『風の影』
カルロス・ルイス・サフォン著/木村 裕美 訳/集英社文庫
1945年バルセロナ、11歳のダニエルは、父に連れられてある秘密の場所に行く。その場所『忘れられた本の墓場』は、様々な理由で持ち主を失った本の行き着く場所だ。そこのルールに従って、ダニエルは1冊の本を持ち出すことを許される。『風の影』と題名されたその本の魅力に取り付かれたダニエルは、父の経営する古書店のネットワークを利用し、その作家フリアン・カラックスのことを調べ始める。謎に包まれたカラックスの過去が明らかになるにつけ、ダニエル自身の現在と、それが重なり合っていることに気がつく。許されない愛、逃亡、正義のための戦い。内戦後間もなくのスペイン・バルセロナを舞台に、ダニエルとカラックスの人生が交差する。
たまたま本屋で『新書』として発見し、その帯宣伝の文句やらなんやらひっくるめて、どうしようもなく読みたくなって、珍しく『新書』で買ってしまった(笑)。その期待は裏切られることは無く、久々に眠るのを忘れたいほど面白いと感じる作品だった。
カラックスの人生に隠された謎は、いささかも真新しいものではなくて、いわゆる良くある禁じられた愛にまつわる物語だ。しかしその物語を彩る文体、展開の上手さ、キャラクターの造形、面白い作品に不可欠である様々な要素が素晴らしく融合して、ありきりでソープオペラ的な謎を、文学的に見せていたように思う。
まず、礼儀正しい言葉を多用した、どこか懐かしさを感じる日本語の翻訳に惹きこまれた。変な話だが、今風の完璧なる口語体には一線を画したどこと無く古臭い翻訳だ。これが物語の時代感を、いやおう無く盛り上げてくれる。
カラックスの人生を紐解くにつれ、主人公ダニエルの人生がその上に被さってくるのだが、当然のように恋があり、親や友人とのすれ違いがあり、新しい人間関係の構築などが垣間見られる。そうした物語が、バルセロナのとりわけ中心街をメインに展開してゆくのだが、バルセロナを一度でも訪れ、それが心に深く素晴らしい印象として残っている方なら、間違いなくその市中の情景を脳裏に描きながら、その旅を追体験しつつ楽しめる作品だろうと思う
この物語を読むまで、自分が2年前にたった数日訪れたバルセロナを、これほど鮮明に覚えているとは思わなかったのだが、地名・建物などの名前を読むにつれ、記憶がまざまざと蘇ってきた。バルセロナという街は、それほどはっきりとした特徴を持つ街なのであり、強烈な印象を人々に与える、何か図り知れないものがある地域なのだろう。
何より、優れた筆者による、飾ることの無いバルセロナのあっさりとした描写が、私の読書の助けになっていたのは間違いない。
更には、冒頭からいきなり始まる、揺ぎのない本への愛情が素晴らしい。本を読むこと、愛すること、筆者の思いは、ダニエルやその父、最期にはダニエルの恋人を通して、時おり深く語られる。活字離れが盛んなのは日本だけではないようだが、この本は、本を愛することや読書の素晴らしさを伝えてくれる。同じ気持ちを持つ者として、冒頭から共感せずしてなんとする!(笑)といったような、静かな勢いと熱い思いが感じられた。
ラストはちょっとばかり、それまでの盛り上がりを一気に消火させるような地味な感じなのだが、人生のどこかに隠れてしまっている、ちょっとした希望を見つけられるような気もちになるものだったし、その締めくくりも洒落ていた。なんとも、『読書』の楽しみを思い出させてくれる、楽しさを味わえる作品だった。
1945年バルセロナ、11歳のダニエルは、父に連れられてある秘密の場所に行く。その場所『忘れられた本の墓場』は、様々な理由で持ち主を失った本の行き着く場所だ。そこのルールに従って、ダニエルは1冊の本を持ち出すことを許される。『風の影』と題名されたその本の魅力に取り付かれたダニエルは、父の経営する古書店のネットワークを利用し、その作家フリアン・カラックスのことを調べ始める。謎に包まれたカラックスの過去が明らかになるにつけ、ダニエル自身の現在と、それが重なり合っていることに気がつく。許されない愛、逃亡、正義のための戦い。内戦後間もなくのスペイン・バルセロナを舞台に、ダニエルとカラックスの人生が交差する。
たまたま本屋で『新書』として発見し、その帯宣伝の文句やらなんやらひっくるめて、どうしようもなく読みたくなって、珍しく『新書』で買ってしまった(笑)。その期待は裏切られることは無く、久々に眠るのを忘れたいほど面白いと感じる作品だった。
カラックスの人生に隠された謎は、いささかも真新しいものではなくて、いわゆる良くある禁じられた愛にまつわる物語だ。しかしその物語を彩る文体、展開の上手さ、キャラクターの造形、面白い作品に不可欠である様々な要素が素晴らしく融合して、ありきりでソープオペラ的な謎を、文学的に見せていたように思う。
まず、礼儀正しい言葉を多用した、どこか懐かしさを感じる日本語の翻訳に惹きこまれた。変な話だが、今風の完璧なる口語体には一線を画したどこと無く古臭い翻訳だ。これが物語の時代感を、いやおう無く盛り上げてくれる。
カラックスの人生を紐解くにつれ、主人公ダニエルの人生がその上に被さってくるのだが、当然のように恋があり、親や友人とのすれ違いがあり、新しい人間関係の構築などが垣間見られる。そうした物語が、バルセロナのとりわけ中心街をメインに展開してゆくのだが、バルセロナを一度でも訪れ、それが心に深く素晴らしい印象として残っている方なら、間違いなくその市中の情景を脳裏に描きながら、その旅を追体験しつつ楽しめる作品だろうと思う
この物語を読むまで、自分が2年前にたった数日訪れたバルセロナを、これほど鮮明に覚えているとは思わなかったのだが、地名・建物などの名前を読むにつれ、記憶がまざまざと蘇ってきた。バルセロナという街は、それほどはっきりとした特徴を持つ街なのであり、強烈な印象を人々に与える、何か図り知れないものがある地域なのだろう。
何より、優れた筆者による、飾ることの無いバルセロナのあっさりとした描写が、私の読書の助けになっていたのは間違いない。
更には、冒頭からいきなり始まる、揺ぎのない本への愛情が素晴らしい。本を読むこと、愛すること、筆者の思いは、ダニエルやその父、最期にはダニエルの恋人を通して、時おり深く語られる。活字離れが盛んなのは日本だけではないようだが、この本は、本を愛することや読書の素晴らしさを伝えてくれる。同じ気持ちを持つ者として、冒頭から共感せずしてなんとする!(笑)といったような、静かな勢いと熱い思いが感じられた。
ラストはちょっとばかり、それまでの盛り上がりを一気に消火させるような地味な感じなのだが、人生のどこかに隠れてしまっている、ちょっとした希望を見つけられるような気もちになるものだったし、その締めくくりも洒落ていた。なんとも、『読書』の楽しみを思い出させてくれる、楽しさを味わえる作品だった。
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