日本の公園とは?
先日桜の話を日記に書いたが、本日もまた。
その前に、今年の目標中間チェックをしてみたのだが、、、。
いや全く、全く遅々として達成されていない己の不甲斐なさに失踪を企てたいくらい。
『仕事を決める』
『日本語教師の免許を取る』
『日本語教師の免許を取って、ボランティアでも良いから教壇に立つ!』
『日記を週に一度はちゃんと書く』
仕事は・・・さすがに決めた。しかも2つも決めた。3つ目は続けようか悩みどころではある。
という事でこれは終了。
日本語教師の方はボチボチ勉強してはいるのだが、バイトをして昼間は働いてなんてやっていると、勉強の時間が殆ど取れない。それでも、大幅に収入が減ってしまっているのでバイトを辞めるのは論外だし、現状なら少し余裕もあるので、バイトの時間を減らすのもちょっと嫌だ(笑)。
お金なんてあっても使っている暇はなし!と思って、いや思い込んで収入を減らしてしまうのもありなのだが、中々思い切ることが出来ないのも、これまた浮世に生きる俗人の悲しさよ。
したがってその次の目標は遥か彼方先のお話。。。来年に継続となりそうだ。
さて日記だ。月を追う毎に本数が減ってきている。昨年の33本には既に追いつけ追い越せだが、このblogを始めた頃から『月最低10本は日記を書きたい』と言い続けている。しかぁし!2年目以降ほとんど達成出来ていない。だからかなり消極的に『週一回』としたが、これも実は危うい。
今の私は、妙なやる気に満ちている。なんと言うか、時間や余裕が無いから、何でもやってやるという変な気構えがあるのだ。時間なんて、幾らでもあると思うから無駄に使う。今現状は、時間が無いと思うから挑戦したい。例えそれが、更に無駄を感じる、個人的な日記を書く事であったとしても(笑)。
で、これがなぜ桜の話と繋がるかというと、何でもいいから日記のネタに、と考えたら桜の話に舞い戻ったというだけなのだ。お粗末。
先日『桜の花を見るのが好き』という、実に日本人のDNDを満載にしたような日記を書いたのだが、とは言え、私は『好きなお花見スポット』というのが決まってないのだ。生まれは千代田区(千鳥ヶ淵の切れ端を望む病院で産声を上げた)、育ちは新宿区(従って後楽園なども近く)、何しろ本籍地が湯島(上野は眼と鼻の先)という、筋金入りの『お花見スポット』周辺出身なのだが、思うにだからこそ余計に、あの辺りの桜の景観は好きではないのだ。
千鳥ヶ淵は汚い。遠くから眺めるのなら綺麗なのだが、地べたが無節操で、なんとも言えず情緒が殺がれる。飯田橋辺りの川縁を、道の反対側から望むくらいが私には丁度良いのだ。
上野公園は論外。完璧に論外なのです。上を見れば綺麗だが、地面には花見客の残したゴミ、ゴミ、ゴミ。何より地面には、花見客が山盛りに落ちている。これはもうダメ、花より団子で楽しいのは本人たちばかりだ。『花見』とは本来もっと情緒があってしかるべきと思うのに、そんなものは欠片もない、安っぽいビニールだとか新聞新だとかをでれ〜っと広げて、飲んで食べて酔っ払う。もう、通行人には最悪な眺めである。上野公園自体、デフォルトでも大して綺麗な様相でもないので、この時期はまさに広大なゴミ溜めのような勢いだ。
これでは美しい桜も泣いてしまう。上野の雑踏もまた、確かにある意味では『日本らしい』風景ではあるのだが、私の好みとしては、それと桜の花は全く噛み合わない日本情緒なのである。
生まれ育った辺りで完全敗北を喫し続けたので、今の場所に引越して新しい出会いがあるか?と期待したが、やはり住宅地に桜並木は望めなかった。何より、私の希望としては、こじんまりした公園に10数本くらいの桜が密集するように植わっている、と言う所なのだが、これが意外と無いのである。もちろんその公園はもとより美しく、その場にいると植物との融合を心から楽しめる、と言うような場所でなくてはならない。
日本の公園というのは、どうも手入れが不届きで汚い所が多いと思うのだ。ゴミはあちらこちらに散らばっているし、ゴミ箱自体もなんだかみすぼらしい。汚らしいトイレが目に付く所に点在して、その臭いが遠くまで匂ってくる・・・ウププ!
交通機関とかなんとかイギリスの真似をするなら、こういう美的感覚も真似して欲しかったとつくづく思う。かつてアメリカの友人に、日本には首都に川が無いと笑われた事がある。笑われる筋合いは無いと思うが、確かに、欧米の主要都市には名立たる川がそれぞれある。この観点で行くとやはり、日本の首都は大坂か京都に移した方が良いのでは?私に異存は全く無い(笑)。
以前ちょっとお話したヨーロッパのどこだかの国の方には、日本は好きだけど公園が少ない、と嘆かれた事がある。彼曰く、ちょっとした息抜きをする場所が無いのは辛い、という事だそうだ。
確かに私も、実際にヨーロッパに行ってみて、ベンチの多さに安らぎを感じた。旅行者としては、見慣れない街中の景観すらも楽しめる要素である。美しい街中の美しいベンチに座って、のんびりとする楽しみは旅の大きなイベントでもあるのだ。なんて地味な(笑)。
こうして考えると、日本はほとほと自然を楽しんだりゆとりを作ったりするのが難しい国である。これで良くもまぁ、桜文化が根強く残っているものだと感心すらしてしまうぐらい。それでも桜の木も年々数が減って来ているというから、お花見が出来るのも時間制限があるように思えてくる。
考えたのだが、もしも日本の公園文化が欧米並みの発展を見せていたら、恐らくは日本のお花見の風景も激しく様変わりしていたのじゃないだろうか?普段からああして自然との融合を堪能できていれば、限られた時期だけ、殺到するように自然愛好家が増えるなんて事はなくなるのではないだろうか?常に美しい緑と花々を眺められる環境があれば、桜も他の一時の美と同じになるのかもしれない。それはちょっと、寂しい考えでもあるけれど。
その前に、今年の目標中間チェックをしてみたのだが、、、。
いや全く、全く遅々として達成されていない己の不甲斐なさに失踪を企てたいくらい。
『仕事を決める』
『日本語教師の免許を取る』
『日本語教師の免許を取って、ボランティアでも良いから教壇に立つ!』
『日記を週に一度はちゃんと書く』
仕事は・・・さすがに決めた。しかも2つも決めた。3つ目は続けようか悩みどころではある。
という事でこれは終了。
日本語教師の方はボチボチ勉強してはいるのだが、バイトをして昼間は働いてなんてやっていると、勉強の時間が殆ど取れない。それでも、大幅に収入が減ってしまっているのでバイトを辞めるのは論外だし、現状なら少し余裕もあるので、バイトの時間を減らすのもちょっと嫌だ(笑)。
お金なんてあっても使っている暇はなし!と思って、いや思い込んで収入を減らしてしまうのもありなのだが、中々思い切ることが出来ないのも、これまた浮世に生きる俗人の悲しさよ。
したがってその次の目標は遥か彼方先のお話。。。来年に継続となりそうだ。
さて日記だ。月を追う毎に本数が減ってきている。昨年の33本には既に追いつけ追い越せだが、このblogを始めた頃から『月最低10本は日記を書きたい』と言い続けている。しかぁし!2年目以降ほとんど達成出来ていない。だからかなり消極的に『週一回』としたが、これも実は危うい。
今の私は、妙なやる気に満ちている。なんと言うか、時間や余裕が無いから、何でもやってやるという変な気構えがあるのだ。時間なんて、幾らでもあると思うから無駄に使う。今現状は、時間が無いと思うから挑戦したい。例えそれが、更に無駄を感じる、個人的な日記を書く事であったとしても(笑)。
で、これがなぜ桜の話と繋がるかというと、何でもいいから日記のネタに、と考えたら桜の話に舞い戻ったというだけなのだ。お粗末。
先日『桜の花を見るのが好き』という、実に日本人のDNDを満載にしたような日記を書いたのだが、とは言え、私は『好きなお花見スポット』というのが決まってないのだ。生まれは千代田区(千鳥ヶ淵の切れ端を望む病院で産声を上げた)、育ちは新宿区(従って後楽園なども近く)、何しろ本籍地が湯島(上野は眼と鼻の先)という、筋金入りの『お花見スポット』周辺出身なのだが、思うにだからこそ余計に、あの辺りの桜の景観は好きではないのだ。
千鳥ヶ淵は汚い。遠くから眺めるのなら綺麗なのだが、地べたが無節操で、なんとも言えず情緒が殺がれる。飯田橋辺りの川縁を、道の反対側から望むくらいが私には丁度良いのだ。
上野公園は論外。完璧に論外なのです。上を見れば綺麗だが、地面には花見客の残したゴミ、ゴミ、ゴミ。何より地面には、花見客が山盛りに落ちている。これはもうダメ、花より団子で楽しいのは本人たちばかりだ。『花見』とは本来もっと情緒があってしかるべきと思うのに、そんなものは欠片もない、安っぽいビニールだとか新聞新だとかをでれ〜っと広げて、飲んで食べて酔っ払う。もう、通行人には最悪な眺めである。上野公園自体、デフォルトでも大して綺麗な様相でもないので、この時期はまさに広大なゴミ溜めのような勢いだ。
これでは美しい桜も泣いてしまう。上野の雑踏もまた、確かにある意味では『日本らしい』風景ではあるのだが、私の好みとしては、それと桜の花は全く噛み合わない日本情緒なのである。
生まれ育った辺りで完全敗北を喫し続けたので、今の場所に引越して新しい出会いがあるか?と期待したが、やはり住宅地に桜並木は望めなかった。何より、私の希望としては、こじんまりした公園に10数本くらいの桜が密集するように植わっている、と言う所なのだが、これが意外と無いのである。もちろんその公園はもとより美しく、その場にいると植物との融合を心から楽しめる、と言うような場所でなくてはならない。
日本の公園というのは、どうも手入れが不届きで汚い所が多いと思うのだ。ゴミはあちらこちらに散らばっているし、ゴミ箱自体もなんだかみすぼらしい。汚らしいトイレが目に付く所に点在して、その臭いが遠くまで匂ってくる・・・ウププ!
交通機関とかなんとかイギリスの真似をするなら、こういう美的感覚も真似して欲しかったとつくづく思う。かつてアメリカの友人に、日本には首都に川が無いと笑われた事がある。笑われる筋合いは無いと思うが、確かに、欧米の主要都市には名立たる川がそれぞれある。この観点で行くとやはり、日本の首都は大坂か京都に移した方が良いのでは?私に異存は全く無い(笑)。
以前ちょっとお話したヨーロッパのどこだかの国の方には、日本は好きだけど公園が少ない、と嘆かれた事がある。彼曰く、ちょっとした息抜きをする場所が無いのは辛い、という事だそうだ。
確かに私も、実際にヨーロッパに行ってみて、ベンチの多さに安らぎを感じた。旅行者としては、見慣れない街中の景観すらも楽しめる要素である。美しい街中の美しいベンチに座って、のんびりとする楽しみは旅の大きなイベントでもあるのだ。なんて地味な(笑)。
こうして考えると、日本はほとほと自然を楽しんだりゆとりを作ったりするのが難しい国である。これで良くもまぁ、桜文化が根強く残っているものだと感心すらしてしまうぐらい。それでも桜の木も年々数が減って来ているというから、お花見が出来るのも時間制限があるように思えてくる。
考えたのだが、もしも日本の公園文化が欧米並みの発展を見せていたら、恐らくは日本のお花見の風景も激しく様変わりしていたのじゃないだろうか?普段からああして自然との融合を堪能できていれば、限られた時期だけ、殺到するように自然愛好家が増えるなんて事はなくなるのではないだろうか?常に美しい緑と花々を眺められる環境があれば、桜も他の一時の美と同じになるのかもしれない。それはちょっと、寂しい考えでもあるけれど。
COMMENT
どもです
まだなんとか、桜の季節は続いていますね。
今週で最後かな?
私、夜桜苦手なんです。なんか・・・怖い(笑)。
夜の柳と桜、良い勝負です。
今週で最後かな?
私、夜桜苦手なんです。なんか・・・怖い(笑)。
夜の柳と桜、良い勝負です。
2008/04/05(土) 10:35:27 | URL | hiyo #B9A5zm5U[編集]
まったーく同感だよ!桜の季節は見るのはきれいだけど、花見をする人たちのマナーが悪すぎる。。これじゃ・・せっかくの桜もね・・。
夜桜はとても幻想的だけど、すぐ散ってしまうので、私は悲しいイメージしかないのです。。昔は入学式といえば桜だったけど、、年々早まってしまって、今年は葉桜で。。
昨日の強風でかなり散ってしまって、散った桜の花びらを見て。。妙にセンチになる私です^^
夜桜はとても幻想的だけど、すぐ散ってしまうので、私は悲しいイメージしかないのです。。昔は入学式といえば桜だったけど、、年々早まってしまって、今年は葉桜で。。
昨日の強風でかなり散ってしまって、散った桜の花びらを見て。。妙にセンチになる私です^^
2008/04/02(水) 08:58:08 | URL | ユッキー #-[編集]
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