『逃げてゆく愛』

  • 2007/07/26(木) 22:25:08

ベルンハルト・シュリンク著/松永 美穂 訳/Crest books
亡くなった妻の思い出を探るうち、もう1人の男性の存在を知ってしまった夫。両親が大切にしていたある絵画から、逃れることが出来ない男の人生。アメリカで知り合った、ユダヤ人とドイツ人の男女の恋愛。単純に『男と女』にこだわらず、家族、物、夢など様々なものにまつわる『愛』の別れを描いた短編集。

もう一人の男/脱線/少女とトカゲ/甘豌豆/割礼/息子/
ガソリンスタンドの女


ベルンハルト・シュリンクの作品は、かなり精神的な部分を深く抉っていると思う。そして往々にしてそういう作品は、動きが少なく物静かなものが多い。言葉も選び抜かれ、それが故に・・・『意味不明』に陥ることもしばしば。まぁこれは、私の読解力の無さに大きく起因しているわけなのだが。
時おり私は『ドイツらしい』と表現するが、思うにシュリンクの作品も、多分に『ドイツらしい』。つらつら読んでいると、登場人物の心の機微の詩的な表現に置いていかれそうになるが、最後まで読むと、きっちりと筋の通った、整頓された『物語性』が基盤にあったことに気が付かされる。
物語としての起伏をきっちりと抑えた上で、律儀に登場人物の感情や思想を重ね合わせている。それが絶妙に合わさったとき、例えば『少女とトカゲ』のように、一見理解し難いプロットの中でも、活きた物語を感じられ、同時に複雑な人物の心が見えてくる。
そしてこの短編集もまた、話題作『朗読者』と同じように、真向から戦後のドイツを見つめた真摯な作品群だった。『罪悪感』以外に、世界の敵の国民として生きる『憤り』や『理不尽さ』という感情などが、この作品にはきっちりと詰め込まれていた。物語の幾つかには、憎まれる『ドイツ人』であるという事が下敷きとして置かれている。とかく被害者がメインに据えられる事が多い中で、こうした作品を書けるのは、加害国の中の被害者である民であるがこそ。言い換えれば、私達日本人にも、書けていて当たり前の事柄であるはずだ。こうした作品を読むにつけ、自分が抱えている複雑な感情を整理してくれるように思う。今回も非常にすっきりと、心の中が片付いたように思う。
もちろん単純に『愛』の終焉を描いているとも言える。男女間のみならず、息子、夢の中の女、絵画の中の少女など、その対象は様々だ。最初から言っているが、動きの少ない静かな作品群だが、緻密に丁寧に、登場人物の心の動きを追っている。共感はしなくとも、理解することは容易に出来るほどに。本当に上手いなあ〜と実感させてくれる作家だ。
7編の作品の中で、『上手いなぁ〜』と膝頭を叩きたくなったのは、妻の不倫相手に接触する夫を描いた『もう一人の男』。
単純に面白かったのは、自己中な男が意外な結末を迎える『甘豌豆』。
切なかったのは、命の危険がある中で息子を思う『息子』。胸がググっと切なくて、恋愛物としては珍しく男性の主役に共感したのは『割礼』。
ちょっと難しい印象のある作家だが、私が読めるのだから、大方は大丈夫と思う(笑)。結構重みのあることを書いているのだろうが、サラリと読める筆致のドライさが好ましい作家だ。

逃げてゆく愛 (新潮クレスト・ブックス) 逃げてゆく愛 (新潮クレスト・ブックス)
ベルンハルト シュリンク (2001/09/27)
新潮社
この商品の詳細を見る

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)