『チップス先生さようなら』

〔米〕GOODBYE, MR. CHIPS (1969年)
監督:ハーバート・ロス
原作:ジェームズ・ヒルトン
脚本:テレンス・ラティガン
ピーター・オトゥール/ペトゥラ・クラーク/マイケル・レッドグレーヴ/ジョージ・ベイカー/ジャック・ヘドレー/シアン・フィリップス/アリソン・レガット/クリントン・グレイン/マイケル・カルヴァー/ナンシー・マーチャンド

伝統的なパブリックスクールであるブルックフィールド校で古典の教師をしているチッピングは、周囲からは愛称の『チップス』と呼ばれていた。生真面目で熱心なチップスは、生徒達に深い愛情を持っていながらも柔軟に対応する事が出来ず、堅物のような印象を持たれていた。ある夏の休暇に、活発で愛嬌のある女優キャサリンと知合いになる。長年厳格に暮らしてきたチップスだったが、華やかな女優と恋に落ちて結婚を決めるのだった。周囲には驚きを呼んだ結婚だったが、幸せに満ちた生活を送る2人。明るいキャサリンの影響もあってか、チップスもようやく柔軟さを持ち始めた。しかし永遠に続くかと思われ日々は、拡大する戦争の影に脅かされていた・・・。

この原作は、私の生涯ベスト5に入る作品だ。と言っても、その作品のほとんどは、私が読書を始めた頃に読んだものばかりだ。アガサ・クリスティの時にも書いたが、経験値が浅かった分、心にも記憶にも衝撃を残しただけなのかもしれない。
ということで、恐らくは中学後半か、高校1年頃に読んだはずだ。実は酷く心揺さぶられるというほどの作品でもなかったのだが、小説を読んで泣いたのが何しろ初めてだった。読書嫌いだったのに、小説に感情移入するほど読めるようになった事が妙に感慨深かったのを憶えている。
その後『小説を読んだよ』と母に話したところ、『映画が良かったのよ〜』といきなり映画の話。チップス先生役がP・オトゥールと聞いて、余りにもイメージにピッタリだ!と思ったのも強く憶えている。ひょろひょろと背が高くて、厳格で融通が利かなそうなイメージ。そのために生まれてきたのか?と思わせる程の適役俳優として、映画の存在も記憶に残る事となった。
おまけに母が、とにかくこの映画が良かったと熱弁を振るう。しかし、奥さんは女優で結構長生きすると聞いたので、原作と違うな?と。チップス先生と奥様の、短いながらも爽やかで瑞々しい恋愛模様が良かったので、なんだか映画は観る気がしないなぁ・・・と思って早十ウン年(笑)。
その十ウン年の間に、母は何度もこの映画の話をした。物忘れが激しいのか、母は良いと思ったことを際限なく繰り返す癖がある。それに、映画を良く観る割にそれを憶えている事は稀で、母がそれほど良いと記憶している映画なら、無類に良い作品であるはずだと思うようになった。鑑賞に当たっては、話も知っているので『ながら観』しようと思っていたのに、気がついたらじっくり腰を据えて観ていた。映画が終わった時、2時間半もの長尺だったことに初めて気が付いたぐらい。
確かに話は大幅に書き換えられているが、幾つかの印象的な挿話を忠実に再現する事によって、小説の世界を逸脱しないように構成されていた。それに、気になる妻キャサリンの『長生き』問題だが、小説を読んだ時、実際はこういう展開を痛烈に望んだのでは?と自問自答した。
書き換えられているのはキャサリンの事だけではなく、単純にロマンス映画に仕上がっている時点で大きく違う。この話でもってミュージカル、正直ソファーから転げ落ちそうだった。イメージが合わないことこの上ない。それでも、この映画は最高の作品だと胸を張って言えるのである。
まず、小説から抜け出てきたかのような完璧なチップス先生の姿。次いで原作を大切にした素晴らしい脚本。この物語は、厳格なパブリックスクールに於いて、それ以上に厳格で不器用な1人の教師が、60年近くも純粋に、自身が信じる教育という概念と生徒を、慈しみ守り、持てる全てを与えるという物語だ。生徒と抱きあって涙を流すような、妙な熱血漢はあり得ないのだ。この厳格さや不器用さは理解し難い部分もあるのだが、映画では非常に上手く表現されていた。
話の展開も中心軸も違うのに、驚くほどに小説とオーバーラップするその作り。とにかく私は、この小説を読んだ『あの頃』を強烈なまでに思い出し、その記憶が映像となって伝えてくれる事に感動して大泣きしていた。チップス先生の少しイラ付くほどの厳しさや無愛想さすら、妙に愛しいと思えた読了後、その気持ちが胸に充満していたのだ。
そしてこの映画をこれほどまでに完璧にしているのは、やはりP・オトゥールの熱演によるものだろう。言葉にならないほど素晴らしい、そしてありがとうという気持ちも、生きたチップス先生を見せてくれた事に対して。映像ってやはり凄い、想像には限界のあるリアリティを与えてくれる。
しかし残念な事が1つ。ロマンス色が強くなっていたので、チップス先生と生徒との繋がりが余り密に描かれていなかったところだ。やはり原作の焦点は教師としてのチップス先生なので、その辺りはいまいち消化不良だったかなと。そして最後の最後、小説のラストにあらゆる意味を付け加えたあの台詞を少年に言わせて欲しかった。そこまできっちり入れてくれたのなら、最終的に3時間になってしまおうとも、映画も文句無く、私の人生のベスト10に入れたのに。
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Category : 映画【ドラマ】 | Thema : 名作映画 | Genre : 映画 |

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