勉強じゃない勉強

2008年04月26日 23:24

今私は、自分で決めた事ながら、勉強をしなくてはならない身の上だ。
とは言え、そもそも脳の皺が人よりは少ないと自負しているし、ポアロやジーヴスが『灰色の脳細胞』ならば、さながら私のは、灰色の対極にありそうな『ショッキングピンク』、とでも言い切れるのじゃないか?と、常々思っている。

簡単に言っちゃうと、勉強が大嫌いなのだ。

勉強に関する事柄が嫌いなのじゃなくて、勉強と言う概念が嫌いなの。簡略すると、興味対象に勉強という概念が忍び込む事によって、何もかも全てが色褪せてしまうという事だ。例えば、中世ヨーロッパの歴史的小説は大好きだが、学校の歴史の授業は大嫌い!という違い。
日本語教師の勉強も、まず自分が明後日の方向に向かっていた事を知り、更には徐々に勉強の色が濃くなって来た辺りから、やる気が・・・。埒が明かないので、通信教育を始めようと思ったが、まさに『お勉強世界』に踏み出す気構えと、単に金銭不足から二の足を踏んでいる。

とか何とか言いつつ、実は私、今無性に『大学』に通いたい。大学なんざ勉強の総本山じゃないか!と思われる向きもあるやも知れないが、今の私にとっては、単に知識の宝庫という見方でしかない。美術館、図書館、大学、これ全部並列(笑)。高校はもう行ったし、次は大学(笑)。
そんな話を母にしていたら、『あんたって、何でもかんでも遅いのよ』と言われた。更に『本当は大学に行って欲しかったのよ、でもどうせ、言ったって聞きやしないんだから』と。お母さん?それはちょっとおかしくないですか?私が高校の頃は既に両親とは一緒に暮らしておらず、進路の事など、まともに話した事は無い。勉強しろの何のと口うるさい親では無かった代わりに、娘の日々の実態すら知らない親だったのだ。それなのに、何を今更?

我が家の親子関係は、平均レベルを遥かに超えて良好だと言える。子供の頃から一緒に暮らしていなかったのが要因かも知れないが、親というより、友達のように会話をする。当然、会話の内容も友達と同等レベルだ、恋の話だってしちゃうのだ。これが、良くもあり悪くもある。
親子らしい会話が少なかったせいか、話題は豊富なれど、悩みや心配事などを打ち明ける事は滅多に無く、子供の頃から、『己の判断』を押し通す癖が身についてしまったのだ。これも、良くもあり悪くもありだ。人の提案よりも、自分の判断を尊重してしまう。
不必要な心配をしない分、むしろ友達の方が素直に悩みを打ち明けられる場合もある。母は心配だけはとにかくする、それこそ身体を壊すほど心配はするが、打開策は何一つ提示してはくれないのだ。で最悪なのが、何とかして欲しい訳ではなくて、時に同情したり励ましたり、何かしらの意見が欲しかったり、その人なりの打開策でも提案してくれればそれで良いのだが、母はなぜか『自分が解決しなくては!』と思うらしい。まぁこれも、親だから・・・と言う事なのだろうが。
しかし彼女は、端的に『金』で解決しようとするから、その『金』を持っていない事に逆切れするのだ。『貧乏で悪かったわね、援助してあげられなくて悪かったわね!』という切れぶりだ(笑)。違うんだけどね、問題の根本は金じゃないのよお母さん。しかし彼女の考えからすると、いかに多くの『悩み事』が金と直結しているかと、今更ながらに資本主義の恐ろしさを実感する。

そんな訳で、進路に関しては親の意見は一切無く、まして親から『大学』を強要された事は無かった。そこでふと、『私には若い頃、道理を教えてくれる人がいなかったからねぇ』と言ったらば、『あんたはどうせ、親の言う事なんて聞かないから、言ったって無駄だったのよ』と言下に断定された。確かにそうだが、お待ちになってお母様。
誰だって自己愛と自己顕示欲の塊になる10代のバカ者に、道理を一辺倒解いただけで、簡単に理解されるはずもなかろうが?そこは親らしく堂々と、理屈理屈、畳み掛けるように一般論に次ぐ一般論で、無邪気かつ面倒な10代の自我をバッサバッサと打ち崩してくれなくちゃぁ・・・。
他人任せは嫌いだが・・・、いやいや、今にして思えば、何も10代から自分の人生に責任なんて、持てなくたって良いのじゃないだろうか?と、時に自分を甘やかしてみたくなる(笑)。
いずれにしろ、大学という進路を選択しなかったのは完璧に私の意志につき、その責任は自分にあると重々承知していながらも、おんぶに抱っこで大学に通えた可能性を、実に勿体無く思うのだ。なぜ19歳から働いちゃったんだろう?とにかく10代の頃の私は、誰にも頼らずに生きたくて、社会に出たくて堪らなかったのだ。あ〜全く、今は誰かに頼りたくて仕方が無い(笑)。何につけても、考え方の推移が一般とは逆なのだろう、私の場合はきっと。

しかし、我が両親が親らしく、10代の娘の自我を打ち崩し、嫌々ながらも大学に通わせたとしたら?まず間違いなく私は短大しか行けなかったろうから、その後の人生で、果たして親に感謝しただろうか?恐らく感謝はしただろうと思うが、それはきっと、曲がりなりにも『大学卒業資格』を手に入れる事が出来たという、単なる事実に対してだけだったろうとも思う。
嫌々大学に行って、やりたくも無い勉強をして、なんとかかんとか卒業したところで、残るべき『知識』は無かったろうとは、簡単に想像が付く。それを証拠に、嫌々通っていた高校の授業で、覚えている事なんか1つだって無い。
結局人間なんて、強制される事に良い結果なんぞは生まれない。いや勿論、大学に於いて、何か学びたい事を見出していた可能性だってある。ただし、強制に対する憎しみは人の心を曇らせる、特に私の場合は根深いので(笑)、もう一寸先も闇というぐらい暗雲が立ち込めちゃって、観るべきものも見落として大学生活を送っただろう。
だから、結果的には良かったのだ。思う様社会に出て働き、そうしながらも自分の興味を探求し、次第に興味の幅も広がった。興味のある事柄の知識を更に得たい、その過程に限界を感じた今だから、学びの場に舞い戻りたいと考える。今やっと私には、知識を授けてくれる場がある事を心から素晴らしいと思えるし、その恩恵を享受することに対する幸運を認識する事が出来たのだ。
大学と言うものを知っている方々には、恐ろしく理想論に過ぎると思われるかも知れないし、実際に通ってみたら、羨望は大きく打ち砕かれるかも知れない。それでも、行けたら素敵だろうな〜♪と、甚だ楽観的に憧れてしまうのだ。恐らく私のこの感情は、大学そのものに対するコンプレックスに裏打ちされた部分が強いと思う。大学を卒業した人は立派な人という、子供騙しな劣等感は、長年私の中で燻り続けて来たものだ。

しかしながら、人は何歳になっても、如何なる場所に居ようとも、『学びたい』という強い意志があれば学ぶ事が出来るのだ。動機が劣等感だろうがコンプレックスであろうが、そこにより純粋で熱烈な欲求があれば良い。あらゆる些末な感情を凌駕するような、強い信念があれば良いのだ。何よりも、そうした熱意や信念が、より以上の成果を生み出すはずだから。
要するに、『行けたら素敵だろうな〜♪』程度では、まぁまず、不可能なのだ(笑)。長い目で見て、新聞沙汰になるぐらい高齢になったとしても、いずれはその恩恵を受けたいと思っている。今はとにかく、勉強恐怖症を克服しなくては(笑)。

紙に印刷された本

2008年04月23日 23:08

今年の春になって、冬の間『冬眠』していた図書館通いを再開した。
私が図書館に通うようになったのは、小学校低学年の頃。知り合いのお姉さんが働いていたのがきっかけだったが、家の近所の図書館はかなり大きな場所で、1階から3階までを埋め尽くす本、本、本。今の私なら狂喜乱舞して何時間でも過ごせたろうが、当時の私は読書嫌いで、古い本の臭いがとりわけ『大嫌い』だったのだ。ちなみにその図書館のサイトを現在確認してみると、『ハヤカワ文庫』全冊所蔵と謳っている。それを知った時には、本気で涎が垂れそうになった(笑)。
では何故通ったのかというと、祖母の知り合いのお姉さんというしがらみがあって、行かないわけにもならなかったのだ。小学生にして、人脈の複雑な構造機構に飲み込まれた、不幸なる私。
そこで起こった重大事件は以前も日記に書いたような気がするが、端的に言うと、借りた本にゴキブリが挟まっており、それを潮に図書館通いをキッパリと辞めた。堂々としがらみから開放されたのだ。以来私は、『古本』が大嫌いになり、古本の臭いは、輪をかけて嫌いになったのだ。
時は過ぎ、大人になり、働いて、貧乏になり(笑)。新刊本を買えなくなる時が来た。以前は月の本代に1万円までと決めていたが、そんな大盤振る舞いは、よもや出来ない身の上となった時、致し方なく古本屋通いを始めた。だけど決して、決して、図書館には行かなかった。古本屋の本よりも、図書館の本の方が汚いという認識があった。
古本はそもそも『個人』が所有していたもので、誰でも、自分の物は大切に扱う。または、全く読まないから売る場合もあるので、比較的綺麗なものも手に入る。図書館は『人のもの』と思うからか、扱いがぞんざいだと思うのだ。

それが何故今、図書館に行くようになったのか?それは、『読みたい本が古本じゃ中々見付からないから』。もっと突っ込んで言うと、『ウッドハウスの本が読みたかったから!』なのである。
最初はそりゃあ、そりゃあ辛かった。実は私、圧迫恐怖症?のようなものがあって、狭くて暗くて背の高い書架がある図書館は、いるだけで呼吸困難になってしまう。冗談でもなんでもなくて、恐怖で本当に息が出来なくなってしまうのだ。今の市の図書館は、比較的書架が低く、室内も明るく、書架と書架の間も広いので、長時間いてもその辺は大丈夫なので助かっている。
借りる本も、基本2005年以降発売の本のみと決めている。それ以外は、実際に手に取ってみて、綺麗だったら借りる事にしている。人気の無い本だと、古くても割合と綺麗だ(笑)。
それでも何でも、とにかく図書館の本は『汚い』・・・場合が多い。最悪なのは、新刊を予約して、それほど日が経たずに手元に届いても、既に手垢やページの捲れなどの劣化が目立つ上に、食べこぼしや、よもや何の染みかも解らない、解りたくない汚れがこびり付いている事。ページを剥がすとペリペリ・・・なんて音がして・・・、ああもう、最悪だ。
大体ね?他の人も借りると言うのに、どうして、何だか知らないが、食べ物をこぼしっぱなしにして本を閉じられるわけよ?それが張り付いてページをくっつけようがお構いなし、不快に挟まった食べ物くずを、ページの奥深くに残しておいたり出来るわけなの!?払いなさい、拭き取りなさい!大人ならそれぐらいの常識を心得なさい!!!
私は基本、自分の本を読むときも、借り物の本を読むと時も、飲みはするが食べない主義だ。自分の本にしても、食べ物の染みが付く事を好まない。ついでに言えば、ページが折れたり破れたりするのも好きじゃない。こういうところは、思いっきりA型だ、そんな自分も嫌いじゃない(笑)。
ああ、嫌だ嫌だ、嫌だけど我慢しなくちゃ。1冊2〜3千円もするようなご本を、読みたい度に買えるご身分になるその日まで。時折不快感の為に涙目になりながらも、やはり読みたい本を適切に読めるのって素晴らしい!と、良い側面を見るようにして堪えている。

そこで思ってしまうのは、『紙だからいけないんだよね・・・』という事。放って置いても紙は劣化して変色するし、虫に食われたりもする。色々と書く事が出来るが、それが仇になって汚れも付き易い。洗えないのも難点だ。汚れをこう・・・ざぁ〜っと一掃する手段が無い。
今は電子図書なども世に出回り、いつかの時代には、図書館レス・・・というか、ネットで借りたい図書を予約して、それがPCか携帯に届いて、2週間だけ閲覧出来る、なんて世代が来るのかも知れない。お取り寄せシステムも無くなり、市や区の境界線も無くなり、もしかしたら世界のボーダーラインも無くなるかも?
私も何度か、携帯図書を読んだ事がある。アレはアレでお手軽で良いのかも知れないが、私はやはり、本は今の本の形で読みたい。紙にチマチマ印刷された文字、ページを1枚ずつめくる楽しみ、読んだ分と、これから読む分を時折比べ、自分の足跡を満足に実感する。
次第に少なくなっていくページ、最後の1ページをめくる時の充足感。実は、初めて小説を読みきった時の清々しい達成感を、私は毎回追体験している。この何とも言えない小さな達成感は、どれだけ長い時間が過ぎても、私の中で薄れる事はないようだ。
最初のページをめくる時の密かな興奮、物語が動き始めた時の盛り上がる興味、次第に深まっていく物語、その穏やかな流れを、過ぎてゆくページの量で知る事が出来る。こうした物語以外に感じられる読書の楽しみは、今の形態の『本』でなければ、感じる事が出来ないのだ。少なくとも、私はそうなんである。ページをめくるという行為自体にかかる楽しみは、決して、電子書籍では味わえないのだ。栞を忘れてパラパラと行き来する楽しみも、忘れちゃいけませんね(笑)。

そうしてつらつら考えてみて、汚さに我慢するか、風情の無い電子図書を鋭意取り入れていくか?考えるまでもない結論が浮かび上がった。私にとっては、やはり図書館様様なんである。
まともな仕事をして人並みの収入を得て、読みたい本は片っ端から新刊で買えば良いじゃないか!という至極真っ当な結論は・・・最大限無視するとして(笑)。

骨盤の歪みには!?

2008年04月22日 22:57

さて私、3週間ほど前に、とても素敵な買い物をした(笑)。その商品とは、『骨盤矯正ベルト』だ。
現代女性の殆どは、骨盤の歪みによる何だかの影響を受けていると言う。私なども、整体や無料体験のエステに行くと、ほぼ100%の確率で骨盤の歪みを指摘される。しかし大抵は、金銭絡みの営業活動と思って、余り相手にしていなかった。
とは言え、腰痛も骨盤の歪みが原因の場合アリと聞くと、これはちょっと気にならざるを得ない。それに、歩き方の悪さが骨盤を歪ます原因と聞けば、私の骨盤変形は俄かに危機感を帯びて来る。酷い前傾姿勢で歩くのだが、これも猫背の一種だそうだ。おまけに足もO脚だし、爪先を外側に開くように歩くのは、骨盤を歪ます歩き方なのだそうだ。そうした余りよろしくない歩き方を総合すると、酷い外反母趾になる。外反母趾になると、歩き方が悪くなる。こうした悪循環の結果、私の骨盤がちょっとばかり大袈裟に歪んでいると考えるのは、極自然の事に思えた。

ちなみに以下、骨盤の歪みによる症例(一部)
『腰痛・便秘・下痢・生理痛・不妊・肌荒れ・冷え性・肥満・バストダウン・O脚・不眠』

さらに骨盤の歪みは、腰周りと太腿の肥大に現れるらしいのだ。下腹がぽっこり出るのも骨盤歪みの典型らしく、私の場合も、身長165cmで体重42キロになった時、身体のあらゆる部位から肉が削げ落ちたにも関わらず、下腹だけがふくよかさを維持していたものだった・・・。
その他特異な症例ではO脚、腰痛、極度の生理痛辺りが当てはまる。骨盤の歪みからこうした症状が顕著に現れるなら、その現況を直すに越した事は無いのでは?と思った次第だ。

・・・ふふ、実はこれはかなりの建前(笑)。
昼・夜働いて食事もまともに取れない日々なのに、ここ最近、太るのが止められない。大体おかしいのだ、飲食業に携わっていて、この膨らみ具合は完璧におかしい。飲食のサービスをするか海外旅行に行った時は、いつも大体似たような効果が得られる。1週間程で腰周り、太腿共に細くなり始め、ヒップの位置も後方にずれて持ち上がった感じになる。だから、『ただ歩く』というのが、効果的なのだと思っていた。現在は週3回はバイトに入っているのだから、似た症状が現れても良いはずだろうと。それなのに・・・膨らんでる。。。
サービス業では当たり前に良い姿勢で長時間の立ち仕事、旅行に行った時は、1日9時間くらい歩く。そのため、『歩きすぎ』という、問答無用のエクササイズ効果が上がっていたと思われる。
そこで思い至ったのが、歩き方そのものに問題があるのでは?と言う事。今のバイトでは非常に歩き易い靴を履いて、結構のんびりやっている。だから姿勢に気を使ったりもせず、ふと気が付くと、悪癖の前傾姿勢が出ている時がある。要するに、悪い歩き方で5時間の立ち仕事は、状況を悪化させる以外の何物でもないのでは?との推察が成り立ったのだ。

骨盤ベルトをすると、歩き方そのものが矯正されるらしい。ならば試しにやってみようじゃないの!と言う事で、ええそうです、要は、痩せたくて買ったのです(笑)。
さて、初めて着けて5分ほど、締め付けている辺りから『コリッ、コリッ』と、骨の動く音がする。これにはちょっと驚いた。暫くするとその音は消え、以来、音がすることは無い。これで、私のずれていた骨が元に戻ったと言う事なのだろうか?まず締め付け感が心地よい。動きも制限されるので、確かに、歩き方が矯正されている感覚だ。爪先を開いて歩く癖も、1日で大分良くなった。
更に1週間ほどで、なんと!O脚がほぼ完治したのだ。私のO脚は、骨自体は真直ぐなのだが、それを2本並べると反っているのが解る。だから私の膝は、かなりの長期間に渡って、どんなに力を入れて引き寄せようとも、直立時にくっついた事が無かった。それが今では、ほぼすんなり直線に伸びた足、膝は軽く力を入れただけでくっつくほどまで近付いているので、完治するのもそう遠からずといった所だろうか。
腰痛は格別良くなったとは思わないが、なんと!ヒップの位置が、あるべき場所に戻ったのだ。エステに行くと良く、『ヒップのお肉が横にずれちゃってますよ』と真顔で言われていたものだが、これならエステティシャンの姉さんにも、文句は言わせまい。まぁこの現象には説明が着くのだが、簡単に言ってしまうと、骨が正しく有るべき位置に戻った、と言う事になる。
さて、気になるスリム効果は?というと、今のところほとんど現れていない。強いて言うなら、欲眼プラス希望的観測100%全開で見るならば、下腹が少し凹んでスッキリしたかな?とうところ。一番の希望は太腿なのだが、こちらはビタ1mmも、細くなってはいない。
今のところ2日ほど着けないでいると、O脚も元に戻ってしまうし、程よく凹み始めた下腹も、勢い良く舞い戻ってしまう。定着するには暫くかかりそうだが、着け心地も概ね気に入っているので、苦にはならないだろうと思う。
更に素晴らしいことに、仕事中に脚を組まなくなったのだ。この締め付け感がそうさせているのか、潜在的で理由は良く解らないが、無意識に脚を組むのを止めている。試しに1度組んでみたのだが、締め付けられている辺りが何だか気持ちが悪くて、直ぐに解いてしまった。

私が買ったベルトは約3,500円くらいのもの。安いとは言い難いと思っていたが、こんなに良い品なら、もっと早く買っておけば良かった・・・、という事で、既にワイドタイプを注文済みだ(笑)。私は、人よりちょと股上が深いので、普通の太さのベルトだと、巻くべき場所に行き渡っていないような不信感があったので、これで解消できると良いな。
我こそは骨盤に異常アリ!と自信のある方(笑)、1度お試しになられたら如何だろうか?私個人としては、高いお金を払って整体に行ったり、エステに行ったりして治療するより、格段にお勧めの手法だ。ただし、当然なのだが、骨盤に何らの以上の無い方には、恐らく全く効果は無いはずなので、その辺の見極めは個人的責任で慎重にどうぞ。

自分のためのblog

2008年04月20日 22:41

先週、先々週と、派遣の仕事が俄かに忙しくなった。
私のポジションは、新しくスタートした業務の補佐という辺りなのだが、1月に入った頃は新規スタートしたばかりで、暗中模索状態が続いていた頃だったのだ。その為、格別やる事も無く、ルーチンだけが課せられた課題だった。
新年度が始まり、これまで蓄積してきたデータを基に、さていよいよ、今後の方策などを打ち出しましょうか!という事になったらしく、『資料作成』がスポット的に舞い込んできたのだ。

私のように、一応、『パソコンが上級向けに使える派遣』を雇う場合、大方は、『パソコンが余り得意でない社員』が多い部署か、『忙しすぎて細かい資料なんぞ作っている暇は無い』部署のどちらかである。ちなみに経験上、後者のほうが待遇が楽である。理由は以下の通り。

パソコンは使えないが、パソコンで何が出来るかは知っている、言い方は悪いが頭でっかちの方が多いので、要求する仕事はハイレベルな割りに、与えられる時間が少ない、のである。
明らかに『今日中』は無理ですよと、殆ど叫びだしたいぐらいの面倒な作業を、『数時間で仕上げろ』と、さらりと言ってくる。『いや無理ですよ・・・』と呟くと、『じゃあ急いでやって!』と、いや違う、もう根本的に無理ですってば!という事で、実際どういう作業をしていくか?という事を細かく説明して納得してもらおうと思うと、そんな事は理解できないので、困惑顔で退けられてしまう。

おかげ様で、我ながら驚くほどの集中力で仕事を進める日々だった。おまけに、今の会社はなんとも『国営』的風合いの会社で、女性が残業したりするのは良い顔をされない。就業時間を過ぎると、女性は残業させないしないという雰囲気が充ち満ちるので、1時間も残っていると、非常に居住まいが悪くなるのだ。おまけに、上司に当たるおじさん達も、『帰って欲しいけど資料も欲しい』という困惑を見せ始めるので、もうなんとも、努力が結実しない歯痒さを感じてしまう。
しかし追い詰められて仕事をしていると、7時間という時間がなんと短い事か!時間の流れの速さに均一性は無いのかもしれない、アインシュタインはやはり正しいのだ!という思い。

そんなわけで、ここ暫くblogのネタ書きが出来なかった。私のこのblogは、余り大きな声では言えないが、90%は会社で書いている(笑)。根を詰めて仕事をし続けると、頭は痛いわ集中力は途切れるわ。そんな時、チョコチョコblogのネタを書いて『休憩』しているのだ。大体、1日で1本書けるか書けないかとういペースなので、まぁ、余りサボっているとは、、、責めないで(笑)。
この2週間は本当に会社では書く事が出来なくて、かと言って、夜はバイトもあるので余計に難しい。実は、会社で暇な時間や、疲れた時の休憩の為にネタ書きをしようと思い立ったのが、かつてHPを始めた要因だった。その後にHPは一旦辞めたものの、『会社での暇な時間と疲労を紛らわす』方策が他に思い至らなかったので、このblogを始めたのだ。
要するに、会社でネタ書きが出来ないなら、何かと忙しい家での時間を潰してまでは、恐らくネタは書かないだろうという事。言わばblog存続の危機だったわけである。潰れたとしても、よもや誰も気にしないとは思いつつ(笑)。

しかし、思わぬところで、私の心境に大きな変化が起こっていたようだ。僅か2週間ばかり、思う様文章が書けなかった事で、無性に『書きたい!』という衝動が湧き上がった。我ながらおかしくなってしまうが、『書かせろ!』というね、制圧された欲求があったの。
そんなわけで、この週末は文章を書きまくった。感想もひと段落する程は書けたし、とりあえずは満足だ。と言うかお腹一杯だ(笑)。また当分は、会社で暇な時間を見つけて数語ずつ書く日々で、この欲求は収まりそうだ。
しかしつくづく、何の足しにもならない文章を書く事に、それほどの情熱を見出す自分の愚かしさがおかしくも情けない。趣味=文章を書く事(注:作家でもライターでも素人エッセイストでもない)と言うのは、履歴書で通るだろうか?むしろ怪しくて、面接官に興味を持ってもらえるかも(笑)。

私の場合は、人一倍喋る性質なのだが、それでもまだ足りない!とばかりにこうして文章を書く。普段はバカな事ばかり言っているので、時たま真面目な事も書いたりする。こうして色々と書く事で、頭の中が整理されたり、ストレスを発散したりしているのだと、つくづく思い知った。
例えば文章なんて、誰にも読んで貰えなくても良いのかも知れない。読まれる文章もあれば、こうしてただ書かれる文章もある。その価値は、読む人によって決まる場合もあれば、書く人によって決まる場合もあるのだろうな。まさにこれ、『自分のための覚書』なのである。

意味のある言葉

2008年04月14日 21:19

親元を訪れる際の楽しみの1つに、彼等が契約している衛星放送の映画を観るというのがある。運が良ければ、日本未公開の作品が観られたり、興味はあるがレンタルするほどでも・・・、という消極的な作品が観られる場合がある。
しかし最近は観ていない作品が放送される場合が余り無く、万がそうした作品があったとしても、それはそもそも観る気の無かった作品である場合が多い。今回は『ワイルド・スピード3』を暇に任せて『ながら見』していたが、余りの日本描写の凄さに親子で楽しませて貰った。
母はそもそもバラエティなどが好きではないので、観るともなしに映画を流している場合が多い。大抵は猛烈な勢いでお互い話しているので、映画を観るつもりでも直ぐに筋が解らなくなってしまうのだ(笑)。それでも、時折話のネタを提供してくれる場合がある。
今回も、字幕だと『チクショウ』となっていた、英語ならFで始まる4文字ワードについて、『『チクショウ』なんて言葉、英語にもあるのかしらねぇ?』と母に質問された。そりゃあるさぁ〜という事で、話は何故か『罵詈雑言』ワールドへ。
例えば『クソ!』なんていうのは英語でも『sit』なので、そういう同調性って面白いよねぇなどなど。そこで思い出したのが、以前テレビで聞いた伊達公子さんのお話。テニスの国際審判というのは、世界中の『罵詈雑言』を理解しないといけないそうだ。神聖なコートの中で暴言は厳禁、それを取り締まるためのスキルであるらしい。
ちなみにその時の話だが、日本語は多言語に比べると、かなりそうした暴言が少ないそうなのだ。そんな話を母にしている時に、たまたまテレビから聞こえてきたとんでもない台詞、直訳するのも憚られるような台詞だったが、日本語の字幕ではあっさりしたものだった。思えば、あのF4文字も直訳なんぞ出来ないだろうし、最近のイギリス映画なんかだと、F4文字すら可愛く思えるような単語が飛び出すぐらい、間違っても、字幕になんか出来ないような・・・。
考えたら日本語は、罵詈雑言が少ない上に使う人のモラルも高いのかも知れない。モラルが高いと言うより、そうした言葉を使おうとする時の感情の温度が、欧米諸国なんかより高いのだろうと思う。裏返すと、相当熱くならないとそういう言葉が出てこない。
だから、英語で聞かれるほどの暴言を、普通に使っている人などは殆どいないだろう。街中で喧嘩している酔っ払いだって、『テメェ、この野郎』レベルだし(笑)。『チクショウ』とか『バカヤロー』だとか、昔から使われて来たこうした罵詈雑言は、今では既に『文語』の域に入っていないだろうか。よもや化石化しているというか・・・。せいぜい『ムカつく』ぐらいが、口語として今も使用可能なのでは?
最近の罵詈雑言には疎いので、実際はとんでもない言葉が出回っているのかも知れないが、そうした言葉は、幸いなことに聞いた事も言われた事もないので解らない。少なくとも字幕としては、直訳すると有り得ないほどの英語も、やんわりとした普通の日本語になっているのが面白い。
子供の頃は『バァ〜カァ』『デェ〜ブゥ』なんて、喧嘩の時には大真面目に言ったものだが、大人になってもそんな事を言っていたら、それこそ大真面目に恥ずかしい。そういえば、かつて働いていた職場の上司が、仕事の進捗が遅れていたり、自分の思うように進んでいなかったりすると、『なにやってるんだよ、ばぁか』と本気で言う人だった。育ちが悪いというか、精神的に不都合のある人なのだと、腹が立つより憐れに思っていたし、初めて言われた時は、なんて知的レベルの低い人だろうと思って心底驚いた。しかしその話を母にしたら、『ウチの娘にバカだなんて、幾ら上司でも失礼よ!』とやたらと怒っていたのでこちらも驚いた。

罵倒したり品位を貶めたりする言葉使いが少ないのは、日本語を母国語とする者として大変素晴らしいと思うが、見方を変えると、怒りを表現する言葉も少ないと言えるかも知れない。
以前聞いて面白いと思ったのは、サッカーの応援の際、外国のメディアが『日本人もようやくブーイングをするようになった』と語った事。いかにもサッカーDND満載な意見だと思ったが、私個人としては、例え場を盛り上げるためや士気を高めるためであったとしても、ブーイングはいかがなものか?と思ってしまうのだが、偽善的すぎるだろうか?
言い争いを余りせず、憤懣を腹に溜め込むのは美徳か否か?かつて『NOと言えない日本人』と呼ばれた国民性は、こうした言葉使いからも推察されるのかも知れない。何でも感情的に口にすれば良いとは限らないが、胸の内に溜め込み過ぎるのも良くないのだろう。吐き出してしまえばスッキリするということも、それもある種のセラピー効果であると考える。
ただし日本語にはそうした表現が少ないので、特に最近の若者などは、英語を『借りてきてまで』使っているのを、何度か小耳に挟んだ事がある。F4文字はもとより、まぁ色々とバラエティに富んだ(笑)。英語のスラングは比較的『神』と『母親』絡みの語録が多いので、お使いになる際には十分気をつけたほうが宜しいかと・・・老婆心ながらね。良く『サナバビッチ』的聞こえの言葉を聴くかも知れないが、あれなんかは意訳すると『お前のかあちゃんでべそ』かなぁ?まぁ、こんなに他愛もない言い回しでも無いけれど。
良く聞かれる『オーマイガ!』なんてのは誹謗するような使いまわしでもないが、『ゴット』と言えば当然キリストを指し、キリスト教でもない人がこの言葉を乱発していると、不愉快に感じる方も結構多いのだそうだ。日本語で言う『神様仏様南無阿弥陀仏』みたいなものだろうか・・・言わないか、そもそも今の時代では・・・。

さて、そんなことをつらつら考えているウチに、とんでもなく馬鹿らしい事を思いついた。いつもの事だが、今回は更に輪をかけて・・・(笑)。
侮辱的表現や罵詈雑言を口にすると、人はなぜスッキリするのだろう?苛立った時や誰かを嘲笑する時に、なぜこうした言葉を吐き出すのだろう?それは、言葉に『意味』があるからだ。当たり前の事実だし、意味の無い言葉などはこの世に存在しないだろう。
意味があるから口にするのなら、勝手に自分なりの意味を持った単語を作ってしまえば良いのではないか?それなら誰にも嫌な思いをさせないし、自分はぶつくさ暴言を吐いている気分で、何となくスッキリするんじゃなかろうか(笑)。もちろん誰かを傷つけたくて言うのなら、自分しか意味の通らない言葉を吐いてみても、それこそ無意味なのだが。
例えばスポーツの試合で、暴言を吐いて反則を取られたり退場したりするなんてのはつまらない。ワールドカップの時のジダンに対しても、自分だけが理解する単語でも使っていてくれれば、マテラスッキリ、ジダンはイミフ?って事で何の問題も無かったのよね。
誰も傷つかない、自分は吐き出してスッキリ。やたらと暴言を吐きたい人は、個人的暴言語録でも作ってくれれば、かなり世の中平和になるのに・・・なんて、我ながら馬鹿らしい話だ。思いついた時は名案!と思えたのに(笑)、こうして書いてみると、なんともお粗末・・・。

上野の一角

2008年04月06日 00:37

先日桜の景観に関して日記を書いた際に、上野公園の辺りはデフォルトでも汚い、と書いたが、実は一箇所だけ好きな場所があった。今日はそこに行って来たので、改めて補足ネタを(笑)。
上野近隣で生まれ育ったそのせいか、どうしても『アメ横』と切り離せない私の日常。何とか近所で済ませたいと思うのだが、アメ横の商品はやはり独特で、どうしても近所ではまかない切れないものがある。そこで時々まとめ買いをしに行くのだが、出来るだけ日中早い時間にサクっと行って早めに退散するようにしている。あの喧騒はどうも、私の精神を著しく痛めつける(笑)。

さて私の好きな一角というのは、上野公園へ駅方面から『国立西洋美術館』(この美術館は結構好きな内観)に向かって進み、『東京国立博物館』を(この本館の建物は概観も内観も素晴らしい。常設展も見応えがあり、有名日本画、民族文化など様々な貴重な品を、それは趣のある館内で堪能する事が出来る)横目で見ながら噴水のある広場を横切り、『東京都美術館』を過ぎて左折し、『旧東京音楽学校奏楽堂』の美しい外観の前辺りから始まる(笑)。
ここから車道に出ると、堂々たる旧恩州池田屋敷表門や法隆寺宝物館の概観が見えたりする。なんだったかの駅の跡地があったりして、あの無粋な雑踏が嘘のように閑静で趣のある一角になるのだ。そこから左に向かって歩くと、東京芸術大学大學の敷地になり、そこには『東京芸術大学大學美術館』がある。ここの美術館がまた、なんともそそられる配置で美術品を見せてくれる、小ぢんまりとした優良な美術館なのだ。
そしてその側に、『藝大アートプラザ』というのがある。四角く小さな中庭があって、そこに椅子とテーブルが置いてある。室内には自動販売機があるのでそこで飲み物でも買って、のんびり日光浴するにはもってこいの場所なのだ。趣のある門を前景にして、その後ろには更に趣のある日本家屋の屋根などが見える。景色も申し分なく、静で落ち着く場所だ。ほんの眼と鼻の先に、アメ横があるとは思えない(笑)。

ここに立ち寄るのが好きなので、出来るだけ日中に行くようにしている。ちなみに上野に行くのは、『芸術的欲求』を満たすためもある。ついでだから物欲も併せて満たしてしまおう!という目論見が殆どだ。ただ今日は、格別見たい美術展も無かったので、さてどうしようか?と。
好きな『国立西洋美術館』でウルビーノのヴィーナスを見る?いやいや、本家ウフィッツィで見てるし。これが奇跡的に見た事も覚えてるし(笑)。
『東京都美術館』では『ルーヴル美術館展』なるものをやっているが、はて何が見られるのか?ただ私はこの美術館が好きではないので、あえて無計画で入るのは気が引ける。逡巡した結果、近くにある『国際子ども図書館』に行ってみる事にした。丁度『チェコへの扉−子どもの本の世界』というのがやっていて、なんと入場料は無料。それは良い(笑)。昨年チェコに行ったので、何となくチェコ絡みには興味がある。そう思ってみると、至る所でこうした出会いがあるのが不思議だが面白い。チェコアニメは世界的にも有名だし、その根本は絵本にある。
これまでこの場所に行った事が無かったのは、上記の道筋から少し外れているという事と、まぁ、どうせ大した事ないだろうと(笑)。なんとも失礼極まりない予測、そしてなんとも的外れな予測だった事が直ぐに判明した。

まず驚いたのはその外観、完璧な西洋建築の美しさが、堂々と青空に向かって伸びている。明治時代頃に色々と建てられた西洋建築、外国からの移住者が建てた居住用建物、そうした建築物には、西洋の赴きの中に日本らしさが染み込んでいるように感じるのだが、この建物は完璧な西洋建築だった。しかも基本図書館なので、建物の中に入るのはいつでも無料で出入り自由だ。まず概観を前にして、ポカーンと口を開けて空に顔を振り仰いでいた。その瞬間、私は確実に日本にいなかったと断言できる。実に堂々たる外観だった。
館内は建物に融合して事務所部分があるのだが、側面の趣を殺ぐ事の無い清楚な造り、日光が存分に入る設計も好ましい。併設されているカフェは上野らしい雰囲気だが(笑)、従業員が皆さん感じが良く、気持ちよくランチを頂いた。
補足情報だが、トイレが空いていてすこぶる綺麗だ。上野でトイレに困ったら、少し足を延ばしてこちらの図書館に立ち寄られるのも良いかも知れない(笑)。
建物の内部は僅かしか残されていないのだが、実に落ち着く静けさ漂う空間で、童話などの彩り鮮やかな児童書が閲覧できるようになっている。絵本などは余り興味が無いが、何しろ本がある空間が大好きなので、実に素晴らしく幸せな場所を見つけたと嬉しくなった。
帰りにあの雑踏を通り抜けるのかと思うとウンザリするが、驚くほどの温度差を含有した上野という町は、これで中々面白いと思う。今日は驚くほどの人が出ていて、上野動物園の辺りは空気までが酒臭かったが、ほんの僅か離れたあの場所は、日本らしさと穏やかな趣のある閑静で落ち着く場所なのだ。ほんの僅かな部分ではあるが、私は時折訪れたくなる。

日本の美、日本の誇り

2008年04月05日 23:32

私の愛する番組、テレビ東京の『美の巨人たち』で、横山大観の『夜桜』という屏風を紹介していた。それは、かつてイタリアのローマで開催された、日本美術展覧会のために描かれた大作だそうだ。正直、テレビで見ているのに鳥肌が立った。屏風の凹凸を上手く生かしてるからなのか、夜の闇に、炎の煙と灯り、月夜の明かりを反射した金地の背景、その前面に浮かび上がる満開の桜の花々が、まさに3Dの映像の如く浮かび上がって見える。

いつも欧米が好き!という印象を与えるような日記を書いているが(笑)、そりゃあ確かに、欧米の映画ばかり見ているが、欧米の小説ばかり読んでいるが、東南アジアも東アジアも『アジア』関係には殆ど触れないが、それでも私は日本人なのだ。
海外の美術館で何度か、日本の絵画、武具、装飾品などが展示されているのを見かけた。それを食い入るように見ている外国の方々を見て、なんとも言えない満足感と誇れる気持ちに満たされた事がある。お恥ずかしいくらいに手前味噌な感情だが、私には妙な愛国心があるのだ。

1930年に、船で40日もかけて、遥か海の向こう、美術の総本山のような、ルネッサンス美術の本拠地のような、多くの芸術家がその基盤を得、多くの芸術家が憧れて旅をしたローマに運んだ。その試みは大成功を収め、多くの欧米人たちに愛された。それを成し遂げたのは、自分達を誇る気持ち。己の道を研鑽した者が持ち得る自信、その技術を用いて、国を、民族を世に知らしめようとする強い熱意。その心意気に感動する。
普段の私の言動からは到底信じて頂けないだろうが、私はこの広い世界の中で、数多ある国々の中で、『日本』に生まれた事は誇りに思っている。その思いは単に、『産まれたから』という短絡的なものではあるが、愛国心というのは、産まれたからこそ持てる物ではないだろうか?
そりゃあ海外の文化に憧れてはいる、海外だからと言うのではなくて、私は『古いもの』にどうしようもない憧れがあるのだ。日本にだって古いものが沢山あるが、あらゆるところで見られる物ではない。今の日本は新しい物に埋め尽くされ、余りにも簡単に古い伝統を捨て去ってしまう。日本のその風潮が嫌なだけなのだ。

従って、日本の『古いもの』は大好きなんである。かつては浮世絵が買いたくて、銀座の町をうろついた事もある。伝統文化には強い憧れがある。そうした伝統文化を学びたいと、ぼんやりとだが考えた事は何度もある。ただし、実現させる根性が著しく欠如していた(笑)。
テレビで紹介されていたローマ展(日本美術展覧会)に於いても、持ち込まれたのは伝統的な日本画が大半だったようだ。名立たる日本画の大家が新作を出展していたらしい。独特な自然を生かした情緒ある風景、仕来りのある整然とした人々、静謐な景色、しとやかで控え目な女性達、荒削りだが神秘的な自然の景観など等。それ等が、日本家屋を模した展覧会場に展示されたと言うから、なんとも憎い演出じゃないか。

私を実際にご存知の方からすれば、何を適当な事を・・・と思われてしまいそうだ。確かに、私は日本の歴史には滅法疎い。地域情報とか、基本的側面ではかなりの非国民だ、それは認める。
ただし、芸術面においてはその限りではないと断言したい、したい、希望なのではあるが、認めて欲しい。着物だって着られるし、絵画にもそれなりに造詣があるし(はず・・・)、建築物にも興味がある。活花や茶道もやった事があるし(活花はほぼ強制)、文化的な事には色々とチャレンジもしてきた。日本が誇れる『古来の日本美』に関しては誇りも愛情も十分あるのよ。
だからいつも思うのだ、私は海外に憧れてはいるが、あくまでも世界の中の『日本人』でありたいと。どこにいても、日本人である事を誇れる自分でありたいと。他国にいて、そこに埋没するような人間にはなりたくないと。だから、日本語教師になりたいと思った節もあったりする。
時々思うのだが、日本人は海外、特に欧米において、日本人である事を無意識に恥じるところがあると思う。遺憾な話ではあるが、欧米では、アジアや日本にかけた暴言も沢山ある。白人優位主義は、『黄色』と呼ばれるアジア人にも根強くあるようで、無意識にもそれを認めているのだろうか。冒涜されると怒るよりも恥と感じる、これもまた日本的な感情の表れかも知れないが、そうした積年の感情が、欧米の中にあって萎縮するという状態に繋がっていくのかも知れない。
ただ私達だって、堂々と持って行ける素晴らしい文化があるのだ。限りない自信と誇りを持って海を渡った、かつての日本人の話を聞いて、改めてそうした思いを堅甲にした。自ら描いて持ち出す事まではできずとも、学んで伝える事はできる。郷に入れば郷に従え、これも確かに事実ではあるが、誇りを持ち込み異文化に染まらない自信というのも、持ち続けたいものである。
ちなみに私の夢は、欧米に行って『お着物』で町を闊歩する事(笑)。堂々と胸を張って、瀟洒な美しい欧米の町並みに、日本の美を、一瞬の点でも良いから残したい。

作家になるためには?

2008年04月04日 08:06

小説家になりたいと思ったことは無いが、『小説が書けるって羨ましい』と思うことはある。基本的に、私には小説など書けないと理解しているので、心からなりたいと思った事は一度も無いが、実は小学校低学年の頃の、『表向きの憧れの職業』は小説家だった。

子供の頃、私が本心から憧れた職業の第1位は『サーカスの団員』。どうしたら彼等の仲間になれるのか?幼いながらかなり真剣に悩んでいた。サーカスに憧れた理由としては、『世界中を旅できるから』であり、子供の頃から旅をする人生には強い憧れがあったのだ。
次いで『ディズニーランドの経営者』。テレビでアメリカのディズニーランドを知ったのがきっかけだ。両親が店舗経営していたので余暇が少なかった事に加え、母が遊園地等のゴミゴミと人が集まる場所が嫌いだったため、デパートにすら殆ど連れて行って貰えなかった。一応両親に『連れて行って』と頼んでみたが、全く相手にされなかったので、それなら造ってやる!と(笑)。
実はこれ以外に、本気で憧れた職業などは全く無く、その時々で大人の顔色を窺いながら、『花屋さん』とか『保母さん』などと、女の子らしい事を言って場を濁していた。しかし、これだけは言うまいと固く心に誓っていたのが『お嫁さん』で、深い理由は忘れてしまったが、そんな安易なものに逃避するのはけしからん!と、強く思っていたのは覚えている。

およそ現実的ではない『憧れの職業』ばかりだったのだが、唯一『作家』が入り込んで来たのは、家の『ふすま』に、それは素晴らしい詩を落書きしたのがきっかけだ(笑)。幼いながらにこれは傑作だ!と思ったものだが、実際良く書けていたらしく、母がこの子には才能があると(笑)。
『私は玉乗り玉乗りよ』というフレーズから始まる詩で、私的には『お歌』の『歌詞』のつもりで5番くらいまで書いた。友達のいない玉乗りが玉に乗って森の中に行き、様々な動物と出会って最後には沢山のお友達が出来た!というような内容だったが、詳細は覚えていない。
母が落書きを怒るどころか猛烈に褒めてくれるので、何となく『あたし作家になる!』と言ってみたところ、かつて無かったほど母が喜んだので、ついつい母を喜ばせたくて長年言い続けていた。それが『表向き』の所以だ。本心では全くそんな憧れは無かったし、当時の私は読書が大の苦手。読むのも苦痛なのに、それを書くなんて事は想像も付かなかった。
母は幼稚園の頃と言い張るが、それだけ長く文字を書けたと言う事は、最低限小学校には上がっていたはずと思うのだが、私達家族が最初に住んでいた家での出来事なので、小学校2年より上では無いはずだ。子供の想像力とは、時に素晴らしい芸術を生むものなり(笑)。

以来一度も、作家になりたいと思った事も口にした事も無いが、『優れた作家になるための資質』については時折考える事がある。特に、最後の一文字まで読むのを止められない、息をする事すら忘れてしまいそうな、そんな優れた作品に出会った時、しみじみと考えてしまう。
以前は単純に、文章の上手さが優劣を決めるのだと考えていた。しかし今は、物語を生み出す想像力、発想力が何より大事だと思っている。文章や言葉遣いの巧みさというのは、言わば誰でもが身につけられるスキルであって、幾らでも上達させる事が出来るだろうが、語り部としての能力は、才能としてはなから無ければどうにもならないのではないだろうか。
最近日本でも、芸能人が書いた本が良く売れているようだが、彼等の場合、どんなに荒削りな文体であろうとも、物語の特異さ、加えて書いた人の特異さも加味されてベストセラーになるのだろう。芸能人本の場合は特殊かも知れないが、良い例でもあると思う。
こう思うようになったもの(最近特にそうなのだが)、面白い小説を読み終わった時に、『良くこんな物語を思いつくもんだ』と感嘆することが多いからだ。文章の上手さ等の技術に感嘆するより、こうした思いのほうがいつも遥かに強い。自分には思いつかない!と思うからこそ、長年小説を楽しむ事が出来ているのかも知れない。
先日読了した『猫のパジャマ』でも、著者が収録された短編を思いついた『きっかけ』を教えてくれている。全く単純で些細な事だったりするのに、それがあんなにも面白い作品になるなんて。まさに才能だ、実に素晴らしいのだ。

そしてつくづく思うのだが、私にはそうした才能が全く無い。我ながら頭が固いなぁと思うのだが、まるっきり、空想の中で物語が紡げないのだ。例えば恋愛小説としたって、男女が出会って恋をして、色々揉めたけど大団円、ぐらいしか考え付かないし。童話なんてもっと最悪、夢見がちな物語なんて全く思いつきもしない。ただでさえ想像力が乏しいのに、動物が話したり、変な草花や建物が出てきたり、読むのは良いが想像するのはかなり厳しい。
恐らく私が童話を書いたらこんな感じ・・・『昔々、可愛いお姫様がいました、お終い。』

日本の公園とは?

2008年04月01日 23:43

先日桜の話を日記に書いたが、本日もまた。

その前に、今年の目標中間チェックをしてみたのだが、、、。
いや全く、全く遅々として達成されていない己の不甲斐なさに失踪を企てたいくらい。

『仕事を決める』

『日本語教師の免許を取る』

『日本語教師の免許を取って、ボランティアでも良いから教壇に立つ!』

『日記を週に一度はちゃんと書く』

仕事は・・・さすがに決めた。しかも2つも決めた。3つ目は続けようか悩みどころではある。
という事でこれは終了。

日本語教師の方はボチボチ勉強してはいるのだが、バイトをして昼間は働いてなんてやっていると、勉強の時間が殆ど取れない。それでも、大幅に収入が減ってしまっているのでバイトを辞めるのは論外だし、現状なら少し余裕もあるので、バイトの時間を減らすのもちょっと嫌だ(笑)。
お金なんてあっても使っている暇はなし!と思って、いや思い込んで収入を減らしてしまうのもありなのだが、中々思い切ることが出来ないのも、これまた浮世に生きる俗人の悲しさよ。
したがってその次の目標は遥か彼方先のお話。。。来年に継続となりそうだ。

さて日記だ。月を追う毎に本数が減ってきている。昨年の33本には既に追いつけ追い越せだが、このblogを始めた頃から『月最低10本は日記を書きたい』と言い続けている。しかぁし!2年目以降ほとんど達成出来ていない。だからかなり消極的に『週一回』としたが、これも実は危うい。
今の私は、妙なやる気に満ちている。なんと言うか、時間や余裕が無いから、何でもやってやるという変な気構えがあるのだ。時間なんて、幾らでもあると思うから無駄に使う。今現状は、時間が無いと思うから挑戦したい。例えそれが、更に無駄を感じる、個人的な日記を書く事であったとしても(笑)。

で、これがなぜ桜の話と繋がるかというと、何でもいいから日記のネタに、と考えたら桜の話に舞い戻ったというだけなのだ。お粗末。
先日『桜の花を見るのが好き』という、実に日本人のDNDを満載にしたような日記を書いたのだが、とは言え、私は『好きなお花見スポット』というのが決まってないのだ。生まれは千代田区(千鳥ヶ淵の切れ端を望む病院で産声を上げた)、育ちは新宿区(従って後楽園なども近く)、何しろ本籍地が湯島(上野は眼と鼻の先)という、筋金入りの『お花見スポット』周辺出身なのだが、思うにだからこそ余計に、あの辺りの桜の景観は好きではないのだ。

千鳥ヶ淵は汚い。遠くから眺めるのなら綺麗なのだが、地べたが無節操で、なんとも言えず情緒が殺がれる。飯田橋辺りの川縁を、道の反対側から望むくらいが私には丁度良いのだ。
上野公園は論外。完璧に論外なのです。上を見れば綺麗だが、地面には花見客の残したゴミ、ゴミ、ゴミ。何より地面には、花見客が山盛りに落ちている。これはもうダメ、花より団子で楽しいのは本人たちばかりだ。『花見』とは本来もっと情緒があってしかるべきと思うのに、そんなものは欠片もない、安っぽいビニールだとか新聞新だとかをでれ〜っと広げて、飲んで食べて酔っ払う。もう、通行人には最悪な眺めである。上野公園自体、デフォルトでも大して綺麗な様相でもないので、この時期はまさに広大なゴミ溜めのような勢いだ。
これでは美しい桜も泣いてしまう。上野の雑踏もまた、確かにある意味では『日本らしい』風景ではあるのだが、私の好みとしては、それと桜の花は全く噛み合わない日本情緒なのである。

生まれ育った辺りで完全敗北を喫し続けたので、今の場所に引越して新しい出会いがあるか?と期待したが、やはり住宅地に桜並木は望めなかった。何より、私の希望としては、こじんまりした公園に10数本くらいの桜が密集するように植わっている、と言う所なのだが、これが意外と無いのである。もちろんその公園はもとより美しく、その場にいると植物との融合を心から楽しめる、と言うような場所でなくてはならない。
日本の公園というのは、どうも手入れが不届きで汚い所が多いと思うのだ。ゴミはあちらこちらに散らばっているし、ゴミ箱自体もなんだかみすぼらしい。汚らしいトイレが目に付く所に点在して、その臭いが遠くまで匂ってくる・・・ウププ!

交通機関とかなんとかイギリスの真似をするなら、こういう美的感覚も真似して欲しかったとつくづく思う。かつてアメリカの友人に、日本には首都に川が無いと笑われた事がある。笑われる筋合いは無いと思うが、確かに、欧米の主要都市には名立たる川がそれぞれある。この観点で行くとやはり、日本の首都は大坂か京都に移した方が良いのでは?私に異存は全く無い(笑)。
以前ちょっとお話したヨーロッパのどこだかの国の方には、日本は好きだけど公園が少ない、と嘆かれた事がある。彼曰く、ちょっとした息抜きをする場所が無いのは辛い、という事だそうだ。
確かに私も、実際にヨーロッパに行ってみて、ベンチの多さに安らぎを感じた。旅行者としては、見慣れない街中の景観すらも楽しめる要素である。美しい街中の美しいベンチに座って、のんびりとする楽しみは旅の大きなイベントでもあるのだ。なんて地味な(笑)。
こうして考えると、日本はほとほと自然を楽しんだりゆとりを作ったりするのが難しい国である。これで良くもまぁ、桜文化が根強く残っているものだと感心すらしてしまうぐらい。それでも桜の木も年々数が減って来ているというから、お花見が出来るのも時間制限があるように思えてくる。
考えたのだが、もしも日本の公園文化が欧米並みの発展を見せていたら、恐らくは日本のお花見の風景も激しく様変わりしていたのじゃないだろうか?普段からああして自然との融合を堪能できていれば、限られた時期だけ、殺到するように自然愛好家が増えるなんて事はなくなるのではないだろうか?常に美しい緑と花々を眺められる環境があれば、桜も他の一時の美と同じになるのかもしれない。それはちょっと、寂しい考えでもあるけれど。


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