『タブロイド』

2006年12月21日 18:36

〔メキシコ/エクアドル〕CRONICAS (2004年)
監督:セバスチャン・コルデロ
脚本:セバスチャン・コルデロ
ジョン・レグイザモ/レオノール・ワトリング/ダミアン・アルカザール/ホセ・マリア・ヤスピク/カミロ・ルスリアーガ/アルフレッド・モリナ

マイアミにあるラテン系ニュース番組の人気レポーターマノロは、エクアドルで話題になっていた子供の連続殺人事件を追っていた。犠牲者の葬式の後の現場で、突然起こった暴動を鎮めようとしたマノロは、リンチの被害者であるビニシオから、自分を助ける代わりにと、連続殺人の犯人しか知りえない情報を提供すると迫られる。本来なら早期警察の介入が必要なのだが、スクープを狙うマノロは自分達で処理しようと決意。しかしその行動が、次第にマノロとそのクルーの行く末を窮地に追い込んでいく。

色んな意味で、救いの無い映画だった。エクアドルの現在でも置かれた状況、混乱した政府と救いの見えない市民達の暮らし。複雑な情勢を反映した社会派ドラマなのかも知れないが、その辺の深みは薄かったと思う。
良くも悪くも描かれる『メディア』の存在であるが、これはその良い面、いわゆる悪政に果敢に戦いを挑むTV関係者の話かと思ったが、実際はそう簡単な話でもない。エクアドルの政治や警察に関しても非常に灰色な描かれ方で、一概に善悪の区別が付けがたい事情を巧みに描いていた。しかし、その辺がともすればあいまいになりがちで、この映画を判断する上で難しい要素になっているだろう。
私個人の感想で言えば、この映画のマノロ及びTVクルーは『悪』である。多分にアメリカナイズされた、富と名声を追い求める救いがたい存在である。結果として彼等が作り上げた結末は悲惨ではあるが、どちらかと言ったら、表面上は『悪』であるはずのキャラクターに関しては、余り憤りを感じなかった。そこに冒頭に書いた『救い難さ』を感じたのだ。これも、上手く作られているという事になるのだろうか?
悪は悪としてすっぱりと成敗して欲しい。ましてやこの映画では、子供をターゲットとした連続殺人なのだ。しかし、直接的には関係ないのではあるが、エクアドルという国のあり方が成敗できない事情を感じさせる。
それをはっきりと印象付けるのが、冒頭の暴動とリンチのシーンに要約されるように思うのだ。これが現実であるなら、あまりに非人間的だ。誰も止めようとしない暴動、死に直結する集団でのリンチ。娯楽のように声援と罵声を浴びせる周囲の人々。こうした暴力が容認される世界なら、連続殺人さえも、別の起因があるように思えてしまう。
だから救い難いのだ。事件そのものではなく、マノロ達の行動でもなく、問題はもっと深い部分にある。単純で気持ちの良い結末が生み出せない、そうした世界がある、その事実からして救いが無いと感じた。
こうした事柄は、単純に感じた気持ちを深く掘り下げて見つけたものだ。表面的に映画を見ていると、描き出しが薄くて解り辛い。もう少しポイントを掘り下げて描いてくれれば、より簡単に理解できる内容だと思った。映画としては及第点以下かなぁ?

タブロイド タブロイド
ジョン・レグイザモ (2006/09/22)
東北新社
この商品の詳細を見る


ぽすれん『タブロイド』紹介


トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://hiyodiary.blog6.fc2.com/tb.php/578-5e7be162
この記事へのトラックバック


最近の記事