2006.12.15 Fri
『戦場のアリア』
〔仏/独/英/他〕JOYEUX NOEL (2005年)
監督:クリスチャン・カリオン
脚本:クリスチャン・カリオン
ギョーム・カネ /ゲイリー・ルイス/ダニエル・ブリュール/ダイアン・クルーガー/ベンノ・フユルマン/スティーブン・ロバートソン/ダニー・ブーン/リュカ・ベルヴォー
1914年のクリスマス間近、第一次世界大戦下のフランス。ドイツ軍に対して、フランス軍と支援国スコットランド軍は陣地奪回に向けて塹壕に潜んでいた。ドイツで有名なオペラ歌手として活躍していた兵士のシュプリンクは、同じく歌手で恋人アナの努力により、クリスマス・イブに司令部でコンサートをすることになった。しかし豪奢な司令部より、同じ苦境を味わう仲間にクリスマスの歌を届けたいと願い、アナを同行してこっそり塹壕へ戻っていく。一方スコットランド軍の塹壕では、持ち込まれたバグパイプを使って、ささやかな宴が行われていた。いつしかシュプリンクの歌声とバグパイプの音色は重なり、3国の軍隊はクリスマスの間の休戦を結ぶことにする。
第一次世界大戦における、敵国との友情話は割と有名で、私はこのほかに『戦場のキックオフ』というアニメと、米国の小説『クリスマスを贈ります』を知っている。小説の方は非常に秀逸な作品で、今でも読んだときの感動が呼び戻せるくらいだ。
第二次世界大戦よりも、対面しての戦いが多かった戦争。しかし、それ以前の戦争より、格段に殺戮兵器が進歩してしまった戦い、兵器は成長しているが人間は成長していない状態だったはずだ。想像を超えた大量殺戮が可能になった世界で、実際に闘うという環境に置かれた兵士の恐怖は幾ばくかであっただろう?クリスマスの時期に安らぎを求めた彼等の行動が頻発したのは、容易に頷けるのである。
残念なのは、この映画全体に満ちている『クリスマス精神』が、日本人である私には完全に掴みきれなかったこと。予測は出来るが、身に染みて理解が出来ない自分を実感するからこそ、この映画が示す意味を深く読み取れないジレンマがあった。
恐らくこれが対日本軍であったなら、こうした友情は結ばれなかったろうと思う。日本人には今もって、『クリスマス』の意義が理解出来ていないだろうと思う。『クリスマスなのに』という言葉も、表面的なものでしかない。
全体としては、盛り上げどころを間違えたか?という感じだが、これは完全に宣伝のミスと思われる。歌は確かに重要な要素ではあるが、それだけを前面に押し出すのはかなりの間違い。この映画の趣旨は、あくまでも兵士の友情や触れ合いだろう。
どうにも、オペラ歌手アナの存在が難しく感じた。余りにも『女』であるアナを見ていると、私などは憤りを感じてしまう。同じように夫や恋人を待つ多くの女性がいるのに、自分の幸せしか考えないアナ。オードベール中尉の妻は、夫を戦場に送り出し、独りで子供を産んだと言うのに。
さて、この映画で起こった事は、実際にかの大戦で幾つも起こったという話。そうした事実を考えても、人間の本能や理性の素晴らしい部分を教えてくれる。
国が幾ら敵愾心を植えつけようとしても、実際に幾人の人間に銃を向けたとしても、人間は優しさと慈しみの心を忘れないのだろう。人として、憎む気持ちより愛する気持ちの方が強い、そんなことを確認させてくれた。誰だって憎んだり殺したりが好きなわけはなく、安らかに楽しい人生を送るほうが遥かに素晴らしいものなのだ。
しかしこの映画は、単に素晴らしい事だけを描いたわけでなないようだ。憎しみだけを増加させた人もいるし、結局は体制に屈した人もいた。戦争のバカらしさ、人の命の尊さ、学んで欲しいのは国を動かす人達にだ。しかし彼等も同じく『人間』であることに変わりは無い。ボーダーラインはどこにあるのだろう?
人として、権力や国の争いのような大きなものより、身近でより単純で大切な触れ合いを求めた人達の話だ。人として、人間を大切にした男達の話。ラストの台詞が秀逸だった。そう、生き延びる事が大切なのだ。しかし魂は決して失わないようにして。
これもまたヨーロッパらしい壮大な映画だ。何しろ3カ国が揃う。会話は3ヶ国語。ハリウッドのように、下手に英語に統一しないところが気持ち良い(笑)。
D・クルーガー、実に語学に堪能な女優だが、なんのなんの、ヨーロッパ圏の人達は、3ヶ国語くらい話せるのが割りに普通。語学の大切さも、改めて実感した映画だった(笑)。
ぽすれん『戦場のアリア』紹介
監督:クリスチャン・カリオン
脚本:クリスチャン・カリオン
ギョーム・カネ /ゲイリー・ルイス/ダニエル・ブリュール/ダイアン・クルーガー/ベンノ・フユルマン/スティーブン・ロバートソン/ダニー・ブーン/リュカ・ベルヴォー
1914年のクリスマス間近、第一次世界大戦下のフランス。ドイツ軍に対して、フランス軍と支援国スコットランド軍は陣地奪回に向けて塹壕に潜んでいた。ドイツで有名なオペラ歌手として活躍していた兵士のシュプリンクは、同じく歌手で恋人アナの努力により、クリスマス・イブに司令部でコンサートをすることになった。しかし豪奢な司令部より、同じ苦境を味わう仲間にクリスマスの歌を届けたいと願い、アナを同行してこっそり塹壕へ戻っていく。一方スコットランド軍の塹壕では、持ち込まれたバグパイプを使って、ささやかな宴が行われていた。いつしかシュプリンクの歌声とバグパイプの音色は重なり、3国の軍隊はクリスマスの間の休戦を結ぶことにする。
第一次世界大戦における、敵国との友情話は割と有名で、私はこのほかに『戦場のキックオフ』というアニメと、米国の小説『クリスマスを贈ります』を知っている。小説の方は非常に秀逸な作品で、今でも読んだときの感動が呼び戻せるくらいだ。
第二次世界大戦よりも、対面しての戦いが多かった戦争。しかし、それ以前の戦争より、格段に殺戮兵器が進歩してしまった戦い、兵器は成長しているが人間は成長していない状態だったはずだ。想像を超えた大量殺戮が可能になった世界で、実際に闘うという環境に置かれた兵士の恐怖は幾ばくかであっただろう?クリスマスの時期に安らぎを求めた彼等の行動が頻発したのは、容易に頷けるのである。
残念なのは、この映画全体に満ちている『クリスマス精神』が、日本人である私には完全に掴みきれなかったこと。予測は出来るが、身に染みて理解が出来ない自分を実感するからこそ、この映画が示す意味を深く読み取れないジレンマがあった。
恐らくこれが対日本軍であったなら、こうした友情は結ばれなかったろうと思う。日本人には今もって、『クリスマス』の意義が理解出来ていないだろうと思う。『クリスマスなのに』という言葉も、表面的なものでしかない。
全体としては、盛り上げどころを間違えたか?という感じだが、これは完全に宣伝のミスと思われる。歌は確かに重要な要素ではあるが、それだけを前面に押し出すのはかなりの間違い。この映画の趣旨は、あくまでも兵士の友情や触れ合いだろう。
どうにも、オペラ歌手アナの存在が難しく感じた。余りにも『女』であるアナを見ていると、私などは憤りを感じてしまう。同じように夫や恋人を待つ多くの女性がいるのに、自分の幸せしか考えないアナ。オードベール中尉の妻は、夫を戦場に送り出し、独りで子供を産んだと言うのに。
さて、この映画で起こった事は、実際にかの大戦で幾つも起こったという話。そうした事実を考えても、人間の本能や理性の素晴らしい部分を教えてくれる。
国が幾ら敵愾心を植えつけようとしても、実際に幾人の人間に銃を向けたとしても、人間は優しさと慈しみの心を忘れないのだろう。人として、憎む気持ちより愛する気持ちの方が強い、そんなことを確認させてくれた。誰だって憎んだり殺したりが好きなわけはなく、安らかに楽しい人生を送るほうが遥かに素晴らしいものなのだ。
しかしこの映画は、単に素晴らしい事だけを描いたわけでなないようだ。憎しみだけを増加させた人もいるし、結局は体制に屈した人もいた。戦争のバカらしさ、人の命の尊さ、学んで欲しいのは国を動かす人達にだ。しかし彼等も同じく『人間』であることに変わりは無い。ボーダーラインはどこにあるのだろう?
人として、権力や国の争いのような大きなものより、身近でより単純で大切な触れ合いを求めた人達の話だ。人として、人間を大切にした男達の話。ラストの台詞が秀逸だった。そう、生き延びる事が大切なのだ。しかし魂は決して失わないようにして。
これもまたヨーロッパらしい壮大な映画だ。何しろ3カ国が揃う。会話は3ヶ国語。ハリウッドのように、下手に英語に統一しないところが気持ち良い(笑)。
D・クルーガー、実に語学に堪能な女優だが、なんのなんの、ヨーロッパ圏の人達は、3ヶ国語くらい話せるのが割りに普通。語学の大切さも、改めて実感した映画だった(笑)。
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ぽすれん『戦場のアリア』紹介
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