『酔いどれ詩人になるまえに』
〔米/仏/独/ノルウェイ/スウェーデン〕FACTOTUM (2005年)
監督:ベント・ハーメル
原作:チャールズ・ブコウスキー
脚本:ベント・ハーメル/ジム・スターク
マット・ディロン/リリ・テイラー/マリサ・トメイ ローラ/フィッシャー・スティーヴンス/ディディエ・フラマン/エイドリアン・シェリー/カレン・ヤング
寂びれた田舎町、町と同じくらい寂びれたヘンリー・チナスキー。日銭を稼ぎながら暮らし、時折文章を書いては、半ば自身でも諦めながら、決まった出版社の決まった担当宛てに郵送していた。仕事も恋人も長くは続かないヘンリーだったが、酒場で出会ったジャンとは馬が合い、程なくして一緒に暮らし始める。酒とタバコ、自堕落な生活、まるでそれが、生きる糧であるかのように。チャールズ・ブコウスキーの自伝的小説の映画化。
先日『猟人日記』の感想で、『ビートニクなんて理解不能!』とか、書いたと思うが、また性懲りも無く(笑)。ちなみに若い頃読んだ中で、唯一C・ブコウスキーだけは、そこそこ悪い印象の無い作家だった。今でも時々読み直そうかと思うときがある、根本的に、自堕落と自虐が徹底してるのよね、もう何か、この切れ味は冗談か何かだろうと、これほどの馬鹿を大真面目にやってる自体がコメディだよねと、若いながらにそう思ったものだった。
とにかく、行動も発言も思考も、ほとんど人として機能していないように感じた。酒と女とタバコ、酔って気持ち悪くなっても誰にも何にも言われない自由があれば、それで俺の人生最高で最低。死ぬのは怖いし、路上で暮らすのなんか最悪だけど、酒とタバコは止められない。一応まともに働こうとは思うけど、こんな小さな職場は俺の収まる枠じゃないんだよ、というね(笑)。救いようが無い、それに本人も、救われたいなんて思っちゃいないはず。
全くふざけた男だとは思うし、酒に焼けた脳みその戯言だとは思ったのだが、それでも何故か『面白い』と思ったものだ。この男の生き方に『格好良さ』は全く感じないが、それでもこの人の書く文章には魅力がある。徹底したアウトローさが、結果的にはビートニクという集団になってしまった枠からさえも、はみ出そうともがいている感じ。
ケルアックの『ビートニク』的な要素は造られたようでど、こか小綺麗な印象を感じた。それに対してブコウスキーは、圧倒的な汚さ(笑)と崩壊と野暮ったさを秘めている気がして、そこもまた興味深いと感じる部分だったのかも知れない。ノンフィクションのはずが、ほとんどフィクションになり代わってしまう自堕落の極み(笑)。ちなみに、普通の探偵小説『パルプ』は面白かった。
と言う事で、これはそんな映画だ。全編これブコウスキーなのだ。全くもってどうしようもない男の姿だ。こういう人って、それが好きだからそうしているのか、一種の精神病なのか?時々考えてしまう。絶えず酒焼けで顔を赤くし、だらしない様でブコウスキーを(いやヘンリーを)演じきったのはM・ディロン。彼の俳優人生をかけた渾身の演技だと聞いていたので、その姿を見るためだけにこの作品を借りたのだ。そういう面では非常に満足だ!強がりじゃない!本当だ!!
まぁ私のようなアンチ・ビートニクには、こういう人物の良さというのはやはり解らない。そんな男から離れられない女の事も解り様が無い。いくら自由があったとしても、こんな刹那的な日常は嫌だ、結果的には、あの自堕落な生活のせいで、根本での自由は失われているのじゃないか?なんて色々思ったりもするが、やはりこの手の人の自叙伝絡みの作品って、究極のナルシシズムと自己憐憫の奔流を感じずにはいられない。
ぽすれん『酔いどれ詩人になるまえに』紹介
監督:ベント・ハーメル
原作:チャールズ・ブコウスキー
脚本:ベント・ハーメル/ジム・スターク
マット・ディロン/リリ・テイラー/マリサ・トメイ ローラ/フィッシャー・スティーヴンス/ディディエ・フラマン/エイドリアン・シェリー/カレン・ヤング
寂びれた田舎町、町と同じくらい寂びれたヘンリー・チナスキー。日銭を稼ぎながら暮らし、時折文章を書いては、半ば自身でも諦めながら、決まった出版社の決まった担当宛てに郵送していた。仕事も恋人も長くは続かないヘンリーだったが、酒場で出会ったジャンとは馬が合い、程なくして一緒に暮らし始める。酒とタバコ、自堕落な生活、まるでそれが、生きる糧であるかのように。チャールズ・ブコウスキーの自伝的小説の映画化。
先日『猟人日記』の感想で、『ビートニクなんて理解不能!』とか、書いたと思うが、また性懲りも無く(笑)。ちなみに若い頃読んだ中で、唯一C・ブコウスキーだけは、そこそこ悪い印象の無い作家だった。今でも時々読み直そうかと思うときがある、根本的に、自堕落と自虐が徹底してるのよね、もう何か、この切れ味は冗談か何かだろうと、これほどの馬鹿を大真面目にやってる自体がコメディだよねと、若いながらにそう思ったものだった。
とにかく、行動も発言も思考も、ほとんど人として機能していないように感じた。酒と女とタバコ、酔って気持ち悪くなっても誰にも何にも言われない自由があれば、それで俺の人生最高で最低。死ぬのは怖いし、路上で暮らすのなんか最悪だけど、酒とタバコは止められない。一応まともに働こうとは思うけど、こんな小さな職場は俺の収まる枠じゃないんだよ、というね(笑)。救いようが無い、それに本人も、救われたいなんて思っちゃいないはず。
全くふざけた男だとは思うし、酒に焼けた脳みその戯言だとは思ったのだが、それでも何故か『面白い』と思ったものだ。この男の生き方に『格好良さ』は全く感じないが、それでもこの人の書く文章には魅力がある。徹底したアウトローさが、結果的にはビートニクという集団になってしまった枠からさえも、はみ出そうともがいている感じ。
ケルアックの『ビートニク』的な要素は造られたようでど、こか小綺麗な印象を感じた。それに対してブコウスキーは、圧倒的な汚さ(笑)と崩壊と野暮ったさを秘めている気がして、そこもまた興味深いと感じる部分だったのかも知れない。ノンフィクションのはずが、ほとんどフィクションになり代わってしまう自堕落の極み(笑)。ちなみに、普通の探偵小説『パルプ』は面白かった。
と言う事で、これはそんな映画だ。全編これブコウスキーなのだ。全くもってどうしようもない男の姿だ。こういう人って、それが好きだからそうしているのか、一種の精神病なのか?時々考えてしまう。絶えず酒焼けで顔を赤くし、だらしない様でブコウスキーを(いやヘンリーを)演じきったのはM・ディロン。彼の俳優人生をかけた渾身の演技だと聞いていたので、その姿を見るためだけにこの作品を借りたのだ。そういう面では非常に満足だ!強がりじゃない!本当だ!!
まぁ私のようなアンチ・ビートニクには、こういう人物の良さというのはやはり解らない。そんな男から離れられない女の事も解り様が無い。いくら自由があったとしても、こんな刹那的な日常は嫌だ、結果的には、あの自堕落な生活のせいで、根本での自由は失われているのじゃないか?なんて色々思ったりもするが、やはりこの手の人の自叙伝絡みの作品って、究極のナルシシズムと自己憐憫の奔流を感じずにはいられない。
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ぽすれん『酔いどれ詩人になるまえに』紹介
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