『リヴァプールの空』【ネタバレ注意】

ジェイムズ・ヘネガン著/佐々木 信雄 訳/求竜堂
アイルランド生まれのジェイミーは13歳、家族と共にリヴァプールにある街で暮らしていた。時は戦時中ではあるが、リヴァプールにはまだ空襲は襲ってこない。子供達は、本物の戦争を見たくてウズウズしているというのに。北アイルランドから引越してきたトム・ブリーカーは、その尊大な態度や物腰からクラス中の嫌われ者。気骨のあるヤツだとは認めるが、でもそれだからこそ、ジェイミーやその仲間達はブリーカーから距離を置きたがっていた。それなのに、ジェイミーは両親の決めた学童疎開に、ブリーカーと一緒に行かなければならなくなった。渋々従ったジェイミーだが、彼等の乗った船は、ドイツのU−ボートの魚雷に打たれ、乗客たちは暗い冬の海に投げ出されてしまう。実際にあった歴史の一部である事件を元に描かれた、少年達の成長と戦争の過酷さを描いた児童小説。

まず、久々に小説で泣かせていただいた。海外の児童小説は、何故にこれほど完成度が研ぎ澄まされているのだろう?とはいえ、日本の児童文学なんて、児童の頃から読んだ事はないのだが。
この小説の素晴しいところは、冒頭から主人公を初めとする少年達が『良い子』ではないところだろう。主人公ジェイミーは優しいのであるが、いささか意固地で、虚勢を張りまくるタイプだ。ジェイミーと共に旅をするブリーカーも、その置かれた生活環境の悲惨さから考えても、卑屈で柔軟性が無い。そんな彼らが、ただ楽しんでいた戦争の渦中に巻き込まれ、悲惨な攻撃を体験する事により、瑞々しい少年としての成長を遂げる。
アイルランド好きとしては触れないわけにも行かないのだが、ジェイミーを初めとする主要登場人物は全てがアイリッシュだ。ジェイミーは6歳でイギリスへ移民。その為彼が暮らすのは、アイリッシュが集まる地域と思われる。そんなジェイミーの近所に越して来たのがブリーカー一家だが、こちらは北アイルランドからの移住。北アイルランドはイギリスの統治下にあるので、厳密には移民家族のジェイミー達とは違い、ブリーカー一家は単なる移住だ。
物語のそこかしこに、『アイルランド人であるということ』が描かれている。暗黙の了解、仲間意識、遥かなる土地に対する想い。同じように、ジェイミー達子供世代による、イギリスに対する思いも細かくさり気なく描かれる。必死にリヴァプール訛りを話そうとする子供に対して、それを叱り付ける親。自分がリヴァプールで必死に築き上げてきたものが、疎開によって奪われると憤慨するジェイミーの気持ちなどだ。
より感受性が豊かで純粋な子供の目線を通して語られるのが、非常に解り易くかつ新しい見方をさせてくれる。船の上で無意識にアイルランド人同士を庇おうとするジェイミーに対して、引越したばかりでよりアイルランド魂が根ざしているブリーカーは敏感に反応し、ジェイミーと友情を築こうと試みる。
しかしここでも面白いのは、ジェイミーは南アイルランド出身であり、ブリーカーは北アイルランド出身であるという事だ。この辺の差異が上手く描かれている。おまけに船上は、ほとんどがイギリスの子供達。船の上のミサの記述でも、カソリックの参列者はほとんどおらず、別の場所で行なわれている英国国教会の歌声が聞こえるとある。微妙な表現ではあるが、船上におけるジェイミーとブリーカーの立場、彼らが離れられない理由。そしてブリーカーが歩み寄った気持ちが見えるだろう。反骨精神に溢れ、攻撃的で堅物なブリーカーは、多くのアイリッシュを濃縮したような存在として描かれていたのかも知れない。
作者もアイルランドから移民してイギリスで暮らし、現在はカナダ在住だそうだ。戦争を剥ぎ取ってしまうと、ジェイミーは作者の姿と被るらしい。そうした面でも、イギリスにおけるアイルランドコミュニティーと、その家族、子供達の姿などが、リアリティを持って描かれていた。
客船が撃破され、乗客が海に投げだされるくだりは僅かだ、それよりも、子供達の交流や考えに重点が置かれている。それだからこそ、読者はそれぞれの子供達に移入してしまい、ほんの僅かな悲劇すら受け入れ難い気持ちにさせる。
そして持ってこられたラスト。ブリーカーの変化、そして微妙に現れているジェイミーの変化。ジェイミーはトムと単なる友達になったのではないのだ。ジェイミーとトムの間柄になったのだ。泣かす、とにかく泣かせてくれるさり気なさが憎い作品だった。

リヴァプールの空 リヴァプールの空
ジェイムズ ヘネガン (2002/10)
求龍堂
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