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『僕とばあばと宝くじ』【どっぷりネタバレ】

パトリシア・ウッド著/小林 さゆり 訳/ランダムハウス講談社
少しのろまなペリーは、ばあばと2人つましく幸せに暮らしていたが、突然のばあばの死によって独りぼっちになってしまった。親類に家を奪われ、勤め先のショップの上に住み込むことになる。職場の友人等に助けられ、徐々に1人暮らしに慣れ始めた頃、ばあばとの習慣を守って買い続けていた宝くじが大当たりする。1、200万ドルもの大金を手にしたペリーは突然人気者になり、冷淡だった親族がその金を奪おうと画策し始めた。

この作品を読んで、感動してピュアな涙を流すのか、お金の事でイライラするのかで、その人の心が綺麗なのか、守銭奴なのかがハッキリするだろう。ごめんなさい、私は後者で。大体ね、悪い人が得をするという設定が納得行かないの。
で、そんな事が問題じゃないんだと言いたいのは解る、世の中お金が全てじゃないよぉ〜という美しいメッセージも解る、が、美しいというより奇麗事だね、この作品は。所詮世の中金ですよ、金があれば幸せになれるんですよ!・・・黒い、どうせ私は黒い。黒いついでに言わせて頂くと、ペリーの語りで進む物語も若干うざい。なんで3人称にしてくれないのだろう・・・。
お金よりも素晴らしいものは沢山ある、お金で何でも買えるわけじゃない・・・、それはそれで良いのよ、私もそう考えられたらと思うわ。でも簡単には片付かない事も沢山あるのが現実。いくら『ペリー自身の意思』であったとは言え、当選金をまんまとせしめた親戚達。あれほど非道な事をしておきながら、最終的に罰則も無かった人物が『1人でもいた』という事が、逆を言えば『拝金主義』的でなんだか煮え切らない。お子様だから、悪者は成敗してくれなくちゃイヤ。
どうせペリーのお金を独り占めするならこの人だろうな〜という、ちょっと優しい人がまんまと持ち逃げしたわけだが、その人にしたって、騙し取ったお金の半分でも返そうという心がけは一切無いわけじゃない、そら、やっぱり悪党だ。悪党野放しだ!
大金なんて要らない、それよりも素敵な幸せがある、なんてのはある程度金銭面の基盤がある人が言える事。結局ペリーも、素晴らしい職を得て内緒の貯金もあったために、普通以上に安定した状況になることが出来た。『安定した職もあるし貯金もある』と満足するペリーに感じる矛盾にも、何となく歯痒さがある。
悪はきっちり成敗されて、お金もペリーの手元に残って、それでも必要ないと言うのなら、何かしら有意義な方向に利用するなどしてくれれば良かった。例えば、ずっと知的障害という言葉に悩まされ、やれば出来るという思いを抱え、挑戦させてくれない社会に憤りを感じていたペリーがビジネスマンとして成功するというプロットなら、同じような人たちの才能を伸ばす事業に着手するなどという成功の仕方だってあったろうし、無駄にお金を親族に上げてお終いなんてのよりは、よほど個人的に納得が行くのだ。
悪は成敗もされず、お金は悪の手に渡ったまま。おまけにその悪は、騙したお金で豪遊生活、全くもって有意義な使い方も連想できない。ペリーは小さな町の商店で成功し、素朴だが安定した生活。。。地味過ぎよ、、、。何ら物語性が感じられ無いわ。しかしこれを地味だと考えちゃうのも、資本主義気質に骨まで毒されているから?そうなの???

僕とばあばと宝くじ僕とばあばと宝くじ
(2008/07/25)
パトリシア ウッド

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『アントラージュ★オレたちのハリウッド (シーズン2)』

〔米〕ENTOURAGE (2005年)
製作総指揮:マーク・ウォールバーグ/ダグ・エリン
ケヴィン・コナリー/エイドリアン・グレニアー/ジェレミー・ピヴェン/ジェリー・フェレーラ/ケヴィン・ディロン/デビ・メイザー/ペリー・リーヴス/レックス・リー

<DVD3><DVD4>
Episode 9: I Love You TooEpisode 12: Good Morning Saigon
Episode 10: The Bat MitzvahEpisode 13: Exodus
Episode 11: Blue Balls LagoonEpisode 14: The Abyss

大作『アクアマン』の主演が決まったヴィンス、相手役は元恋人のマンディ・ムーアに決まった。ヴィンスが以前失恋し、その痛手から大失態を演じた相手だ。また同じ過ちがあっては大変と気を揉む周囲を余所に、ヴィンスとマンディの仲が復活してしまう。プロモーションも順調に進み、いよいよ撮影間近となった頃、またしてもヴィンスはふられて失恋、マンディと共演は出来ないと引きこもってしまう。一方、ヴィンスを取り合って社長のテレンスとの仲が険悪になったアリは、裏工作がばれて職を失ってしまう。以前アリのパーティで知り合ったテレンスの娘スローンと付き合い始めたEは、傷ついたヴィンスに嫌味を言われ、誘われるがままにテレンスのオフィスへ赴く。それぞれが大きな転機にぶつかった頃、タートルも偶然見つけた無名のアーティスト・サイゴンのマネージメントをする事を決意、大掛かりなショーケース・ライブを計画する。

しっかりしなさいE!という事で、紐の先にぶら下がった重石の如くヴィンスに振り回されるE、しかも打つ手はほとんど無し。同情素通りして憤りが・・・。我侭放題のヴィンスが野放しになってる。マネージャーなら、クライアントの最低限の管理は出来てしかるべきなのでは?健康診断くらいちゃんと行かせよ!行ってないことくらい、誰よりも先に押さえとけよ!というね(笑)。
あれだけ我侭放題言えるなら、マネージャーなんかいらん、自分で勝手にやりたいようにやるが良いヴィンス!と、生真面目おばちゃんはイライラしっぱなし。イクラちゃんの我侭が許せないタイプだからね、大人の我侭なんぞ許せるはずもない。E・・・何のためのマネージャーなの?
『別れが辛いから一度も別れた事が無い』というヴィンスの発言を、あっさりと覆すこの展開。我侭モテ男はふられた話なぞしないものなのだろうが、その辺の卑怯な部分も含めて、余りにも惨めなヴィンスのふられっぷり。男はふられる時も毅然としていなくちゃね。Eの方がよほどふられた時は男前だったわ。やはり美形は1人じゃダメなのね、持ち上げてくれる人がいないと。
アリが今回大回転、色んな意味で(笑)。それにしても、やはりJ・ピヴェンが良い。この役は本当に適役。ヴィンス始めとするメインキャストがまさにアントラージュのようで、J・ピヴェンがこのドラマを引っ張っているかのような気がしてきた。明らかに彼の出演シーンだけ、レベルが違っている気がする。ドラマの質が違って見えるというか、こういうのもキャリアの違いなのかな?
ドラマ(兄)は相変わらずだが、今までは1番のおまけのような印象だったタートルが今回は大躍進。マネージャーとしてはEよりも確実に腕があると思われるので、このままハリウッドで大成しちゃいなさい!と思う展開になる。今後の展開が1番気になるエピソードだったりして。
最終的にヴィンスの失恋は単なる我侭病だったと思われるが、役者に対して腰掛的気楽さがあったヴィンスが、ようやく役者としての自分の価値、自分にとって演じることの価値を理解するという展開に上手くまとめていたと思う。大物を利用して、役者としての未来と希望をダブらせる上手い演出。なんだか私まで、ハリウッドの深くに導かれているような気がした。これからのヴィンス、多分もうちょっと味わいのある人物になるだろう、、、いや、なって、お願い。
ところで、これまでヴィンスが関わった作品は3本。どれも面白そうなんですけど(笑)。特に『クィーンズ・ブルバード』!いやもう、どれでも良いからスピンオフで製作してくれないかしら?
しかしなんだかんだ言いつつ、『友情って良いよね』と思わせてくれるドラマだ。言い合いできるのも仲が良い証拠、家族とは喧嘩をしても離れないのが普通だ。家族だからぶつかれる、逆に見れば、離れない安心感があるからぶつかる事も出来るのだろう。
失いかけると急に足元を掬われるような恐怖が沸き起こる、いて当たり前の存在が消える恐怖。今回はヴィンスが、そんな友情を失いそうになる。大事な人生を棒に振ろうとした時に浮かんだ友人等の顔を見据える事で、その存在の大きさを実感したのだろう。なんて、ちょっと良いラストだったな♪さて、シーズン3、いつDVD化してくれるのかしら!?

アントラージュ★オレたちのハリウッド <セカンド・シーズン>コレクターズ・ボックスアントラージュ★オレたちのハリウッド <セカンド・シーズン>コレクターズ・ボックス
(2008/08/06)
ペリー・リーヴスサマイア・アームストロング

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ぽすれん『アントラージュ★オレたちのハリウッド<セカンド・シーズン> 3』紹介

ぽすれん『アントラージュ★オレたちのハリウッド<セカンド・シーズン> 4』紹介
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『4分間のピアニスト』

〔独〕VIER MINUTEN (2006年)
監督:クリス・クラウス
脚本:クリス・クラウス
モニカ・ブライブトロイ/ハンナー・ヘルツシュプルング/スヴェン・ピッピッヒ/リッキー・ミューラー/ヤスミン・タバタバイ/シュテファン・クルト/ヴァディム・グロウナ/ナディヤ・ウール

ピアノ教師のクリューガーは、女子刑務所でピアノ・レッスンをする事になり、そこで天性の才能を秘めたジェニーと出会う。殺人犯として収監されている彼女は、周囲を寄せ付けない爆発的な狂気を秘めた囚人だった。2人はコンクールを目指して練習を始めるが、衝動的なジェニーは常に問題を起こす。それでも根気良くレッスンを続けるクリューガーに、閉ざされたジェニーの心も開き始める。たった1つクリューガーは、ジェニーの生み出す斬新な音楽を認めることはせず、伝統的なクラッシクのみが音楽だとジェニーを押さえつけるのだった。

なんだか毎度毎度、同じような漠然とした言い方で申し訳ないのだが、こういう人間関係を上手く描けるのは、ドイツならではという気がする。最後まで冷淡な距離感が残るクリューガーとジェニーだが、それが嫌味なわけではない。上手く歩み寄る事ができない不器用な2人の、付いては離れる拙く触れ合う姿。表面的な厳格さに隠された人間的な熱さを見せる脚本と演出、加えて秀逸な演技がじわじわと広がっていく感じ。良い意味での冷淡さがドイツらしい雰囲気だ。
ジェニーは最後まで己の信念を貫いて、一瞬でも心の開放と自由を勝ち取ったが、それは、恩師となったクリューガーを貶めるものではなくて、彼女の中にあった何か凝り固まったものまでも解す、素晴らしい過程だった。ジェニーの勝手さに打ちのめされながらも、やはり彼女を認めざるを得ないクリューガーの、無言の賞賛が感動的だった。
良いラストだったのよ、とにかく。格好良かったね、ジェニーもクリューガーも。女性らしい包容力や安らぎといったものは無いのだが、信念の強さと、やはりどこか儚げな頼りなさが混在している。決してハードボイルドにはなれない2人の、時おり漂う脆さも良かった。
2人それぞれ持つ過去の問題は、全く異質の性質を持つ。辛さや不条理感はあるが、それ以外には実質的な共通点が無い。恐らくそれだけでは、2人がその傷を理解し合い、癒す事はムリだったろう。だからあえて突っ込まない、その潔さ、これまたドイツらしくすっきりしている。
ジェニーはまだ若いから、手に入れた一瞬の自由で何かが癒され、自信となって変わっていくだろうと期待を持たせる。恐らく包容力も安らぎも枯渇してしまったろうクリューガーの方が、実際はジェニーより病んでいる。ジェニーの素晴らしい演奏によって、自分が生きた意味を見出せたのかもしれない。単にピアノの音色に心の底から感動しただけなのかもしれないが、そこには、美しさに涙するという、暖かい人間らしさがあったはず。再び感動や歓喜を思い出したクリューガーに、最高の結果が残ったような気がした。
ちなみに私、母からは様々な文化的、趣味的影響を受けているが、唯二、受け継がなかったものがある。1つは母の職業である洋裁、もう1つが母のとりわけ大好きな『クラッシック音楽』である。単に理解できないだけだし、正直、長時間聞いていると飽きてしまう。
そんな私が、この映画の楽曲にはちょっとやられてしまった。冒頭でジェニーが乱暴に奏でる、軽快なリズムにまず惹き込まれた。公式HPにも紹介されているが、本作のピアノ演奏はドイツ在住の日本の方が2名参加されているそう。これはぜひサントラを入手したいのである。
さて、作品とは直接関係ないものの、ブライブトロイ?はて、珍しい名前が2つとあるものよのぉと思ったら、やはり、モーリッツ君のお母さんだったのね!?息子モーリッツ君はどうにも不思議な役者で、うっとりするような美男子でもないし、変な役ばかりやっているし、背も低いし、演技派だとは思うが、それ以外って何がある?と思いつつも気になる役者だった。
しかしお母さんを見て納得した。親譲り、なんだわね、あの魅力って。

4分間のピアニスト4分間のピアニスト
(2008/06/06)
モニカ・ブライブトロイハンナー・ヘルシュプルング

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ぽすれん『4分間のピアニスト』紹介
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『ミスター・ロンリー』

〔英/仏〕MISTER LONELY (2007年)
監督:ハーモニー・コリン
脚本:ハーモニー・コリン/アヴィ・コーリン
ディエゴ・ルナ/サマンサ・モートン/ドニ・ラヴァン/ヴェルナー・ヘルツォーク/レオス・カラックス/ジェームズ・フォックス/ジョセフ・モーガン/アニタ・パレンバーグ

物心付いた頃から自分自身に違和感を感じていたマイケルは、理想の人の真似を終始続ける事で、世間と接触する事が出来ていた。仕事がきっかけでマリリン・モンローと出合ったマイケルは、彼女の誘いでスコットランドの古城へ行く。そこで暮らす人々は、地上最大のショーを実現させるのを目的とした共同体。皆誰かの真似をして生きる、マイケルの仲間だった。

鬼才H・コリンというが、実際一度もこの方の作品は観ていない。なるほど、鬼才ねぇ・・・?鬼才っぽい作りの作品だったわ、確かに(笑)。もちろん私の目的はD・ルナ、そしてS・モートン。おまけでD・ラヴァン、『ツバル』が良かったので。
有名人の真似をする事でしか生きられないマイケルだったが、古城に同居するその他大勢の物真似さん達も、マイケルと同じく深刻な理由であるのかは不明。実際マリリンも、夫に誘われるままにマリリンになる練習をしたと語るあたり、マイケルとその他の物真似さん達との間には温度差があり、そうした温度差も、物語としては結構重要なのかも?
D・ラヴァンのチャップリンは結構良い線行っていたが、その他が余りに似ていない・・・。しかしよくよく考えたら、『そっくりさん』ではなくて単なる『真似』なので、あのぐらいで丁度良いのだろう。あの似ていなさに、この物語の異様に深く暗い部分がリンクする気がする。
何だかこの作品も、宣伝ミス・・・のような気がする。ロマンスはあると言えばあるが、本筋とは関係ないよねえ?主人公に絡んでくるものではあるが、それがメインでは決して無い。有名人の真似をする事で得る心の平安と、しかし周囲と溶け合えないというバランスの悪さを、自分と同じような人たちに紛れて見つめなおすマイケル、と言ったところだろうか。
要するに、一風アプローチの変わった青年の成長物語だ。物真似という隠喩的な象徴を利用することで、深淵で詩的な印象を与える事が出来ると思うが、物語の方向性は若干あやふや。どうも方向が定まっていないような気がしてしまう。殺伐とした色合いと、スコットランドの寂れた古城の雰囲気は絶妙なコントラストで、全体の漠然とした印象はとても良いのだけどね。
最後の最後まで観終わった時に思ったのだが、、、これってもしかして、恐ろしくネガティブで救いようの無い話じゃない?見直したかったのだが、時間が無くて断念。最後のあのメッセージはどういう意味なのだろう?死ぬ時まで、私たちが持っている時間はオリジナルなものなのだから、という意味もあるように思ったが、基盤がやたらとマイナス感情なのじゃないかと??
D・ルナも童顔のまま歳を取ってるなあというのが、あの厚いメークを通して浮き彫りに。何より、S・モートンのボディに驚愕。もともとぽっちゃりタイプだったが、あれはちょっと、どういうこと!?マリリンのクセは上手く掴んでいると思うが、何しろ細かいので伝わるのか?という疑問が。しかし可愛かったのではある。可愛いだけで受け止められるか、あのボディ?
全体的にはどうかな、面白くは見られたけど、もったいぶった割には・・・という気がしないでもない。所詮繊細な人間じゃないもので、こういう脆い作品は取り扱いミスして壊しちゃうタイプね。

ミスター・ロンリーミスター・ロンリー
(2008/08/08)
ディエゴ・ルナサマンサ・モートン

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ぽすれん『ミスター・ロンリー』紹介
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最新モード

ここ最近、『若い子』のファッションには、さすがについていけないものがある。というより、もうほとんど疑問?数年前のレッグウォーマーもどうかと思ったが、あれは80年代の記憶があるからそう思うだけなのかな?『フラッシュ・ダンス』じゃあるまいし!という(笑)。
さてまずは、この夏流行の『グラディエイター・サンダル』、どうなの!?正直『ヘン』だと思いながら履いている女子もいるのでは?後輩の女の子なんて、『グラディエイター』の意味は知らずに、単にこのサンダルから生まれた新語だと思っていたらしい。
何で今更こんなものが!?と思って調べたら、『D&G』発祥らしい。ファッションショーで火がついて、ハリウッドセレブが広めたと。そんなショーの写真を見てみるとさすが、グラディエイターを意識した攻撃的な雰囲気とフェミニンな華やかさが融合したトップと合ってる。これなら良いんだけどね・・・、かなり、合わせが難しいサンダルだと思う。
今夏は民族的なテイストが流行る!と聞いていたし、春先はそんなトップスも出回っていたが、こちらは着ている人を余り見かけなかった。んで、グラディエイターも、こういう民族的(ざっくりしたくくりだなぁ・・・)なテイストと合わせると良い!とか、ファッション系のサイトに書いてあった。

まぁまだ、見慣れればこのサンダルもあり、と言えばあり。どうしても『無い』のは、真夏のブーツ、しかもしっかり冬用というこのナンセンス。確かに先日観た映画でも、ティーンの娘が真夏にエスキモーばりのもこもこブーツを履いていた。その流れ、とうとう日本に到着・・・。
今年の夏は暑かった、連日35度を超えた、その最中、裏側毛ばりのブーツを履いている女子。観ているこちらの方が、熱中症になりそうな気になる。第一観た瞬間、『汗かいてそう』→『蒸れてそう』→『臭そう』という連想は避けられない。大好きな男子との面会、大丈夫ですか?
幾らお洒落は我慢だと言っても、夏にしか履けない靴というのもあるのだし、TPOはやはり重要。はっ!もしかして、真冬になったら真夏のサンダルが流行る・・・?そんなわけないか(笑)。いやいや?またヘンな靴下が流行って、それと一緒に・・・。

お洒落というのはとにかく大変だ。何とか過去に例を見ない奇抜さを取り入れようとして、アパレル業界も苦労している事だろう。真夏にブーツも、履いている女子達は暑くないはずも無いのに、涼しい顔をして耐えている。なんとも、流行というのは追うのも作るのも大変なもの。
と・・・、こんな風に考えてしまう私、最近本当におばさん化しているとつくづく思う。若い人のファッションが理解出来なくなったら終わり!絶対にそんな事ない〜!と思っていたが、早くもその兆し。実はローライズ、スキニーなんかも微妙だな・・・と思ったが、時間が経ったら感化された。自分では履こうと思わないが、裏を返せば細すぎて履けないだけだったりして(笑)。
以前母が良く、『あんた達と同じものが良いなんて言ってたら、むしろ気持ち悪いわよ』と言っていたが、その時は納得すると同時に、『大人になったら常識が邪魔をして流行を追えなくなるのか?』と少し悲しくなったのを憶えいてる。違うんだね・・・流行が気にならなくなるんだね・・・。そもそも流行りものに飛びつくタイプではないが、それなりに世間ズレしないよう、何かしら取り入れるようにはしている。ただ冬ブーツとグラディエイターはダメ、全くダメ。
流行を知らないのではないが、受け入れられない。いっそ疎くなって心穏やかに生きたいが、毎日外出していれば、否が応でも目に付いてしまう。恐ろしく頻繁に目に付くアイテムや着こなしがあれば、それが流行りなのだと察しが付く。受け入れられないアイテムが増える度、ああ、、、年を取ったなぁと感じ入る。さて、今年の冬はどんな流行がやってくるのだろう?願わくは、受け入れ易い防寒バッチリのファッションでありますように・・・。
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Category : 2008年§8月§ | Thema : 日記 | Genre : 日記 |

グアム=日本!?

昨日の日記で、オリンピックも終ったし『あたし勉強頑張る!』などと宣言したくせに、夏休みのグアム旅行のために、グアムの事を調べてみた(笑)。
グアム・・・やはり日本人旅行客からの収入が、財政のウェイトをかなり占めているらしい。そうか、今でもか・・・。という事で当然、かなりの範囲で日本語が通じるらしい。そこは予想していたのだが、何しろ今まで全く興味も無かったので、それ以外の知識はほぼ皆無。
さて、海外に行くとなれば、気になるのはコンセント(笑)。電化製品がご自慢プロダクトの日本人、なんだかんだと電化製品の持ち出しが増えるのだ。しかしこの型も日本と同じなのね。『違う場合もあるので注意』と書いてあると言う事は・・・?まさか日本人が集まる場所だけ日本仕様にしてる?電圧は日本の100Vより若干高めだが、これも変圧器無しでほぼOKらしい。
次いでやはりお金だが、なんと・・・100ドル未満なら、日本円を使える場所が殆どだそうだ。ほえぇぇえ、初ドル使用!と張り切っていたが、替えなくても良さそう。なんか・・・つまらんなぁ。
日本人観光客が多いからと言って、なぜ日本語が横行するのだろう?なぜ日本円が使えちゃうのだろう?なぜなぜ、なぜなの?それって楽しいだろうか?貨幣が違う、電圧が違う、言葉が違う、環境が違う、生活様式が違う。これって、異国に旅行に行く楽しみの一つだと思っていたが、意外とそうでもないのかとつくづく思った。
ユーロが導入されて、ヨーロッパ在住の方には概ね好意的に受け入れられている模様。隣国へ行くのに、為替の無駄な手数料とか取られないし、変動も無いから安心。言葉も、こちらは英語に四苦八苦する『面白さ』というのがあるが、じゃあスペインに行ったらスペイン語で苦労するか?と言われればそれは無いし、無理矢理片言の英語で通そうとする。
何となく英語が世界共通という概念があるから、英語が母語の人達は羨ましいなあと思ったりもするが、日本を飛び出して全く言葉が通じなくなると、『ああ、、、海外に来たんだ』としみじみ実感したりして、何とか意志の疎通を図ろうとするのがまた面白かったりもする。
しかし一般的には、外国に行ったとしても、異国情緒を風景や名所などで楽しむ以外、できるだけ母国と近い方が良いとされているのだろうか?英語圏の人は言語によって異国の苦労を味わう事は少ないだろうし、海外まで行って、日本食にお金を払う友人知人も少なくない。苦労・不便も海外旅行の楽しみの一つと思っていたが、どうやら違うのは私の感覚のようだ。
それにしても、わざわざグアムまで出かけて行って、日本語が通じる、日本円が使えるぐらいなら、伊豆にでも行けば予算も浮くのに・・・と、どうしても思ってしまう。いやいや、国外逃亡(4日間だけだけど)する事が重要、でも、行った先も国内・・・、ああ、悩む。
初めての海外旅行はオーストラリアのケアンズ、海を臨むその穏やかな景色はまさに『熱海』。思わずそう呟いたら、連れもポツリと納得の呟き。ああ、憧れ続けた海外なんて、所詮こんなものなのかしら?という切なさ。ヘタレな連れは日本のオプションツアーばかりに参加し、行く先々で日本人のガイド、日本人の同行者に囲まれる。パッケージツアーだったので、行きも帰りも機内は日本人ばかり。唯一の実感はオーストラリアドルだったが、これも余り使わなかった。
2度とあんな失態は犯すまい!と誓ったものだが、さて、今度のグアム、どうなることやら?
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Category : 2008年§8月§ | Thema : 日記 | Genre : 日記 |

終っちゃいましたね〜

オリンピックがとうとう終った。『やっと』・・・、というのが、正直な感想。
この2週間、もうほんとに、何も出来なかった。なぁ〜んも、なんも出来なかった。
腹の中では焦りがある、全く勉強が進んでいない、テレビなんか見ていちゃいけない。でも、でも、、、気になって勉強どころじゃない(笑)。そうして見続けた今回のオリンピック。まさに堪能したと言い切れるオリンピックだった。
思えば、独り暮らしを始めて5回目のオリンピックだ。最初は寮暮らしで、テレビが無くて観戦もままならない。何より仕事が忙しかった。続く2回は、私の家に住み着いていた邪魔な彼氏がいたために、思う存分観戦させて貰えず。前回は(くどいようだが)イタリア滞在。
テレビを独り占めできるようになってから、初めて、誰にも邪魔されず気兼ねなく見られるオリンピックだった事に気がついた。今日は友人宅に遊びに行って、既婚者の友人2人に散々、『誰か良い人はいないのか?』と突っ込まれ、そこでふと、『あたしオリンピック好きな人とじゃないと一緒に暮らせないわ!』という発言に(笑)。

さてさて、この2週間全く勉強が進んでいないが、実はそれ以前に、大分煮詰まっていた。オリンピックが始まってからの数日間は、ほとんど確信犯的に勉強に手を付けなかった。1週間も過ぎた頃、猛烈な焦りが心の中に生まれた。その感情に、我ながらちょっとビックリした(笑)。
自分に甘い性格から自宅学習などは難しく、これまで何回かチャレンジしたがいつも途中で辞めてしまっていた。やらなくては!という焦りを感じた事はなく、今回初めてそう思った。これはある意味収穫かな、『本気でやりたいんだな、あたし』という、妙に第三者的な目線。
多分もう2度と、後手に回す事は無いだろう。この焦る気持ちもなんだか心地良い、というか妙なやる気に繋がる。遅れを取り戻してもう一度軌道に乗せる、当座の目標はそこかな。映画鑑賞も程ほどにしなくては。

オリンピックを見るといつも、『選手も頑張っている、私も頑張らなくちゃ!』と闇雲に思う(笑)。今までは、『生きる』以外に頑張ることも無く、当たり前に、生きるために日々仕事をし、それなりの生活を整えてきた。だからいつも、意気込みだけで終ってしまう自分が情けなかった。
今回は私にも頑張るものがある、おお、これって進歩だ(笑)、随分遅い進歩だこと。頑張るものが1つあると、4年間の目標も立てやすくなる。やる事は色々ありそうだが、4年後のロンドン大会を目処に、自分なりの結果を残せるようにしようと思う。
スポーツでは同じ土俵で戦えないが、目標は違えど、達成するという結果や価値は同じだと思う。今回は『やらなくちゃ』という思いと共に楽しんだオリンピックだったが、4年後は、『やり遂げた』感と共に楽しめるオリンピックを迎えたい。しかし今から時差が気になって仕方が無い(笑)。考えたら4年毎に生活が変わっている私、次回はどんな生活をしていることやら?

さて今回のオリンピック【勝手に】総括(笑)。
色々オリンピック関係の掲示板などを見てしまったので、何となく醜い国感情が露呈した感は否めない。メディアの報道もいささか、偏った部分があったような気もする。それでも、滞りなく、満足の行く大会だったのではないかと思う。
中国の大活躍も、そもそも大国で選手層の厚い国、今回の大会の為に強化した実績が結果となって出たと純粋に思う。冬季オリンピック長野大会の時の日本の活躍を見れば解るだろう、自国開催というのは、それだけで素晴らしい結果を生むものだ。
日本選手団の活躍は、メダルこそ前回より減ったものの、歴史的で価値あるメダル獲得が幾つもあった。2大会連続、競技初、80年ぶり、最初で最後。競泳などは、全部で27(だったかな?)の日本新記録を出し、メダルこそ獲れなかったが入賞は幾つも果たし、若い選手の躍進が目立った。ロンドンではまた、競泳陣の活躍が期待できそうだ。
トライアスロン女子、初の5位。カヌー女子4位、トランポリン男子も4位、射撃でも4位。ヨットやセーリングも活躍し、今後の期待が高まる結果だ。バレーボールも男女出場を果たし、次回は予選突破に駒を進めてくれるだろう。体操男子も新星が登場し、女子も久し振りの入賞を果たす。ホッケー女子の活躍もワクワクしたし、バドミントンも粘りの勝利で4位。飛び込みも男女とも決勝新出、忘れてはならないのが、女子サッカー4位入賞!とにかく書ききれないね。あらゆる選手、競技が、今後どう新化していってくれるのか、楽しみである。
大満足の熱戦を楽しみ、さて、ようやく私の生活も落ち着く見込みだ。しかし別に、新しいバイト探しも始めなくては・・・。
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Category : 2008年§8月§ | Thema : 日記 | Genre : 日記 |

『ビー・ムービー』 【細々とネタバレ!】

〔米〕BEE MOVIE (2007年)
監督:スティーヴ・ヒックナー
脚本:ジェリー・サインフェルド/スパイク・フェレステン/バリー・マーダー/アンディ・ロビン
ジェリー・サインフェルド/レネー・ゼルウィガー/マシュー・ブロデリック/ジョン・グッドマン/クリス・ロック/パトリック・ウォーバートン/キャシー・ベイツ/バリー・レヴィンソン

蜂のバリーは大学を卒業し、いよいよ社会に出て働く事になった。しかし、過労死するまで働くという仲間の考えに納得できず、広い世界を求めて巣を飛び出してしまう。街で知り合った花屋のヴァネッサと訪れたスーパーで、大量に売られている蜂蜜を発見して憤慨するバリー。彼は蜂達の利益を守るべく、人間相手の訴訟を起こすことを思い立つ。

まぁ、まず、つくづく、私って頭が固いなと(笑)。映画に荒唐無稽をウヤムヤにできるボーダーラインがあるとしたら、この作品はその線を遥かに越えている。それを言ったら、殆どのアニメのディティールは全ておかしくないか?とか、なんかそういう問題じゃない。ちょっとおかしいけど許せる範囲というのを、私的には軽く飛び越えてしまっているのね。
蜂が擬人化されすぎているのも何だか微妙だったし、沢山の蜂がジャンボジェットを持ち上げるというのはさすがにどうなのその設定??大体蜂が雲の上は飛べないでしょう、雲を突き抜ける前に死ぬだろ???とか、『僕たちの作った蜂蜜を盗んだ!』じゃなくて、仲間が別の場所で作っただけじゃないとか、蜂が怠けただけで世界中の花は枯れないだろう、規模大きすぎだろとか、細かい事が積み重なって妙なイライラがあった(笑)。後から考えるとまぁどうでも・・・、やっぱり良くない!A型だなぁ、こういうところやっぱり(笑)。
とは言え、そんな事実関係に即したディティールなんぞ、お子様達はしったこっちゃないはずなので、蜂が喋って裁判して人間の女性と恋に落ちる話を楽しむ事だろう、多分ね。じゃあ大人は?というと、物語全体が皮肉の利いたジョークだと思えれば良いみたい。スティングとかレイ・リオッタとかは、冗談の解る大人なのだろう、ラリー・キングは普通に笑った、似てるし!
訴訟とか権利とかを安易に声高に叫ぶ事の危険さや滑稽さ、働きすぎの画一的な社会に対する警報、個性を尊重しない社会の在り方、そういう壮大な事を身近な目線でやんわりと皮肉ってる、そう思えれば良いのかも、『思えれば』ね。ただ何となく、この映画の蜂って、日本人に近いような気がしてちょっとげんなりした。周囲の生き方に同調してそれが幸せだと思っている周囲に、どこか違和感を感じるバリーの気持ち、何となく解る気がしたし。
結局のところ、ターゲットは大人なの?子供なの?とうい疑問。両方に色目を使ったら、両方から総スカンを食らったという感じもするが、アメリカでは結構ヒットしたのだ。感性がオール・アメリカァ〜ンなのか?子供の心をたっぷり持っていて、大人の常識もちゃんとある、そんな大人か子供が見たら120%楽しめそうな気がする。ちなみにそんな子供はとても嫌だけど(笑)。
1つダントツに良かったのは、そのカラフルさ。華が重要な主役でもある作品なので、とにかくカラフルで素敵、映像を観ているだけでウキウキしてくる。蜂の巣の中もカラフルでコミカル、とても楽しげな雰囲気が出ていて良かった。アニメーションとしての映像は最高、物語は微妙?どちらを取るか、、、?やはり両方取りたいよね(笑)。

ビー・ムービー スペシャル・エディションビー・ムービー スペシャル・エディション
(2008/06/13)
ジェリー・サインフェルドレネー・ゼルウィガー

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ぽすれん『ビー・ムービー』紹介
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Category : 映画【コメディ】 | Thema : DVDで見た映画 | Genre : 映画 |

プロの存在

子供の頃、オリンピックは世界最大の『アマチュア・スポーツ』の祭典だと思っていた。徐々に、プロ・スポーツ選手が参加している事を知り、何だか違和感を感じていた。
私はもともと、プロスポーツには興味が持てない。子供の頃は祖父の好みで相撲と野球は欠かさず見せられていたが、物心着いた頃からずっと見ていたに関わらず、どうしても好きになれなかった。嫌悪があるというわけではないが、全く興味が持てないのだ。
オリンピックはアマチュアに限ったわけではないが、プロ化されているスポーツが少ないために、自然アマチュアの参加が多くなる。最近は規制も大分大らかになり、北島や為末など、個人でプロ宣言して活動する人達も増えてきた・・・と思う。
それでも、そんな彼等にとって、最大の活躍の場所は『オリンピック』である事は変わらない。一方、プロである選手達は、完全に生活がかかっているプロ活動が最大の活躍の場であり、オリンピックを目指して4年間練習を積む選手達とは、明らかに行動パターンが違う。特にチームで試合をする競技は、その違いが顕著に出ると思うのだ。

オリンピックにおけるサッカーの在り方は、他の競技とは明らかに違うと思う。サッカーの世界最高峰の大会は、あくまでもワールド・カップだ。他の多くの競技にもワールド・カップはあるが、その価値を上回る位置にオリンピックがあと言えるだろう。しかしサッカーの場合は、圧倒的に『サッカー世界選手権』が最大なのだ。
野球の場合も同じだろう。野球に関しては、『代表選手』という活動が極端に少ない。プロ選手は彼等の闘う場所が常にあり、それは毎年行われる事であり、オリンピックより何より、その場所で活躍する事が最大の目標だ。4年に1度、実力者を寄せ集めて真剣勝負に挑んだとしても、それは所詮、お祭騒ぎに過ぎないのではないだろうか?
代表選手として負けても、プロ活動があるという安心感。これは、極限の緊張感、勝ちたいという強い意志、その瞬間に賭けるというモチベーションの高さを培うには、ちょっと環境が不利なのじゃないかと思うのだ。プロは負けても次がある。それは明日の試合、来週の試合と続き、来年また1からやり直しが出来る。
オリンピックを目指し、それが最高の活躍の場である選手達は、例え次があったとしても、それは4年後なのである。ここでやらなくちゃ、何のために頑張ってきたのか?最高の活躍の場所、4年に1度、最高の成果を残そうと、これまでの努力の結晶を刻みつけようと集まる選手達。その意気込みに一点の曇りも無い。勝つという強い意志が、テレビを通しても伝わってくる。
私は、そんな人間の見せる魅力的な姿が好きだ。極限に挑戦する真摯な姿が好きだし、自分にもそんなものがあるのかも知れないと、都合良く希望を感じる事もある。スポーツを見る事を通して、いつも人間を見ている。様々なドラマを生む人々、人間の感情、歓喜や悲哀が、あれほどリアルに溢れるのは、勝負事以外にはあり得ないと思う。映画のように演じられた様々な表現も好きだが、スポーツには人間の本気の感情の爆発がある。
見ているこちらも、普段では味わえない興奮と落胆を味わえる。真剣に何かに没頭し、手に汗を握り、一喜一憂して、時には狂喜する。これは、淡々とした日常では決して味わえない。実際に戦う選手達からのお裾分け、この興奮は1度味わったら止められないのだ。

通過点であったり次がある人達、要するにプロ選手で固められている試合は、だから端から興味が無い。薄い感情と惰性を鑑賞して、時間を潰すつもりは無い。
勝ちたいという気持ち、今しかないという熱意、プロか、そうではないか。注目度は高いか、低いか。この違いは大きいと思う。そこで結果を残す事がどれほど大切か、その目標に、選手達がどれほど1つになっているのか?
その違いは、野球とソフトボール、サッカーの男子と女子でも如実に現れているだろう。競泳や陸上界の固い団結力、競技種目は違えど、大枠でくくられたチームの強い信頼関係。長年同じ道を歩んできたという連帯感。ハードルだろうが短距離だろうが、同じ辛さを味わった選手達の深い理解、同じ歓び。単独の試合でも、チームでの競技でも、団結力は明確に表示されないが、見ていればその強さは誰にだって解るだろう。その団結に力を得て、強烈な熱意が生まれ、今しかないという危機感が実力を増加させる。
プロ選手の実力が劣るとは思わないが、あくまでも、最高を見せる場所が違うということなのだろう。彼等の行き着く場所は、オリンピックでは無いのだ。野球にしても、実業団で頑張る人がいる、彼らはプロになれなかったから劣るのか?決してそうではないだろう。だからこそ、オリンピックという特別な舞台で輝く事が出来るのだ。
実力があったとしても、モチベーションが高められなければ意味が無い。肉体的な実力以上に、『気持ち』から生まれる結果は大きい。長年の信頼と結束、この強さが示す結果も大きい。この2つが見事に機能して最高の結果を出したのが、今回のソフトボールチームだろう。
だからプロはプロの世界で頑張れてば良い、その競技の最高峰の舞台で頑張れば良い。オリンピックに付け焼刃のプロ選手は要らない。特にチーム競技では。これは前から思っていた事だが、今回の大会では、それが証明されてしまったようで切ない思いがする。
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Category : 2008年§8月§ | Thema : 日記 | Genre : 日記 |

無駄な挑戦でも

日本の陸上界は弱いのだろうか?
確かに、今回のオリンピックも、前回のアテネ大会も、結果としてはパッとしなかった。しかし、世界大会では、日本陸上は輝かしい記録を幾つも残している。アジア選手権に至っては、日本陸上界はその頂点に近いところにいると言える。幾つかの競技に関しては、という注釈も付くのだが、それでも、体格的に不利な東アジアの人種としてみれば、日本陸上選手は活躍している方だと私は思うのだ。

結果が残せてナンボ、その結果とは、『メダルを取る事』だという認識が根強い。それでいったら、陸上競技は日本人にはことさら過酷な競技が多い。それでも挑戦し続ける選手がいると言う事が、私は素晴らしいと思う。陸上以外でも沢山そうした競技がある。一般的な記録が残せないから注目もされない。それでも地道に、己が道を突き進む人々がいる。その原動力、熱意、私はそういう気持ちを賞賛する。
世間がこれだけ冷淡なら、やめてしまった方が良いと思うときがある。『不振』『期待外れ』などと言う傍観者、勝者だけを称えるメディア、辛くないのだろうか?心は傷つけられないだろうか?それでも続ける気持ちとは、一体どんなものだろう?
不利な状況に挑み続ける、その強さとは一体なんだろう?
きっと彼らは、心からその競技を愛していて、やり遂げたいという気持ちが強いから、自らの記録に挑み続けるのだと思っていた。世界の記録ではなく、挑むのは自身の記録だ。身近な記録を更新し続けることで、全体的な底上げが可能になる。その未来を信じるが故の努力。
だから世間がなんと言おうが、世界に勝つことが出来なかろうが、陸上のように体格的に不利な競技でも、日本での歴史が浅い競技でも、その選手達は強い気持ちで、世間の冷淡さを跳ね除けているのだと思っていた。

でも今日、マイルリレーの為末選手のインタビューで、オリンピックでは辛い思い出がある陸上選手が多いと思うという言葉を聞いて、やはりそうなのかと思った。自分の力を出し切ったとしても、打ち破れない壁がどこまでも厚く立ちはだかる事に、辛さを感じることもあるのだと。
陸上競技の歴史は古い、積み重ねられてきた歴史は、既に完成された感がある。世界新記録も、簡単には樹立できない世界だ。それでも、世界は進んでいる。新化し続ける世界に、日本陸上界は若干の遅れを取りつつ、必死に着いていこうとしているように思える。
素人考えでおこがましいが、世代交代が上手く行っていないようにも思えた。数年前の日本陸上界は華やいでいたと記憶している。『メダルに近い選手』というのが多く、実際メダルを獲得した選手もいたし、東アジアの選手としては驚くほどの活躍ぶりだったのだ。これほど満遍なく様々な競技で、入賞まで行ける選手を持つアジアの国は、正直言って少ないと思っている。
『メダル』じゃないのだ、過去の歴史を鑑みて、『今』を見て欲しい。周りも見て欲しい。どれほどの進化を遂げたか、感じて欲しい。それでもやはり、現役の選手が引退した後に、この土台を引き継ぐ選手がいるのか?というと、若干不安でもあった。

でも違うね、その土台は引き継がれているのね。今回もまた、新たな歴史が誕生した。
男子4×100Mリレーでの3位。立派な記録だ。ラッキーな事があった、運も実力の内。それは違うと思う。日本のリレーは、バトンの引継ぎが上手いと言われている。アメリカは、バトンの引継ぎにいつも不安を抱える国だった。バトンは決められたゾーンで引き継がなくてはならない。それを可能にするのも実力の内だ。走れれば良いのは個人のレース、リレーは、バトンの練習も大変重要。一応これでも、元陸上部で無理矢理リレー選手をやらされていたのです。
立派に実力で勝ち取った3位。末續選手のインタビューがまた立派。先達の方々を称え、その土台があっての銅メダルだと言う。そう、そうなんですよね、入賞は無理と解っていながら挑んだ人達がいた、そうして鍛え上げられた日本陸上界がある。その中で成長した選手達がいる、それだからこの快挙がある。
これまで、4位はあった。上手いと言われても、バトンを落としたこともあった。そして80年ぶり、トラック競技でのメダル獲得が生まれた。いや〜、素晴らしかった、素晴らしかった。アフリカ系の人達が強い、南米も強い、体格の良い白人系も強い、でもそこに混じって、体の小さな東アジアの4人が堂々3位だ。ブラジルを押さえて走り抜けた朝原選手、本当におめでとう。
朝原さんにメダルを!その意志で挑んだ1年前の世界陸上。願いは叶わず、涙に暮れた4人。3人は1人の男の為に、1人は3人の仲間の為に。オリンピックというこの大舞台に、帰ってきてくれてありがとう、満身創痍だったろう1年前、良くぞここまで来てくれました。
日本陸上短距離界に、朝原宣治はまだまだ必要だと私は思う、勝手に思う。だってまだまだ走れるもの、土台そのものであるような人だもの。今日のラスト100Mの激走を見たら、全然いけると思ってしまった。他の人では、きっと今日のメダルは無理だったろうと思ってしまった。
陸上競技で、日本人が挑む短距離レース。その最高峰と目される100Mレース。そこに挑み続けた朝原選手。夢の決勝の舞台へ、新化し続ける決勝への道を追い続けた競技人生。一昔前なら行けたかも知れない、でも今は、より競争が過酷になっている。それでも、淡々と挑み続けた。決勝に行ったところで、優勝は無理だとは誰もが思うこと、要するに、『メダル』は貰えない。残るのは記憶だけ。それでも挑む、その姿勢が呆れるぐらいに素晴らしい。
彼の功績は、明らかな土台となって残っていくだろう。この次にはきっと、若い選手が決勝の舞台に立ってくれる。一歩ずつ、着実な進歩。インタビューの裏で、朝原選手に抱きついていた塚原選手の姿が、慕われる男の確実な功績を感じさせた。もし近い将来、塚原選手が決勝の舞台に立ったなら、それは朝原選手が決勝の舞台に立ったのと同じ事だ。
客席で観戦していて、号泣する選手がいた。彼らもまた同じ夢を追い続け、目に見えない結果を求めた盟友なのだろう。競技種目は違っても、感じる思いは同じなのだ。長く闘い続けた仲間なのだ。一丸となってその実力を底上げしてきた日本陸上界、私はそんな彼等の、飽くなき挑戦する姿が大好きだ。やはり陸上競技は、私にとってもオリンピックの花形競技なのだ。
この競技場で走れる事が、この雰囲気を感じられる事が幸せと、多くの選手が語る。今はまだ出場する事に意義があったとしても、いずれ、その先に目標が定まる時が来ると信じている。
個人的には4年後、ロンドンの舞台で朝原選手の夢のファイナルを見たい。朝原選手40歳、何となく、彼ならいける気がする。ちなみに私、同じ年である(笑)。
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家族の思い出

先日親元に行った際に、『あんた家族の事でも小説に書きなさいよ』と言われた。唐突ではあるが、確かに若干変わった家庭ではある。上手く書ければそれなりに面白い読み物になるとは思う、が?家族の誰も日記なんてつけていない。私も、聞いた話のうろ覚え、所詮記憶じゃ書けませんよ母さん、という事でその話は終わりとなった。
子供の頃の私は、祖母の思い出話を聞くのが大好きだった。時を経た今では、『抱腹絶倒』という大枠以外は、もう殆ど憶えていないのが残念だ。祖母は明治最後の数ヶ月の生まれだが、祖母曰く、厳密に言えば大正元年なのだそうだ。そこのところ、間違えちゃいかんのだそうだ。『何で?』と聞くと、『明治生まれというと、年寄り臭く聞こえるから』と。女って生き物は・・・(笑)。
祖母の話で、今でも憶えているのも幾つかある、ズロースと牛乳の話だとか、カンニングの話だとか、中でも1番面白いのは、祖父とのお見合い結婚の顛末だろう。
祖父は大人になってからの方が興味深かった人で、バットを作って巨人軍に売っていたり、ブラジル移民の船に本気で乗ろうと思っていたり、とにかく結構頭の良い人だったらしく、若い頃には色々な考えを持っていたらしかった。英語だって独学で勉強したらしい。
関東大震災の時の思い出話はちょっと恐い。ちなみに祖父は震災は免れて、当時の職場があった田無から震災直後の東京まで、様子見に自転車で乗り込んだそうだ。未曾有の大混乱に陥った東京の様子を淡々と話す祖父、『自転車は降りて押さなくちゃならないし、道は歩き難いし、行かなければ良かった』とは、混じり気の無い感想である。

父の話は大して面白い事もないのだが(笑)、何しろ父方の祖父が第二次大戦による没落貴族だったので、父から聞く祖父母の話は、スケールが違って別世界の面白さがあった。『明治天皇が・・・』なんて、有り得ない人の名前が出てきたりして。
戦争で没落し、父が生まれた頃にはもはや貴族でもなんでもなくなった祖父だったが、死ぬまで身銭を稼いだ事の無い人だった。働くという事が出来なくて、その代わりに妻と子供達が必至で家計を支えても、1人部屋の片隅で、のんびり花の絵を描いていたそうな。昼行灯な貴族的感覚は、死ぬまで抜け切れない人だったようだ。

さて母だ、母は話題の宝庫だ。母自身も1932年生まれと歴史の生き証人のようなところがあり、母自体が面白い逸材である。病的なほどの心配性だが、過ぎ去った失敗や失態や苦労や悩みは全く引きずらない。そして大概なぜか、笑い話にしてしまう。
戦争の話もそういうところがあって、良くある涙ながらの苦難の日々とはちょっと違う。母の戦争の1番の思い出は『疎開』。終わりの無い臨海学校みたいなもので、とにかく毎日楽しくて仕方がなかったそうだ。近所の人も親切で、いつもお菓子をくれたそうだ。食べ物も沢山あるし、周りは自然が沢山で、母はガキ大将だったから遊びには事欠かない。離れるのが嫌で大泣きして帰った翌日に、『東京大空襲』があったのだと言う。
幸い母たちの暮らす地域は被害もさほどでなかったらしいが、母は慌てて大きい方の弟を背負ってしまい、仕方が無いので本来背負うはずの小さい弟を前に抱え、焼夷弾の間を縫って逃げたのだそう。『大きいんだから自分で走れば良いのに。重くて大変だったのよ』とは母の弁。
モンペがダサくて大嫌いだったそうだ。お下げ髪も嫌で嫌で仕方がなくて、本気で悩んだらしい。薙刀の練習ももちろんやった、『鬼畜米兵』とか言いながら。運動神経が無いので、かなり嫌な授業だったらしい。兵隊さんが通ると、お辞儀をして目を合わせちゃいけなかったらしい。それも結構面倒で嫌だったそう。食べ物に困った思い出?あんまり無いわねぇ〜。ギブ・ミーチョコレート?失礼ね!そこまで子供じゃなかったわよ!!あたし(ラスト・エンペラーの)溥儀(生で)見た事あるわよ(これはかなり衝撃発言だった)。
もしかして、あの天皇陛下の敗戦宣言、生で聞いたの?と聞いたところ、友達となにやらでっかいイタズラを決行中で、意気揚々と夕方家に帰って、初めてその知らせを聞いたそうだ。モンペからの開放、ダサい髪型からの開放!という思いで一杯で、大喜びしたそうだ。母の場合は、空襲の恐怖よりなにより、制圧される事への反発が強かったらしい。
常にユーモラスに語られる戦時中の出来事なのだが、時折ふと、重い言葉を漏らす事がある。民主主義日本に対する痛烈な批判や、夜空の花火に感じる恐怖、お国のためにという建前の無い、本音の言葉。無意識に発した言葉の裏に、母達の過ごした辛い時期が見えたりする。
それでも母は言う、『戦争の頃の思い出って、楽しいのしか無いのよ。辛い事もあったんだろうけど、あんまり憶えていないわねぇ』。大変だった思い出は封印して、時と共に永遠に風化してしまったのか、単に子供に聞かせたくないだけなのか?
母の場合は、楽しかった思い出だけを残しているだけなのだと思う、そんな母の記憶方法、私はとても尊敬する。母だって、叔父を2人戦争で亡くしている。近所の方もたくさん出征したという。そうした思い出だって、今もしっかりと胸の中に残っているのだから。辛い経験よりも楽しい思い出を膨らませる、それも1つの記憶の残し方なのだ。
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『トラウマ・プレート』

アダム・ジョンソン著/金原 瑞人・大谷 真弓 訳/河出書房新社
15歳でスナイパーになった少年が、突然幼い恋をする。母を癌で亡くし、今は母の意志を次いで癌患者のための大型バスを運転する青年。貸し防弾チョッキ屋の夫婦、その娘は、防弾チョッキが無いと外出するのが恐くなってしまった。極寒の僻地に追いやられたカナダの科学者達は、ソ連に先駆けて月に到達せよとの任務を受けていた。話題の作家による9編の短編集

ティーン・スナイパー/みんなの裏庭/死の衛星カッシーニ/トラウマ・プレート/アカプルコの断崖の神さま/大酒飲みのベルリン/ガンの進行過程/カナダノート/八番目の海

このプロットは思い切りナンセンス、そして大真面目にナンセンスを語る。15歳の天才スナイパーは、国の特殊部隊として任務に就き、しかもリーダーだというからまず悩む。ライフルを常に携帯して街中を歩いても格別注意も引かず、親友は爆弾処理用ロボットだ。それなりに知的ロボットであるが、夢物語のような擬人化されたロボットではない。この中途半端なリアリティ。
少年スナイパーの仕事は、交渉に失敗した凶悪犯の狙撃だが、それがルーチン業務のように引きも切らさずある。描写が妙に完結で巧みなので、どこまでが冗談でどこまでがアメリカの知られざる世界なのか判断が付かなくなる。
全ての短編がこんな感じだ。現実感がある舞台設定とキャラクター構築なのに、要素が、物語が、余りにもナンセンスで非現実的なのだ。しかも登場人物の殆どがブルーカラー、またはニート的存在、または、過去の栄光を引きずって、今まさに転落せんとしているような人ばかりだ。自分の堕落や失墜から抜け出そうともがくのではなく、何となくペシミスト的な印象も受けるが、決して陰鬱な感じはしない。ありのままを受け入れた人々を、そっと観察している気にさせる。
非現実というよりは、単に不可解な状況が物語のど真ん中に居座ったまま進行していくので、なぜかファンタジックで、いつの時代か解らないという印象が付きまとった。
物語が多分3重構造ぐらいになっているので、じっくり考えながら読まれると良いかも。表面だけをなぞると、混乱したまま終わってしまうかも知れない。とは言え、散文的とも言いがたく、物語の主題自体は大変解り易いのだ。その主題にそったラストが用意されているので、どの作品をとっても意外とスッキリ感がある。ただ、幾つもあった不思議なプロットを反芻している内に、物語の真髄だと自分が思うもの、作者が紛れ込ませたまた別の要素が見えてくる、、、かも?
面白く読めたとは思うのだが、私は多分・・・別の作品は読まないだろうなぁ(笑)。

トラウマ・プレート (Modern&Classic)トラウマ・プレート (Modern&Classic)
(2005/05/20)
アダム・ジョンソン

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『再会の街で』

〔米〕REIGN OVER ME (2007年)
監督:マイク・バインダー
脚本:マイク・バインダー
アダム・サンドラー/ドン・チードル/ジェイダ・ピンケット=スミス/リヴ・タイラー/サフロン・バロウズ/ドナルド・サザーランド/マイク・バインダー/ロバート・クライン/メリンダ・ディロン/ジョン・デ・ランシー/レエ・アレン

成功した歯科医のアランは、街中でかつてのルームメイトであるチャーリーを見かける。家族を9.11で亡くしたと聞いたアランは、当時チャーリーを探したが行方が解らなかったのだ。再開に喜びを感じるアランだったが、チャーリーの状態は深刻で、過去の全てを遮断して人との接触を絶っていた。そんなチャーリーを放っておけないアランは、誘われるがままにアランと遊びに出かけるが、そんな自由な時間の中で、自らが陥っていた無気力な世界を痛感するのだった。

参ったな、この作品の大方の感想に対して、私の意見は斜向かい対決。『真向』ほど全面的でも無い(笑)。自分でも納得出来なかったので、気になって様々な意見を調べてみたら、まずまず納得した。『あざとく泣かせようとはしていない』という意見があったが確かにね、そう考えれば納得できなくも無いか・・・あの浅い感じも。
A・サンドラーがやたらと大絶賛なのだが、これもどうも・・・、これはどうも・・・。個人的には力が入りすぎでちょっと・・・疲れた。気負わずシリアスで良い演技が出来るD・チードルと並ぶと、その力みっぷりが際立つ感じ。とは言え、まずまずの好演だったとも思うのは、あの口調とそもそも眠そうな顔。久し振りの友人関係を得て、楽しげにしている姿はとても良かったのだが。
フィルムの質感とか色合いとか、淡々とした雰囲気は好き。とかく洗練された雰囲気に描かれるN.Yの街並みがどこか野暮ったく、それが逆にリアルな生活を感じさせてくれる。風景描写などもシンプルで落ち着いており、華やかさの影に根ざす生活感、そこには様々な問題も含有している事を伝えているようだった。N.Yというよりは、田舎の寂れた街という印象がある。
大きな問題と心の傷を抱えた男がいる、かつての友人である生真面目な男がいる。彼等は、復活した友情を通してお互いに足りないものを補い、それによってそれぞれの心と生活の空洞を徐々に埋めていく。この流れからみると、主人公はアランなのではないかと思った。
観客がより共感できるのはアランの方だろうし、感情の機微を表す表現も、アランの方が多かった気がする。精神科に通うことを拒否する様もおもしろいし、自分の生真面目さを認めたくない気弱さも人間臭い。人生が上手く行かなくて、気が付いたら袋小路まで来ていた、そんな男の困惑が感じられて、アランがチャーリーの『自由さ』という部分に強く惹かれるのが良く解る。
全体的には、そうした人間関係を穏やかにじっくりと描いた印象はあるのだが、どうにも浅い感じが否めないのはなぜ?多分・・・チャーリーのキャラクター設定が曖昧で、描き出しが散漫だったからだろうと思う。役者のせいと言うより、脚本と演出のせいなのじゃないかしら?
このプロットにしたら、意外性が無いのよね。ふいに家族が奪われた男、映画の中では多々描かれてきた設定だが、その継ぎ接ぎみたい。アランの部分は比較的良く描かれていただけに、この単調さがミスマッチ。もうちょっとこう・・・人間の多様性を見せて欲しかったかな。特に実際にあった事故を基にしているのだし、画一的ではない交流や表現方法を追って欲しかった。

再会の街で再会の街で
(2008/06/25)
ドン・チードルアダム・サンドラー

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ぽすれん『再会の街で』紹介
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Category : 映画【ドラマ】 | Thema : DVDで見た映画 | Genre : 映画 |

『ミッシング 森に消えたジョナ』

アレックス・シアラー著/金原 瑞人 訳/竹書房
いつもと同じ朝、ジョナとジョーは学校へ行く途中、いつも寄るお店に行ってお菓子を買って、それから・・・、そう消防車がやって来た。ジョナは即座に消防車を追い始めたが、ジョーは遅刻したくなかったし、面倒もゴメンだった。だから1人で学校へ行った。その日から、ジョナは忽然と姿を消してしまう。『誰にも言うなよ』、ジョナの最後の一言に苦しむジョー。警察が諦めた後も、ジョーは1人、ジョナを探す事を諦めなかった。ジョナは果たして、どこへ消えてしまったのか?

今回のシアラー、テーマは信念と喪失かな。親友の言葉を守ったばかりに、耐え切れない程の罪の意識を背負ってしまったジョー。その罪の意識が、逆にジョナ生存を信じさせる礎になっていったのかも知れない。ジョーのジョナを信じる揺ぎ無い信念。
反面、親友を失ったという喪失感、それを手助けしたのは自分かも?という、ここでもやはり、罪の意識が喪失感を深める役割を担っている。まだ12歳くらいのジョーが、親友の存在の重さを知り、もう2度と親友は出来ないと諦めるあたり非常に胸を打つ。友達は沢山いる、でも楽しみや悲しみを分け合えるほどの親友はいないのだ。
物語は、幻想的な世界と現実世界のギリギリを揺れ動く。この幻想的な印象は何を意味しているのか?忽然と消えたジョナの足跡が、こうした作者の目晦ましで余計に追いかけ辛くなる。しかしこうした幻想的な部分があるから、余計に現実的な部分が際立つと感じる方もいるだろう。
相変わらず、感情豊かな文章運びの作者だと思う。ジョーがジョナの事を心配し、それでもジョーとの約束を果たすべく、彼の最後の足取りを言えないでいる内、ジョーがじわじわと追い詰められていく様が伝わってくる。遂にその均衡が破れた時の感情の奔流は、なんとも切なく痛々しい情感を持って描かれる。
結局、ジョナはある種の『現実』に囚われていたのだが、その描写も、子供でも読んで理解できる危険さを保っており、大人の小説のようなえげつなさは無いが、充分にその意志は伝わってくる。現実にも起こっている事件を、残忍度を薄めて危険度はそもままに鮮やかに描き出す。
ジョナの身を案じていると、あっという間に読み終わってしまう。というより、ジョーを苦しめたまま本を閉じたくなくなるの(笑)。理由は多々あれ、面白くて止められないだろうと小さく保証。
ラストは相変わらず爽やかに希望のある締め方で、こんなプロットで良くここまで清々しく収められるものだわと、変な感心をしてしまった。ちょっと唐突だったかなという気もするが、後味は最高の出来。大人らしい複雑さを求めずに、純粋な単純さに浸れれば良しだな。

ミッシング―森に消えたジョナミッシング―森に消えたジョナ
(2005/08)
アレックス シアラー

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『アントラージュ★オレたちのハリウッド (シーズン2)』

〔米〕ENTOURAGE (2005年)
製作総指揮:マーク・ウォールバーグ/ダグ・エリン
ケヴィン・コナリー/エイドリアン・グレニアー/ジェレミー・ピヴェン/ジェリー・フェレーラ/ケヴィン・ディロン/デビ・メイザー/ペリー・リーヴス/レックス・リー

 

<DVD1><DVD2>
Episode 1: The Boys Are Back in TownEpisode 5: Neighbors
Episode 2: My Maserati Does 185Episode 6: Chinatown
Episode 3: AquamansionEpisode 7: The Sundance Kids
Episode 4: An Offer RefusedEpisode 8: Oh, Mandy

『クイーンズ・ブルバード』の撮影を終えて帰ってきた4人だったが、時間の経過でヴィンスの価値が下がったため、次の作品候補が無くなっていた。唯一は『アクアマン』、コミック・ヒーローの実写版だ。コスチュームを頑なに拒否するヴィンスだったが、仲間達と自分の浪費に加え、とうとう家まで勝ってしまい、支払いの為には『アクアマン』になるしかない。脚本が良いのでやる事にするが、なんと監督がジェームズ・キャメロンだという。この話に喜ぶヴィンスだったが、監督の構想にヴィンス入っていなかった。キャメロン監督にヴィンスを売り込もうとするEとアリ、期待は新作が発表されるサンダンス映画祭、監督にヴィンスを観てもらおうと画策する。


シーズン1で脚本家も語るように、インパクト殆どゼロだったヴィンスが急浮上!ありがとうございま〜す。ごちそう様で〜す♪主演映画が話題となり、出世が目に見えてきたヴィンス、主張もハッキリするようになり、印象も格段に増した。何より、ようやく人気俳優らしく見えてきた。
シーズン1では、単なるモテモテ男子という印象で、そうなるとこのドラマのコンセプト自体が総崩れだったので、ようやく軌道に乗ってきたような気がするのだ。生真面目なEがマネージャーになり、我侭ヴィンスとゴリ押しアリに板ばさみ、条件としてはEの立場がかなり厳しく、今度はEの印象が薄れて来た感もある。ドラマとタートルのおばかコンビの絆は一層深くなり、全く違う観点で印象深いのでこの2人は安泰だ。
自分の足場をハッキリさせたいと、シーズン1でヴィンスを口説いたE。発言力が増し、我侭度合いも上がったヴィンスに振り回されるが、振り回されているだけでマネージャーらしい仕事は・・・スケジュール管理ぐらいか?広報、エージェント共別に委託しているので、正直Eの仕事内容が見えないのが要因だろうか。やはりただの取り巻きにしか見えない。
さて、毎回毎回豪華ゲストが楽しませてくれるこのシリーズ、今回はジェームズ・キャメロンご本人かな?個人的だがラルフ・マッチオとボブ・サゲットが転んだ。ソファーから落ちるかと思った。ラルフ・マッチオは出てきた瞬間に、ボブ・サゲットはあの名ドラマ『フルハウス』のダニーキャラの間逆を行くキャラのために驚愕必至だ。というか、苦笑必至かも?
セカンド・シーズンの前半2枚では、何とかヴィンスが『アクアマン』の主役に納まるまでを描き、その後2枚で・・・ふふふ、気になったからアメリカの公式サイトでエピソード読んじゃった(笑)。ともあれ、ようやく物語が動き出し、物語に厚みが出てきた感がある。ヴィンスもかなり人気俳優だということが認知されたのだが、その割にはパパラッチがいなさ過ぎ?今秋にはシーズン5の放映が決まっている本作、シーズン4までは、あらすじ読んじゃったんだけどね(笑)。

アントラージュ★オレたちのハリウッド <セカンド・シーズン>コレクターズ・ボックスアントラージュ★オレたちのハリウッド <セカンド・シーズン>コレクターズ・ボックス
(2008/08/06)
ペリー・リーヴスサマイア・アームストロング

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ぽすれん『アントラージュ★オレたちのハリウッド<セカンド・シーズン> 1』紹介
ぽすれん『アントラージュ★オレたちのハリウッド<セカンド・シーズン> 2』紹介
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Category : 映画【青春】 | Thema : DVDで見た映画 | Genre : 映画 |

難しい姉妹関係

なんだかとても、男前な女子レスリングの伊調姉妹。姉・千春選手は2大会連続銀メダル。妹・馨選手はオリンピック2連覇という素晴らしい結果だった。とかく『姉妹で金』などと言って騒がれる2人、その影では泣かせてくれる絆物語が満載だ。とにかく仲の良いこの姉妹、本人達に泣かす気はサラサラ無いのだろうが、視聴者が勝手に泣く(笑)。良い話だねぇ〜と思う。
でも、ちょっと待って?

千春選手の表彰式後のインタビュー、私個人としては、これまで聞いてきたあらゆるインタビューの中で、1・2を争うほど印象深いものだった。前回同様負けて2位。あれほど『姉妹で金』と期待され、これほど悔しい事は無く、さぞや落胆している事だろうと思ったら・・・、あの爽やかな笑顔。晴れ晴れとしているとは、まさにああいう顔の事をいうのだろう。
アテネからの4年、馨と一緒に歩んだ道は最高だったから、その最高の道を歩けた事が私には誇り。ああ・・・そうか、負けてもそんな風に思えるほどの充実感があるんだな。なんて素晴らしい事からしら。極限の努力の先にある充足感というのは、敗戦すら輝かせて見せるのか。
レスリングをやれる事が幸せだと思えた、これまでのレスリング人生も最高だった。いや〜、久々に号泣した(笑)。どんな試合より、強さより、私は言葉に弱いのだ。27歳で自分の人生こんな風に語れるなんて、純粋に素敵よね。また世間も大きく頷くもの、自己満足じゃないんだもの、本当に素晴らしい。私が27歳の頃って・・・、ダメだ、空白だ・・・、暗中模索時期だった。。。

歯切れの良い話し方、前を見てしっかり話すその姿勢、礼儀正しい言葉遣い、その姿を形容するなら、実に、実に・・・男前だ(笑)。妹が全幅の信頼を置くのも頷ける。最高のお姉ちゃんだろう。そんな妹・馨の表彰式後のインタビューは、『千春が・・・』から始まるコメントに終始した。
『千春が負けてしまって・・・』、確かに、姉の敗退に号泣する姿がテレビに映し出されていた。正直あの号泣振りは、翌日の対戦を不安にさせるほど。完全に戦意喪失じゃないの?と。そしたら、『千春が、馨は強いから大丈夫って』。そうかそうか、兄さ・・・いや、姉さんはちゃんと解っていて励ましてくれたのね。という事で戦意復活しての見事な勝利。
『アテネの時の悔しい思いを・・・』・・・?いやいや、馨さんはアテネ大会で優勝したでしょ?悔しいことないでしょ?と思ったが、これも『千春が』が抜けているだけで、もう完全に、姉の経験と自分のそれを同一視した発言が、なんだか可愛らしい。『千春がいたから頑張ってこれた』、『千春のおかげ』、これだけ慕われたら、兄さ・・・いや、姉さん冥利に尽きるというものだろうか?
いやしかし、、、今後の目標についての質問に、『千春が引退するなら、馨も引退します』と言い切った。なんでも、『これまでずっと一緒で、千春がいないと頑張れない、千春に相談しないと決められない、甘えん坊なんで』だそうだ。姉さん、これからの人生、何より先にやるべき事は、妹を独り立ちさせることでしょうね。なんとなく、金メダルを獲るより難しそうな気がする。

何しろ、3歳の頃に、3つ違いの姉が通うレスリング道場にくっついて行ったのが、レスリングを始めるきっかけだったと言う。目を閉じれば浮かばないだろうか?面倒がる姉にくっついて回る妹。兄弟・姉妹には、良くある風景だ。姉は迷惑がりながらも妹が可愛くて心配で仕方が無い、妹は、姉のやる事なら全て一緒にやりたい、ただもうその一心だ。果たして伊調姉妹がどうだったかは知らないが、大方の幼い兄弟・姉妹とはそんな感じなのでは?
その後の2人の活躍からその成長を見てみると、年長の者は毅然として包容力を持ち、年少者は従順で絶対の信頼を持つ。このバランス感、この姿とは、勝手な意見だとは思うが、古き良き日本の兄弟・姉妹の在り方なのではないかと思える。
かつては伊調姉妹のように、絶対の信頼関係の上に成り立つ、年長者と年少者の姿が主流だったのではないか?そうあるべきと教えられ、またそれを守る潔さ。特に年長者には負担が大きいが、それによって幸せを感じ取れる懐の深さだ。私には何となく、千春選手に武士の一家の長男の姿がダブって見える・・・。ゴメンなさい、長『男』で。
『素晴らしい!』と感動する事が多いが、本来日本には、こうした兄弟・姉妹が溢れていたのでは?と思ってしまう。素晴らしい!と感じる時点で、過去にあった大切な何かを忘れてしまっているような気がした。かつて日本では、こうした姿が『当たり前』と思われた時代があったのではないか?う〜ん?それでもなんでも、やはりこの姉妹は素晴らしいから良いや(笑)。

私の場合は、姉を慕うということをかなり早くに止めてしまった。ミーちゃんはやらせてくれないし、ランちゃんはやらせてくれないし、友達がいればケイちゃんもダメで観客に回される。姉の唄を聴いているだけなんて、つまらない事この上ない。ついでに何故か、姉と友達が揃うと、青痣が出来るくらい殴られたのだ。なんだか泣くのが面白かったらしいのだが、コレにはさすがにギブアップ。姉の後をつけるのを止めた。
姉はと『いつもあたしの真似する』と言って激怒する人だったので、姉の好きなものには全く手が出せなかった。ちょっとでも真似しようものなら、言葉と行動の暴力でめった打ちだった。音楽、ファッション、漫画、あらゆるヒット作には手が出せず、唯一許されたのは映画とテレビ番組だけ。姉の興味外のものに手を出すしかなく、かなり彩りの無い子供時代だった。
漫画狂い(今でも)の姉に対抗して小説を読み始めたのも、今に繋がる大きな要因として感謝はしている。流行を求めない人間になった事も、同じく感謝して良い事かも知れない。とにかく自分の事が何も出来ない人で、料理は結婚してから憶えたぐらい。親と別居していた子供時代、当然の如く姉に奴隷のように使われて、祖母の手伝いもしていた事から家事全般が出来る人になったのも、まぁ、それなりに感謝・・・するかよ・・・そんなもの。
それでも私と姉の仲は悪い方ではないが、疎遠であるとも言える。お互い、姉妹でなければ友達にはなれないタイプと認めている。とにかく私が子供の頃から、『姉とは反対の人間になろう』と固く決意して実行してきた事だけは事実だ。
伊調千春とは、子供の頃から私が憧れ続けた理想の姉像に他ならない。彼女の理想的な『お姉ちゃんぶり』を観ていたら、なにやら無性に羨ましくなって・・・(笑)。ただ久々に、姉とお酒でも飲みに行きたいなとも思った。改めて考えて誘うとなると、それなりに恥ずかしい思いがするのもおかしいが、まぁそのうち、年内に1度くらいは。
姉はいまだに私の好みというのを把握しておらず、過去にも物凄いプレゼントやお土産を貰った事がある。今年の私の誕生日プレゼントは、『可愛いクマのイラストの付いたブックカバー』。ブックカバーまでは良い線だが、クマって・・・。そんな人ではあるが、やはり姉は姉である。
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Category : 2008年§8月§ | Thema : 日記 | Genre : 日記 |

21世紀のオリンピック観戦

4年に一度のオリンピック、子供の頃はどうして毎年やらないんだ!と思っていた。
第1の理由は、大好きだから(笑)。4年に1度だからこそ価値があるなんてのは、子供には解るはずも無く、負けてしまう選手を見るのが辛くて辛くて仕方が無かった。だって、次はあと4年も先、4年も待たなくちゃいけないなんて!と(笑)。子供の頃の4年なんて、遥か先の未来だ。1年後だって想像出来ないのに、4年後なんて大変。
しかもその4年の間、ただ練習して、機会が来るのを待っていると思っていた。あ〜、あの頃のあたしって、なんて馬鹿で可愛いのかしら(笑)。今では、オリンピックほどの大会を行うのには、4年の月日が必要だと充分理解している。このぐらいが恐らく妥当なところだろう。
選手へのインタビューで良く、というかほぼ確実に、『この4年間、平坦な道ではありませんでした』とか、『怪我もありました、スランプもありました、良く乗り越えてここまで』とか、『泣かせましょう、泣いてください!』的な質問があるが、これって、、、4年の間、平坦で何の問題も無い選手の方が少ないと私は思うのだけど。むしろそんな選手には余り期待できない・・・気が?

北島選手のアテネ後の落ち込みぶりは凄かった。それこそまさに金メダルクラス。私も本気で心配した。しかし復活振りも金メダルクラス、そしてこの快挙!しかしレース後のやたらと冷静なインタビューを見ていて思った、ああ一体、あなたはどこに行ってしまうのか?
もはや彼にとって、オリンピックでの優勝には意味が無い、『世界新記録』、この舞台だからこそ記録を出す事に執着する。優勝の先にあるもの、自分自身だけがライバルとなったから、結果は記録にこそあるというのだろうか。かつての日本には、いなかったタイプの選手だわ。
年齢的には次回大会も可能だろうが、今の実力を維持し続けるのは相当辛いだろう。有終の美か、泥臭く長い選手生命か?・・・北島選手は前者を取りそうで恐いのよ・・・(笑)。いかなる結果であろうとも、いやむしろ世界クラスの選手として、ぜひロンドン、行ってください。

さて、友達にオリンピック・オタクと呼ばれる私だが、実際の観戦回数は6回ほどだ。当たり前だな。長い年月を経て、オリンピックの観戦方法も大分変わって来た。最初の1・2回は、テレビのチャンネルを手で変えていて(ガチャガチャと回すやつ)、次には既に社会人だった。次なる大会では独り暮らしを始めており、テレビも格段に大きくなった(笑)。
試合の撮影方法も格段の進化を遂げており、カメラの映像の凄さに驚く事もある。なんで、泳いでいる北島のお腹が見える下から撮影できるのよ!?とか、スーパースローカメラなんて、筋肉の動きすら如実に解るほどの微細な動きが追える。棒高跳びの棒部分の設置カメラなんて古い古い。あらゆる角度から競技が楽しめるようになっている気がする。
放送形態も様変わりしているが、何よりネットの普及が凄まじい。以前は新聞とにらめっこ、この時期だけテレビ番組雑誌を買ったりして放送予定を調べていたが、今ではネットで簡単検索。試合時間が仔細に解るページまであって、大助かりなのだ。
この試合時間というのが、今まで私を泣かせてきた。個別の競技大会だと、日本人がいつ出てこようがずっと観ているから構わないのだが、オリンピックともなれば、全ての放送を網羅していくから、チャンネルをちょこちょこ変えて大変なのだ。競技自体には余り興味が無いが、日本人選手だけ見たいなんて時は、『いつやるか?』が解っていると大変助かる。
民放などは『このあと直ぐ!』と言ってから1時間後だったりして、民法の『この後』と『直ぐ』という言葉の定義を今一度精査していただきたい!と何度イライラしたことか。で、『この後!』なんつってどうせ後30分は・・・などと思って別の競技を観ていると、本当に『直ぐ』だったりして、悔しい思いもしたものだ。 それが今では、比較的正確な時間をネットで表示してくれているので、的確に的確にお目当ての試合を見ることが出来る。かつては考えられなかったこの快適さ、不便さを懐かしむということもままあるが、この件に関しては苦労よさらば!という感じ。
海外のサイトなども確認されている方もいるようで、日本で放送していない試合もリアルタイムで状況が解るようだ。時代は進んだ、世界は近くなったのだなぁとしみじみ思う。
おかげ様で本日も、北島選手の決勝の時には丁度良いタイミングで仕事を抜け出せた(笑)。会社のビルエントランスには、普段ニュースを流している大型モニターが設置してあるのだが、今は連日オリンピック放送をしているのだ。結構な会社員が時間になるとワラワラと出てきて、ちょっとした場外観戦場のよう。以外に、日本のサラリーマンもやるねぇとにんまり。
優勝が決まったその瞬間、観客から自然と拍手が沸き起こり、普段1人で悶々と観戦している身としては、こういう一体感も面白いものだと思った。
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『いつか眠りにつく前に』

〔米/独〕EVENING (2007年)
監督:ラホス・コルタイ
原作:スーザン・マイノット
脚本:スーザン・マイノット/マイケル・カニンガム
演: クレア・デインズ アン・グラント
トニ・コレット/ヴァネッサ・レッドグレーヴ/パトリック・ウィルソン/ヒュー・ダンシー/ナターシャ・リチャードソン/メイミー・ガマー/アイリーン・アトキンス/エボン・モス=バクラック/バリー・ボストウィック/メリル・ストリープ/グレン・クローズ

病に侵されて寝たきりのアン、意識の混濁を繰り返し、ハリスという男性の名と、バディという友人の死について口走る。過去の事は余り話さなかった母の思い出に、戸惑いを隠せない次女ニナ。自由気ままに生きてきた彼女は人生について初めて、大きな決断を迫られていた。そして母の思い出の男性に、何かその答えがあるような気がし始めたのだ。昏睡を繰り返すアンの思い出は、親友ライラの結婚式のために友人等が集まった、海辺の別荘での数日間へ何度も立ち戻っていく。そこで歌手を目指す若きアンは、ハリスという魅力的な男性と出会った。

・・・・・ううう、なんだか釈然としない話だった。期待しすぎたな〜、役者陣を見たら、そりゃ期待するなと言う方がムリ。だけどなんの前知識も無しに見たらダメな映画ね、きっと。
今考えてみて、『説明が足りん!だから何が言いたいんだ!?』と思った箇所を埋めてみると、それなりに筋の通った話と思う。ただ、疑問点や単に釈然とした部分が多すぎて、そこを独自で埋めていくなら、かなり『私流』で陳腐な全体の解釈になってしまう。
映画から導き出されるものが僅か過ぎる。しかもその僅かな要素が、ありきたりで陳腐でメロドラマ的。これほどの疑問点に面白く興味深い解釈や展開を思いつくなら、自分で小説を書いた方が早いわね。書けないから結局、陳腐な回答しか思いつかない。
女性の一生について、味わい深く芸術的に深淵に語りたかったのだろうな?というその努力は解るが、アンとハリスの関係の描き方も薄弱だし、2人の運命がやがて岐路に立たされるとして、その方法が荒っぽくて安っぽくて安易。結論として、アンがハリスを忘れられない理由が、余りにも弱すぎる。理屈に頼って描き出しは全くされていない感じ。
割合と単純な人間関係を無駄に複雑に描いていて、キャラクターそれぞれにいまいち魅力が感じられず、肝心のライラの若い頃のキャラはほぼ透明化。演じるM・ストリープの娘M・ガマーの個性も驚くほど薄弱で、必要な印象を全く残せていない。
次女ニナとアンは、若い頃に於いて似ている、長女コンスタンスは母になってからのアンに似ている。それぞれが母アンの生き方を吸収し、母の死の間際にその本当の姿を理解する、、、といったスタンスだけが、映画から読み取れた事だったりして。それにしたって、母アンの描き出しがあれだけ曖昧だと、娘2人の感動もまるで霞を食べるよう。
全体的に、想像させる部分が多すぎる上に、要素を詰め込みすぎていて大変。観客の理解に頼るところが大きすぎ、芸術的作品としての妙なプライドがちょっと面倒。芸術は押し付けるものではなくて受け入れられるものであって欲しい。この作品からは、妙な押し付けがましさが感じられて、しかもそれが変に軽々しいから拍子抜けしてしまう。
これほどの役者を集めて、名優頼みの薄い演出。物語ではなくて、演出や構成に問題アリなのだと思う。全く勿体無い、ラッセ・ハルストレム監督辺りが撮ったら、結構良い作品になったのではないだろうか?という印象だけは残せたみたい。

いつか眠りにつく前にいつか眠りにつく前に
(2008/07/25)
クレア・デインズヴァネッサ・レッドグレイヴ

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ぽすれん『いつか眠りにつく前に』紹介
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Category : 映画【ドラマ】 | Thema : DVDで見た映画 | Genre : 映画 |

前半戦も終りつつ・・・

やった!松田選手、競泳バタフライ200M銅メダルおめでとう!
日本新記録を更新しての見事な3位。今回の競泳陣もまた凄い、どんどん日本新記録を更新していく。ウェアばかりのせいではないでしょう。彼等の努力が結実している証拠。ウェアのおかげと言うなら、1回更新したら終わりだろうが、この大会中進化し続ける選手達、昨日の北川選手の泳げば泳ぐほどという勢いは凄かった。
これまでは予選突破すら難しかった種目も、どんどんファイナルへ食い込むようになってきた。北島選手の日本選手とのレースを観ていると、残念ながらその開きが大きすぎて少し不安になる。北島選手は世界の位置を示し、その他の選手は日本競泳平泳ぎの今のレベルを示している。その開きは余りに大きく、北島だけがなぜ?という思いが拭えない。

今回、柔道の代表選手陣を観ていても、世代交代が『無い』事に懸念があった。4年前と同じ顔ぶれ、では4年後は?とは言うものの、日本の柔道の層は厚い。代表選手も頻繁に入れ替わるので、柔道会に於いては安心する気持ちもある。
果たして水泳界は?世代交代は順調なのだろうか?という思いを、見事に払拭してくれた今回の松田選手の快挙。日本バタフライ、これまでは山本貴司が銀メダルを獲得した記憶が新しいが、今回は『日本新記録』での銅メダル、メダルの色は違えど、記録の面では堂々たるものだ。
選手団キャプテンを務めた、名実共に日本の支柱だった山本引退後、バタフライに於いては確実に素晴らしい存在が残っている事を教えてくれる。他競技における後進の登場は、もう間もなくといったところと期待したい。

それにしても、今回の大会も『女の戦い』に焦点が定まってきた。男子が弱いというのでもないが、女性の気迫が勝っているのかな。昨日の柔道谷本選手(かなり好き、ホント可愛いし強い、最高の選手です)といい本日の上野選手といい。柔道も活躍は女性が目立つ。上野選手の決勝も見事な1本勝ち、顔つきの冷静さが期待と安心感を持たせましたよね。
サッカーしかり、ソフトボールしかり(野球まだ解りませんが、すみません)、バレーボールしかり(男子も健闘しているが)、バドミントンしかり、今後間違いなくレスリングしかり。女性の戦いが注目される中、水泳陣の活躍のバランスは均等だと思える。仲の良い競泳陣、今後もチームワークの良い活躍を期待している。

さてこの松田選手、3年ほど前に1度見かけた事がある。遠くから見て、『まぁ〜、なんて素敵な体格の男子でしょう』と興味津々。本当にナイスバデイで、思わずクラっと、良く見たら松田選手だった(笑)。ちょうど世界水泳が終わったばかりで活躍も記憶に新しかったのだが、小心者の私は声もかけられず、心の中で北京期待してます!と叫んでみた(笑)。
こういう偶然があると応援したくなるのが人というもの、あれ、違う?私が応援する選手を決めるのは、殆どフィーリングによるものだ(笑)。相手がどう反応するかは知らない、良いの、私の勝手なフィーリング♪谷選手や北島選手のようにズバ抜けた選手なら誰でもというのではなく、実はどうも、、、室伏選手なんかは、、、どうも、、、。選手自体に余り、、、フィーリングが、、、。
この感覚は何とも説明し難く、恋愛にちょっと似ているが、もちろんそんなに激しいものじゃない。気になる気持ちと尊敬する気持ちが自然に沸き起こってくる選手を、引退の時まで追い続けるのである。1つはっきりしているのは、朴訥で真摯で人間臭いキャラの選手が好きらしい。
という事で、プチ遭遇もあって松田選手チェックをしてきたが、いや、素晴らしい、見事な活躍。あの泥臭い感じがたまりません。今後もますますのご活躍を、打倒怪物!という事で。
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Category : 2008年§8月§ | Thema : 日記 | Genre : 日記 |

実況の達人達

4年前のオリンピック・アテネ大会、体操男子団体決勝の一幕にて、『伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!』という、熱い、熱い、熱すぎる実況を憶えておいでの方も多いだろう。何度もしつこく書いているが、当時私はイタリア滞在中で、イタリアのホステルの小さなテレビで体操決勝を観戦し、しかも、最終結果が出る前に放送終了と言う拷問を受けた。

帰国後、それまでの不足分を取り戻すべく、スポンジが水を吸収するように、乾いた魚が水を得たように、萎れた花が陽の光を浴びるかのように、『日本のオリンピック放送』を見まくった。そんな訳でようやく終了間際になって、数々の名場面、名台詞を知る事となったのだ。
オリンピックでは毎回必ず、名台詞や名場面が生まれる。メディア操作という気もするが、やはり聞いた・観た瞬間のインパクトがあり、それゆえ心に残るものである。そして前回大会では、水泳北島選手の『ちょー気持ち良い』と、冒頭に書いた『栄光への架け橋』が有名である。
初めて聞いた時、思わず『上手い!』と膝を叩いた、叩きつつ、感涙(笑)。これが本放送で見られていたなら、虚しいイタリア語の淡々とした解説でなかったら、どれほど泣いたものかは計り知れない。この実況、上手い、上手すぎる・・・。
このアナウンサーが所属する某局の応援ソングのタイトルにかけて、かつての栄光を取り戻したような日本の活躍と、将来への希望を期待させる素晴らしい演技のフィニッシュに合わせて、これほど明解で(局的にも)的確で感動的なコメントは他には思いつかない。
これだけで、アナウンサーのボーナスを倍増しても妥当だと思う。刈屋富士雄さんという方だそうだ。ネットでちょっと調べてみても、刈屋さんの当時の実況に対する賞賛は結構ある、それだけでも、ボーナスを3倍にする価値はあるのでは?某局さん的には(笑)。

スポーツ観戦をテレビでするならN○Kが1番好きである。試合放送をメインに、無駄な喋りや、感動秘話VTRを繰り返し流さないところが良い。試合以外なら、インタビューとちょっとした入れ知恵くらいで充分なのだ。特にオリンピック放送に関しては、圧倒的にN○Kが良い。
昔ながらの地味な構成、視聴者と選手を繋ぐFAXのやり取りすら、レトロ感満載でなんだか和む。加えて、解説・実況のアナウンサーが、皆プロフェショナル揃いなのが素晴らしい。他局の、タレントなんだか会社員のアナウンサーなんだか解らないような絶叫マシーン達とは訳が違う。
しかし友人の中には、あの無駄な興奮実況に慣れてしまったのか、N○Kのアナウンサーは『冷静すぎてむかつく』と言う人がいた。『もっと興奮しろ!』と言うが、してますよ、充分(笑)。
仕事柄か生真面目だからか、N○Kのアナウンサーは本当に興奮すべき箇所でしか興奮しない。そこがまた信頼が置けるし、エリートが思わず見せたお茶目な失敗的雰囲気で、なんとも好感が持てるのである。だからこそ、臨場感を持った数々の名実況が生まれる。聞いているこちらも思わず惹き込まれる、胸に直接響く感情のこもった言葉は、大きな感動を呼ぶのである。

じっくり解説を聞くとお解かりいただけると思うが、とにかく良く、担当競技の勉強をされている。複雑な得点システム、判断の難しい競技ルールや技の種類など、本当に良く勉強され、見抜く目を養っておられる。最近は絶叫する度合いも増えているが、最近の風潮に則って、局側からOKサインが出たか?しかしそうして勉強されているからか、その競技に対する思い、選手に対する思いも一角では無い様で、度を越える様も人間臭くて感動的だ。
そんな訳で、私は実況付きのスポーツ観戦が大好きである。実地観戦に赴いた時も、あの淡々として熱い解説が無い事に、一抹の寂しさを憶えるのだ。

記憶に新しいあの名実況、あれはどのようにして生まれたのだろう?前々から考えていたのか、思わず口を付いて出たのか?気になって調べてみたら、なんと、こんなページがあった。
http://www3.nhk.or.jp/olympic/presite/column/01.html

なぁるほど!凄い凄い、ああして冷静に実況をこなしつつ、解説の専門家にコメントを求めつつ、適材適所な進行を図りつつ、なおかつ、先を読みつつ名言まで考えているなんて!いや〜、凄い凄い、凄い職業だ(笑)。なんだかとても、大変な事をされているように思うが、歴史を伝えるという一端を担うお仕事、皆さんきっと誇りを持っておられる事だろう。

選手が生み出す感動、偉業、私達はそれを観て、心に刻んで行く。その裏で支えるスタッフの多さは、ボランティアを含め、相当な数に上るだろう。実際に目にする選手の、果たして何倍の数いることか。実況アナウンサーもその数に入る、なくてはならない人達だ。
熱戦を伝える実況の達人たち、私は時々、アナウンサーの方にもメダルを差し上げたくなる。
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Category : 2008年§8月§ |

プロフィール

hiyo

  • Author:hiyo
  • たった二つの趣味、映画と読書を中心に、日記を書いてみたいと思います。
    最近、自分の時間を充実させたいな、と結構真剣に思っていたりして。文章を書くのも結構楽しいし、誰かが通りすがりに読んでくれたら、嬉しいかな、とか思っている。


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