『善き人のためのソナタ』

2007年12月17日 21:48

〔独〕DAS LEBEN DER ANDEREN (2006)
監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
脚本:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
ウルリッヒ・ミューエ/マルティナ・ゲデック/セバスチャン・コッホ/ウルリッヒ・トゥクール/トマス・ティーマ/ハンス=ウーヴェ・バウアー/フォルカー・クライネル/マティアス・ブレンナー

東ドイツで唯一潔癖と思われている劇作家ゲオルク・ドライマンであるが、その潔癖さ故に秘密警察に目を付けられてしまう。実はその恋人である女優のクリスタを巡る、後ろ暗い画策もあったのだが。24時間体勢の完璧な盗聴作戦の指揮を取るのは、尋問のプロであるヴィースラー大尉。しかし彼はドライマンが奏でる美しいピアノ・ソナタを聴いて、芸術を守る事、ひいては国家のやり方やその意味など、人生そのものを覆す大きな感動を感じてしまう。そして、国家に疑問を感じたドライマンがとったある行動を、とっさに擁護する行動に出てしまうのだった。

これは凄い!若干33歳の初監督作品。しかも脚本も書いちゃってる!この視点、この演出、この表現、いや〜、素晴らしい。秘密警察の悪を真っ向から描きながら、そこに忠誠を誓ったヴィースラー大尉を緻密に描く事によって、避けられなかった悪の存在や、悪が完全なる物ではなかった事を上手く描いている。
完全な悪の塊などはなく、そこにはある種洗脳された人々の無垢な思いもあるわけで、国という大きな存在に翻弄された清廉な人々の無意識の悪行と、その存在の是非に目覚めた特異な存在を描いている訳だが、そこにちゃんと、観客が『悪者』と感じられる存在を投入する事で、奇麗事にならない一線を保っているのだ。
そしてこの映画には奇麗事が確かに少ない。ドライマンの恋人であるクリスタの行動がそれの最たるものであるが、そうしてしまったクリスタの選択肢の少なさに愕然とするし、それを感じたときに、クリスタは悪者ではなくなるのだ。もし自分だったら、果たしてどうしただろうか?それほど強くあれる人間は、実は少ないのではないだろうか?
芸術を愛する一個の個性という部分に焦点を当てた辺りも、この監督がいかに芸術を愛しているかを感じるが、当時社会主義にとって悪の根源とも取られていたのが芸術であるから、この作品において演劇や音楽が主軸になるのも頷ける。その絡め方がまた上手いのだ。
何より、主演のU・ミューエが素晴らしい!実生活に何の楽しみもなく、国家に仕える事だけが生きがいのような男。まさに社会主義を体現しているような男を好演している。そんな男が、芸術と言う社会主義の敵に目覚めてしまうのだ。それはかなりの衝撃であっただろうが、そんな衝撃を淡々と自分の内側に押さえ込んでいる。感情をほとんど表さず、唯一、あのソナタを聴いたときに人間らしい姿を見せ、自らがその反応に戸惑っている事が良く解る。
寂しい男だったのだろうが、ラストにおいてドライマンのある行動が明らかになった時、僅かに見せる温かみ・・・ああ、感動だ。惜しくも今年他界されたが、そのせいかラストの静止映像が幾分不自然なぐらい長かったように思えたのも納得の演出なのだ。素晴らしい俳優を失くしたとつくづく思ったが、堂々たる遺作となった事は誇りとして残るのだろう。
名優を揃え、堅実に事実を描き、歪む事無くその事実を素晴らしい話題に変えた。しつこいようだが、若干33歳の手腕に脱帽だ。これはもう、そうした歴史を持つドイツにしか作れない映画なのだと感嘆した。

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(2007/08/03)
ウルリッヒ・ミューエ、セバスチャン・コッホ 他

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