『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』

2008年05月02日 23:58

〔米〕THERE WILL BE BLOOD (2007年)
監督:ポール・トーマス・アンダーソン
原作:アプトン・シンクレア
脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
ダニエル・デイ=ルイス/ポール・ダノ/ケヴィン・J・オコナー/キアラン・ハインズ/ディロン・フレイジャー/バリー・デル・シャーマン/コリーン・フォイ/ポール・F・トンプキンス

1900年代初頭、石油を掘り当て、着々と事業を大きくしてきたダニエル・プレインヴューは、ポールという青年から、自分の村には石油が眠っているという情報を買った。早速西部へ出向き、有望そうな土地を買い占めたダニエル。これが成功したら、これまでは比べ物にならない程の収益が入る見込みだ。小さな町には住人の信頼を集める牧師イーライがおり、彼はあのポールの兄弟だった。怪しい宗教活動には取り合わなかったダニエルだったが、油田は開始早々幾つかの不運に見舞われ、ダニエルの義理の息子H.Wは、爆発を起こした油井の衝撃で耳が聞こえなくなってしまう。苦難を乗り越えて着々と西部での基盤を築くダニエル、彼の行く手には如何なる障害も無いように思えたのだったが・・・。

まず最初に、この作品に原作(『石油!』)がある事を全く知らなかった。恐らくはこの映画のおかげだろうが、80年ぶりに復刊を果たしたそうだ。今から80年前に既に翻訳されていたとすると、小説の方は、作品の舞台とほぼ同じ時期に書かれた、当時なら『現代小説』だったのだろう。
しかも原作者を調べてみると、ますます興味深い。社会主義者としての視点から多くの作品を描いたそうで、そうなると・・・?究極の資本主義の体現、自由経済の申し子みたいなダニエルは、一体どういう描かれ方だったのだろう?これはもう、映画も全く違った見方が出来てしまうかも。
おまけに、巻末(だと思う)には柴田元幸氏のエッセイも付いてるとな?19cmで707ページ、さほど厚い作品でもないし、何より先月発売されたばかり、図書館でも綺麗♪借りる決定!
という事で映画の感想(笑)。残念ながら、私には主人公ダニエルという男が、全くもって理解できなかった。従って、ダニエルの人生を描いたこの作品は、全体的にいまいち理解不能だったという事になる。前回の『バベル』と良い、色々考えなくちゃならん映画は正直疲れる!
今回は友人と一緒に行ったので、鑑賞後に色々と検討できたのは面白かった。人の考え千差万別、実に色々意見の食い違いがあるものだ。いつも1人で悶々と考えて結論を出すので、むしろ映画より実り多い体験だったかと。
私の場合は、ダニエルが結構良い奴に見えたのだが、それはきっと、演じるD・D=ルイスへの賞賛と固定概念の成せる技なのじゃないかと。ダニエルがそもそも、完全なる悪であるなら、この映画もすんなり落ちるのではある。ただし、そうであるなら落としたくない・・・という、偽善的精神も無いわけじゃない。原作者のプロフィールを知ってみれば、映画はこのダニエルを、大分静かに落ち着いた描き出しにしていたのじゃないか?という懸念が湧き上がってきた。
物語に対する感想は、原作を読むまでお預けかな?
と言う事で映画として、音楽が良かった(笑)。音楽と言うか、今回のは簡潔に『音』だよね。まさにスクリーンと音が一体化して、1つの情感として画面から流れ出てくるようだった。冒頭の、押し殺したようなリズムだけが目立つ暗い音、これでこの映画が、全く感動的でも楽しいものでもない事が伝わってくる。伝わってくるだけじゃないのね、脳髄に叩き込まれる感じ。
場面ではダニエルが可愛い赤ちゃんとほのぼのと食事をしていたりするのだが、こちらの気持ちには全くそんな穏やかさは喚起されないの。音と映像の共鳴というか競演というか、音楽の持てる力の広域さを改めて思い知った感じだ。個人的にはヒッチコックの作品を思い出した。臨場感を盛り上げる、素朴だが的確に画面にマッチした巧みな曲使い。音楽によってストーリーが見えてくるのよね、ヒッチコックの作品って。
役者に関してはまずD・D=ルイス。この人ホント・・・何なんだろな。恐ろしく自然体で演技をしているからか、観客としてはつい騙されちゃうのよね(笑)。自然体なのは、役柄に入り込みすぎているからなのか?演技の境界線が見えない。だから今回も、迫力あるシーンでは思い切りビビらせて頂きました。嫌味な台詞を言うシーンでは、心底腹が立った、それこそ鳥肌が立つほど。対したP・ダノは、精神的に大丈夫だったのだろうか・・・。
んでP・ダノ。キワモノ過ぎ(笑)。そっちきちゃったか。個人的に一押し若手俳優、このblogでも何度か書いてきているが、今やハリウッドでも、、、一応?注目株。目指せ性格俳優路線になってきた感があるが、キレ系の演技のとき、何故か瞳に羞恥が見えた気がした(笑)。頑張れポール!完璧にキレる演技が出来るその日まで・・・、いや違うな、普通の俳優になって欲しい。
もう1つ、個人的に嬉しかったのはC・ハインズが出ていた事。ダニエルの腹心の部下といった役どころか、またこういう影のような役も良く似合う。いや〜、良いよね、1つの画面で渋いおじさんをまとめて堪能できるのって、本当に素晴らしいよね(笑)。
物語としての感想は持ち越しなので、映画としてはこんな感じで。音楽の使い方は良かったのだが、全てのネタが出揃うまでに1時間強を費やし、これで物語も勢い良く転がるか?と期待したら、その後もまだ2転ほど・・・。最終的に出揃った感が満たされたのはほぼ1時間30分を経過しており、そこから物語が始まった・・・と言えそうな構成。長かった・・・、長すぎた、私には。

『バベル』

2008年05月02日 23:46

〔米/メキシコ/仏〕BABEL (2006年)
監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
脚本:スティーヴ・ゴリン/ジョン・キリク/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
ブラッド・ピット/ケイト・ブランシェット/ガエル・ガルシア・ベルナル/アドリアナ・バラーザ/役所広司/菊地凛子/二階堂智/エル・ファニング/ネイサン・ギャンブル/ブブケ・アイト・エル・カイド/サイード・タルカーニ/ムスタファ・ラシディ

モロッコの山中、遊びから観光バス射撃した2人の若い兄弟がいた。その銃弾によって妻が負傷したアメリカ人夫妻は、テロ活動を懸念した政府間の摩擦によって、救出が遅れたまま山中に取り残されてしまう。一方、夫妻の子供たちは、メキシコ人乳母と共にアメリカに残っていた。代わりの乳母が見つからないため、息子の結婚式を欠席するように言われた乳母は、止む無く幼い子供達を連れてメキシコへ行く。しかし結婚式の帰り、深夜の国境で意味も無く負われる羽目になる。モロッコでは狙撃犯探しが続いていたが、使われた銃から、日本のあるサラリーマンとの繋がりが見えてくる。そして日本、銃の登録者である男は、耳の聞こえない娘と、妻が自殺してからは、反抗的な高校生の娘との擦違いの日々に悩んでいた。

鑑賞後は、いまいち、何が言いたいのだろうか?と。映画のキャッチコピーや予告編からは、言語の違いに何かキーワードがあるのかと思っていた。神に到達しようと高い塔を建て始めた人間に、腹を立てた神が雷を落とし、互いに意志の疎通が出来ないよう、それぞれの言語をお与えになった・・・とか何とかよね、確か?その辺は・・・関係ないのではないかと感じた。
鑑賞直後は、憤怒というか、やるせなさというか、何なのこの白人主義的な映画は!と憤る気持ちが強かった。しかし監督はメキシコ出身、『アモーレス・ペロス』は名作だったのに・・・、仕方が無いので(笑)、色々と考えてみる事にした。そのままだと、何だか釈然としなかったし。
舞台となる国々は、その名前が重要なのではなく、世界の地域をそれぞれ代表したものじゃないだろうか?そうして広い範囲で、国の繋がりや上下関係を示しているような気がした。日本は言わば、『アジアと島国』代表。周辺を完全に海に囲まれて、閉ざされた文化を育んだ国。ある意味独特な私たちの文化は、大方の国から見たら特殊かつ興味深く映るのではないだろうか。映画の大半を占めるエピソードとは、一見切り離された状態に感じるのも、島国的扱いと考えると、妙にしっくり納まった気がした。孤立した状態に、むしろ意味がるのよ、きっと。
さて、とにかく白人有利に話が運ぶ。それがまた、悲劇的な状態を含んでいるから安に責められないのではあるが、余りにも身勝手な白人達の姿が描かれているように感じた。狙撃されたバスにはヨーロッパなどの『白人』も多く乗っており、それぞれが勝手に、自己中心的な醜態を見せる。モロッコ人の兄弟がバスを狙撃するに到った過程を、もうちょっと必然的なものにして欲しかった。余りにも楽観的で弁護の余地のないあの行動は、彼らへの救済の気持ちを閉ざしてしまう。
アメリカ人夫妻が受けた艱難辛苦は、結果的にはお互いの関係に良い方向に向かった事だろう、結果的には何も失ってはいないのだ。しかし、彼等が『生み出した悲劇』は?
メキシコ人乳母に対する無茶な注文、そこから引き起こされた悲劇に対する、ほんの些細な台詞から夫の傲慢さが窺えた。子供たちの無邪気な台詞からも、自分たちが上位であることを知っているような、無意識な制圧が見えたりもした。この辺の描写がね、そもそもの憤慨の根拠なのだ。息子の結婚式を欠席しろと命令するのは、雇用者としても許されない領域でしょう。
それぞれの国の時間軸が違い、国が切り替わる度に、脳内で時間の帳尻を合わせる。多少煩わしい演出にも思えるが、このズレの巧みさも、私の憤りを増長させるきっかけになった。それに、複雑な時間軸の変化が、パズル的な面白さを映画に添えているのではないだろうか。
結果的には、やっぱり『アモーレス・ペロス』だったのねぇ・・・なんて、私のこの解釈は、恐らく全く外れているだろうと思う。自分の中の腑に落ちない部分を、突き詰めてみたらこうした憤りが強くなったというだけで。K・ブランシェットも、『監督の描く愛の深さに涙した』とかなんとか言ってるぐらいだから、白人優位主義じゃ、実際は全く成り立たないわけ(笑)。

バベル スタンダードエディションバベル スタンダードエディション
(2007/11/02)
ブラッド・ピッド.ケイト・ブランシェット.ガエル・ガルシア・ベルナル.役所広司.菊地凛子.二階堂智.アドリアナ・バラッサ

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