* WanderLust *=memorandum for me=

読書はライフワーク、映画鑑賞は人生の潤い、旅行は趣味にしたいなぁ♪日記は日々の覚書き。

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時間の砂

2011/08/05 23:00 ジャンル: Category:2011年☆日記☆
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松田直樹選手の訃報が、どうにも自分の中で上手く受け止められない。
倒れたと聞いたとき、何となく漠然と、『こういう人達』は奇跡的に回復するものだと思った。まさか、そのまま逝ってしまうだなんて・・・。ただとにかく悔しくて、悔しくて。
何がそれほど悔しいかと問われれば、答えは多岐に渡って山ほど浮かぶ。一度は日本代表としてあの青いユニフォームに身を包み、全ての選手の夢舞台であるワールドカップのピッチにも立った。その後も横浜のピッチに立ち続けた松田選手の新たな挑戦、夢は所属する松本山雅FCの『J1昇格』。長年在籍したチームからの戦力外通告は痛手だっただろうが、それをバネにして新たな挑戦を探す、無類のサッカー馬鹿、熱い男だったのだ。

夢半ば、それは余りに虚しい言葉だ。34歳、余りにも早い、人生はまだまだこれから。サッカー選手としての人生を全うした後は、私は彼のような存在こそ、日本人監督として将来日本を率いることが出来るのではないかと考えていた。彼の第二の人生は、歩むことなく閉ざされてしまった。
『無言館』というのをご存知だろうか?絵画の世界を志し、筆を持ち、夢を追った若者達が、戦争に行ってその命を散らし、無名のままに、成し遂げることなく逝ってしまった。そんな若者達の作品を展示しいている美術館だ。繊細なタッチ、挑戦的なタッチ、決して名画と呼べないまでも、彼らの生きた証が飾られている。こうした若者達の無念の思い、夢を断ち切られた思い、戦争で国のために戦うという大義のために失われた才能を思うと、松田選手はまだ幸せだったのだろうか?などと考えてしまう。
いずれにしろ、夢を持つのは素晴らしい、それを達成するのは自分自身だ。しかし達成できる時間は、運命のみが決められるのかも知れない。私たちに当たり前にある時間は、決して無限ではないと、今夢があるのなら、一刻も早く叶える努力をすべきなのだと思わせられる。無為に生きるな、ただそれだけを痛烈に思う。

そんなこんなの中でも、私の大きな後悔、悔しいという気持ちの根源は私自身にある。
私は、代表の頃から、Jリーグで活躍している頃も、密かに松田選手が好きだった。横浜に越してきた時も、『横浜か~、横浜F・マリノスか~、松田選手がいる!』と真っ先に考えたのだが、引越しと同じくして移籍、とても残念にも思ったものだった。常々言っているが、選手の質や技術より、人間性を重視してスポーツを見てしまう。そんな基準からしても、サッカー馬鹿の塊のような男らしさが好きだったのだ。

テレビで取り上げない試合や選手のことは、日々の忙しさにかまけてなかなか追い辛い。それでも松田選手のことは常に気にかけていたのだが、松本山雅FCに移ってからはままならず。HPを見てみようとか、ニュース検索してみようとか色々考えるのだが、もっと身勝手な理由、勉強だとか仕事だとか遊びだとかで、それもせぬままだった。それでもまだ時間はあると、元気に活躍している姿はいつでも見られると当たり前に思っていたのに、もう2度と、今を駆け抜ける松田選手の姿を見つけることが出来なくなってしまった。
やはり今だ、今を大事にしないと、後には結局、後悔しか残らない。過去の松田選手の活躍はいつでも見られる、でもこれからの松田選手の活躍はもう見られない。何度も言うが、私はそんな自分の怠慢を、今一番後悔している。

あれをしよう、これをしよう、でもやっぱり、明日にしよう。その明日は、来ないかも知れない、私にも、誰にも。刹那的に生きろ!とまでは言わないが、『明日にしよう』は危険なのだ。明日はもう無い、私にあっても、私が望む人には無いのかも知れないのだから。
やはりこんな後悔は、もう2度としたくない。取り戻せない時間を、赤の他人の死をこれほど悔やんだ事は無い。いつだって一生懸命に生きよう、今思うのはそれだけだ。松田選手の生きた濃密なサッカー人生を考えて、私にその100分の1でも苛烈に力強く生きることが出来たなら、きっとこんな後悔は、もう2度としなくて済むのだろう。

安らかに、幸せに、お眠り下さい。ご冥福を、心より。
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プロとして

2011/08/05 22:10 ジャンル: Category:2011年☆日記☆
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北島康介。
このblogを始めてかれこれ6年?くらい過ぎたのだが(考えたら怖いわなんか)、一体何回、この人のことを日記に書いただろう?彼の闘う姿を見る度に、個人的に何かしら思うところがある。大きな大会の度に、違う姿を見せてくれる、日本を代表する世界的アスリートの1人だ。というか彼の場合、その活躍も含めて、圧倒的に他の『代表的アスリート』と違う点があると、私は思う。それが今回、彼の姿を見ていて思ったことだった。

『プロ』と呼ばれる人には、本人が望むと望まないに関わらず、背負うべき使命があると私は思う。そのスポーツが上手く出来るから、早いから、強いから、お金を貰ってでもやる価値がある。それだけでは終れない使命が。
プロスポーツ選手には、強いからこそ商品価値がある。その商品には、『勝利』という価値以外に、人々を喜ばせ、満足させる義務も含まれているのだろう。特に世界大会ともなると、その期待は国家レベル。思うにこの重圧は、どれほどの大金を積まれても見合うものでは無いだろう。それを考えたら、アマチュアとして闘う多くの選手の方々、本当に頑張っていらっしゃるとつくづく思う。メダル、メダルと大騒ぎするのは仕方ないだろうが、それだけが全てのような報道はいかがなものかと常に思う。

話は逸れたが、北島康介は、自らプロを宣言した際に、プロに関わる多くの責任を受け入れたのではないだろうか?プロとして闘う試合以外でも、私たちが期待する『尊敬できる人としての姿』を絶えず見せるという偉大な責任を。
映画俳優や音楽のアーティストなどが、ドラッグやアルコールで失態を見せたり、恋愛問題で世間を騒がしたりしても、恐らく大方の人はさして気にしない。それどころか、その姿に憧れる人達もいる。しかしスポーツ選手となると、そんな姿はある意味で致命傷になるのが不思議だ。
ファンに暴言を吐いたり、大会の直前にキャバクラで騒いだり、負け試合の後にクラブで大騒ぎしたり、不倫したり、試合は弱いのにゴルフに精を出したり、『国のために闘ってるわけじゃないし』とか言っちゃったり、インタビューで不遜な態度を取ったりすれば、ファンは途端に批判を始める。くどい様だが、それが世界大会で活躍する選手の場合、国家レベルで叩かれる。芸能人でも望むべくは品行方正、誠実な態度だろうが、ことスポーツに関してはとことんその姿勢が望まれるというのは、一般大衆も身勝手なものなのだと思う(もちろん私も含めて)。

そして北島康介はとことんその姿を、いやそれ以上の姿をいつも見せてくれる。正直、疲れるだろうに・・・と変な心配をしてしまうぐらい徹底して。今回の世界水泳のインタビューでも、『皆さんをハラハラドキドキさせられたんじゃないかと』、『金を獲る姿を見せたかった』『またこの舞台に戻って』『来年があるから』『もっと強くなる』という言葉を連発、どうですか?言って欲しかったでしょ?彼のこうした言葉からは、自分のことより世間を思い遣る気持ちが感じられるのだ。
まして今回の大会、オリンピック後に暫く休んだ影響が如実に現れた。年齢から考えてももうきついか?という不安が見えた。そんな中盛り返した200mのあの泳ぎ。あそこまで持ち直しただけでも凄いのに、あの感情に流されない力強いインタビューは流石と思う。しかも有限実行でここまで来た男だ、ああ言われればこちらの勝手な期待も否応増す。おまけに、これで本当にロンドンで優勝したら、格好良いなんてもんじゃない。

被災地を訪れたり、子供たちのプール教室に顔を出したり、いつだって私たちを喜ばせることを言い、期待させ、その期待を裏切らないで来た。余計なゴシップも無く、みっともない姿も見せない。生活態度に関しては元々そういう人なのかも知れないが、若いんだもの、なにやらかしてすっぱ抜かれても仕方が無いだろう。しかしプロであるから、『競泳選手、北島康介』という商品価値を自ら高め続けてきたのだろう。こういう言い方もいやらしいものだが、あれほど立派な人であり続けるのは相当大変なことだと思うから、意識して頑張っていると考えるのが妥当のような気がしてしまうのだ。

時には身勝手に、言いたい事を言って、やりたいことをやりたくはならないだろうか?国民の期待などは政治家に押し付けて、やりたいことを望むままに。なんて思ったら、もしかして今大会が、彼にとっての身勝手だったのかも?なんて思えてきた。
誰の期待も裏切らない、商品としての北島康介を守るなら、今大会にきっちり合わせてきただろう。彼の中で、今大会に向ける意気込みはさほどでは無かったのではないだろうか?見据えるのは1年後、ここでピークを迎えるのは危険と思ったのかも。この大会は流すつもりだったのに、実際100mで4位になって、私たちが『北島康介が4位なんてあり得ない!』と落胆したのと同じように、自分自身も『やっぱあり得ない』と実感したのでは?あり得ないだけであれだけ泳げれば大したものだが、そもそも100mの予選から比べると、顔つきも話し方も全然違っていた。
今回初めて、世界大会で北島康介が私たちを落胆させた。それぐらいの身が手は、彼のこれまでの献身的な努力からしたら他愛も無いことだと思う。人は誰しも、一度は諦めたことを後悔したことがあるだろう。今大会の北島康介は、そんな後悔を感じたのではないだろうか?そしてやはりと言えばやはり、結局は全力以上を出してくれたようだ。
負けを知った人は強くなる、それが『あの』北島康介なら尚更。1年後が猛烈に楽しみになった。もう、センターコース以外は泳がないだろう、私たちを落胆させはしないだろう。それでも1年後は、私たちのためじゃなくて良い、自分自身のためだけの結果を出して欲しい。いくら身勝手なインタビューをしても良い、国民を気遣わなくて良い、どんな結果でも構わない。思いっきり身勝手に、自分の望むレースをして欲しい、悔いの無いように。こちらも勝手に、期待しています。

女性ってやつなんですよ

2011/07/18 05:53 ジャンル: Category:2011年☆日記☆
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女に生まれて良かった、と思うことがある。

そう、スポーツと言えば日記を書く(笑)。

普段から、女に生まれなければ良かったと思っているわけではないが、取り立てて、女に生まれたことを誇りに思うわ、というときがある。女性の目覚しい活躍を見たときに、勝手に女性としての連帯感を実に身勝手にひしひしと感じるのだ。

女性の地位向上の歴史は、決して『大昔』の話ではない。世界各国で女性が選挙権を得たのは、どの国でもそれほど古い話ではない。スポーツの世界でも、女性の競技が公に地位を得たのは、それほど昔でも無い。未だに女性一人で映画館にも行けない国があり、大学に通うのも一苦労の国もある。
その分男性は、『男性である』という責任やプレッシャーと長い間闘って来ただろう。働くこともままならなかった女性の世界最古の仕事は娼婦と言われているが、反面、現在より結婚が容易だったかつては、結婚すれば夫任せでそれなりに生きることが出来た。まぁこの場合、寡婦となる恐怖は相当大きいと思うのだが。結婚、出産が女性の最大の仕事だったのもそれほど昔の話ではないが、時代時代で女性達は闘って、現在の地位を手に入れてきた。

スポーツの世界でも、女性は闘ってきたと思う。対戦相手との戦いに加え、世間の偏見との戦い。スキージャンプなどは、未だに女性部門はオリンピックの種目ではなく、男性ならプロがあっても、女性にはプロが無いなどというスポーツも沢山あるだろう。野球もその1つだった。そんな中、シンクロナイズドスイミングは女性完全優位のスポーツの代表と言えるだろう。
サッカーに関しても、待遇は実業団レベルが現状だ。現日本代表の選手達にしても、バイトや会社員をしながら日々練習に励んでいる。プロとしてめんたま飛び出るほどの給料を取ってサッカーだけしている男性選手に比べ、過酷な情況であることは確かだ。サッカーも、男性の場合そのままサッカーだが、女性になると『女子サッカー』と『女子』が付いてしまう種目の一つだ。

そんな彼女達が、決勝の舞台に立った。男性諸君には色々と言い分があるだろう。そりゃ、男子サッカーのほうが遥かに土壌が広く深く、その歴史の中で勝ち抜くことは大変だ、女子とは分が違う。それでも何でも、『決勝』という言葉の響きは最高だ。女子だって、勝てない歴史を積んで今の情況を手に入れた。半日働いて、半日練習という日々の中で、決勝の舞台を手に入れた。彼女等は帰国すれば、また会社に通う日々なのだ。
そんな闘う姿を見ていると、数々の女性闘志達の『女性であるがため』の闘いを思い出し、なんだか胸が熱くなる。女に生まれたことを誇りに思える、なんつーか私も頑張ろうとか思ってしまう。女性はやはりまだまだ、『女性である』非を感じることがある。生きていれば、女性であるという根本的事実と闘うことが時たまある。そうした壁と向き合ったことがある人なら、こうした女性達の力強い活躍を見れば、自らの性に誇りを感じるのではないだろうか。
ふと思ったのだが、男性はそんな風に感じることがあるのだろうか?男子サッカーが目覚しい活躍をしたときに、『男に生まれて良かった』なんて、思うのだろうか?

スポーツ界での日本女性の活躍は、このところ目覚しいと感じている。女性であるという闘いが、男性にはあり得ないハングリー精神を研ぎ澄ませているのが要因ではないかと思う。『女だってできるんだ!』という共通した思いが、女子リーグとして知名度を上げるのだ!という共通した思いが、活躍を支える一因なのだと。歴史を、今まさに作っているという誇りがあるのだと。
そうした歴史を作る中で、澤選手のような存在が必ずあると思う。『この人あり』という絶対的な存在が。男性で言えばキング・カズだろうが、この2人、真逆の選手生活を送っているのではないだろうか。実績として、三浦選手はワールドカップには出られず、40歳を過ぎてなおその道を追っている。ただこの方のカリスマは類まれ、負の要因も魅力的に替えてしまうその存在感、キングはやはりキングなのだ。
澤選手も、最高峰と言われる国に単身乗り込み、代表として長く闘い、数々の試合を制してきた。そして今、ワールドカップの決勝を戦う。この人無くして、今の日本代表はあり得ない。明らかなキャプテンシー、努力に裏打ちされた実力、日本女子のサッカーを導いてきた歴史を双肩に背負い、軽やかにピッチを走る。かっこいいなあ。

決勝の舞台で戦う日本女子は輝いている。好きなことを追い続けた結果が、その姿を大きく見せる。私は勝手に、同じ女性として、その性が持つ負の部分を享受してなお、女で良かったと思って幸福を感じる。だから私だって出来るんだと、現状を振り返る。日本語教育の歴史を勉強していても、女性の名前は一切出てこない、これでもか!と言うぐらい出てこない。今は、当たり前に女性が日本語を教えられる世の中だ、多くの女性の地位向上にかける闘いのお陰なのかも知れない。だから頑張ろう、なんて思える。女子サッカー世界にあり!と胸を張る、多くの女性達のように。

四月の桜

2011/04/16 22:51 ジャンル: Category:2011年☆日記☆
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先日、テレビを見るともなしに点けていたら(節電できていなくてすみません)、『桜って日本人にとっては特別な意味があるのよ』という言葉が飛び込んできた。私も、常々そう思っている。十人十色で桜なんかに興味は無いわ!という方もおられるだろうが、大方の日本人にとって、『桜』とは何か『特別な』存在価値がある。『酒飲んで騒ぎたいだけじゃないか!』と言われようが何だろうが、桜だ!=花見だ!=酒だ!の方程式のどこかにやはり、『特別な』感情があるはずなのだ、はず?ですよね??

うんまぁ、『ある』と過程して。。。

私も桜を見るのは大好きだ。他の花を見るのとは、漠然と何か違う感情が押し寄せてくる。一つには、桜の花の命の短さに対する思い。1年間を乗り越えて、ぱっと咲き、あっという間に、盛大に散っていく様は余りにも美しい。一瞬の美、夏の打ち上げ花火に通ずるところがある刹那の輝き。昔から日本人は、こした潔い様が好きなだったのだろうと思う。さらには、重苦しい冬が終わりを告げ、春らしく徐々に濃くなる青空を、覆い隠してしまうかのような桜色のコントラストの素晴らしさ。ああ、ようやくまた1年が巡る、そんな思いが湧きあがる。私にとって、冬は余りにも暗黒の季節であるものだからなおさら。

具体的な例を挙げればきりがないという気もするが、大きな要因としては、桜が咲く時期が『四月』だから、というのがあるのではないだろうか。日本では、四月はもう一つの始まりと終わりの季節だ。大晦日、お正月という最大のイベントの後に訪れる、出会いと別れの季節だ。
私たちは子供の頃から、三月と四月に、いくつもの別れと出会いを繰り返して成長する。置いていく古い、しかし楽しかった日々、期待と不安が入り混じる新しい生活。数年毎に訪れる分岐点の背景に、数々の桜が写りこんでいるはずだ。
だからこそ私たちは、桜を見ると思い出す。具体的なあれこれではなくても、通り過ぎたあれこれを、漠然と胸の内に溢れさせる。桜を見て思う事とというのは、単に『綺麗だ』という感慨以外に、どことなく物悲しい、胸締め付けられる懐かしさではないだろうか?美しさに圧倒されながらも、咲き乱れる花々のその向こう側に、思い出の『何か』が揺らいではいないだろうか?
だから私は考える、立ち止まって見あげる桜の、緊密に咲き誇る花びらの隙間に、過ぎ去った過去が隠れていないかと。私の隣、その隣で桜を見上げる人達はきっと、同じ枝振りの立派な桜を見あげているようで、実は全く違う桜を見ているのだと。彼等それぞれの思い出のエッセンスが散りばめられた、それぞれ違う桜を見ているのだと。

今年も、桜は同じように咲いた。東北の地では押し流されてしまったものもあるだろうが、生き残った桜は誇り高く咲くだろう。私たちに思い出の香りを届け、その姿に、新生活に寄せる期待を反映させながら。そう、桜は、別れのはなむけであると同時に、思い出を彩り守る存在であり、『新生活』の象徴でもある。復興を目指す人々の新生活を応援するかのように、華やかに凛として、青空に、咲き誇れ。
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スポーツ選手の力

2011/03/29 22:01 ジャンル: Category:2011年☆日記☆
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私は無類に、スポーツ観戦が好きなタイプだ。競技が好きというよりも、頑張る人間の姿を見るのが好きなのだ。スポーツが生み出す人間関係も好きだ。ライバルという、敵であり、しかし何よりも理解し合える友情関係なども美しいと思う。普通の生活の中で好敵手などを見つけるのは難しい、自分が勝手にそう思っていても、相手が同じ気持ちかは怪しいものだし。純粋に強弱を競ったり、タイムを競ったり、そういう明瞭な勝負自体が、普通の生活には余り無いからだと思う。
単に頑張るだけじゃない、もう、それこそ、全身全霊、自らの生命の持てうる全てをかけて頑張る、そんなこと、普通の生活ではあり得ないし、それに、それは実際それはとても辛いことだと思う。それでも、世界レベルで戦う選手たちは、そうした環境を自ら選び、邁進し、限界の先にある世界を追い求める。そんなストイックな姿からは、膨大な量の『感動』が生み出される。その姿を見て、感動しない人があろうか?興奮しない人があろうか?映画やテレビ、マンガや小説、様々な娯楽が『感動』や『興奮』を生み出すが、スポーツ選手が生み出すリアルな『感動』や『興奮』ほど、レベルが高いものは無いと思っている。私は年間200本近い映画を見るが、スポーツ観戦のためなら、それを犠牲にすることを厭わない。また映画のために、スポーツ観戦を投げ打つことは絶対にあってはならんと心している。彼等は人生をかけて戦っている。その姿を見るのなら、むしろ正座して正装して挑むべし!という心構えではある。・・・大抵は、ソファーに寝そべって見ているけども(笑)。

映画スターは、容姿の淡麗さから人気を博す。演技の巧さで拍車がかかる。音楽のアーティストは、音楽の巧さで人気を生み出すが、実際は、容姿もかなり重要である。スポーツ選手は、その『人生』で人気を博す。現実問題として容姿も見過ごせない要因ではあるのだが、試合に挑む凛々しい姿は、どんな外見の人でも、世界最高にいかした容姿に変えてしまうのだ。
だから私は、一流の俳優より、アーティストより、何より、その存在に意味があるのはスポーツ選手だと思っている。私自身が無類のスポーツ観戦バカであるのも要因だが、選べるなら、レオナルド・ディカプリオより北島康介に会ってみたいし、ジョニー・デップより野村忠宏に会いたい。ブランジェリーナよりも上村愛子と皆川賢太郎夫妻に会ってみたい。『オーシャンズ11』のメインキャストに会うなら、サッカー日本代表のメンバーに会いたいのだ。
なぜなら、彼等はこれまで私に、計り知れないほどの感動やらなんやらそんなようなものをたっぷりくれたから。映画スターにあったところで『ひゃ~』とか『キャ~』とかしか言わないだろうが、スポーツ選手だったら、ほとんど誰かしら一人一人に対して、むしろ雄弁に語りたいことが山ほどある。恐らく当の本人にどんびきされるくらい詳細に、あの日、あの時、あの試合を持ちだして、涙ながらに語るだろう。そして言葉の端々に『ありがとう』と詰め込むだろう。

そうなのだ、スポーツ(観戦)を愛する人なら、誰だって選手に対する思いがある。いつかのどこかで、彼らの闘いに救われたことがあるだろう。子供たちは無心に憧れ、大人達は自らの夢を重ねて、子供の頃に還ったように夢中になる。彼らに対して語りたい言葉を、私たちは持っている。
何より、子供を勇気付けられるのは、可愛らしいアイドルや、華々しい俳優より、『スポーツ選手』なのだと思う。子供たちにとって、歌手や俳優は雲の上の存在。スポーツ選手は、『自分でもなれるかも知れない、リアルな憧れの人』なのだ。彼らの活躍を見て、自分の未来を重ねる。遠いけど、とても近い存在、それがアスリートなのだ。
もう1つ凄いと思うのは、本当に彼らはある意味で、『普通の人』だということ。そうして私たちに興奮と夢と憧れをくれるのに、彼らの多くは大金を稼いではいない。さもすると、私たちと同じサラリーマンだったりする。遠征の費用に悩み、普通の生活を営み、その中で練習や自らの記録に挑んでいく。なぜ?そこまでするのか?そう思うことも時々ある。そんな時、多くのスポーツ選手が語った言葉を思い出す、『好きだから』。全く、天晴れな思い。だからこそ、彼らは輝いているのだろう。

自らの信じるところを追い求め、ただただ『頑張る』。そんなスポーツ選手たちは、その姿だけで雄弁に物語る、その姿だけで多くの人を惹きつける。彼らの挑む姿が、私たちを勇気付ける、彼らの闘う姿から、わたしは目が離せない。
そんなスポーツ選手から、多くの激励の言葉が日本に寄せられている。人は、実践している人の言葉を重く受け止める。その言葉が真実だと分かるから、躍動し続ける彼らの影の努力を知っているから、彼らの『頑張る』は、それこそ全身全霊、『頑張る』だと知っているから。
これまで、歴史的に苦難の時を過ごしていた多くの国で、スポーツ選手の活躍が国に大きな奇跡を生んだ事実がある。歌で募金を集めたり、華やかなイベントで募金を集めたり、それはとても素晴らしいことだと思うのだが、スポーツ選手はそれぞれのフィールドで闘い続けることで、お金には代えられない、とても大きな『奇跡』をくれる。自らの勝利のために戦って、それが国の力になるって、なんか凄いと思う。なんだかそれって、とんでもなく凄いと思う。力を生み出せる人間なんてそうはいない。純粋な努力でこれほどの力を生み出せる人なんて、本当に多くはいないのだ。

無類のスポーツ(観戦)馬鹿を自認している私としては、今回の大震災で崩れかかった日本を、最大限元気に出来るのは、『スポーツの力』だと思っている。憧れの人の励ましの言葉で、子供たちは純粋に悲しみを癒して勇気を得るだろう。同年代の人が頑張る姿を見て、若者達は力を感じるだろう。年下の選手達の懇親の戦いを見て、年配の人は感動と感謝を感じるだろう。遠いようで近いスポーツ選手の言葉や姿が、日本を明るい復活の道へ導いて行くだろう。優勝しなくても良いのだ、それぞれのベストを見たいだけなのだ。変な話だが、選手が満足する姿を見るのが、観戦していて何より楽しいことなのだから。来年は夏季オリンピックが開催される、今年は世界大会も目白押し。だからこれからも、世界のあらゆるところで、名だたる日本の選手達が自分のために、ひいては日本のために大活躍してくれることだろう。
選手の方がこのblogを読むことは無いだろうが(笑)、私からのお願いです。今後は、これまで以上に、とにかく凄い活躍をしてください。東北の皆様のために、不安な日々を送る日本のために、今こそ、アスリートの方々の底力が必要です。今度こそ、正装して正座して、選手それぞれの活躍を見届けると約束しますから。

故郷

2011/03/22 00:30 ジャンル: Category:2011年☆日記☆
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今回の震災で、『故郷』を失った人達がいる。そんな考えが思い浮かんだ。
私の『故郷』とは、東京都新宿区だ。子供の頃から繁華街新宿には歩いて行き、頑張れば渋谷などにも歩いて行けた。特に高校時代の若かりし頃は、終電を逃して徒歩でご帰宅、なんてことはざらだった。『映画を見に行こうか!』と言えば新宿の松竹だったし、暇だからどこか・・・と思えばアルタ辺りをふらついた。
地方から出てきている友人達に話すと、大抵は『凄い!』などと言われるが、生まれて育ってしまえばそう思うことは無い。そうした意見の真意は分かるのだが、表面的に同意できる程度だ。私にとって新宿と言うのは、小学校の頃の穏やかな地域であり、商店街があり、小さな商店が軒を連ね・・・というのはやはり嘘か(笑)。それでも、昔からやっているお肉屋さん(ここのコロッケが私の生涯ナンバー1の味)、八百屋、金物屋などは点在し、駄菓子屋さんなどもあったのだ。こうした店はいまやほとんど無くなってしまい、私の故郷はここ数年で大きく様変わりしている。ドラマの舞台になったことで知名度も上がった、『神楽坂』が新宿の中でもコアな私の故郷だ。ふるさとは遠くにありて思うもの。。。私にとって新宿区とはそういう場所。遠くにあって、美しい思い出を輝かせる糧となる場所だ。頻繁に遊びに行く場所ではないのである。
子供の頃の私は思っていた、靖国神社という有名なものが家の近くにあるのは、なんと誇らしいことだろうと。そう思うほどに、当時の新宿区神楽坂は牧歌的な場所だったのだ。祖母はそこに弟が眠っていると言い、格別の思いを込めて参拝していた。初詣と言えば靖国神社。地元の有名な名所、私にとってはそれ以上の場所では決してなく、時折、離れて暮らす母と散歩に出かけた思い出の場所。母とのんびり過ごすのは、そうして靖国神社まで歩く時間くらいのものだったので、とても大事な時間と場所だったのだ。大きくなって、この場所が日本という国に『特別な』意味があると知ったが、それは私に一抹の悲しみをもたらした。

誰しも、かなり特別の事情が無い限りは、子供の頃の家族や友人との思い出というのは、淡い郷愁のベールに包まれて、心穏やかになれるものではないだろうか?ノスタルジーという言葉が私は好きだ。この言葉を聞くと、少し物悲しいような、それでいてその悲しさが心地よく胸を満たすような、なんとも言えない感覚を味わえる。この言葉が想起させる様々なことが好きだ、ほろ苦さや、思わず微笑を浮かべてしまうような思い出の数々が。

それが、一瞬にして失われたらどうだろう?新宿区が崩壊するというのは、余程のことが無いと想像が付かなくて、この部分が私にはどうしても理解できない。私が育った場所が、思い出の数々が、ほんの一瞬、数分の大きな揺れによって全て奪われる。
子供の頃、雪が降るとそりを持ち出して姉と遊んだ坂道、通った幼稚園、実は、小学校と高校は統廃合で既に無い。しかし、通いつめた学校への道、途中良く立ち寄ったコンビニ、神楽坂の石畳、意外と未だに牧歌的な商店街の町並み、子供の頃から今もある商店、三味線屋、よく行った喫茶店。実家のあった辺りの、製本所が立ち並ぶ殺伐とした風景。良く遊びに行った新宿アルタ、伊勢丹、ルミネやその他の複合ビル、花園神社、厚生年金会館(はもうないか?)、そして私にとっては良い思いでしかない靖国神社、皇居のお堀、日の丸公園、九段の辺りのお堀の散歩道、桜の綺麗な散歩道。その川沿いに、私の生まれた病院がある。祖父母と暮らしていて母と会えない毎日の中で、母と歩いた思い出のあちらこちら。全て瓦礫に埋もれてしまったら・・・?
こうして書いているだけで、言いようの無い悲しみに襲われる。それら全てを、私は思い出にはしたくない。それでも、本人の意思に関わらず、それら全てを失われてしまった人々がいる。彼らにとっては、昨日まで育んできた思い出の『故郷』が。

東北の方々は、あの、津波で崩壊した地域の方々は、家を失い、財産をほぼ全て失い、明日着る服も、食べ物も全て失ったかも知れないが、それ以上にもっと、もっと大切なものを失った。なぜだかその真実に、気がつくまでに時間がかかった。そこに気付いてしまうと、募金や支援物資などでは埋められない、大きな損失があるのだと虚しくなる。故郷を失った人々に、失った思い出を取り戻す術は無い。そうしたものは、絶対に買うことが出来ない『時』が作り出すものだから。
それでも私は、虚しいつぶやきと思いつつ、あえて自分を鼓舞したい。ポーランドの人々は、戦争でドイツに打ち壊されたワルシャワの町並みを、当時のヒビの一本まで、正確に再現しようと復興に挑んだそうだ。今もワルシャワの町は美しいが、それは戦後の再建によるもの。彼らは奪われた思い出を、自らの決意と努力で『再構築』したのだ。その再現がどれほど実際に即しているのかは分からないが、きっと、町角の何気ない通りを曲がるとき、幼い頃のあれこれがふと脳裏を過ぎるような、完成された町並みなのだろうと推測する。

全く同じは無理かも知れない、いや、恐らく無理だろう。あれほどまでに破壊された町々は、そう簡単には復興できない。失われた『故郷』は、もう2度と見出されることは無いだろう。それでも、ポーランド人と同じ、いやそれ以上の熱意を持って、新しい東北地方を再構築して欲しい。そのための長い支援を、被害を免れ、故郷を失わなかった私たちは続けて行くのだ。彼らの『故郷』はもう戻らない、その苦しみを和らげることは出来ないが、その苦しみや悲しみの深さを推察し、新しい『故郷』作りに、日本中が力を預ける事はできるだろう。

プロフィール

hiyo

  • Author:hiyo
  • たった二つの趣味、映画と読書を中心に、日記を書いてみたいと思います。
    最近、自分の時間を充実させたいな、と結構真剣に思っていたりして。文章を書くのも結構楽しいし、誰かが通りすがりに読んでくれたら、嬉しいかな、とか思っている。
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