『猟人日記』

  • 2008/04/19(土) 20:29:25

〔英〕YOUNG ADAM (2003年)
監督:デヴィッド・マッケンジー
原作:アレグザンダー・トロッキ
脚本:デヴィッド・マッケンジー
ユアン・マクレガー/ティルダ・スウィントン/ピーター・ミュラン/エミリー・モーティマー/ジャック・マケルホーン/テレーズ・ブラッドリー/ユアン・スチュワート/スチュワート・マッカリー


1940年代のグラスゴー、平底荷船の雑役人ジョー・テイラーは、海辺で女性の溺死体を引き上げる。船首レズリーは、殺人事件かも知れないと色めき立つ。そんなレズリーの目を盗んで、その妻エラを誘惑するジョー。彼が時折思い出すのは、以前の恋人キャシーとの日々だった。そしてその思い出は、ある秘密へと繋がっていく。一方、水死体の女性に対する容疑者が逮捕された。極刑は確実と思われた容疑者だが、ただ1人、ジョーだけが彼の潔白を知っていた。

イギリスを代表する『ビートニク作家』アレグザンダー・トロッキが原作者だそうだ。『ビートニク』・・・取り付きにくい言葉だ。私が文字通り若い頃、ビートニク作家熱が再燃した事があった。芸能人の誰だかが『ポケットにケルアックを入れて、気ままに旅に出る』だとか言っちゃって、そんな謳い文句も手伝って、俄かにその線の作家の作品が書店に並んだ。あたかも『ベストセラー』小説のようにね。あの頃は私も若かった・・・、そんな気ままさや奔放さ、その裏にある傷つき易さや孤独感なんかがね、やたらと格好良く見えたものだが、実際読んでみると・・・受け入れ難い。
あの頃から、『自分の恵まれた環境にブツブツと反抗し、あえて不幸を呼び込み、その癖その状況が辛いとか泣き言を言ってみたりして、見えない何かを追い求め、それでいて手に入れられそうだと拒絶して、不幸比べをしては悦に入る、そんな薄幸症候群の一団』という妙なビートニク論理が私の中に確立され始めた。間違えていようが何だろうが、とにかく私にはそう思える。
恵まれてるくせに何をウダウダ深刻ぶってるのかねぇ?と。ちなみに、『ライ麦畑でつかまえて』を含む全てのサリンジャー作品なんかも、はっきり言って苦手。ついでに『ボヴァリー夫人』なんてもう、うざい女以外の何者でもない。『チャタレイ夫人の恋人』ギリギリ許容範囲(笑)。
とまぁ、なんでまた、こんな愚にも付かない私のビートニク論理なんかをつらつら書いているかというと、この映画に対する大した感想が無いからで(笑)。主人公ジョーに対して『なんだこいつ!?』という呆れた感情と、『マイ・ネーム・イズ・ジョー』では『ジョー』役だったP・ミュランが、あの声あの訛りで、E・マクレガーに向かって『ジョー』と繰り返すのが面白かったぐらいで(笑)。
主人公ジョーのように、自分中心で自分だけが幸せで、関わる人々をあれほど不幸に貶められる存在も珍しい。そのくせやたらと深刻ぶっちゃって、そのくせ腰抜け振りは天下一品。それなのにずーずーしさと自己愛も最上級で、弱いものにだけ強気なあの姿勢・・・、一体何様なんだ!?というね。人間として全く生産性が感じられない、行動や日々に目的意識も見られない。いや〜、お近づきになりたくないタイプだわ〜、絶対イヤだわ〜。
先の感想をお読みになられた方なら、なんでまたこの映画を観たのか?というのはお察し付くと思いますが、そう、E・マクレガーが観たかっただけなのだ!!!しかも貴重な、祖国スコットランド訛りを全開で話すユアン・・・。ホフ♪素敵だったわ。とりあえず1つは満足を得られて良かった。共演者も中々の演技派揃いだったのに、いや・・・意味があるのでしょう、こういう作品が好きな方には。個人的には、全くもって受け入れられないというだけだから・・・。

猟人日記猟人日記
(2007/06/01)
ユアン・マクレガー、ティルダ・スウィントン 他

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