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『本泥棒』
- 2007/08/23(木) 23:51:56
マークース・ズーサック著/入江 真佐子 訳/早川書房
第二次世界大戦の最中、父を知らずに育った10歳のリーゼル・メミンガーは、養父母がいるモルキングという町のヒンメル(天国)通りに引っ越してきた。道中弟が病で亡くなり、埋葬に寄り道せざるを得なくなった時、リーゼルは偶然一冊の本を手にする。『墓堀人の手引書』、リーゼルの最初の本だった。物静かで優しく、趣味でアコーディオンを奏でる養父ハンスと、口喧しく言葉は悪いが、愛情たっぷりの養母ローザに見守られ、同じ通りに暮らすルディという少年とも親友になった。そしてリーゼルは、養父ハンスの教えで文字を学び、少しずつ『言葉』にとりつかれていくことになる。焚書の後から拾った焼け残りの本、町長婦人のコレクションなど、リーゼルは少しずつ本を盗んでは、貴重な言葉をその心の内に溜め込んでいく。やがて戦争は苛烈さを増し、リーゼルの元に思わぬ『言葉』を持った客人が訪れる事になる。
いやもう、素晴らしい一冊。文句無く、私の『人生のベスト10』に・・・もしかしたら上位に入る一冊。生まれて初めて『作家』というものにファンレターを送りたくなった。こんなに素晴らしい小説を読む機会をくれてありがとう!これほどの物語を生み出してくれてありがとう!と言いたくて。
まずキャラクター造詣が素晴らしい。緻密に積み重ねる事によって、登場人物一人ひとりが、次第にそして鮮明に脳裏に焼き付けられる。余りにも生き生きと『人間臭い』キャラクター達に、深い親しみを感じることだろう。
手法は、前翻訳作『メッセージ』と一緒で、ちょっと変わった感じだ。しかしそれが煩わしく感じるどころか、逆に計算された巧妙さで仕掛けられていることに気づかされる。いくつかの仕掛けがあるのだが、中でも巧妙なのが、結末を小出しに、先に見せてしまうこと。
なんだって!?と思われるだろうが、この手法の巧妙さは、読まれて実感して欲しい。先が解って興味を失う?とんでもない。驚くほどに興味が溢れ出ること、請合っても良い。そして読み続ける辛さも増す。これが辛いところだった。
全体の構成力の素晴らしさ、作家の力量のみならず、編集者の力すら感嘆の領域に押し上げるほどの無駄のない文章運び。普段は良い小説に出会うと、『原書で読みたいなぁ』とないもの強請りをするのだが、翻訳も素晴らしく、このままで十分と思えた。
プロットが良い。言葉に魅せられた少女の物語だ。丁度時を同じく、『言葉』によって世界を征服しようとした小男がドイツを混乱に陥れていた時、少女は『言葉』の深い意味を学び、その力に魅入られて行くのだ。こういうプロットは、同じく言葉を愛する読書家の皆さんには、より強く訴えかけるのではないだろうか?
オーストラリアの作家が描いたとは思えないほどの、臨場感あるナチス・ドイツの世界。しかしそれだからこそ感じられる中立的な目線が良いバランス感だった。よほど深く研究されたのだろうが、当時の世界をしっかりと自分のものにして描かれているのが解る。ドイツを責めるではなく、ありがちに擁護するでもない。善悪の境が見えない、普通の人々の苦悩が丁寧にかつ辛辣に描かれていた。
この作品を最後まで読んで思った・・・というより、実感として感じたのは、『戦争の物語を読んでいる』のではなくて、『本に戦争を仕掛けられている』とうものだった。体感として、そういう感覚を味わった。変な話、バーチャルな戦争を本に仕掛けられたのだ。読んで、そして私と同調してください。お願いします。
私はこの作品を読んで、第二次大戦下のドイツを経験した。リーゼルと出会い、親友のルディと遊び、ハンスやローザと過ごし、マックスと語らった。彼らの思いを知り、彼らの辛さを知り、彼らの一部として窓の外を見た。そして彼らを失った。。。容赦なく畳み掛ける戦争の現実、暴力、苦しみ。この気持ち、この痛み、この喪失。本を読みながらその『言葉』が浮かび上がり、それらが爆弾や迫害や様々なものに形を変えて私を襲う。まさに戦争が私に襲い掛かってきたのだ。本そのものが、私の心に忍び込む戦争になった。
こう思えるのも、この作品が悲劇的で暴力的な時代や出来事を描いているにも関わらず、限りなく優しい文体であり雰囲気であったから。そして先に述べたように、素晴らしい人物描写があったからだ。そして、恐ろしいほどの喪失を味わうべく用意された、作者の巧みな演出のおかげ。それでもまだ、この作品は優しく美しいと思えるから不思議だ。だからこそ、ラストも感動的だった。
久々に、読書の楽しみを知っていて良かった、言葉を愛していて良かったと思える作品に出会った。これまで読み続けてきたからこそ出会えた作品。手元において何度も読み返して、一言一句覚えたいと思う小説に出会ったのは、実に幼稚園以来の出来事だ(笑)。
マークース・ズーサックは、天才的な文章を書く人ではないと思うが、実に優しく読者の心に入り込む文章を書く人だと思う。彼自身、リーゼルのように、深く言葉に魅入られた人なのだろう。もちろん、その基盤にあるのは、リーゼルのように暴力的な苦しみからではないのだろうが。
そして、その言葉を慈しみ、丁寧に扱うことによって、優しく解りやすく描くことが出来る人。そうした言葉を使って、必ず深い意味を伝えようとしてくれる作家だ。決して、娯楽で終わらせない物語を描き、それでいてきちんと娯楽の要素を保っている。なんとも才能に恵まれた人とはいるものだが、その能力をこうして惜しみなく活かしてくれているので、私達読者は、最良に巡りあうチャンスがあるのだ。
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ジャンル:
- 小説・文学
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