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『映画のようには愛せない』
- 2006/12/21(木) 19:11:50
〔伊〕LA VITA CHE VORREI (2004年)
監督:ジュゼッペ・ピッチョーニ
脚本:ダ・フェッリ/ジュゼッペ・ピッチョーニ/グァルティエロ・ロゼッラ
ルイジ・ロ・カーショ/サンドラ・チェッカレッリ/ガラテア・ライツィ/ファビオ・カミリ/アントニーノ・ブルスケッタ/カミッラ・フィリッピ/ロベルト・シトラン
ある映画のオーディションで、人気俳優のステファノと売れない女優のラウラは出会った。その映画の主演が決まった2人は、映画の役柄と同じように恋人同士となる。しかし愛することが苦手なステファノは、周囲に人気があり、仕事でも成功し始めていたラウラに対して複雑な思いを持ち始める。嫉妬からかラウラに辛くあたるステファノ、そんな彼を理解出来ないラウラ。撮影が終盤になるに従って、素直になれない2人の恋はすれ違いが多くなっていく。
う〜〜ん、おっとなぁ〜〜〜な愛の物語だ。年齢と見た目だけは見事に大人な私には、要点は理解できるが、主役達の心情は理解・・・したくない。それも1つの愛の形とは思うが、何もそんなに肩肘張らなくても、ラウラさん?
良く言われる事だが、『男はいくつになっても子供』だ(笑)。この映画でもステファノは救い難い。感情のままに嫉妬し、愛を放棄する。なまじ金と知識と地位が出来上がっちゃってるからなおいけない。内面は立派な子供なのに。
それに引っかかってしまったラウラ。彼女の心の内には、有名俳優であるステファノというステイタスはあったのだろうか?いずれにしろ、こちらは大人過ぎるというか、堅物過ぎる行動が目立った。とはいえ、相手にああした対応をされたら、私でも同じ事をしたとは思うのだが。
理解できるがしたくないのは、ラストの2人の気持ち。ステファノの成長は遅すぎ、ラウラの堅物さは変わらなかった。この辺の2人の感情を表すのは、両役者の表情。素晴らしかったと言える。2人の立場やあの時の気持ちを、完全に表情だけで表していた。
ああもう・・・・、男って・・・、そして女って・・・。
あのラストが表現していたのは、これまでの2人のリスタートなのだろうか、それとも新しい関係の始まりなのだろうか?
私はリスタートであって欲しいと思う。女はもう少し寛容に、男はよりスピーディーに成長して。そしてお互い、気持ちに素直に。問題はラウラだな。意思の強い女は、気持ちの整理を付けるのが早いから(笑)。
映画そのものは、大人の男女のある1つの愛の進行。2人が出した最初の結論は、愛の1形態。そしてラスト以降は、幾つかの可能性を感じさせる。もしかしたらこの映画の一番の見所は、ラスト以降だったのではないだろうか?2人の最後の結論はラスト以降にあるはずなのだ、それを見てみたい、というより、教えて欲しい(笑)。
ぽすれん『映画のようには愛せない』紹介
ジャンル:
- 映画
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