『ナイフ投げ師』

スティーヴン・ミルハウザー著/柴田 元幸 訳/白水社
噂に聞いたナイフ投げ師が町にやってくる、町の人達は残虐な噂に震え、しかし心ひそかにその場面を思い描く。少女たちは夜毎に町で密会をし、少年は夏の終わりに空飛ぶ絨毯で旅をする。そして野生児は成長し、見事なまでの弁舌を振るう。デパート、遊園地、自動人形劇、より芸術的に、より魅惑的に。常人の想像を遥かに超えて展開する、幻想的で不条理な12の世界。

ナイフ投げ師/ある訪問/夜の姉妹団/出口/空飛ぶ絨毯/新自動人形劇場/月の光/協会の夢/気球飛行、一八七〇年/パラダイス・パーク/カスパー・ハウザーは語る/私たちの町の地下室の下

現実的なのに、それと平行して幻想的だ。こういうとレイ・ブラッドベリに似た雰囲気を感じるが、これがまた全然違う。どちらかと言ったら、飄々とした中に温かみがあり、寛容な印象すらあるブラッドベリに対して、ミルハウザーは徹底的に冷淡な印象がある。作品の世界がしっかりしていて、余計なものを一切寄せ付けないといった超然とした雰囲気。確固たる筆致、迷いの無い構成、完璧に整備された物語世界の中に、一分の狂いも無く詰め込まれた空想の世界。ミルハウザーって、ドイツ人?と疑問に思うほど、ドイツ文学に毛色が似ていると感じた。
徹底的なまでに己の描きたい事を緻密に、丁寧に積み重ねていく。それゆえきっと、題材や展開が読者の気に少しでも入らなければ、その短編は非常に読み辛い作品になってしまうのだろう。私の場合も幾つかそうした短編があって、また逆に、しっくりくる短編もあったりするわけだ。
気に入った短編をじっくり読んでいると、複雑で風合いのある言葉が溢れんばかりに詰め込まれているのが解る。その厚い言葉の層を冷静に掘り起こしてみれば、その根底に、作品の驚くほどシンプルな主題が見えてくるような気がする。それは例えば少女の無垢さであったり、眩しいほどに輝いた少年時代最後の夏の日だったり、資本主義の脅威であったり、娯楽を求める人々の部外者的な狂気であったりするのかも知れない。
他の著作を調べてみると、やはり私はかなりディープな際物から手を染めてしまったらしい。ここは1つ、別の長編を探ってみることにした。ピューリッツァー賞はブッカー賞と並んで苦手なので(笑)そこは慎重に外して作品を選定してみよう。
とにかく、非常に文章が上手い作家だと思う。構成も確かだ。文字が形を持って現れる以前に、頭の中では全ての話が出来上がっているのではないだろうか?推敲や編集という言葉を、知らない作家という気がする。

ナイフ投げ師ナイフ投げ師
(2008/01)
スティーヴン・ミルハウザー

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