第二の人生か・・・。
イアン・ソープが引退か・・・、しかしこれ、個人的には意外でも何でも無い。このところ競技会に出ないこともしばしばだったし、オリンピックの時も精彩を欠いていたように思っていた。優遇措置(実際は違ったのだけど)でオリンピックの代表になり、かかるプレッシャーや自分のために代表を『辞退』した選手を思ってか、レース後に流した涙、そこに彼の抱える複雑で大変な事情を見た気がした。
若干24歳。しかし19歳頃に全盛を極めた男には、『既に』の前置きが着いてしまうのか?それにしても、1つのことを立派にやり遂げた事には変わりなく、非常に素晴らしいものを残した事実も変わらない。
こうしたトップクラスの選手になればなるほど、彼等を作り上げた『スポーツ』が、唯一無二でなかった事を知らされて驚く。どうも日本人というのは、『死ぬ気でやる』という精神が無ければ、頂点は無いように思っている節があると感じる。3度の飯より練習が大事とか、恋愛やオシャレなどと言った余計なことは考えるな!他のスポーツなんか眼中に入れるな!と言った必死さのようなもの。
それを証拠に、女性のアスリートで化粧っ気のある人は少なく、幾つかの団体では化粧が禁止されているそうじゃないか。確かに汗をかくスポーツだから、化粧はある意味邪魔である。でもね?良いんじゃない、ジョイナーみたいな選手も、立派に一流になれるんだからさ、化粧ぐらい、マニキュアぐらい、オシャレぐらい。
だから私は、北島康介がヴィトンのスイムウェアをプライベートで着たりするのは大賛成。ちょっとぐらいタガが外れたような雑誌などに、モデルとしてアスリートが出るのも良いと思う。要は、人間息抜きが無ければ成長は止まる。高いモチベーションも、持ち続けるのは不可能だと思っているという事。
大分以前だが、海外のトップアスリート数人に『日本人選手は何故強くなれないのか?』という、ある意味自国メディアがして良いのか?と思うような質問をしていたことがある(笑)。私が最も印象に残っている答えは『日本人って、これと決めたら他のスポーツをやらないでしょ?それしか知らない、やらないというのは、成績を伸ばす上ではデメリットだと思う』というものだ。
海外の多くの選手は、練習の一環としてではなく、オフシーズンや趣味で多くのスポーツをこなすそうだ。その中から意外な才能を見出して、全く違う畑で活躍を始める人も少なくないという。マリオン・ジョーンズだって、元はバスケットの選手。基礎練習の走りから拾われた人だ。それであのメダルの数。
なんというか・・・一生懸命も度合いを過ぎると、足枷にしかならないのかな?と思う。
だから、イアン・ソープのように若くして引退する選手も多いのだろう。彼らは他の沢山の世界を知っている。自分にある、無数の可能性を、必死にスポーツをやりながらちゃんと探っているのだ。しかも、1つのことであれだけの実力を持った人というのは、その他にも無数の可能性を持っているから羨ましい(笑)。海外の一流選手で、立派な学位を持っていたり、法律や会計の免許を持っている人も多いそうだ。そういうものを、取得する余裕が現役時代からちゃんとある。才能があるからか、先見の明があるからか、世間や団体が許すからなのか?私には確かな答えは解らないけれど。
最近では日本でも、そうした『現役時代から他に目を向ける』選手が増えてきているように思うが、まだまだ、実感として見えてくるほどではないんだな。
そうして考えると、やはり中田英寿って、ワールド・クラスのスポーツ選手だったのだなとつくづく思う(笑)。
若干24歳。しかし19歳頃に全盛を極めた男には、『既に』の前置きが着いてしまうのか?それにしても、1つのことを立派にやり遂げた事には変わりなく、非常に素晴らしいものを残した事実も変わらない。
こうしたトップクラスの選手になればなるほど、彼等を作り上げた『スポーツ』が、唯一無二でなかった事を知らされて驚く。どうも日本人というのは、『死ぬ気でやる』という精神が無ければ、頂点は無いように思っている節があると感じる。3度の飯より練習が大事とか、恋愛やオシャレなどと言った余計なことは考えるな!他のスポーツなんか眼中に入れるな!と言った必死さのようなもの。
それを証拠に、女性のアスリートで化粧っ気のある人は少なく、幾つかの団体では化粧が禁止されているそうじゃないか。確かに汗をかくスポーツだから、化粧はある意味邪魔である。でもね?良いんじゃない、ジョイナーみたいな選手も、立派に一流になれるんだからさ、化粧ぐらい、マニキュアぐらい、オシャレぐらい。
だから私は、北島康介がヴィトンのスイムウェアをプライベートで着たりするのは大賛成。ちょっとぐらいタガが外れたような雑誌などに、モデルとしてアスリートが出るのも良いと思う。要は、人間息抜きが無ければ成長は止まる。高いモチベーションも、持ち続けるのは不可能だと思っているという事。
大分以前だが、海外のトップアスリート数人に『日本人選手は何故強くなれないのか?』という、ある意味自国メディアがして良いのか?と思うような質問をしていたことがある(笑)。私が最も印象に残っている答えは『日本人って、これと決めたら他のスポーツをやらないでしょ?それしか知らない、やらないというのは、成績を伸ばす上ではデメリットだと思う』というものだ。
海外の多くの選手は、練習の一環としてではなく、オフシーズンや趣味で多くのスポーツをこなすそうだ。その中から意外な才能を見出して、全く違う畑で活躍を始める人も少なくないという。マリオン・ジョーンズだって、元はバスケットの選手。基礎練習の走りから拾われた人だ。それであのメダルの数。
なんというか・・・一生懸命も度合いを過ぎると、足枷にしかならないのかな?と思う。
だから、イアン・ソープのように若くして引退する選手も多いのだろう。彼らは他の沢山の世界を知っている。自分にある、無数の可能性を、必死にスポーツをやりながらちゃんと探っているのだ。しかも、1つのことであれだけの実力を持った人というのは、その他にも無数の可能性を持っているから羨ましい(笑)。海外の一流選手で、立派な学位を持っていたり、法律や会計の免許を持っている人も多いそうだ。そういうものを、取得する余裕が現役時代からちゃんとある。才能があるからか、先見の明があるからか、世間や団体が許すからなのか?私には確かな答えは解らないけれど。
最近では日本でも、そうした『現役時代から他に目を向ける』選手が増えてきているように思うが、まだまだ、実感として見えてくるほどではないんだな。
そうして考えると、やはり中田英寿って、ワールド・クラスのスポーツ選手だったのだなとつくづく思う(笑)。
TrackBack : 0
TRACKBACK
TrackBack List
| HOME |








