『ブラディ・サンデー』
〔愛〕BLOODY SUNDAY
監督:ポール・グリーングラス
原作:ドン・マラン
脚本:ポール・グリーングラス
ジェームズ・ネスビット/ティム・ピゴット=スミス/ニコラス・ファレル/ジェラルド・マクソーリー/キャシー・キエラ・クラーク
北アイルランド・デリー死で、1972年1月30日に起きた『血の日曜日事件』。カトリック住民のための公民権運動で、本国イギリスから法的に禁止されていた行進を、下院議員アイバン・クーパー統率のもと、平和的に行おうとしていた。度重なる北アイルランド側の説明に反して、イギリスは軍隊を配備。それを知ったアイバンは一計を案じ、行進ルートを変更することにした。
お祭ムードの中始まった行進だったが、ルート変更に反発した少数の人達が離脱。元のルートを辿り、厳重な警備体制の敷かれた地域へと向かった。投石が始まり、軍のゴム弾が打ち込まれるに至って、よもやアイバン達のコントロールが及ばないまでの暴徒に至ってしまう。
塀の内側で待機していたイギリス軍精鋭のパラシュート部隊は、本部からの出撃命令の無い事に苛立ち、小部隊権限で勝手に行動を起こしてしまう。逃げ惑う丸腰の市民に対して、実弾を撃ちまくり、平和的に始まった行進は、その日だけで13人の死亡者と多くの負傷者、最終的に14人もの一般市民の命を奪う結果となった。
あらすじで書いた事柄が、この映画のほぼ全ての内容であり、結末まで記している。出来事は隠されることのない真実として、多くの書物などで拾う事ができるので、隠すこと無く書かせていただいた。映像は、想像を超えるショックを与えるものになっている。
とにかく辛い映画だった。好きな人や動物が傷ついたりしているのを見るのは、誰でも辛いと思う。国だって同じだ。
私はアイルランドを愛している。その国が2つに分断され、それによって沢山の悲劇的事件が起こっている。そう考えるだけで辛くて苦しくなるのだ。とはいえ所詮は部外者、偽善者的感覚になってしまうのが、悲しい限りだ。
この映画は、ドキュメンタリー的な仕上がり。手持ちカメラで映像はブレまくり、時間の経過を示すときや場面転換は、急激な暗転によってもたらされる。
その荒さが、逆に相当なリアリティを生み出し、役者の演技も、演技とは思えぬほどに自然に写る。知った役者の顔が時折出てこなければ、本当にドキュメンタリーなのかと思えるほどだ。
だからこそ余計に、画面の中の壮絶な状態に、異常なまでの胸の痛みを覚える。無力なまま、完璧に武装した兵士に撃ち殺されてゆく人々。余りの無力さに、なす術がないことが苦しい。
イギリスの感情、アイルランドの現状、カトリックとプロテスタントの対立。北アイルランドだからこその、更に根深い対立。そんなものが解っていると、事件の発端や問題の核心などがより伝わり、映画が興味深くなると思う。
ただ思うのは、アイルランドではこうした問題は絶えず語られ、映画や小説など、良質なものが作られている。イギリスでは、黙して語られる事がない。
そのことは、DVDの特典映像で触れられ、この血の日曜日は、イギリス国民にも強い衝撃と傷を残したと言われていた。
その感情に異は唱えない。謝罪しろとも思わない。ただし、直視だけはして欲しいと思う。ドイツが第二次世界大戦の悲劇を直視しているように、イギリスもまた、逃げ続ける時期はとうに過ぎていると思うのだが。
遥かクロムウェルの時代に遡り、続く迫害とイギリスによる故意のプロテスタントの大量移住、そして南北の断絶。これらのことに携わったイギリスは今、アイルランドに何をなすべきか?映画という手段を通して、一市民の言葉を通しても、語るべき時が来ているのではないかと思った。
私はイギリスの描いた、アイルランド侵略の映画を観てみたい。イギリス国民が、偽善者的意識なしに描いた、真実の物語を観てみたい。
そうした本や映画が既にあるのかも知れないが、残念ながら私は知らない。
ぽすれん『ブラディ・サンデー』紹介
監督:ポール・グリーングラス
原作:ドン・マラン
脚本:ポール・グリーングラス
ジェームズ・ネスビット/ティム・ピゴット=スミス/ニコラス・ファレル/ジェラルド・マクソーリー/キャシー・キエラ・クラーク
北アイルランド・デリー死で、1972年1月30日に起きた『血の日曜日事件』。カトリック住民のための公民権運動で、本国イギリスから法的に禁止されていた行進を、下院議員アイバン・クーパー統率のもと、平和的に行おうとしていた。度重なる北アイルランド側の説明に反して、イギリスは軍隊を配備。それを知ったアイバンは一計を案じ、行進ルートを変更することにした。
お祭ムードの中始まった行進だったが、ルート変更に反発した少数の人達が離脱。元のルートを辿り、厳重な警備体制の敷かれた地域へと向かった。投石が始まり、軍のゴム弾が打ち込まれるに至って、よもやアイバン達のコントロールが及ばないまでの暴徒に至ってしまう。
塀の内側で待機していたイギリス軍精鋭のパラシュート部隊は、本部からの出撃命令の無い事に苛立ち、小部隊権限で勝手に行動を起こしてしまう。逃げ惑う丸腰の市民に対して、実弾を撃ちまくり、平和的に始まった行進は、その日だけで13人の死亡者と多くの負傷者、最終的に14人もの一般市民の命を奪う結果となった。
あらすじで書いた事柄が、この映画のほぼ全ての内容であり、結末まで記している。出来事は隠されることのない真実として、多くの書物などで拾う事ができるので、隠すこと無く書かせていただいた。映像は、想像を超えるショックを与えるものになっている。
とにかく辛い映画だった。好きな人や動物が傷ついたりしているのを見るのは、誰でも辛いと思う。国だって同じだ。
私はアイルランドを愛している。その国が2つに分断され、それによって沢山の悲劇的事件が起こっている。そう考えるだけで辛くて苦しくなるのだ。とはいえ所詮は部外者、偽善者的感覚になってしまうのが、悲しい限りだ。
この映画は、ドキュメンタリー的な仕上がり。手持ちカメラで映像はブレまくり、時間の経過を示すときや場面転換は、急激な暗転によってもたらされる。
その荒さが、逆に相当なリアリティを生み出し、役者の演技も、演技とは思えぬほどに自然に写る。知った役者の顔が時折出てこなければ、本当にドキュメンタリーなのかと思えるほどだ。
だからこそ余計に、画面の中の壮絶な状態に、異常なまでの胸の痛みを覚える。無力なまま、完璧に武装した兵士に撃ち殺されてゆく人々。余りの無力さに、なす術がないことが苦しい。
イギリスの感情、アイルランドの現状、カトリックとプロテスタントの対立。北アイルランドだからこその、更に根深い対立。そんなものが解っていると、事件の発端や問題の核心などがより伝わり、映画が興味深くなると思う。
ただ思うのは、アイルランドではこうした問題は絶えず語られ、映画や小説など、良質なものが作られている。イギリスでは、黙して語られる事がない。
そのことは、DVDの特典映像で触れられ、この血の日曜日は、イギリス国民にも強い衝撃と傷を残したと言われていた。
その感情に異は唱えない。謝罪しろとも思わない。ただし、直視だけはして欲しいと思う。ドイツが第二次世界大戦の悲劇を直視しているように、イギリスもまた、逃げ続ける時期はとうに過ぎていると思うのだが。
遥かクロムウェルの時代に遡り、続く迫害とイギリスによる故意のプロテスタントの大量移住、そして南北の断絶。これらのことに携わったイギリスは今、アイルランドに何をなすべきか?映画という手段を通して、一市民の言葉を通しても、語るべき時が来ているのではないかと思った。
私はイギリスの描いた、アイルランド侵略の映画を観てみたい。イギリス国民が、偽善者的意識なしに描いた、真実の物語を観てみたい。
そうした本や映画が既にあるのかも知れないが、残念ながら私は知らない。
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ぽすれん『ブラディ・サンデー』紹介
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私の知ってる俳優さんは一人も出演していない映画。U2の「Sunday Bloody Sunday」の元になったアイルランドの事件を扱った内容。映画というかドキュメンタリーに近い。自分がその場に居るような錯覚に陥るのは、多分1テイクが長いのと映画用照明を殆ど使っていないような...
2005/11/28(月) 09:50:51 | お家をEnjoy!
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