『夜を抱いて』

2008年05月12日 23:42

グウェン・エイデルマン著/雨沢 泰 訳/文芸春秋
出会いはN.Yのとある書店。30歳以上も年上のジョゼフに拾われたキティ。流浪の人生を送り、どこか粗野な印象を抱かせる風貌のジョゼフに、抗いようも無く惹かれて行くキティ。2人の濃密な時間は体によって語られ、その合間に、ジョゼフの半生が断片的に語られる。ユダヤ人として戦火から逃げ続け、安住を女性の体の中に求めた男ジョゼフ。キティは激しい嫉妬と共に、彼の話にも魅了されて行くのだった。

8割は台詞だけで進んでいく形式で、その合間に、台詞では処理しきれない状況描写を紛れ込ませたような、少し変わった作風だ。描写なのか台詞なのか?その線引きが曖昧で、ジョゼフの語りが連綿と続いているような錯覚を覚え、何だか不思議な気分になる。
それ以外でも、不思議な印象を覚える作品だった。まずその描写力。カバー折り返しに著者の写真が載っているのだが、母性愛を感じられる、なんとも朗らかそうな笑顔の著者・・・からは全く想像が付かなかった、激しい性描写にまずビックリ。思わず、解説に飛びついてしまった(笑)。
それでも読み続けていると、時折差し挟まれるそうした激しい描写も、最初こそ予想していなかったから驚いたというだけで、いやらしさや戸惑ってしまうような趣味の悪さは全く感じられない。なので、最初の驚きが冷めてしまえば、全く普通に、物語の流れの中で消化していた。
むしろそうした愛の描写こそ、ジョゼフという男に肉付けをして、人間臭くリアリティのある個性をまざまざと浮かび上がらせる、最も重要な要素だったのだと思う。キティへの愛情を示す他愛もない行動、頬を抓ったり、腿をなで上げたり。例えばもっと露骨な行動や言葉でさえも、ジョゼフの隠された幾つかの人間性を、暗に示しているように感じられるのが不思議だった。
結果、余りにも立体的なジョゼフの影で、キティという聞き役の女性にも存在感が生まれる。だからこそ、この2人の濃密な愛の時間が妙にリアルに迫ってくるのだけど、台詞を多用した親密な雰囲気からか、こちらも一緒にジョゼフの話を聞いている気分になる。本の中に入って、だらしなく汚れたジョゼフの部屋で、裸にローブを羽織っただけの2人の間で、行儀良くお茶を飲みながら、何か期待に満ちた眼差しで話を聞いてる、間抜けな自分の姿が目に浮かぶ(笑)。
この作品のもう1つの側面としては、オーストリアで産まれたユダヤ人の半生の物語だ。第二次大戦で次々と行き場を失い、オランダからイスラエルに渡る。驚くほど人間味を帯びたキャラクターとなって行くジョゼフの口から語られるこの過去の話は、妙な真実味を持って響いてくる。
淡々と悲惨な出来事を伝えているようで、そのほとんどは、彼が通り過ぎた女性に姿を変えて語られる。あたかも、戦争から与えられた様々な苦しみや痛みより、女性との時間の方が重要な事だと伝えたいかのように。そういうジョゼフの口調から、彼の内に秘めた弱さや外側を覆う殻の厚さが見えてくるのだ。脆さとか過去の傷とか、そういう曰く有りがちな事ではなくて・・・人間ってそんなものだよねぇ・・・と思わず呟いてしまいそうな、そんな痛んだ男の姿。
だから物語も終盤に差しかかる頃には、キティがジョゼフに惹かれたのは、その母性からなのではないか?と思えていた。で、こういう男には、そんなぬるま湯みたいな愛は長くはいらないのよね。本当は望んでいるくせに、手元にあると恐ろしくなってしまう。『若くて良い男を掴まえろよ』・・・か、ちっくしょうだな、この男。
そんな訳で、作者の意図ははっきりとは名言されていないが、読了後は堪らなく切なくて虚しくなった。ジョゼフとキティ、2人の刹那的で、常に終焉を感じさせる愛を覗き見した気持ちになって、手が出せない自分にもどかしさも感じた。こんな気持ちは『椿姫』を読んで以来かも。
ラストは詩的な雰囲気で、キティの心情を静かに、しかし鮮やかに描き出して終わる。ある意味では素敵な恋の話。一生を動かすほどの濃密な愛の話だったのだ。ううむ。。。

夜を抱いて夜を抱いて
(2003/07/24)
グウェン・エイデルマン

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