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理想論

2009/08/30 22:07 ジャンル: Category:2009年☆日記☆
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思えば、私が世界の貧困や身体の不自由な方々の支援を胸に留めるようになったのは、昨日から本日にかけて行われた『24時間テレビ』のお陰だと思う。子供の頃は、大抵早朝に手塚治虫氏のアニメをやっていたように記憶している。まずはそれが楽しみで、毎年欠かさず見るようになった。それに何となく、夏休みの大きなイベント!というお気楽な印象もあったと思う。
本当に幼い頃は、カンボジアがどこにあるのか、アフリカがどんな国なのか知らないまでも、『生きる』ことすら精一杯の方々を見て、本当に単純過ぎてお恥ずかしいながら、『自分でなくて良かった』と思っていたものだ。
もう少し大きくなると、開発途上国の子供になる心配は無いとは言え、突然の難病や事故による障害など、いつ訪れるか分からないという恐怖が芽生えた。天災や戦争などによる地域復興、それによる被害を受けた人々の姿を見て、『いつか自分も』と考える恐怖が常に付きまとうようになったのだ。
さらに成長すると、助けを求めている人々に何も出来ない自分に苛立ちと卑下を覚えるようになった。何でこんなに苦しんでいる人たちを助けることが出来ないのか?僅かな募金の積み上げが、大きな威力になることを実感し出した頃だった。
そうして年々意識が変わる中で、長年居残り続けたもの、それは、『もし自分だったら?』という恐れ。私が機会あるごとに僅かながら募金をするのは、『もし自分が同じ立場だったら、善意の心で助けて欲しい』と思うからだ。
一生涯、開発途上国の国民にはならないだろう。うまく行けば、心身共に健康なまま、人生を終えることが出来るだろう。それでも、私が募金する先にいる方々は、『自分自身』なのだと思って募金を続けて来た。
人として生まれたからには、『幸せ』に生きる資格がある。生まれた国、育った環境、運命の如く失われた身体の機能によって、その資格を奪われるいわれは無いと、私は強く思う。もし私が、今少しでもそんな方々を支援できる立場にあるなら、その機会を逃す手は無いと心から思う。幸せは有り過ぎても価値は無い、全てを分け合ってこそ、ボーダレスでグローバルな地球人と言えるのじゃないか?私は、日本人である以上に、そういった意味での『地球人』でありたいと願っている。
そして同じくらい強く、『自分だけ良ければそれで幸せ』と言い切るような、そんなさもしい人間にならないように努めているつもりだ。

今回の『24時間テレビ』で集まった募金は2億円以上、1億人以上が暮らす日本で、僅か2億か・・・と少し寂しく思う。しかしこの世界的不況の最中、これだけの募金が集まったのは素晴らしいことかも?たった1局のテレビ局が行った企画で、これほどの金額が集まるのは、やはり凄いことなのかも知れないとも思う。
ちなみに私は、本日大変なご好意によって、実に簡単な日雇いバイトをしてきた。従って本日頂いたバイト代は、完全なるご好意によるものだ。なので、毎年1000円募金するところ、少しだけ余計に募金させて頂いた。私からの募金と併せて、ご好意のお裾分けという意味を込めて。

馬鹿らしいかも知れないが、常々考えていたことがある。『募金税』みたいなものを作れば良いのに。それは毎月課せられる、しかも課税対象者は0歳からだ。先進国と呼ばれる国だけで良い、課税金はその国の最低貨幣。
日本で言えば『1円』を、全国民から徴収する。日本国民1億2千万以上、単純に、毎月1億2千万円以上の募金が集まる。それだけでも凄くないですか?仮に4人家族であれば、毎月4円、年間48円。誰だって払える金額だが、まとまれば物凄い力だ。それこそまさに、世界を動かす力にだってなるかも知れない。

私は、フォスター・プランというところを通して、毎月3000円の支援を続けている。今回の突然の首切りに際して、正直続けるのは困難か?と思ったが、口座が空になるまで、支援は打ち切らないと決めた。
確かに情況は日々辛くなるだろうが、私はまだ五体満足に健康で、日本は暮らしやすく平和で、住む家もあって、洋服にも食べ物にも困らない。第一辞めるなどという後ろ向きな考えでは無く、途切れることなく支援を続けられるように、一刻も早く生活の糧を見つけるように努力するべきが正論だろう。

もう1つ、私の理想論がある。私がこうした月々の支援の話をすると、ほぼ100%『偉いねぇ』と言われる。例え本心でなくても、まるっきり興味が無かったとしても、『偉い』と言うのが正答という認識が強いようだ。
私はそれが、決して『偉い』行為だとは思っていない。無関心ではないというだけで、他にもっとするべきことがあるはずなのに、お金で解決をしているという思いが拭えない。だから『偉い』わけでは無いのだ。しかし本当に本当に『偉い行動』をしている人は、世界中にたくさんいる。何より最も尊敬すべき人たちは、支援を受けるべき人たちである。どんな境遇の中にいても、『生きよう』と、強く立ち向かう人たちである。
だからこそ、私の行為が『偉い』と言われるのではなく、『当たり前』と思われる世の中になって欲しい。募金をするという行為を言うまでも無く、促すまでも無く、『当たり前』である世の中、それが私の最大の理想論なのだ。

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