This Category : 読書【幻想・奇想・奇譚】
『魔法使いとリリス』
シャロン・シン著/中野 善夫 訳/ハヤカワ文庫
若き魔法使いのオーブリーは、長年仕えた師匠の下を離れ、変身術の権威であるグライレンドンの弟子となる。あらゆる者達から嫌われているグライレンドンとの生活は不愉快で不気味、年若い師匠の妻リリスはそっけなくも感情を見せない。館の使用人もどこか不可思議な存在であることに疑問を覚えたオーブリーは、やがて師匠の深い闇を湛えた秘密に直面することになる。そして何よりも避けがたくオーブリーを襲ったのは、リリスに対する恋心だった。
久々に、かなり本腰を入れたファンタジーに挑戦した。。。はずなのだが、不思議とそんな気分にはならなかった。確かに、主人公は魔法使いだし、時代感や舞台背景などといった、その他のあらゆる事柄を加味すれば間違いなくファンタジー作品だが。
それでも、魔法にまつわる記述がかなり『現実的』で、その上、その描写は最小限に抑えていたと思われる。『魔法を使うこと』にもある程度の秩序が保たれており、むやみやたらとマジカル・ワールド!に陥らないように工夫してあるように感じた。
魔法の世界を剥ぎ取ってしまったら、物語自体はかなり地に足の着いた現実的な感じだ。オーブリーの仕事とかリリスの秘密とかを、ある程度実現可能な状態にするならば、そこにあるのは『自分のあるべき場所』、『運命の愛』、『権力や力に溺れる愚かさや醜さ』などといった普遍的な事柄。
ファンタジックな要素を抜き取ってしまうと物語が成り立たない場合もあるが、この作品は例えそうしたとしても、十分に読める作品であるように思えた。ファンタジーを感じる部分と現実的な話の軸が溶け合っておらず、それが良い方向に作用していた、、、とでも言おうか?背景や要素がどうであれ、キャラクター達の行動の真髄に、いつの世も変わらぬ、魔法なんか持っていなくても同じだと感じる部分が根強かった。
さて、オーブリーが目覚める真実、そして師匠の醜い秘密、それによって生まれる師弟感の戦いのシーンは、流れるように幻想的に描かれてていて楽しめた。それ以外では自然界の在り方や、人が生きるために必要な尊厳の意味などがそれとなく語られていて、単なるファンタジーを楽しむだけの作品に留めてしまうのは惜しい気がする。そして女性陣には嬉しい(笑)、なかなか胸を締め付けるロマンスが丁寧に描かれている。
リリスの秘密からも、いささか悲しい結末を予測してしまうのだが、これがまた、なんとも避けがたい思いを抱かせる。しかも自然や在るべき場所などと言った、単に『好きだ嫌いだ』では片付かない問題をそれとなく含ませている辺り憎い。
ちょいと捻くれ者の私としては、エピローグが余計だったかなぁ?と思う。あれでちょっと、子供だまし的感覚が襲ってきた。単に夢見がちな要素に寄りかからずに、なかなかしっかりとしたお話だったなぁと思っていただけに、ちょっと残念な気がする。
若き魔法使いのオーブリーは、長年仕えた師匠の下を離れ、変身術の権威であるグライレンドンの弟子となる。あらゆる者達から嫌われているグライレンドンとの生活は不愉快で不気味、年若い師匠の妻リリスはそっけなくも感情を見せない。館の使用人もどこか不可思議な存在であることに疑問を覚えたオーブリーは、やがて師匠の深い闇を湛えた秘密に直面することになる。そして何よりも避けがたくオーブリーを襲ったのは、リリスに対する恋心だった。
久々に、かなり本腰を入れたファンタジーに挑戦した。。。はずなのだが、不思議とそんな気分にはならなかった。確かに、主人公は魔法使いだし、時代感や舞台背景などといった、その他のあらゆる事柄を加味すれば間違いなくファンタジー作品だが。
それでも、魔法にまつわる記述がかなり『現実的』で、その上、その描写は最小限に抑えていたと思われる。『魔法を使うこと』にもある程度の秩序が保たれており、むやみやたらとマジカル・ワールド!に陥らないように工夫してあるように感じた。
魔法の世界を剥ぎ取ってしまったら、物語自体はかなり地に足の着いた現実的な感じだ。オーブリーの仕事とかリリスの秘密とかを、ある程度実現可能な状態にするならば、そこにあるのは『自分のあるべき場所』、『運命の愛』、『権力や力に溺れる愚かさや醜さ』などといった普遍的な事柄。
ファンタジックな要素を抜き取ってしまうと物語が成り立たない場合もあるが、この作品は例えそうしたとしても、十分に読める作品であるように思えた。ファンタジーを感じる部分と現実的な話の軸が溶け合っておらず、それが良い方向に作用していた、、、とでも言おうか?背景や要素がどうであれ、キャラクター達の行動の真髄に、いつの世も変わらぬ、魔法なんか持っていなくても同じだと感じる部分が根強かった。
さて、オーブリーが目覚める真実、そして師匠の醜い秘密、それによって生まれる師弟感の戦いのシーンは、流れるように幻想的に描かれてていて楽しめた。それ以外では自然界の在り方や、人が生きるために必要な尊厳の意味などがそれとなく語られていて、単なるファンタジーを楽しむだけの作品に留めてしまうのは惜しい気がする。そして女性陣には嬉しい(笑)、なかなか胸を締め付けるロマンスが丁寧に描かれている。
リリスの秘密からも、いささか悲しい結末を予測してしまうのだが、これがまた、なんとも避けがたい思いを抱かせる。しかも自然や在るべき場所などと言った、単に『好きだ嫌いだ』では片付かない問題をそれとなく含ませている辺り憎い。
ちょいと捻くれ者の私としては、エピローグが余計だったかなぁ?と思う。あれでちょっと、子供だまし的感覚が襲ってきた。単に夢見がちな要素に寄りかからずに、なかなかしっかりとしたお話だったなぁと思っていただけに、ちょっと残念な気がする。
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『夜ごとのサーカス』
アンジェラ・カーター著/加藤 光也 訳/国書刊行会
背中に大きな羽を持つ空中ブランコ乗りのフェヴァーズ。その真偽を確かめるために現れた、アメリカ人青年のフリーライターウォルサー。フェヴァーズが語る奇想天外な半生は、眉唾のようでもあり、不思議と真実を感じられる物語。卵から生まれたフェヴァーズは娼館の女性達に育てられ、やがてサーカスに参加して人気者となる。フェヴァーズに惹かれたウォルサーは、そうとは気付かずままに、彼女を追ってサーカスに参加。2人は広大なロシアの大地へ旅をする。そしてフェヴァーズを巡る事件が次々と彼等を襲う事になるのだが・・・。
『ワイズ・チルドレン』を読んでいたく感動したので、その前作に当たり、似た作風だと紹介されていたので楽しみに読み始めた。確かに、下町娘のフェヴァーズが波乱万丈の半生を語り、それでも力強く生きる様は、その後に続く『ワイズ・チルドレン』に通ずる物がある。しかしこの作品は、『ワイズ・チルドレン』に結実する、下町娘の放埓な人生をコミカルに、またブラックさを交えつつ描くような、それでいて深遠さがあり、軽い文体の裏に脈々とそうした要素を包括しているあの完成度とは少し違った。
完成度と言い切ってしまうには語弊がある気もする。この作品はこの作品なりに、非常に高い水準の仕上がりだと思う。しかも、『ワイズ・チルドレン』には無かった、若い男女の恋愛模様、しかも運命の出会い的な甘い要素もあったりするのだ。
フェヴァーズを中心として、様々な『社会的、人道的』に弱い立場の人が脇を固めている。唯一違うのは、フェヴァーズを追い求めるウォルサーぐらいだろうか。『ワイズ・チルドレン』でもそうであったように、著者は社会の根底でも根強く逞しく、かつ明るく生きようとする人々を、温かみと共に辛辣な視線で描き出す。その辛辣さはこの作品の方が格段に上で、稀に同情できないような人も登場する。面白いのは、サーカスの猿の一団が素晴らしい知性を持っていて、彼等なりに当然と思える、いや、囚われの人間達が起こせなかったような真っ当な反逆を起こすところだ。著者なりの弱き人間達に対する、痛烈な激励が込められているような気がした。
作者が著した弱い人々は様々で、当時まだ社会主義国家であった崩壊前のソビエトを舞台に据えた辺りも興味深いと言えるだろう。果たして著者はどこまで、そうした要素を表現したかったのか?余りにその要素が多すぎて判断が出来ないくらいだ。
もしかしたら、単に興味深いい素材であるからという理由だけで、奇形や貧民階級、愚鈍で無知性、国による制圧に苦しみつつも、あえて問題を直視しないような、悲劇を甘んじて受け入れるような、そんな様々な境遇の人々を題材に据えたの知れない。
それでも多くのそうしたキャラクター達は、あっけらかんと明るく、逞しく、己が道を、己が人生を突き進む。フェヴァーズを育てた娼婦達、その後に彼女が出合った見世物小屋のフリーク達、そしてサーカスで出会った虐げられた女達。そう、この作品においても、著者は『弱き人々』の中に『女性』を組み込んでいる。ほとんどが性的に虐げられている女性ばかりだが、日の目を見るのも、強く親しみやすいキャクターであるのも女性ばかり。やはりこの著者は、そうとうなフェミニストだったろうと思わせられる。
ラストはなんだか嬉しくなるような、淡いロマンスの香りを漂わせ、難しい記載も多くあるが、全体としてはファンタジックな雰囲気の高い水準を保った文学作品だ。ファンタジーでもあり、奇想天外な物語なのに、しっかりとした文学という印象がある。この著者の魅力をじっくりと味わえる良作だ。
背中に大きな羽を持つ空中ブランコ乗りのフェヴァーズ。その真偽を確かめるために現れた、アメリカ人青年のフリーライターウォルサー。フェヴァーズが語る奇想天外な半生は、眉唾のようでもあり、不思議と真実を感じられる物語。卵から生まれたフェヴァーズは娼館の女性達に育てられ、やがてサーカスに参加して人気者となる。フェヴァーズに惹かれたウォルサーは、そうとは気付かずままに、彼女を追ってサーカスに参加。2人は広大なロシアの大地へ旅をする。そしてフェヴァーズを巡る事件が次々と彼等を襲う事になるのだが・・・。
『ワイズ・チルドレン』を読んでいたく感動したので、その前作に当たり、似た作風だと紹介されていたので楽しみに読み始めた。確かに、下町娘のフェヴァーズが波乱万丈の半生を語り、それでも力強く生きる様は、その後に続く『ワイズ・チルドレン』に通ずる物がある。しかしこの作品は、『ワイズ・チルドレン』に結実する、下町娘の放埓な人生をコミカルに、またブラックさを交えつつ描くような、それでいて深遠さがあり、軽い文体の裏に脈々とそうした要素を包括しているあの完成度とは少し違った。
完成度と言い切ってしまうには語弊がある気もする。この作品はこの作品なりに、非常に高い水準の仕上がりだと思う。しかも、『ワイズ・チルドレン』には無かった、若い男女の恋愛模様、しかも運命の出会い的な甘い要素もあったりするのだ。
フェヴァーズを中心として、様々な『社会的、人道的』に弱い立場の人が脇を固めている。唯一違うのは、フェヴァーズを追い求めるウォルサーぐらいだろうか。『ワイズ・チルドレン』でもそうであったように、著者は社会の根底でも根強く逞しく、かつ明るく生きようとする人々を、温かみと共に辛辣な視線で描き出す。その辛辣さはこの作品の方が格段に上で、稀に同情できないような人も登場する。面白いのは、サーカスの猿の一団が素晴らしい知性を持っていて、彼等なりに当然と思える、いや、囚われの人間達が起こせなかったような真っ当な反逆を起こすところだ。著者なりの弱き人間達に対する、痛烈な激励が込められているような気がした。
作者が著した弱い人々は様々で、当時まだ社会主義国家であった崩壊前のソビエトを舞台に据えた辺りも興味深いと言えるだろう。果たして著者はどこまで、そうした要素を表現したかったのか?余りにその要素が多すぎて判断が出来ないくらいだ。
もしかしたら、単に興味深いい素材であるからという理由だけで、奇形や貧民階級、愚鈍で無知性、国による制圧に苦しみつつも、あえて問題を直視しないような、悲劇を甘んじて受け入れるような、そんな様々な境遇の人々を題材に据えたの知れない。
それでも多くのそうしたキャラクター達は、あっけらかんと明るく、逞しく、己が道を、己が人生を突き進む。フェヴァーズを育てた娼婦達、その後に彼女が出合った見世物小屋のフリーク達、そしてサーカスで出会った虐げられた女達。そう、この作品においても、著者は『弱き人々』の中に『女性』を組み込んでいる。ほとんどが性的に虐げられている女性ばかりだが、日の目を見るのも、強く親しみやすいキャクターであるのも女性ばかり。やはりこの著者は、そうとうなフェミニストだったろうと思わせられる。
ラストはなんだか嬉しくなるような、淡いロマンスの香りを漂わせ、難しい記載も多くあるが、全体としてはファンタジックな雰囲気の高い水準を保った文学作品だ。ファンタジーでもあり、奇想天外な物語なのに、しっかりとした文学という印象がある。この著者の魅力をじっくりと味わえる良作だ。
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『ユーラリア国騒動記』
アラン・アレクサンダー・ミルン著/相沢 次子 訳/ハヤカワ文庫
ユーラリア国の王様は、隣国のバローディア国の王様に朝食の時間を邪魔されてご立腹。『七里靴』でユーラリア国を跨ぐバローディア王のヒゲを矢で射抜いた事がきっかけで、両国は戦争に突入してしまう。全ての男性を引き連れて戦争に赴いたユーラリア王、残されたのは年若いヒヤシンス王女と、腹黒いが美しく人気者のベルベイン伯爵夫人。伯爵夫人は何とか王女を失墜させて、国を我が物にしようとする。その脅威を感じた王女は、アラビイ国のユードー王子を呼ぶ事にした。しかし王子は、伯爵夫人のいたずらによっておかしな動物に変えられてしまうのだった。余計なお客まで背負う羽目になった王女、父王はいまだ戦場にいた。
『クマのプーさん』で有名なA・A・ミルンが、第一次世界大戦従軍中に書いたこの作品。プーさんで一躍有名になる前の作品だそうだ。全体的に童話要素タップリのこの作品、しかしピリリとブラックなユーモアが効いていて、果たしてこれは、子供向けなのか大人向けなのか?
最初は、戦争従軍という経験から、無為な闘いに対する痛烈な風刺なのかと思っていたらどうやら違うらしい。単純に子供向けの劇のために夫人に頼まれて書いた作品を、更に小説の形にして出版されたものだそうだ。
しかし、ベルベイン伯爵夫人の腹黒だが能天気であっけらかんとした姿には苦笑するし、せっかく救済に現れたユードー王子も、ヒツジとライオンとウサギの部位を持つおかしな動物になっているし、たとえ人間の姿だったとしても、ちょいと頼りにならない、言わば権力や立場にあぐらをかいた感じの不肖王子。普通の童話であればあり得ないような大人世界の不条理をそれとなく染み込ませた辺り、やはりこれは大人向けのシニカルな童話なのかも知れない。
なんと言っても、ユードー王子が『使えないヤツ』というのが童話らしからぬ点ではあるが、ユーラリア王の単純さやバローディア国との戦争の単純さなどは童話そのもの。なんと言っても、勝利をものにする手段も笑える。その反面で、殺戮と悲劇しかもたらさない戦争に対する著者の意見も混ざっているのかも?なんて。
バローディア王の転身なども、その裏に何かしらの意味があるのかも知れない?などと思いながら読める作品だ。全体に意味を見出すもしないも、読者次第という事。単に不可思議で楽しい童話として楽しむも良し、深遠な真理を読み解くも良し。きっと作者もその辺、深い意義を持たせようとは思っていなかったのだろう。とにかく楽しんで作品を書いたそうだから。そんな著者の楽しいという気持ち、これはどの読者にも間違いなく伝わる作品だろうと思う。
ユーラリア国の王様は、隣国のバローディア国の王様に朝食の時間を邪魔されてご立腹。『七里靴』でユーラリア国を跨ぐバローディア王のヒゲを矢で射抜いた事がきっかけで、両国は戦争に突入してしまう。全ての男性を引き連れて戦争に赴いたユーラリア王、残されたのは年若いヒヤシンス王女と、腹黒いが美しく人気者のベルベイン伯爵夫人。伯爵夫人は何とか王女を失墜させて、国を我が物にしようとする。その脅威を感じた王女は、アラビイ国のユードー王子を呼ぶ事にした。しかし王子は、伯爵夫人のいたずらによっておかしな動物に変えられてしまうのだった。余計なお客まで背負う羽目になった王女、父王はいまだ戦場にいた。
『クマのプーさん』で有名なA・A・ミルンが、第一次世界大戦従軍中に書いたこの作品。プーさんで一躍有名になる前の作品だそうだ。全体的に童話要素タップリのこの作品、しかしピリリとブラックなユーモアが効いていて、果たしてこれは、子供向けなのか大人向けなのか?
最初は、戦争従軍という経験から、無為な闘いに対する痛烈な風刺なのかと思っていたらどうやら違うらしい。単純に子供向けの劇のために夫人に頼まれて書いた作品を、更に小説の形にして出版されたものだそうだ。
しかし、ベルベイン伯爵夫人の腹黒だが能天気であっけらかんとした姿には苦笑するし、せっかく救済に現れたユードー王子も、ヒツジとライオンとウサギの部位を持つおかしな動物になっているし、たとえ人間の姿だったとしても、ちょいと頼りにならない、言わば権力や立場にあぐらをかいた感じの不肖王子。普通の童話であればあり得ないような大人世界の不条理をそれとなく染み込ませた辺り、やはりこれは大人向けのシニカルな童話なのかも知れない。
なんと言っても、ユードー王子が『使えないヤツ』というのが童話らしからぬ点ではあるが、ユーラリア王の単純さやバローディア国との戦争の単純さなどは童話そのもの。なんと言っても、勝利をものにする手段も笑える。その反面で、殺戮と悲劇しかもたらさない戦争に対する著者の意見も混ざっているのかも?なんて。
バローディア王の転身なども、その裏に何かしらの意味があるのかも知れない?などと思いながら読める作品だ。全体に意味を見出すもしないも、読者次第という事。単に不可思議で楽しい童話として楽しむも良し、深遠な真理を読み解くも良し。きっと作者もその辺、深い意義を持たせようとは思っていなかったのだろう。とにかく楽しんで作品を書いたそうだから。そんな著者の楽しいという気持ち、これはどの読者にも間違いなく伝わる作品だろうと思う。
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『アイリッシュ・ヴァンパイア』
ボブ・カラン著/下楠 昌哉 訳/早川書房
世界に数多あるヴァンパイア・ストーリー。その中でも有名な著作を生み出したのは、アイルランドの作家達だった。思い返してみれば、ヴァンパイア・ストーリーの根底に流れるスピリッツは、アイルランドの伝承に酷似している。ここで、ケルトの伝説を下敷きにした、アイルランドに伝わる幾つかの『血を飲むもの』の物語をお伝えしよう。
炉辺にて/森を行く道/乾涸びた手/仕えた女
吸血鬼ドラキュラの生みの親ブラム・ストーカー。彼はアイルランド人だったのです。そして『吸血鬼カミーラ』の著者もアイルランド出身のシェリダン・レ・ファニュ。ブラム・ストーカーに関しては過去に色々話を聞いたが、その中に、『1度もルーマニアに行った事は無かった』というのがある。
先に描かれていた『吸血鬼カーミラ』のプロットやイメージ、モデルとなったトランシルバニアの串刺し公の僅かな記述だけで描かれた、異国の地を舞台にした『吸血鬼ドラキュラ』は、その容貌の端々にアイルランドの姿が描かれているとし、ケルト伝承と古くから伝わる逸話を下敷きに描かれた『血を飲むもの』達の物語だ。ここ数年、アイルランドにおける吸血鬼回帰の運動が高まっているらしい。
黒いマントを翻して、青白い顔の美青年が、美女のこれまた白く艶かしい首筋を狙う・・・などと言う記述は全くなく、『血を飲むもの』の姿も、幽霊や干乾びた死体など、様々なものに姿を変えて描かれる。目に見えないからこそ恐ろしい、未知なるものへの恐怖を描いたゴシック・ホラーのようだった。
かといって格別背筋がブルブル震えるほどの恐ろしさは無く、強いて言うなら『乾涸びた手』が一番恐怖心を呼び覚ましたかな?『仕えた女』などは、領主の無視しがたい存在がアイルランドらしさを上手く導き出し、幸福な家庭に暮らしていた少年が恐ろしい現実に立ち向かう様を描いている。タッチとしてはおどろおどろしいというよりは、なんとなく爽やかな印象すら憶えてしまった。
思うのは、『血を飲むもの』の存在がやはり、どうしても、上流階級(主には領主)の存在であるというのが、最もアイルランドらしいと言う気がしなくもない。権力に制圧された歴史と、その力に対する恐怖心。アイルランドの人々にとっては、イギリスの勢力も強い上流階級の人々が、彼等の生活を搾取し脅かす、まさに『血を飲むものたち』だったのだろう。
単純に物語としては、こういったホラー物は好みでなく余り読まないので、なんとも言えないかなぁ(笑)。スラスラ読めたし、面白かったとは思うけど。
世界に数多あるヴァンパイア・ストーリー。その中でも有名な著作を生み出したのは、アイルランドの作家達だった。思い返してみれば、ヴァンパイア・ストーリーの根底に流れるスピリッツは、アイルランドの伝承に酷似している。ここで、ケルトの伝説を下敷きにした、アイルランドに伝わる幾つかの『血を飲むもの』の物語をお伝えしよう。
炉辺にて/森を行く道/乾涸びた手/仕えた女
吸血鬼ドラキュラの生みの親ブラム・ストーカー。彼はアイルランド人だったのです。そして『吸血鬼カミーラ』の著者もアイルランド出身のシェリダン・レ・ファニュ。ブラム・ストーカーに関しては過去に色々話を聞いたが、その中に、『1度もルーマニアに行った事は無かった』というのがある。
先に描かれていた『吸血鬼カーミラ』のプロットやイメージ、モデルとなったトランシルバニアの串刺し公の僅かな記述だけで描かれた、異国の地を舞台にした『吸血鬼ドラキュラ』は、その容貌の端々にアイルランドの姿が描かれているとし、ケルト伝承と古くから伝わる逸話を下敷きに描かれた『血を飲むもの』達の物語だ。ここ数年、アイルランドにおける吸血鬼回帰の運動が高まっているらしい。
黒いマントを翻して、青白い顔の美青年が、美女のこれまた白く艶かしい首筋を狙う・・・などと言う記述は全くなく、『血を飲むもの』の姿も、幽霊や干乾びた死体など、様々なものに姿を変えて描かれる。目に見えないからこそ恐ろしい、未知なるものへの恐怖を描いたゴシック・ホラーのようだった。
かといって格別背筋がブルブル震えるほどの恐ろしさは無く、強いて言うなら『乾涸びた手』が一番恐怖心を呼び覚ましたかな?『仕えた女』などは、領主の無視しがたい存在がアイルランドらしさを上手く導き出し、幸福な家庭に暮らしていた少年が恐ろしい現実に立ち向かう様を描いている。タッチとしてはおどろおどろしいというよりは、なんとなく爽やかな印象すら憶えてしまった。
思うのは、『血を飲むもの』の存在がやはり、どうしても、上流階級(主には領主)の存在であるというのが、最もアイルランドらしいと言う気がしなくもない。権力に制圧された歴史と、その力に対する恐怖心。アイルランドの人々にとっては、イギリスの勢力も強い上流階級の人々が、彼等の生活を搾取し脅かす、まさに『血を飲むものたち』だったのだろう。
単純に物語としては、こういったホラー物は好みでなく余り読まないので、なんとも言えないかなぁ(笑)。スラスラ読めたし、面白かったとは思うけど。
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『幻のハリウッド』
デイヴィッド・アンブローズ著/渡辺 庸子 訳/創元推理文庫
現実なのか夢なのか?日常では起こりえないような出来事を、フィルムに焼き付けるハリウッド。そこで繰り返される日々は、映画よりも奇異なことばかり・・・なのかも知れません。ハリウッドを舞台に繰り広げられる、虚構と現実が入り混じった人々の物語。
生きる伝説/ハリウッドの嘘/リメンバー・ミー?/へぼ作家/名前の出せない有名人/ぼくの幽霊が歌ってる/ハリウッド貴族
もっと幻想的な話かと思ったら、意外にも現実的(笑)。ハリウッドなら、普通に起こっていそうな、、、いやもっと奇想天外な事があってもおかしくないんじゃないか?という、ある意味ハリウッド幻想(笑)。
著者のD・アンブローズという方は、数多くのスターとも交流がある方で、脚本も多く手がけていたらしい。そもそも、ハリウッド絡みの脚本家が書く小説はいまいち乗り気になれない。小手指の技が上手くて、とりあえず面白いものは書くのだが、これといって残る名品を仕上げるか?というと、余り期待が持てないからだ。しかし、ずば抜けてというか、一定して高い水準を保っているのが物語の発想力。プロットや構想は作家活動のみという方より数段高い。見せる事を知っている書く人種、それが私の脚本家兼作家への評価だ。
さて今回は?いやいや、なかなか上手い!職人芸だねぇ。おみそれしました。プロットの巧みさに加えて筆致もなかなかのも。かつ、締め方が上手い。先にも書いたが、奇想天外さは影が薄い。割合と普通の出来事が書かれているので、ある意味ハリウッドの脚本家らしくないのだが、普通こう転ぶだろう?と予測される展開を、大幅に裏切る展開が殆どで、単純な思考に慣れてしまっている私としては、気持ちの良い裏切りが幾つも潜んでいて楽しめた。
物語の幾つかの主人公は、あれか?これか?と特定の有名人を予測させる設定になっていて、アメリカの芸能界好きには結構なツボだろうと思う。
長編も幾つか翻訳されているので、ぜひ読んでみたいと思う。練り上げられた巧みかつ奇抜な構想と、しっかりした筆力。両方を兼ね備えたハリウッドの脚本家。これは新たな勢力(個人的に私の中で(笑))。もしかして最強なのでは?
現実なのか夢なのか?日常では起こりえないような出来事を、フィルムに焼き付けるハリウッド。そこで繰り返される日々は、映画よりも奇異なことばかり・・・なのかも知れません。ハリウッドを舞台に繰り広げられる、虚構と現実が入り混じった人々の物語。
生きる伝説/ハリウッドの嘘/リメンバー・ミー?/へぼ作家/名前の出せない有名人/ぼくの幽霊が歌ってる/ハリウッド貴族
もっと幻想的な話かと思ったら、意外にも現実的(笑)。ハリウッドなら、普通に起こっていそうな、、、いやもっと奇想天外な事があってもおかしくないんじゃないか?という、ある意味ハリウッド幻想(笑)。
著者のD・アンブローズという方は、数多くのスターとも交流がある方で、脚本も多く手がけていたらしい。そもそも、ハリウッド絡みの脚本家が書く小説はいまいち乗り気になれない。小手指の技が上手くて、とりあえず面白いものは書くのだが、これといって残る名品を仕上げるか?というと、余り期待が持てないからだ。しかし、ずば抜けてというか、一定して高い水準を保っているのが物語の発想力。プロットや構想は作家活動のみという方より数段高い。見せる事を知っている書く人種、それが私の脚本家兼作家への評価だ。
さて今回は?いやいや、なかなか上手い!職人芸だねぇ。おみそれしました。プロットの巧みさに加えて筆致もなかなかのも。かつ、締め方が上手い。先にも書いたが、奇想天外さは影が薄い。割合と普通の出来事が書かれているので、ある意味ハリウッドの脚本家らしくないのだが、普通こう転ぶだろう?と予測される展開を、大幅に裏切る展開が殆どで、単純な思考に慣れてしまっている私としては、気持ちの良い裏切りが幾つも潜んでいて楽しめた。
物語の幾つかの主人公は、あれか?これか?と特定の有名人を予測させる設定になっていて、アメリカの芸能界好きには結構なツボだろうと思う。
長編も幾つか翻訳されているので、ぜひ読んでみたいと思う。練り上げられた巧みかつ奇抜な構想と、しっかりした筆力。両方を兼ね備えたハリウッドの脚本家。これは新たな勢力(個人的に私の中で(笑))。もしかして最強なのでは?
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『死ぬときはひとりぼっち』
レイ・ブラッドベリ著/小笠原 豊樹 訳/サンケイ出版
雨降りの夜、人気の無い列車の中で、駆け出しの小説家である『私』は死神に出会った。そいつは気味の悪い声で呟いた、『死ぬときはひとりぼっち』と。それから小説家の周りでは奇怪な死が立て続けに起こる。一見自然死に見えるが、その裏には何か邪悪なものが潜んでるはずだ。世を拗ねた刑事クラムリーと一緒に事件を追う小説家の周囲には、太りすぎのオペラ歌手、引退した名女優、取り壊される寸前の遊園地に集う不可思議な人々と、死神の餌食になりそうな孤独な人々が集まっていた。閑散とした海辺の町ヴェニスを舞台に、巨匠が繰り広げるファンタジックなミステリ。
全く職人技!舌を巻くような世界観。まさに、レイ・ブラッドベリそのままの、初ミステリ。ミステリであるのに、ミステリではない。カーニバル、孤独を背負った不思議な空気の人々、現実感の無い世界、しかしそこに確かに存在する、現実の世界。絡み合う3次元と4次元、いつの時代とも知れないようなノスタルジー。
この作品には、私が始めて触れ、そして虜になったレイ・ブラッドベリの世界が存分に描かれていた。あ〜、幸せだった、この作品をじっくりと読んでいる時間。
一応はミステリなのだが、謎解きはそっちのけなのだ。いや作中では、小説家とクラムリーが一応は追っているのだが、『死神』に追われ、思い悩む小説家の独白や、彼が触れ合う奇妙な人々の姿など、存分に楽しませてくれる要素が他にある。時代は1949年、ノスタルジーを愛する人にはたまらない設定。アメリカの古き良き時代の匂いを描かせたら、実際の匂いよりリアルに表現されるブラッドベリの筆致。他に何を言うことがあるだろう!
物語は、危うく周囲の奇妙な世界に飲み込まれそうになっていく小説家の青年が、愛する人との実態のある生活を決意し、そして現実に引き戻される姿を、事件に絡めて描いた印象だ。
後書きにあったが、これはブラッドベリ自身の若き日を、多少なりとリンクさせた物語らしい。そしてずっと描きたいと思っていたミステリを実体化させた意欲作であるそうだ。私はブラッドベリの『何かが道をやってくる』に触発された人なので、この作品は文句無しに最高の位置づけになる。
雨降りの夜、人気の無い列車の中で、駆け出しの小説家である『私』は死神に出会った。そいつは気味の悪い声で呟いた、『死ぬときはひとりぼっち』と。それから小説家の周りでは奇怪な死が立て続けに起こる。一見自然死に見えるが、その裏には何か邪悪なものが潜んでるはずだ。世を拗ねた刑事クラムリーと一緒に事件を追う小説家の周囲には、太りすぎのオペラ歌手、引退した名女優、取り壊される寸前の遊園地に集う不可思議な人々と、死神の餌食になりそうな孤独な人々が集まっていた。閑散とした海辺の町ヴェニスを舞台に、巨匠が繰り広げるファンタジックなミステリ。
全く職人技!舌を巻くような世界観。まさに、レイ・ブラッドベリそのままの、初ミステリ。ミステリであるのに、ミステリではない。カーニバル、孤独を背負った不思議な空気の人々、現実感の無い世界、しかしそこに確かに存在する、現実の世界。絡み合う3次元と4次元、いつの時代とも知れないようなノスタルジー。
この作品には、私が始めて触れ、そして虜になったレイ・ブラッドベリの世界が存分に描かれていた。あ〜、幸せだった、この作品をじっくりと読んでいる時間。
一応はミステリなのだが、謎解きはそっちのけなのだ。いや作中では、小説家とクラムリーが一応は追っているのだが、『死神』に追われ、思い悩む小説家の独白や、彼が触れ合う奇妙な人々の姿など、存分に楽しませてくれる要素が他にある。時代は1949年、ノスタルジーを愛する人にはたまらない設定。アメリカの古き良き時代の匂いを描かせたら、実際の匂いよりリアルに表現されるブラッドベリの筆致。他に何を言うことがあるだろう!
物語は、危うく周囲の奇妙な世界に飲み込まれそうになっていく小説家の青年が、愛する人との実態のある生活を決意し、そして現実に引き戻される姿を、事件に絡めて描いた印象だ。
後書きにあったが、これはブラッドベリ自身の若き日を、多少なりとリンクさせた物語らしい。そしてずっと描きたいと思っていたミステリを実体化させた意欲作であるそうだ。私はブラッドベリの『何かが道をやってくる』に触発された人なので、この作品は文句無しに最高の位置づけになる。
![]() | 死ぬときはひとりぼっち レイ・ブラッドベリ (2005/09/25) 文藝春秋 この商品の詳細を見る |
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