2012/05/06 10:14
ジャンル:
Category:
読書【ドラマ】
TB(0)
|
CM(0)
【
Edit】
太宰 治 著/新潮文庫東北の名家の末っ子として生まれた大庭葉蔵は、人も羨む容貌を持ち、家名を生かせば将来に展望もありながら、人を信じることが出来ず、また愛することも出来ず、人生に悩みながら大人になった。表面では剽軽に振舞って、高等学校の時分から女に困ることがなく、吸い寄せられる女達に守られていた。人生をそうして渡り歩いた男が、自らを人間失格と呼ぶに至る日々を描く。
厳密に言えば冒頭ではないけれど、『恥の多い生涯を送って来ました』という有名な始まりの一節を読んだとき、正直ちょっぴり感動した(笑)。この書き出しから始まる男の生涯とは?否応なしに興味が掻き立てられる見事な一節だと思う。私も散々色々な国の小説を読み散らかして来たが、これほど魅力的な冒頭の一説は余り無い。
余りにも有名な作品だし、太宰渾身の私小説という呼び声もあることから、著者の実際の生き様も踏まえ、作品に関して物言う必要は無いと思う。
またとない美貌を持ちながら、それを嫌悪し、表面の滑稽さからは想像もつかないネガティブな思考に支配された男。普段なら、こんな男の物語は願い下げだ。アフリカ辺りにボランティアにでも行って、根性叩き直してもらえば良い!と憤慨して切り捨てる。
しかし、私の中の何かがそれを引き止めた。正直言って認めたくは無いのだが、この大庭という男の気持ちが、ある側面では解ってしまうからなのだ。例えば、周囲から身を守るためにひたすら滑稽に振舞う姿とか、孤独を恐れる気持ちとか、ただ闇雲に生に怯える気持ちとか、自分の矮小さに嫌悪する気持ちとか、解ってしまうのだ。私の中に眠るそうした感情に、大庭葉蔵の捨て犬のような脆さが訴えかけてくる。
私もつくづく、日本人なのだなぁ・・・と思った。苦悩する大庭の控え目さや自らに厳しい様、恐らくそれだけではないとは思うが、態度や物言いの全てが、日本人らしいと思えたのだ。感覚で読み取るというか、その日本人らしい落ちていく姿に、共感するところがあった。普段外国人が書くものを読みなれているせいでそう思ったのか、単に私の中にかなりの大庭度が含まれているのか?外国小説を良く読む・・・という可能性に票を投じておきたい。
先に読んだ短編集も優れていたが、本作を読んで、あの短編がいかにして出来上がったのかが解った気がした。短編から感じられた控えめな滑稽さや、表裏一体となった苦悩や自虐が生まれてきた理由が本作にある。
大庭葉蔵というキャラクターを通して語られる赤裸々な著者の思いは、滑稽さに隠れることなく伝えられる。果たしてこれが真相真実なのかは不明だが、少なからず真実に近いものなのだと思う。
とことん落ちて、自分で自分を救えなくて、周りを不幸にして、だから人間失格。それでも著者はこうした優れた作品を世に残したわけで、どん底の心情を、状態を描いていながら、感情を抑えた的確な筆致は、滑稽さの蓑に替わって新しい防御壁のようにも感じられる。
だから、著者太宰治は、人間失格であったがゆえに失格ではない。自らの赤裸々で恥ずべきと感じた人生を密に描いて、世界に名を残す傑作を残したのだから。