『溺れゆく者たち』

リチャード・メイソン著/那波 かおり 訳/Book plus
ジェームズは、45年間連れ添った妻を昨晩殺してしまった。完璧だった妻サラとの結婚生活、彼女の殺害を思い出すジェームズの思考は千千に乱れ、やがては50年前の初恋の思い出へと収束されていく。その日、ヴァイオリニストを目指していたジェームズは、公園で公爵令嬢のエラと出会い、2人は恋に落ちた。そして親友となるエリックとの出逢い、揺れ動く友情と愛情。その想い出は、年古りたジェームズにはもはや償えない痛みと苦しみをもたらす。初めて人に対する熱情を知り、相反する憎悪に突き動かされたジェームズの罪とは、一体何だったのだろうか。

18歳から書き始め、21歳にして華々しくデビュー。しかも人間の心の闇を描いた、味わい深いドラマだという。若く豊潤な才能を楽しむのは好きなので、こうした背景に興味を覚えた。確かに、紹介が謳っているように、俊英という言葉が相応しい作家だ。
ただねぇ・・・?変な言い方だが、十九二十歳にしては上手過ぎるのだ。しかも、70歳を過ぎた老人が、現在を後悔しながら過去を振り返るという設定。これもね、上手過ぎるが故に無理を感じてしまった。
70歳の老人ジェームズは改悛する。決して償えない罪に苦しみ、蘇る過去の芳醇な愛の香りに苦しむ。現在の自分を冷静に捉えつつ、過去の自分を第3者の様に感じながらも、やはり冷静に分析して語っていくのだが、余りにその描写や比喩的表現などが上手くて、とても20歳そこそこの青年が書いたとは思えないのね、ただふとその事実を思い出す度に、果たして20歳の若者がどれほど『老い』を知っているのだろうか?と考えてしまう。余りに饒舌でリアルであるから尚の事、事実を追求したくなってしまう。
しかも本当に、全てが上手い。風景や人物など全ての描写が、流麗かつ周到な言葉使いで描写されていく。若き日のジェームズ、エラ、エリックの心の動きも、一般論に固執する事無く、しかしそこから逸脱し過ぎる事も無く巧みに描かれている。キャラクターがいささかステレオタイプだったかな〜?という気はするが、果たしてこれは著者の狙いなのか、はたまた未熟さから出たものなのか?
隠喩や比喩を多用した多少回りくどい言い回しだが、それ以上に美しいと思える文章運び。実に非凡な才能だと思うのだが、年齢を考えるとそれが若干鼻に着く(笑)。余りにも上手い分、それが過ぎると何だか借り物の様な気がしてしまうのだ。隙が殆ど無い鉄壁の文章だったと思うが、その完成度の高さが逆に人真似に感じてしまう。
その上、上手過ぎて文章に若さが無いのだ、当然描くべき年齢の人が書いたならまだしも、20歳で70歳の老人をああも緻密に描写されちゃうと、それだけで若さの欠如を感じてしまう。しかし反面、この『やりすぎ感』が、出来る自分を表現したいという、それこそ真っ当な『若さ』から来る自惚れにも感じられる。
とにもかくにも、滅法文章の上手い作者である。物語はどうか?というとそれはまた別の話。私の場合はとにかく文章にばかり集中して、肝心の物語は流していたというか(笑)。衝撃的なまでの傷跡を残した初恋の物語としては、まずまず面白い出来。
冒頭でジェームズの殺人を告白してしまう、この意図はどこにあったのだろう?それでも楽しませるという自信か、構成上致し方無かったのか?語り部をジェームズにしたとしても、殺人を最後まで取っておく事は出来たはず。そのほうが、意外な結末を2つ用意できる事にもなる。殺人を最初に明かしたおかげで、もう1つの結末を容易に想像できる展開にしてしまうので、やはりこの意図には悩んでしまう。
もちろん、必然的にジェームズが殺人を犯すまでの出来事を、いかに緻密に描くか?という事だけが主題なら、それは間違いなく成功していると思うし、ドラマとしては十分楽しめる。だからこそ、無駄に答えの解るミステリ要素を入れなければ良かったのに、と思ってしまうのだ。カテゴリーとしたら、『青春初恋ドラマ』にしてあげたい。『ミステリ』じゃ評価下がります、『サスペンス』もまたしかり。
ともあれ、この作品が本国で発表されてから10年程が経過している。俊英さに落ち着きも加わっている事だろう。残念ながら次作以降は未翻訳だが、新作も発売された様子だし、次なる翻訳出版を期待している。処女作の完成度の高さから、しかしそれゆえに見え隠れする未熟さから、成長が楽しみな作家だ。

溺れゆく者たち溺れゆく者たち
(2001/02)
リチャード メイソン

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