今では外出するのすら少し恐ろしい気持ちがある。人と接する事も嫌になりつつあるのだが、それも自分自身の問題と、あえて直視しないようにして誤魔化そうとしている。その気持ちの半端さが、余計複雑で自身ですら理解し難い分裂気味な気持ちになって、常に私の中に燻っていた。
何より職場にいると、指示がきちんと聞こえていないという焦りと不安から、本来の私というものはすっかりなりを潜め、おどおどとした自信の無い、無能な私が現れる。聞こえない事で何かミスをしていないかと常に不安で、余計な凡ミスまで連発してしまう。私的にはれっきとした言い訳はあるのだが、そんなもの、会社の上司には通用しないのである。それだからこそ余計に萎縮してしまって、どんどんと悪い方向へ進んでしまう気がする。

私の症状を調べてみると、『感音性難聴』という症状が全て当てはまる。その原因としては様々で、調べるほどに判断は難しい。これは医者に行っても似たような場合があるらしく、生まれながら、姿勢や身体のコリ、血行の悪さ、ストレスなど、要因は様々に考えられるそうだ。その中には『老化による機能低下』というものもあった。
普通に年老いて、身体の機能が低下していく。個人差は様々だろうが、これは生き物としてある程度仕方の無い事だ。誰でもいつかは年を取って、若い頃とは違う自分になっていく。今自分の耳が遠くなって初めて、自らの老いを真剣に考えるようになったのだ。というか、『初めて老いを感じる』という、堪えようも無い大きな衝撃に襲われている。
しかしこれは、始まりだから感じる不安なのだと思う。日々こんな恐怖と向き合って過ごす未来なら、私は全く欲しくは無い。きっとこの状況になれてしまえば、後は安閑と受け入れられる達観した気持ちが芽生えるはずだ。次の衝撃がいつ来るのかは解らないが、その時は今ほど大きなダメージには至らないだろうと思っている。
そうして人は、ゆっくりと老いていく。その中で、もう若くは無い、何でも出来る訳じゃないという重要な事を身を持って学び、毎日をもっと大切に生きていく事ができるのだろう。それだからこそ、年老いた人は賢者の知恵を持つ。若さでは太刀打ち出来ない、深い人間性が身につくのかも。過ぎ去っていく日々の大切さを、自身が消耗していく中から学ぶ。まさに人生は、自分自身が生きて学んでいく舞台なのだと気がつかされる。人生を教えてくれるのは、世の賢人達ばかりではなく、やはり自分自身から見出せるものなのだろう。

『当たり前』がそうでなくなっていく日々。初めて感じる衝撃と共に、人生の儚さや短さも痛感している。こうした事を身を持って実感する機会が早く訪れた事に、感謝しなくてはいけないのかも知れない。年齢が示す『本当の老いの時』を迎えるよりずっと早くその存在を認識できたという事は、後悔の無い毎日を送る決意を生む機会を、より早く見出せた事になる。
身体の機能が低下していくというこの感じ、年齢が理由であろうが、元からの身体機能が原因であろうが、とにかく止むを得ない障害を抱えた危機感は、持ってみて初めて痛感するものなのだ。映画や小説や人からの話で幾ら身に迫って聞いているつもりでも、実際に体験するのとはこうも違うものなのかと、愕然とする思いだ。
少しずつ、自分がこれまで培ってきた価値観や見方が変化している。これまでの自分では思いも寄らなかった変化だ。自分の弱さも痛感している。これほど、自分が弱い人間だとは思っていなかった。ある意味、そうした変化は私にとっての第二の人生になるのかも知れない。
その変化を、良く変えていくのも悪くするのも自分自身。まずは自分の障害を受け入れて、世間と融合させていく事が大事だ。隠そうとせずにオープンに生きる、何事にも、自分をありのままに示せる人でありたい。

感動はお好きですか?

2007年10月27日 23:10

皆さん、泣ける映画って好きだろうか?
勿論私は嫌いではない。ただ、泣きたい!と思って映画を借りる事は無いし、『泣ける!』という意味不明な宣伝をしている映画で、本当に泣いた事はほとんど無い。どうも私は泣きのツボがちょいと違うらしく、役者の迫真の演技や、ふとした仕草や台詞で、ドゥォオオオオオと涙が出てくる事が多い。
ただ、映画や小説では、若い頃に比べると格段に泣かなくなってきた。これはちょっとばかり自分なりに切ない事。双方余りにも多く触れてきたので、確実に感覚が麻痺してしまっているのだ。余程の事が無いと大泣きする事はなくなった。『まぁ、こんなもんか・・・』的な(笑)。

今日本では、『泣ける映画』がブーム。つられて小説もプチ・ブームではなかろうか?特に純愛・・・。純愛は悪くは無いのだが、『純愛』『泣ける』が『売れる』最前線で謳い文句というのも、これほど続くといささかゲンナリしてくる。

かつて友人に
『『女が若くして死ぬ運命で、男は女を諦められなくて、泣き叫びながら世界中を歩き回って、その男と女が世界中ですれ違いまくって、最後に男が女の過去をこれまた泣きながら語って、ずっと死んだ女を思い続ける』ってな小説書いたらベストセラーよね!』と言ったら
『あんた・・・そんな見も蓋も無い・・・』と一掃された。
これは確かに極端(笑)な話だが、近い・・・我ながら近いと思うのだが?
あ〜、しかし可愛げ無いね、私も(笑)。

確かに大切な人が亡くなるというシチュエーションは、多くの人の涙を誘う。古くからも、たくさん生み出されてきた種類の話だ。しかしこうした物語も、一時期に集中して続けられると飽きが来る。『またか・・・』という思いが否めないのだが、それが『死』というテーマを扱っているだけに、軽んじて欲しく無いという憤慨に繋がってくる。
振り返ってみて、日本の映画でここ数年、死と愛を扱った映画がどれほど多いだろう?この多さはもう業界が、『作っとけ!やりゃぁ売れるぞ!』という姿勢であるように思えてならないのだ。宣伝文句も『泣ける』を全面に押し出した似た感じで、二番三番どころか、既に出涸らし通り越しているような?
流行はある意味大切、それを追うのは悪くは無いのだろうが・・・。

しかしその辺の流行云々を考えてみると、昔から日本人は、『泣ける』素材が好きなのだろうと思い至った。『純愛』も好きよね。日本の歴史から考えても、かつての日本人の姿から見ても、『純愛』は日本人に本来備わっている素質なんじゃないか?と思えてきた。『耐える』とか『乗り越える』とかもね。
刹那的な繋がりとか、苦難の多い生活への挑戦とか、こうした姿はかつての日本では当たり前に見られた世界。そして自由で楽観的な世の中では、もう余り出会う事の無くなった世界。だからこそ私達は、虚構の世界で求めるのかも?
これって良い事なのじゃないかと思う。実直な態度や人との繋がりを嘲笑うでは無しに、真摯に受け止めているという事。かつての日本の実直な美しい要素を、DNAレベルで求めているのかも知れない?大げさかな(笑)。
それとも現代の人達は、『思い切り泣く』という事が出来なくなっているのかも?思えば私も堪えてばかりで、涙を流すのは映画か小説によってのみだ。思い切り笑う、思い切り怒る、そうした感情の吐露は、生きていく上でとても大切な事だと思う。感情を押し殺してしまうのは、自ら不要なストレスを溜め込んでいるようなもの。『思い切り泣く』事も時に重要なことなのだ。
思い切り泣ける映画、必要性があって今、流行なのかも?

気になる出版社

2007年10月23日 23:10

求龍堂という出版社名、最近良く聞く名前になった。初めて読んだのは『リヴァプールの空』。昨年の丁度今頃知った名前だ。
で、とにかくこの『リヴァプールの空』が名作中の名作!だけど作家も有名ではないし、イギリスとアイルランドの事が細かいし、第二次世界大戦も絡んでいるしで、明らかに日本ではメジャー扱いされない作品。
良くぞ、良くぞ取り上げて下さった!と、天晴れ扇子でも持って踊りたいぐらいだった。いや、冗談では無しにね(笑)。それ以来、気がつくと良く買う本がこの『求龍堂』の本。買ってから出版社に気がつくのだが、間違いなく面白そうだ!と思って買って、『あ・・・また求龍堂のだ』と(笑)。しかも本当に外れがない。今のところ外れは無い。比較的児童向けなのが特徴かな?私の好きなアレックス・シアラーの作品も何冊か出している。

この『国書刊行会』バリのレベルの高い作品チョイスは一体何なの?と今更ながらに気になって、HPにお邪魔させて頂いた。
http://www.kyuryudo.co.jp/
会社概要を見てみると歴史は古く、トップページにも書いてあるが『絵画の売買および美術書籍の出版を目的』に設立された会社だったのですねぇ。その筋では大御所とお見受けしました。
確かに、出版作品の多くは『美術系』に分類されるものが多く、HPを見ているとむしろ『文芸』の方が毛色が違うのは明らか。しかし、、、改めて出版作品を見てみると、どれもこれも『いい所』ついてる面白そうなものばかり。作品が少ないからそりゃ割合は高くなるだろうが、少数精鋭タイプで好感が持てる。

つくづく思ったのは、小説も勿論『芸術』の域なんだということ。そして、こうしてしっかり芸術を本分にやられている会社さんというのは、どの分野に置いても高い鑑識眼が養われるものなんだねぇ〜。
そのくせ、『ラスカルにあいたい』なんて本も出しちゃうあたり、お茶目さん度も感じられる。しかし今更『ラスカル』ですよ!?でも『ラスカル』は結構そぉっと人気あるのよ。でも『ラスカル』ですよ!?あのアニメって白目が無いから結構恐い顔なのよ、人間のキャラはね。このアニメシリーズでは、わりかし地味目と思うが、そこを突いて来るなんて・・・憎いわね(笑)。

なんだかねぇ、本読みとして、こういう出版社があるのって本当に嬉しい。大手には大手のやり方があるのだろうが、大手では決して出版しないだろう?と思われる作品が世界にはくっさるほど、文字通りくっさるほど!!!!あるのだ。
海外の本屋に行ったりすると、『ああ、面白そうだなぁ』と思っても、翻訳されて無いから読めないのよねぇ・・・と寂しい思いをしたりする。
氷山の一角だろうが、そんな作品が読めるのは嬉しい事。しかもどれも上質な作品だから、出版社を信じて安心して手にする事が出来る。

これからも、こういう出版社には鋭意頑張っていただきたい!大手にも勿論頑張っていただきたい!一番良いのは、私のように海外の作品しか読まないヤツは原書で読める事なのだろうが、私は日本語の美しさが好きなのです。
当たり前だ、一生かかったって、日本語ほどの理解を英語に見出せるはずが無い。翻訳は確かに原書を削ったり解釈を大幅に加えたりしているが、原書が永遠に理解出来ないんだから、私は十分満足だ!
沢山の翻訳者の方々には、感謝してもしきれない思いが常にある。骨身を削る思いを毎回されているだろうが、おかげさまで私は楽しい時間を頂いているのだ。
翻訳をして欲しいと思う作品は沢山ある。まず真っ先に・・・ロディ・ドイルの新作を、どこか翻訳出版してくれないものだろうか?買います、新書で買うと約束しますから(笑)。

芸術の秋?

2007年10月21日 22:45

家のTVでは普段映画ばかり観て、ほとんど普通のTV番組は見ない。バラエティーとドラマは苦手だが、格別TV番組が嫌いというわけでは無くて、単にこれだけ映画を観ていれば、普通にTVを見る時間がないだけだ。

1週間通して、映画を観る時間を調整しても見たいと思うTV番組はたった1つ。それは、土曜の夜10時から放送される『美の巨人たち』なのだ。しかしそもそも、土曜の夜に家にいる事は余り無く・・・普段ヒマヒマのはずなのに〜!と思いつつ、実際土曜の夜は余り家にいない。。。なぜなの!?

TV番組というのは、それが長く続くほど『飽き』が来てしまうもの・・・だと思いませんか?そのため番組改革だとかで番組内容が改変されたりするが、この番組だけは、何一つ変わらずこのまま続いて欲しいと願っている。
番組開始当初から見ているので、何年ぐらいだろ?5年6年は見ているだろうか?全く飽きが来ないのだ、この番組。
世界的に有名な芸術家の、『1つ』の作品の背景を深く掘り下げていく。しかもその掘り下げ方が良い。作品に絡ませたサブエピソード(ドラマ)を織り交ぜながら、画家の背景、その作品が描かれた背景、作品の解説などを丁寧に紹介してくれる。教育的な内容かと思うが、実際は全く違ってとても親しみやすい構成だ。
世界的芸術家というと『絵画』が一般的だが、この番組では他に、陶器、彫刻などの形あるもの、建築物の他に庭園なども紹介してくれる。紹介される芸術家は世界中に渡り、これまで知らなかったような芸術家を沢山知る事が出来た。
バルセロナにあるグエル公園も、その存在は知っていたが、この番組を見て『絶対に行こう!』と決心した。ラトゥールはこの番組で初めて知ったが、実は絵画自体は以前から知っており、更には大好きな画風だったのだが、作者の名前を知らなかったのだ。この番組でラトゥールの希少性なども知る事が出来、好きだった画に更なる深みを増した気がする。
良く知っていたゴッホ、ピカソなども何度も取り上げられ、ピカソの『ゲルニカ』などはこの番組を見てその存在を知って、現地で実際に見た時に、例えようも無い感慨と達成感を味わった。
この番組で触れる1枚1枚の画、建物、その他全ての芸術作品は、番組で出会ったというその縁が私に1つの運命の芽を息吹かせ、実際に海外に行った時に特別な出会いを用意してくれる。1つの番組を見て、その延長線上に別の楽しみを見出す事が出来る。単なるTV番組の枠を超えて、私にはとても貴重な時間だ。

さてこの番組、その高いレベルの内容に加え、小林薫さんのナレーションがとにかく良い。淡々と、それでいて深みと温かみを感じる落ち着いた語り。これが無くてはこの番組の良さは半減してしまう。とにかく良いのだ、ベタ褒めだ(笑)。
ただ困った事が1つ・・・。

先日、現在六本木の国立新美術館で開催されている『フェルメール 「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展』へ行ってきた。ここで、その困った事が起こる。
フェルメールは大変興味深い画家だが、その作品数の少なさからも、ヨーロッパで実物に出会った事が1度も無い。それをここ日本で、しかもかの有名なあの女性を見られるならと、勢い込んで出かけて行った。
最近私は美術展に行くと、1つの現象に悩ま・・・いや、笑わせられる。
頭の中で、『美の巨人たち』のナレーションが始まっちゃうのだ。しかし私がその画に対して深い解釈があるわけではないので、適当にもっともらしいナレーションが始まってしまう。もちろん声の主は小林薫さん。
特に番組最後に語る締めの一言『(芸術家の名前)○○の、一枚』というヤツ、知っている人は解るでしょ?例えば『ラファエロ、情熱の、一枚』とかそんな感じね。時には勝手に画の解釈なんかも始めちゃうし、それがもう、自分でも笑っちゃう感じで続くのだ。辞めようと思うものだが、暫く無心に画を見ていると、また無意識にナレーションが始まってしまう。

この現象はそうねぇ?4年前には既に始まっていたが、より頻繁になったのはここ最近。どうやら私にとっての芸術鑑賞に、小林薫さんの声が無くてはならなくなってしまったよう。全くバカらしいと思いつつ、そうして見ている時が一番楽しみながら展覧会場を回っているらしい事に、先日とうとう気がついた・・・というか受け入れた(笑)。

極貧にはキャベツ

2007年10月19日 22:06

ここのところ、変にメンタル的な日記を書いてしまったので、ちょっと箸休め(笑)に私の極貧生活の時の食事のお話。
基本的に料理は作れる。なにせ調理師学校にも通ったぐらいだ。前記したように、レストラン稼業はいまだ天職だと思っている。ただ私の料理人生は長い。しかも必要に駆られて、というのが主だったので、特に熱意を持ってやっていたわけでもない。料理は女の領分だとの暗黙の了解根強い世の中。『趣味』で料理をやっている男性の方が、格段にこだわっていて上手かったりする(笑)。
だって結婚でもしたら、妻が料理を作ってくれる!と思ってる男性多いでしょ?同じように、結婚したら2人分料理を作らなくちゃ・・・と思ってる女性も多いはずですよね?この気持ちの差が、熱意に関係してくると思うのよ。

さて、私の料理人生は小学校の低学年の頃から。その頃から訳あって祖母の晩御飯の仕度を手伝い始め、中学を卒業してバイトを始めるまでの9年間ほど続いた。従って、私の料理は祖母直伝。
その後、小遣いを自らストップし、バイトで定期代やらお昼代やらをまかなっていた為、必然的にお弁当を作り始め、それが専門学校まで続く。その後暫くは料理をする必要が無かったが、OLになってからトータルで5年間ほどお弁当を作っていた。もう、自分の作る料理は真っ平だ!との見解が強い。
作る前に味が解っちゃうのよね、だから食べる楽しみなんて全く無い。まさに命を繋ぐためだけの物。自分で作った料理に、楽しみの欠片も無くなった。

そんな訳で、常日頃から私の家での食事は粗食だ。晩御飯なのに、トーストと目玉焼きとか普通。たまにパンケーキを焼いたりもする。ポテトパンケーキにしたりもする。せいぜいがこの程度。またはパスタだ。
ちなみにインスタントは嫌いなのでソースも一応作るが、極簡単なものばかり。最も簡単で美味しいのは、オリーブオイルとニンニクを使ったあっさりしたもの。イタリア料理の利点は、調理方法が簡単だからこそ、素材が良ければ味も良い点。
そんなわけもあってに、素材だけはそこそここだわるようにしている。パンやパスタ、オリーブオイル、チーズなど、そこだけはちょいと質の良い物を用意する。調味料、スパイスの類も滅法多い。メインの食材よりもこうした基本を押さえておくことで、多様な味わいが楽しめるという事だ。

パスタを作る時、または焼きうどんとか、目玉焼きやパンケーキの添え物。ガッツでお米を炊いた時の軽いおかずなどに使える便利なメインとなる食材を常備している。値段は安く、日持ちがする、または冷凍保存できるものがベスト。
そうした事柄を考慮しての常備食材は、ツナ缶、100円で買える時に買い溜めするトマトホール缶。ソーセージ、ハム、ブロックのベーコン(このいずれか)。生活費に余裕がある時は、冷凍の海老かイカ、鶏肉(大抵は胸肉)。なぜか納豆(笑)。冷凍しておくと、お米を炊いた時に有効。チャーハンにしても美味しい。基本は、西洋・東洋問わず対応できる食材である事だ。
上記した食材は、西だろうが東だろうが、世界中の料理にほぼ対応出来るだろう。くどいようだが肝心なのはこの点で、その点から行くと野菜選びが最も難しい。
玉ねぎ、ジャガイモは比較的通用している。ナスもたまに買う。パスタにナスは良く使うし、ニンニクとショウガ、醤油とお酒でさっと炒めただけでも(夏場は自家製の紫蘇を加えて)ご飯のおかずになるし、煮びたしにしてお酢を加えると、夏場に美味しい保存おかずにもなる。保存期間も比較的長い。
しかし長年の経験から、黄金の野菜は『キャベツ』なのだ。これほどあらゆる料理に使える野菜は他に思いつかない。値段も安い、家の近所なら100円で一玉買える。しかも大きい。日持ちは他の野菜では比較にならないほど長い。新聞紙でくるめば驚くほどもってくれる。
近頃は100円均一のお店でアンチョビ缶が買えるので、ニンニク、アンチョビ、キャベツオリーブオイルで、レストランの味が再現できる・・・はず。レシピはレストランのシェフ譲りだし(笑)。
卵と一緒に炒めて醤油で味付ければ和のおかずに、ベーコンと炒めて味噌味にすれば中華に、トマト、オリーブオイル、クリームのどんなパスタにも合い、挙句刻めばサンドイッチにだって!ああ、なんて活用度満点な野菜。しかも食べ切れなければ、お酢で煮てピクルスにすれば半年はもつ。ザウワークラウトみたいなものだが、香辛料さえあればかなり安価に簡単に出来るのでお薦めだ。
我が家にはキャベツがかなり頻繁にある。特に、貧乏な時はキャベツだ。単にサラダでも食べられるし、100円で買って2週間は食べ続けられる。
ジャガイモをマッシュしてキャベツを加えれば、アイルランドの代表的な料理コルキャノンにだってなっちゃうし、千切りにしてお好み焼きの具にすれば、他に具材が何も無くても結構食べられる。夜寝る前に小腹が減った時は、マヨネーズにちょっと七味を入れてつけて食べる(笑)。

そんな訳で、今は毎日キャベツを食べている。なんて便利なんでしょう。おかげで一月の食費は1万円もかからない。キャベツ1個100円。プラス買い溜めのパスタ、(今だけは)100円の食パン、1個当たり18円の卵。ソーセージ、ベーコンあたりで半月は持つ。これでもかなりのバリエーションがこなせるのだ。
貧乏だけど、心は錦ってね・・・違うかな?


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