作家になるためには?
小説家になりたいと思ったことは無いが、『小説が書けるって羨ましい』と思うことはある。基本的に、私には小説など書けないと理解しているので、心からなりたいと思った事は一度も無いが、実は小学校低学年の頃の、『表向きの憧れの職業』は小説家だった。
子供の頃、私が本心から憧れた職業の第1位は『サーカスの団員』。どうしたら彼等の仲間になれるのか?幼いながらかなり真剣に悩んでいた。サーカスに憧れた理由としては、『世界中を旅できるから』であり、子供の頃から旅をする人生には強い憧れがあったのだ。
次いで『ディズニーランドの経営者』。テレビでアメリカのディズニーランドを知ったのがきっかけだ。両親が店舗経営していたので余暇が少なかった事に加え、母が遊園地等のゴミゴミと人が集まる場所が嫌いだったため、デパートにすら殆ど連れて行って貰えなかった。一応両親に『連れて行って』と頼んでみたが、全く相手にされなかったので、それなら造ってやる!と(笑)。
実はこれ以外に、本気で憧れた職業などは全く無く、その時々で大人の顔色を窺いながら、『花屋さん』とか『保母さん』などと、女の子らしい事を言って場を濁していた。しかし、これだけは言うまいと固く心に誓っていたのが『お嫁さん』で、深い理由は忘れてしまったが、そんな安易なものに逃避するのはけしからん!と、強く思っていたのは覚えている。
およそ現実的ではない『憧れの職業』ばかりだったのだが、唯一『作家』が入り込んで来たのは、家の『ふすま』に、それは素晴らしい詩を落書きしたのがきっかけだ(笑)。幼いながらにこれは傑作だ!と思ったものだが、実際良く書けていたらしく、母がこの子には才能があると(笑)。
『私は玉乗り玉乗りよ』というフレーズから始まる詩で、私的には『お歌』の『歌詞』のつもりで5番くらいまで書いた。友達のいない玉乗りが玉に乗って森の中に行き、様々な動物と出会って最後には沢山のお友達が出来た!というような内容だったが、詳細は覚えていない。
母が落書きを怒るどころか猛烈に褒めてくれるので、何となく『あたし作家になる!』と言ってみたところ、かつて無かったほど母が喜んだので、ついつい母を喜ばせたくて長年言い続けていた。それが『表向き』の所以だ。本心では全くそんな憧れは無かったし、当時の私は読書が大の苦手。読むのも苦痛なのに、それを書くなんて事は想像も付かなかった。
母は幼稚園の頃と言い張るが、それだけ長く文字を書けたと言う事は、最低限小学校には上がっていたはずと思うのだが、私達家族が最初に住んでいた家での出来事なので、小学校2年より上では無いはずだ。子供の想像力とは、時に素晴らしい芸術を生むものなり(笑)。
以来一度も、作家になりたいと思った事も口にした事も無いが、『優れた作家になるための資質』については時折考える事がある。特に、最後の一文字まで読むのを止められない、息をする事すら忘れてしまいそうな、そんな優れた作品に出会った時、しみじみと考えてしまう。
以前は単純に、文章の上手さが優劣を決めるのだと考えていた。しかし今は、物語を生み出す想像力、発想力が何より大事だと思っている。文章や言葉遣いの巧みさというのは、言わば誰でもが身につけられるスキルであって、幾らでも上達させる事が出来るだろうが、語り部としての能力は、才能としてはなから無ければどうにもならないのではないだろうか。
最近日本でも、芸能人が書いた本が良く売れているようだが、彼等の場合、どんなに荒削りな文体であろうとも、物語の特異さ、加えて書いた人の特異さも加味されてベストセラーになるのだろう。芸能人本の場合は特殊かも知れないが、良い例でもあると思う。
こう思うようになったもの(最近特にそうなのだが)、面白い小説を読み終わった時に、『良くこんな物語を思いつくもんだ』と感嘆することが多いからだ。文章の上手さ等の技術に感嘆するより、こうした思いのほうがいつも遥かに強い。自分には思いつかない!と思うからこそ、長年小説を楽しむ事が出来ているのかも知れない。
先日読了した『猫のパジャマ』でも、著者が収録された短編を思いついた『きっかけ』を教えてくれている。全く単純で些細な事だったりするのに、それがあんなにも面白い作品になるなんて。まさに才能だ、実に素晴らしいのだ。
そしてつくづく思うのだが、私にはそうした才能が全く無い。我ながら頭が固いなぁと思うのだが、まるっきり、空想の中で物語が紡げないのだ。例えば恋愛小説としたって、男女が出会って恋をして、色々揉めたけど大団円、ぐらいしか考え付かないし。童話なんてもっと最悪、夢見がちな物語なんて全く思いつきもしない。ただでさえ想像力が乏しいのに、動物が話したり、変な草花や建物が出てきたり、読むのは良いが想像するのはかなり厳しい。
恐らく私が童話を書いたらこんな感じ・・・『昔々、可愛いお姫様がいました、お終い。』
子供の頃、私が本心から憧れた職業の第1位は『サーカスの団員』。どうしたら彼等の仲間になれるのか?幼いながらかなり真剣に悩んでいた。サーカスに憧れた理由としては、『世界中を旅できるから』であり、子供の頃から旅をする人生には強い憧れがあったのだ。
次いで『ディズニーランドの経営者』。テレビでアメリカのディズニーランドを知ったのがきっかけだ。両親が店舗経営していたので余暇が少なかった事に加え、母が遊園地等のゴミゴミと人が集まる場所が嫌いだったため、デパートにすら殆ど連れて行って貰えなかった。一応両親に『連れて行って』と頼んでみたが、全く相手にされなかったので、それなら造ってやる!と(笑)。
実はこれ以外に、本気で憧れた職業などは全く無く、その時々で大人の顔色を窺いながら、『花屋さん』とか『保母さん』などと、女の子らしい事を言って場を濁していた。しかし、これだけは言うまいと固く心に誓っていたのが『お嫁さん』で、深い理由は忘れてしまったが、そんな安易なものに逃避するのはけしからん!と、強く思っていたのは覚えている。
およそ現実的ではない『憧れの職業』ばかりだったのだが、唯一『作家』が入り込んで来たのは、家の『ふすま』に、それは素晴らしい詩を落書きしたのがきっかけだ(笑)。幼いながらにこれは傑作だ!と思ったものだが、実際良く書けていたらしく、母がこの子には才能があると(笑)。
『私は玉乗り玉乗りよ』というフレーズから始まる詩で、私的には『お歌』の『歌詞』のつもりで5番くらいまで書いた。友達のいない玉乗りが玉に乗って森の中に行き、様々な動物と出会って最後には沢山のお友達が出来た!というような内容だったが、詳細は覚えていない。
母が落書きを怒るどころか猛烈に褒めてくれるので、何となく『あたし作家になる!』と言ってみたところ、かつて無かったほど母が喜んだので、ついつい母を喜ばせたくて長年言い続けていた。それが『表向き』の所以だ。本心では全くそんな憧れは無かったし、当時の私は読書が大の苦手。読むのも苦痛なのに、それを書くなんて事は想像も付かなかった。
母は幼稚園の頃と言い張るが、それだけ長く文字を書けたと言う事は、最低限小学校には上がっていたはずと思うのだが、私達家族が最初に住んでいた家での出来事なので、小学校2年より上では無いはずだ。子供の想像力とは、時に素晴らしい芸術を生むものなり(笑)。
以来一度も、作家になりたいと思った事も口にした事も無いが、『優れた作家になるための資質』については時折考える事がある。特に、最後の一文字まで読むのを止められない、息をする事すら忘れてしまいそうな、そんな優れた作品に出会った時、しみじみと考えてしまう。
以前は単純に、文章の上手さが優劣を決めるのだと考えていた。しかし今は、物語を生み出す想像力、発想力が何より大事だと思っている。文章や言葉遣いの巧みさというのは、言わば誰でもが身につけられるスキルであって、幾らでも上達させる事が出来るだろうが、語り部としての能力は、才能としてはなから無ければどうにもならないのではないだろうか。
最近日本でも、芸能人が書いた本が良く売れているようだが、彼等の場合、どんなに荒削りな文体であろうとも、物語の特異さ、加えて書いた人の特異さも加味されてベストセラーになるのだろう。芸能人本の場合は特殊かも知れないが、良い例でもあると思う。
こう思うようになったもの(最近特にそうなのだが)、面白い小説を読み終わった時に、『良くこんな物語を思いつくもんだ』と感嘆することが多いからだ。文章の上手さ等の技術に感嘆するより、こうした思いのほうがいつも遥かに強い。自分には思いつかない!と思うからこそ、長年小説を楽しむ事が出来ているのかも知れない。
先日読了した『猫のパジャマ』でも、著者が収録された短編を思いついた『きっかけ』を教えてくれている。全く単純で些細な事だったりするのに、それがあんなにも面白い作品になるなんて。まさに才能だ、実に素晴らしいのだ。
そしてつくづく思うのだが、私にはそうした才能が全く無い。我ながら頭が固いなぁと思うのだが、まるっきり、空想の中で物語が紡げないのだ。例えば恋愛小説としたって、男女が出会って恋をして、色々揉めたけど大団円、ぐらいしか考え付かないし。童話なんてもっと最悪、夢見がちな物語なんて全く思いつきもしない。ただでさえ想像力が乏しいのに、動物が話したり、変な草花や建物が出てきたり、読むのは良いが想像するのはかなり厳しい。
恐らく私が童話を書いたらこんな感じ・・・『昔々、可愛いお姫様がいました、お終い。』
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