映画好き?
知り合いがかつてこう言った事がある。
『映画館に行かない人は“映画ファン”とは言わない』と。
この知人は、年に100本を越える数の映画を映画館で観ている方なので、この台詞にも深い熱意を感じると共に、なにやら頷ける説得力があるように思う。
しかし私は、年間180本近くの映画を観るが、『映画館』に行くのは年に1回か2回程度。恐らく、財政状態が許したとしても、さほど足を運ばないだろうと思う。映画館で映画を観るというのは、多少私の興味を殺ぐ場合が多い。値段は言うに及ばずだ。
私は映画を観た後は、その世界にどっぷり浸かっていたいタイプ。これは美術館も一緒で、鑑賞後に即、現実の世界に引き戻されるのが苦手だ。海外の美術館などでは、私が外国人であるので、観て来た絵画の世界を垣間見れる外の世界に、現実感を痛いほど感じる事はない。
上野辺りの美術館に行って、ヨーロッパの絵画を堪能した後に、アメ横辺りの喧騒は事の他胸に痛くなる。観て来た絵画を一瞬にして忘れる、DNAを刺激するあの『日本的喧騒』(笑)。
映画もこれと一緒で、特に深い人間ドラマなどを観た後はいささかボ〜っとなっている場合も多く、じっくりとその映画の事を考えていたい、と言う理由もある。電車に乗って家に帰るとか、妙に現実的で些細な事に煩わされず、映画を脳内で繰り返し堪能していたいのだ。
その他としては、昨今の映画館の在り方。居心地が良く綺麗な映画館が増えたのは良いのだが、シネコンなどと言っても数あるスクリーンのほとんどを同じヒット作が占めていたりする。しかもそれでもまだ足りないのか、ヒット作は長蛇の列に並ばないと観る事が出来ない。
まずこれがイヤ。映画って並んでまで観るものじゃない!と私は思う。あくまで娯楽で、暇な時間をフラっと潰せるところが映画の良い所、いやむしろ正しい在り方だと思いたい。
あと、最近の映画館は『映画を観ながら飲食禁止』というのも多いみたいだ。これはもう、個人的には言語道断。なんだそりゃ?娯楽を楽しむのに付加価値ゼロか?子供の頃はお菓子を買ったりジュースを買ったり、映画についてくる楽しみは数知れずだった。
私と姉は良く映画を一緒に観に行ったが、それには幾つか決まり事があって、先ずは近くのデパート辺りで美味しいパンを買う。ついでコーヒー党の2人はコーヒーショップに寄り、そうした買い物を済ませてから映画館へ。席は大抵中央の1番後ろ。脱ぎやすい靴を穿いているのは、座席で靴を脱いで寛ぐためだ。ああ、在りし日の和やかで寛げる映画館の姿。
大分前に行った映画館だが、通常通りお菓子などを(破格の値段で)買える場所はあった。しかしそれは、『ロビーで食べ切ってから』劇場内に入るための物。在り得ない・・・。
映画館とは、映画以外に楽しむ部分があって、あの高額な値段があるのではないか?がっちり並んで、席も確保できるか解らない。やっと席に座っても、ジュースもお菓子もお楽しみ無しなんて、映画館に行く価値があるとは到底思えない。
はてさて?こんな私は『映画好き』と言えるのか?と考えてみた。そもそも映画の定義とは?
という事で、ここ最近良くやる辞書調べ(笑)。
映画=一秒間一六または二四こまの速度で連続的に撮影されたフィルムを、映写機によって投影し、一連の物語や映像などを写し出すもの。一九世紀末に発明されて以来、トーキー・カラー・ワイド・立体などその表現技術はめざましく発展した。活動写真。
cinema=〔名詞〕映画; 〔英〕 映画館; (the 〜) ((集合的)) 映画(産業)
movie=〔名詞〕〔米〕 映画館; 〔米〕 (普通pl.) 映画(の上映)
ほほう・・・そうか。『映写機によって』という所がミソかも?
となると私はやはり、『映画好き』とは言えないのだろうな。じゃあなんだろう?
ドラマ=(1)演劇。芝居。(2)戯曲。脚本。(3)対立する人間同士の間に生ずる葛藤(かつとう)や事件。劇的葛藤。
:三省堂提供「EXCEED 英和辞典」より:
という事で、単なる『ドラマ好き』と言えそうだ(笑)。
『映画館に行かない人は“映画ファン”とは言わない』と。
この知人は、年に100本を越える数の映画を映画館で観ている方なので、この台詞にも深い熱意を感じると共に、なにやら頷ける説得力があるように思う。
しかし私は、年間180本近くの映画を観るが、『映画館』に行くのは年に1回か2回程度。恐らく、財政状態が許したとしても、さほど足を運ばないだろうと思う。映画館で映画を観るというのは、多少私の興味を殺ぐ場合が多い。値段は言うに及ばずだ。
私は映画を観た後は、その世界にどっぷり浸かっていたいタイプ。これは美術館も一緒で、鑑賞後に即、現実の世界に引き戻されるのが苦手だ。海外の美術館などでは、私が外国人であるので、観て来た絵画の世界を垣間見れる外の世界に、現実感を痛いほど感じる事はない。
上野辺りの美術館に行って、ヨーロッパの絵画を堪能した後に、アメ横辺りの喧騒は事の他胸に痛くなる。観て来た絵画を一瞬にして忘れる、DNAを刺激するあの『日本的喧騒』(笑)。
映画もこれと一緒で、特に深い人間ドラマなどを観た後はいささかボ〜っとなっている場合も多く、じっくりとその映画の事を考えていたい、と言う理由もある。電車に乗って家に帰るとか、妙に現実的で些細な事に煩わされず、映画を脳内で繰り返し堪能していたいのだ。
その他としては、昨今の映画館の在り方。居心地が良く綺麗な映画館が増えたのは良いのだが、シネコンなどと言っても数あるスクリーンのほとんどを同じヒット作が占めていたりする。しかもそれでもまだ足りないのか、ヒット作は長蛇の列に並ばないと観る事が出来ない。
まずこれがイヤ。映画って並んでまで観るものじゃない!と私は思う。あくまで娯楽で、暇な時間をフラっと潰せるところが映画の良い所、いやむしろ正しい在り方だと思いたい。
あと、最近の映画館は『映画を観ながら飲食禁止』というのも多いみたいだ。これはもう、個人的には言語道断。なんだそりゃ?娯楽を楽しむのに付加価値ゼロか?子供の頃はお菓子を買ったりジュースを買ったり、映画についてくる楽しみは数知れずだった。
私と姉は良く映画を一緒に観に行ったが、それには幾つか決まり事があって、先ずは近くのデパート辺りで美味しいパンを買う。ついでコーヒー党の2人はコーヒーショップに寄り、そうした買い物を済ませてから映画館へ。席は大抵中央の1番後ろ。脱ぎやすい靴を穿いているのは、座席で靴を脱いで寛ぐためだ。ああ、在りし日の和やかで寛げる映画館の姿。
大分前に行った映画館だが、通常通りお菓子などを(破格の値段で)買える場所はあった。しかしそれは、『ロビーで食べ切ってから』劇場内に入るための物。在り得ない・・・。
映画館とは、映画以外に楽しむ部分があって、あの高額な値段があるのではないか?がっちり並んで、席も確保できるか解らない。やっと席に座っても、ジュースもお菓子もお楽しみ無しなんて、映画館に行く価値があるとは到底思えない。
はてさて?こんな私は『映画好き』と言えるのか?と考えてみた。そもそも映画の定義とは?
という事で、ここ最近良くやる辞書調べ(笑)。
映画=一秒間一六または二四こまの速度で連続的に撮影されたフィルムを、映写機によって投影し、一連の物語や映像などを写し出すもの。一九世紀末に発明されて以来、トーキー・カラー・ワイド・立体などその表現技術はめざましく発展した。活動写真。
cinema=〔名詞〕映画; 〔英〕 映画館; (the 〜) ((集合的)) 映画(産業)
movie=〔名詞〕〔米〕 映画館; 〔米〕 (普通pl.) 映画(の上映)
ほほう・・・そうか。『映写機によって』という所がミソかも?
となると私はやはり、『映画好き』とは言えないのだろうな。じゃあなんだろう?
ドラマ=(1)演劇。芝居。(2)戯曲。脚本。(3)対立する人間同士の間に生ずる葛藤(かつとう)や事件。劇的葛藤。
:三省堂提供「EXCEED 英和辞典」より:
という事で、単なる『ドラマ好き』と言えそうだ(笑)。
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