『Kings』
〔愛/英〕放題:キングス (2007年)
監督:Tom Collins
原作戯曲:Jimmy Murphy
脚本:Tom Collins
Colm Meaney/Donal O'Kelly/Brendan Conroy/Donncha Crowley/Barry Barnes/Sean O Tarpaigh/Peadar O'Treasaigh/Sean T. O Meallaigh/Christopher Greene
10代の頃に故郷アイルランドを出てロンドンにやってきた、6人の男達。それから30年の時を経て、若者は大人へ成長し、それぞれの人生を歩んできた。仲間の1人ジャッキーが死亡し、バラバラになってしまった仲間たち久々に一堂に会した。成功したもの、大都会に負けたもの、それぞれの後悔が詰まった仲間達との集い。ジャッキーを思う時、彼等の胸には故郷と仲間達への信頼、そして鬱積したわだかまりが渦巻いていた。
『N. アイルランド・フィルム・フェスティバル 2008』、鑑賞第一弾作品。
コルム・ミーニー出演、製作年度も昨年と新しいので、目玉的作品だったのではないだろうか?しかし、ロンドンで集うアイルランド野郎達は、アイルランド本土にある西部コネマラ出身。監督が北アイルランド出身という事で選定された模様。舞台もロンドンだし。
しかしこの作品、私がロンドンに暫し滞在していた時に借りていたフラットの、直ぐ近くの街が舞台だ。どれほどお世話になったかしら(笑)。見知った場所がちょこちょこ出てきて、恐らくジョー達がお通夜に利用したパブの場所も知っている。なんだか変なところで運命を感じてしまったが、この作品には原作(恐らく戯曲)があるらしく、そのタイトルが『Kings of the Kilburn High Road』。この『Kilburn High Road』がある『Kilburn』って街の直ぐ傍に暮していた。ああ、懐かしい。とまぁ、そんな思い出話は良いとして(笑)。
5人の男達が集まって、亡くなった友人の思い出話、現在の自分達の事、それぞれの思いやそれぞれに対する思いなどを吐露していく。ただそれだけの話なのだが、なんとも重苦しい雰囲気が漂っている。それが煩わしいというのではなくて、その裏に隠された様々な事柄を読み取れる重さ。なんとも言いようの無い重厚な、『人生』が詰まっているように感じた。
なんと言っても、役者たちそれぞれの演技を超えた雰囲気がリアル。大抵は役者がこうしたうらぶれた人物を演じても、上辺だけといった雰囲気が僅かでも残るものだが、人生に『失敗』してしまったジャップ、ギット、そして亡くなったジャッキーに関しては、完全に素の役者は消え去り、まさに田舎から夢を追いかけて都会に来て、その都会に打ちのめされた男そのもの。
そんなリアルさが朴訥とした映画の雰囲気と混ざり合い、胸に染み込むリアリティを生み出していた。都会に敗れたの誰の責任だろう?それは酒を飲みすぎた、努力が足りなかった彼等の責任だろうが、果たしてそれは全てが真実と言えるだろうか?その答を導き出してくれるのは、長年の友であり、故郷を分つ者達である。しかしそんな彼等でも、都会に染まってしまった場合、家族を持ってしまった場合、理解し難い亀裂が生まれる。
故郷アイルランドとその人々に対する意見でも、ジョーと、ジャップやギットの思いは違う。それでも彼等は、故郷という太い絆で繋がっている。アイルランド人にとって、故郷と仲間の繋がりの強さを、殊更に意識した脚本だったと思う。
そんな彼等が共通して持っていた後悔や痛み、それはジャッキーを救えなかった事。この1つの問題を、キャラクターそれぞれに巧みに見せつつ、彼等がそれぞれ抱える問題をクロスオーバーさせていく。飲酒の問題、成功しても尚、生活に追われる苦しさなどを。
時折映し出されるのは、夢に溢れた若き日の6人の姿。希望に満ち溢れ、陽光に照らされて輝いている彼等。そこから何があったのか?現在の彼等は一様に陰っている。たとえようも無いほどの哀愁に縁取られた男達の姿から、生きること、そして誰もが『キング』になる可能性を秘めている事を伝えると同時に、その道は余りにも険しいものだと語っているようだ。ラストでのジャップの台詞、衝撃的な告白もまた、敗者が見せる僅かな見得だったのかも知れない。
とにかく暗い、人生に希望は無いのか?と問いたくなるような作品だった。最後の最後まで、悲哀漂う世界観だった。これはイギリスで暮すアイリッシュだからとか、大枠で移民だからとか、そうした狭量な世界感ではなくて、日々を必死に生きる人達なら誰でもが陥っていく暗闇を描き出していたのだろう。
全編が殆どゲール語だ。これほど沢山ゲール語を聞いたのは初めてだ。死者を送り出す様、追悼の集まり、故郷を語る彼等の台詞。様々なところにアイリッシュ世界を散りばめ、そんな彼等の暗い部分を描き出す。酷くリアルであるのに、観終わった後暗い気分にならなかったのは何故だろう?もしかしたら、逆境の波に漂いながらも粘り強くしぶとく生きるアイリッシュが見せる、あの国民ならではの底意地が隠されていたからかも知れない。
監督:Tom Collins
原作戯曲:Jimmy Murphy
脚本:Tom Collins
Colm Meaney/Donal O'Kelly/Brendan Conroy/Donncha Crowley/Barry Barnes/Sean O Tarpaigh/Peadar O'Treasaigh/Sean T. O Meallaigh/Christopher Greene
10代の頃に故郷アイルランドを出てロンドンにやってきた、6人の男達。それから30年の時を経て、若者は大人へ成長し、それぞれの人生を歩んできた。仲間の1人ジャッキーが死亡し、バラバラになってしまった仲間たち久々に一堂に会した。成功したもの、大都会に負けたもの、それぞれの後悔が詰まった仲間達との集い。ジャッキーを思う時、彼等の胸には故郷と仲間達への信頼、そして鬱積したわだかまりが渦巻いていた。
『N. アイルランド・フィルム・フェスティバル 2008』、鑑賞第一弾作品。
コルム・ミーニー出演、製作年度も昨年と新しいので、目玉的作品だったのではないだろうか?しかし、ロンドンで集うアイルランド野郎達は、アイルランド本土にある西部コネマラ出身。監督が北アイルランド出身という事で選定された模様。舞台もロンドンだし。
しかしこの作品、私がロンドンに暫し滞在していた時に借りていたフラットの、直ぐ近くの街が舞台だ。どれほどお世話になったかしら(笑)。見知った場所がちょこちょこ出てきて、恐らくジョー達がお通夜に利用したパブの場所も知っている。なんだか変なところで運命を感じてしまったが、この作品には原作(恐らく戯曲)があるらしく、そのタイトルが『Kings of the Kilburn High Road』。この『Kilburn High Road』がある『Kilburn』って街の直ぐ傍に暮していた。ああ、懐かしい。とまぁ、そんな思い出話は良いとして(笑)。
5人の男達が集まって、亡くなった友人の思い出話、現在の自分達の事、それぞれの思いやそれぞれに対する思いなどを吐露していく。ただそれだけの話なのだが、なんとも重苦しい雰囲気が漂っている。それが煩わしいというのではなくて、その裏に隠された様々な事柄を読み取れる重さ。なんとも言いようの無い重厚な、『人生』が詰まっているように感じた。
なんと言っても、役者たちそれぞれの演技を超えた雰囲気がリアル。大抵は役者がこうしたうらぶれた人物を演じても、上辺だけといった雰囲気が僅かでも残るものだが、人生に『失敗』してしまったジャップ、ギット、そして亡くなったジャッキーに関しては、完全に素の役者は消え去り、まさに田舎から夢を追いかけて都会に来て、その都会に打ちのめされた男そのもの。
そんなリアルさが朴訥とした映画の雰囲気と混ざり合い、胸に染み込むリアリティを生み出していた。都会に敗れたの誰の責任だろう?それは酒を飲みすぎた、努力が足りなかった彼等の責任だろうが、果たしてそれは全てが真実と言えるだろうか?その答を導き出してくれるのは、長年の友であり、故郷を分つ者達である。しかしそんな彼等でも、都会に染まってしまった場合、家族を持ってしまった場合、理解し難い亀裂が生まれる。
故郷アイルランドとその人々に対する意見でも、ジョーと、ジャップやギットの思いは違う。それでも彼等は、故郷という太い絆で繋がっている。アイルランド人にとって、故郷と仲間の繋がりの強さを、殊更に意識した脚本だったと思う。
そんな彼等が共通して持っていた後悔や痛み、それはジャッキーを救えなかった事。この1つの問題を、キャラクターそれぞれに巧みに見せつつ、彼等がそれぞれ抱える問題をクロスオーバーさせていく。飲酒の問題、成功しても尚、生活に追われる苦しさなどを。
時折映し出されるのは、夢に溢れた若き日の6人の姿。希望に満ち溢れ、陽光に照らされて輝いている彼等。そこから何があったのか?現在の彼等は一様に陰っている。たとえようも無いほどの哀愁に縁取られた男達の姿から、生きること、そして誰もが『キング』になる可能性を秘めている事を伝えると同時に、その道は余りにも険しいものだと語っているようだ。ラストでのジャップの台詞、衝撃的な告白もまた、敗者が見せる僅かな見得だったのかも知れない。
とにかく暗い、人生に希望は無いのか?と問いたくなるような作品だった。最後の最後まで、悲哀漂う世界観だった。これはイギリスで暮すアイリッシュだからとか、大枠で移民だからとか、そうした狭量な世界感ではなくて、日々を必死に生きる人達なら誰でもが陥っていく暗闇を描き出していたのだろう。
全編が殆どゲール語だ。これほど沢山ゲール語を聞いたのは初めてだ。死者を送り出す様、追悼の集まり、故郷を語る彼等の台詞。様々なところにアイリッシュ世界を散りばめ、そんな彼等の暗い部分を描き出す。酷くリアルであるのに、観終わった後暗い気分にならなかったのは何故だろう?もしかしたら、逆境の波に漂いながらも粘り強くしぶとく生きるアイリッシュが見せる、あの国民ならではの底意地が隠されていたからかも知れない。
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