Czechの人々

  • 2007/10/06(土) 18:42:24

29/09/07 Prague

実はCzech滞在を通して最も感銘を受けたのはこの点だった。Czechの人、本当に感じが良くて素敵。もしも今後Czechに行かれる方がいて、現地のお店の店員さんなどで『このおばさん絶対怒ってるわぁ』と思っても、思い切って笑顔を向けてみて下さい。きっとニッコリと微笑んでくれるはず。
Czechの人種は多様なものがある気がした。古くはヴァイキングの侵略もあったのね。という事で北欧系の印象も強い。ちょっとツンと尖った面立ちの人が結構いる。ケルト民族も混ざっているらしい。ロシア系というよりは、北欧系がやはり強いような気がした。見た目がちょっと恐い。でも『破顔一笑』とはまさにこのこと!と言わんばかり、微笑んだ顔は本当に素敵な人ばかり。
街中でも親切な人が多くて、若者も、トラムでご老人や女性に頻繁に席を譲っていた。通り道で女性を優先させる頻度は、これまで回ったヨーロッパ諸国内でダントツではないだろうか?またその際の対応が、年若い男子でもとてもチャーミング。ニッコリ笑って紳士的な態度でスマートに通してくれるのだ。こちらももう、持って帰りたいぐらい(笑)。

とにかく人が温かいのだ。こんなに温かい人ばかりでスリなんて、暴漢なんて?とにわかには信じられないぐらい。ちょっと寒かった朝、チケット売り場で『寒いですね』と言うと、売り場の女性が去り際に、『奥にコーヒーマシーンがあるわよ』と一声かけてくれる。こんなちょっとした優しさって、本当に嬉しいしスマートさがある。見習いたいものですね。で、こういう優しさにちょくちょく触れる事ができる、それが私にとってのCzechの印象となった。

やはりこれも勝手な憶測だが、どんな種類であれ『痛み』を知っている人達というのは、他人に優しくなれるものなのだろう。苦難を知る人は、最も人に優しくなれる。ベタベタした押し付けるような親切ではないが、サラリとした優しさがある。きっと、自分達もそうして欲しいと思ったからこそ、そうした態度が素直に出てくるのではないだろうか?
そうした感情や態度が、若い人にも確実に受け継がれている。そんな姿勢が素晴らしいと思うのだ。日本人にはその特性があるように、Czechの人達の特性の1つには『優しさ』があるのだと思う。もちろん日本人にも、ありますよね!?

もう1つ、Czechの人達で感銘を受けたのは、なんと言っても『女性が綺麗!』。女性の美しさに比べると、男性はいささか見劣りがするのだが(笑)、双方整った顔立ちの方が多くて、いやはや、なんとも。
瞳の色が薄くて、透き通るようなブルーなのに深みがある。この瞳がなんともセクシーさを漂わせ、ツンと尖った鼻、細く流麗な顎のラインなど、ほぉ〜と見とれる美しさ。クール・ビューティ、まさにその体現された美が備わっている人達。
ちなみに私、20代も半ば過ぎの頃、『瞳がブルーの人ってさぁ、世間が青く見えないのかねぇ?』と本気で言って、当時の彼氏に『じゃあお前は世間が黒く見えるのか!?』と切り替えされた事がある。その時点で、『あ・・・そうか!』と(笑)。これ本当の話。基本脳タリンなんです、私。
しかも今でも、こうした薄いブルーのそれでいて深みのある宝石のような瞳を見ると、どうしても自分と同じ色合いで世間を見ているとは思えない(笑)。

あとは単純に、身長がでかい!とにかくでかい!男子の平均身長なんて、185cmはあるのじゃないか?と。175cmの男性だったら、この国では小さい部類に入るだろう。女性もまた大きいが、上手いことに私と同じ(165cm)くらいかもうちょっと大きいぐらい。きっと平均身長は170cmくらいではないか?と。だから男女のバランスがすこぶる良い。とっても羨ましい♪
とにかく男性が大きい。見上げる程の人がボコボコ歩いている。その上、男女とも背が高いだけではなくて、骨格がしっかりして見える。
実際、羨ましいなぁ〜なんて思いより、こりゃスポーツ、特にパワー系、ジャンプ系など肉体資本のスポーツで、日本人が勝てるわけないよねぇと(笑)。もう素材が違う。持って生まれたDNA、連綿と続く人種の誇り。日本人のように『突発的変異』でたまたま身体が大きいのとは訳が違うもの。
これまで、同じように苦しい練習をして、同じように高い意識を持って頑張っている選手達が、どうして優劣が付いてしまうのだろう?と何度も思ったが、その違いを、その理由を、身を持って感じた。言葉でなんか説明できない、その中にあって、理屈を肌で受け止めたのだ。

CzechのHostel

  • 2007/10/06(土) 18:06:11

29/09/07 Dublin→Prague

ここPragueでだけは、HostelでもSingleの部屋を予約していた。本当に勝手な憶測で失礼だが、東ヨーロッパと聞くと、どうしても社会主義体制時代の名残が色濃いような気がして、宿泊施設など余り期待できないような気がしていた。
夜道をバスでひた走る中のぞき見る窓外でも、割合と大きなHotelですらどこか裏寂れた感じが否めない。己の選択に1人納得しつつも、HostelのSingleと言えど、全く期待はしていなかった。状況的にDormには泊まれないと、その程度の考えだった。切迫した旅費の状況から見ても、最も期待値の低い、地理的に考えれば最も安値のHostelにせざるを得なかった。

案の定・・・、ぶっ倒れるかと思った(笑)。Hostelの入り口は真っ暗で、ベルを2度ほど押してようやく女性が現れる。一歩建物の中に踏み込むと、ほぼ廃墟。このHostelは、ヨーロッパに良くありがちな、大きな建物の一角を占めるのみのHostelだ。従って入り口は2つ。2つ目、Hostelの入り口を潜っても、期待感は一向に盛り上がらない。

部屋・・・、申し訳ないが、私想像したところの『これぞ東欧!』というような、質素で古い造り。Singleを予約したが、Twinの部屋だった。これも良くあることなので、念のため確認してOK。ベッドが2つ、壊れかけた小さな棚2つ。申し訳程度のコートかけ。反応の悪い電気のスイッチ。ちょっと敗れたレースのカーテン、建付けの悪い窓。更に参ったのは、コンセントがベッドに隠れてしまっていること。早々に火事場のバカ力を発揮して、必至にベッドを動かした。

ただこれ全て想定済み。失敬な話だが、想定済みだったのだ。Czechも何かと深い歴史のある国だ。Slovakiaと分離してからも日も浅い。Russiaとの関係改善、政治的体制が様変わりしたり、自由経済が導入されたり、これ全部、私が大人になってからのお話。様々な歴史を潜り抜け、Irelandより壮絶な歴史を持つ国ではないか?と思われる。
東欧とは、実にそうした国の多いこと。そしてなぜか私は、そうした国々に無性に惹かれる性質がある。制圧された歴史、それに対して、自由と尊厳を守り闘った人達の歴史に興味があり、また感銘も受けるのだ。だからして、こうした微妙に見え隠れする『貧困』の痕跡はある程度覚悟していた。

そうして考えると、このHostelは良いと言えるだろう。そうした古く質素な体ながら、『清潔度』はかなり高い。ただ古すぎて目に着かない(笑)。シャワーも熱いお湯が良く出るし、洗面所など水周りもとても清潔、カビ1つ無い。ベッドやリネンも清潔で、タオルもちゃんと置いてある。シャンプーと石鹸も用意されていた。朝食だって付いている。コートかけにはハンガーも。
トイレや廊下にある椅子などには『本』が置かれ、国の歴史や、Czechを代表する作家、Franz Kafkaの作品などが置かれていた。全てCzech語だったのが悔やまれる。しかしこうした事からも、この国には世界に堂々と示せる偉人がいるのだと、胸を張れる歴史があるのだと、誇りを持って伝えられている気がするではないか。考えすぎだろうか?いやいや、そんな事はないはずだ。

もう1つお薦めなのは、Hostelの方々がもう本当に感じが良いこと。到着時の女性は、英語はそこそこだったが必至に応対してくれて、見た目も可愛いくてニコニコと愛想が良い。話し方も可愛いし、もう〜、持って帰りたいぐらい(笑)。
平日担当と思われるおじさんは、ほぼ全く英語が話せないまでも、強引にCzech語で話しかけてくる。しかし気遣いは大変素晴らしく、何か安心するような雰囲気がある。朝食時も、お茶飲むか?お湯いるか?砂糖使え、と細々と(笑)。別れ際にはがっちり握手、Czech語で何かまくし立てていた。きっと、また来いよ的な・・・?友達にHostel紹介してくれ的な?Hostelの名刺渡されたし(笑)。

Pragueの交通機関

  • 2007/10/06(土) 17:16:17

29/09/07 Dublin→Prague

飛行機はほぼ定刻通りに発着し、現地時間で午後8時ごろ、約2時間半ほどで『プラハ』に到着。さてこの『プラハ』だが、実は日本って、現地発音で国や都市の名前を呼ぶことが多いって、気がついていらっしゃいました?
同じくらい、日本語独自の読み方が定着している場合もあるが、『英語読み』と『公用語読み』で違う場合が結構ある。代表的な例だと『Milano』。これはイタリア語。現地のイタリア人でも、英語で話すときは『Milan(ミラン)』と言う。続いて『Firenze』。こちら英語だと『Florence』。これもイタリア人相手に英語で話していて、地名だけ『Firenze』というと、時折不思議そうな顔をされる。『Venezia/Venice』『Roma/Rome(ローム)』など、イタリアは特に多いかな?

んでこの『Praha』だが、ドイツ語で『Prag』という事から、英語でも『Prague』と言われるのだそうだ。んだから、『プラハ』だと思って生きてきた私は、突然会話の中で『プラーグ』と言わねばならぬ羽目に。またこれ、微妙に発音が難しい・・・。IrelandのHostelでも、『次はどこに行くの?』なんて質問で『プラーグ、プラ〜ギュ、プラァグゥ』などなど様々試すが、フッと一息『プ・ラ・ハ』というと、『あ〜〜!』となる(笑)。んで、実に綺麗な発音で『Pragueね!』と(笑)。ちなみに『Czech Republic』も『チェコ』と言うと全く通じなかった。調べてみたのだが、『チェック』と『ク』は小さく。そんな感じの発音らしい・・・。『チェック・ウリパブゥリッ』と言えば、多分通じたか・・・?
今調べていて思ったが、、、チェコスロバキアって『Czechoslovakia』??もしかして『Czech』『o(イタリア語ならorの意)』『slovakia』って事?『チェック・オ・スロヴァキア』だったりして?

余談はもう良いとして、、、この旅に出る前、たまたま両親の繋がりでCzechの女性と知り合った。私自身は直接お会いしていないが、両親がここぞとばかりに話を聞いた。その女性も親切に色々教えてくれたが、『地下鉄はスリや暴漢が多いから“絶対に”乗るな』と諭された。バスかまたはトラム(路面電車)も同じく危険なので、多少高くても絶対タクシーに乗りなさいと。
そしてガイドブックでは『プラハのタクシーは観光客相手のぼったくりなどトラブルが絶えない。空港やレストラン、観光名所周辺で客待ちしているタクシーには絶対に乗るな。無線で呼び出したタクシーなら乗っても良い』と書かれていた。確かに地下鉄やトラムなどの危険性も書かれていたが、それよりも何よりも、『タクシー』が最もトラブルが多いと書かれていた。タクシーに乗るぐらいなら、地下鉄かトラムに乗るが良いと。。。

はて、それは困りましたねぇ。。。当初の計画では、Hostelが中央駅の近くなので、空港バスで最寄の地下鉄駅まで行って、地下鉄でHostel最寄駅まで。そこから徒歩15分くらいだろうから、地下鉄駅からタクシーに乗ろうと。それがまず一番安上がりなプランだったのだ。
上記の賢人達の意見を加味すると、全くもって危険この上ない行程という事になる。この事実に思い当たったのは出発前夜。余りにも後手後手な対応。
そこから一気に調べ上げ、辿り着いたのは私営のシャトルバス(CEDAZ)だった。空港からの巡回、Prague郊外までの送迎などもあり、乗り合いバスとして、多少お高めだが希望の宿泊施設まで連れて行ってくれるプランもある。
巡回だと、到着場所は選べない(指定された停車場所まで)が格安。Hostelまでなら、乗り合いとは言え、Hostel側に確認したタクシー料金とほぼ一緒。当然私は安全策を取った。行きも帰りも、私を安全に運んでください!と(笑)。

結論としては、まずまず正しい選択だったかな?と思う。言わば乗り合いタクシーのようなもので、観光客相手なので運転手さんも親切だし、荷物の出し入れも当然お任せ。ドアだって開けてくれる♪乗り合いなので、自分以外も降ろす、拾うも加味して時間を計算すれば、送迎はほぼ時間通りに行ってくれる。
車内は清潔だし、バンだから広いし、料金が均一なので、タクシーのようにメーターを気にせず済むし、多少郊外のHostelであっても安心だ。
予約もネットで出来てスムーズで、到着ロビーの目立つ場所にカウンターがあるので迷う事も無い。当然従業員の方は皆英語が話せるので安心だ。
注意点は、支払が現金のみで運転手に渡すこと。釣銭などに戸惑うので、きっちり金額を用意されたし。しかも480CZK(チェココルナ)とか399CZKとか、『Keep the change』と言わざるを得ない価格設定だ(笑)。

トリニティ・カレッジ(29日続き)

  • 2007/10/06(土) 16:24:16

29/09/07 Dublin!!!!

実はDublinで空港に行く前、初!Trinity Collegeに潜入してた。土曜日とあって学生がおらず、旅行者ばかりで入りやすかった。
私は古書というものに滅法興味が無い。実際主義といったら大仰に過ぎるが、自分が理解出来ないものには興味が沸かないのだ。古書などもその一端で、装丁は美しいなぁと思うが、その意味も理解できず、当然書いてあることも読めやしない。理解できない=興味が無いという方式である。で、この大学に納められている『The Book of Kells(ケルズの書)』にも全く興味が無い。
門を潜った学内は勝手に入れるらしいが、入り口付近は学生ばかりで気後れして、これまで入った事が無かった。日本でも大学に行かなかった私。『大学』と聞くと妙な気後れを感じて萎縮してしまうのだ。
この日初めて入ったTrinity Collegeは、さすが名門!という奥ゆかしさと威厳を持った美しい校舎や教会が、これまた美しい中庭を囲むように建っている。その向こうにはいささか現代的な校舎が見えるものの、観光目的もあるだろうが、何を残し、何を守るべきか、ヨーロッパの人は良く解っているなぁとつくづく思った。歴史を重んじ、それゆえに自らの国の誇りを保つ。繁栄の時代や貴重な経験を今に伝える、そんな想いもこうした歴史ある建物から感じられるのだ。
日本なぞ、つい先ごろもどこかの大学の歴史的建造物の保存が難しい(高くつく)という理由で、近代的校舎に建て替えるなどといった、無粋な話で盛り上がっていた。しかし今の日本は、近代的かつストレス・レスな生活がアピールポイントなのかも知れない。敗戦国日本、その昔の歴史には、語るべきものはないのだろうか・・・?世界における日本の役割、日本が世界に伝えたい『観光』を通しての姿、果たして日本の魅力って何なのだろうか?なんだかそんな事まで考えてしまった。
良いのさ、ここは学びの宿だもの。

さらば、Dublin!!

  • 2007/10/06(土) 03:57:22

29/09/07 Dublin!!!!

Dublin最終日。バカらしい感傷でお恥ずかしいが、本気で涙を堪えながらの散策となった。早々にCheck-outを済ませ、荷物はHostelに預け(Check-out後の荷物預けは1EURなり)、空港に行くまでの4時間余りを街中で過ごした。

早朝、新たな本屋を見つけるも、やはり『Yeats Is Dead!』は見つからず。。。しかもこの日、荷物の積載重量を抑えるために、ジーパンの重ね履きという暴挙に出ていた私。肌着、セーター、ジャケットにジャンパー、ついでにマフラーとモコモコ大王。本屋の暖房が暑い熱い。さすがにこれだけ着てるとねぇ(笑)。

Czech Republicに行くのに利用するのは、アイルランド最大の(はず)Aer Lingus。こちら初利用で、どれほど積載重量に小うるさいのか解らない、また調べることもしなかったという腑抜けぶり。
ならば問題を避けるためにも、スーツケースは軽いほうが良いではないですか!という事で、又も手荷物重い、スーツケース軽いバージョン。お土産の分も加味して、着られるものは沢山着ておけ作戦に出たわけだ。
しかし結局、積載重量に文句はつけられず、係のおばちゃんは隣のおっちゃんと話をしながら、無作為的にCheck-inが終了した。さすが大手、懐深いねぇ。でも、搭乗者の顔ぐらい見ておこうよね(笑)。

小雨が降ったり止んだり、この滞在初の雨。それまでお天気はもってくれたので、きっとDublinも私との別れに泣いてくれているのねぇ、とアホ丸出しの感傷に耽る。Dublin Writers Museumの方まで足を延ばすも、Openは10時からなのでやはりパス。大体、英語のしかも文章についての展示は訳けが解りませんので(笑)、前回訪問時もパスしている。
National Galleryにでも行こうかと思ったが(トイレもただで使えるし(笑))、微妙に遠いので諦め、残ったEURを使うためにinformationに行って更なる買い物に走る(笑)。

ランチを食べようかと思ったが、本気で胸が一杯でお腹が空かない。安食堂を覗いていたら、恰幅の良いおばちゃんがチロチロこちらを気にしていたが、ここで親切にされたら本気で泣く、号泣する!と思って入るのを止めた。
ポテポテ道を歩いていたら、2EURショップを発見した。丁度シャンプーが無かったので入ろうと思ったら、Jaffa Cakeが2箱で2EUR!!!速攻手に取り、シャンプーも買ってやたらとご満悦になった安上がりな私。

River Liffeyを眺めてベンチに座りながら、この国の事を色々考えた。なぜ、私はIrelandに惹かれるのか?答えは全く不明だが、今回の旅で、一層想いが強くなったのは事実だ。
それでも、諸々の事情からも、私の気概の薄さからも、根性の欠如からも鑑みて、この国で暮らすことは多分不可能だろう。それならばせめて、2年に一度くらいは訪れることが出来るようにしておきたい。そのためにだけに、仕事を頑張るのでも良いじゃないか!?と、かなり行き先の違う決意を強くした。
日本に帰ってからの職探し、一体どういう方向に持っていくにせよ、私にとってIrelandを近づけてくれるものであるよう鋭意努力しようと思った。

River Liffeyを眺めている頃には雨も止み、太陽が輝く上天気に!やはりスーツケースを引っ張っての行程は晴れたほうが良い、Dublinが私の事を心配してくれたのねぇ・・・とまたアホな事を考えてニンマリ。
Hostelで荷物を引き取り、近くのBus stationからバスに乗り(しかも待ち時間ゼロで乗れて2階席の真ん前占領できた!Dublin、最後までありがとう!)順当に、恐ろしいほど順調に空港到着。
空港でこの旅初めてのHot Dishのランチを食べ、さていよいよ、初の東ヨーロッパ、Czech RepublicはPrague(Prahaの英語表記だそうだ)に突入する!

本屋巡り(28日続き)

  • 2007/10/06(土) 02:47:54

28/09/07 Dublin!!!

でやっぱり、Irelandの人達にとっては、第一次世界大戦よりも、第二次世界大戦よりも何よりも、やはりかの独立戦争や内戦の方がよほど、、、ある意味重要で立派な闘いと捉えられているんだなぁと(そらそうだ、憎きイギリスから自治と自由を勝ち取り、400年ほども続いた独裁統治からようやく開放された闘いだもの)つくづく考えさせられた博物館を後にして、さて、目指すは最後のお買い物だったのだ。まだ買うか!

本を買いたかった。本屋が豊富で巨大なLondonで買わなかったのも、Irelandの本は現地で買いたかったから。ウキウキと、昨日目を着けていた本屋へ向かう。目的は、『Yeats Is Dead!』というRoddy Doyleだとか、Frank McCourtだとかJoseph O'Connorだとか(編者でもあるみたい)、だとかAnthony Croninだとかが書いたミステリのアンソロジーらしい。あくまで『らしい』。
日本では翻訳の兆しも無いものの、これだけ、現代Irelandを代表する作家が名を連ねているのだもの!どこの本屋でも売ってるはずだわ!と思ったのだが・・・、こういう詰めの甘さが私らしいというか、、、。
外国の本屋は、それでなくとも目当ての本を探すのは難しい。ましてアンソロジーともなれば、著者で探すのは先ず不可能。今更判明しただけで、現地では編者の名前すら定かではなかった。せめてこの辺を完璧にメモでもしていれば店員に聞くことも出来ただろうが、そんな下準備なんぞしているはずも無く・・・。ただひたすらに、本棚を探す、、、探す。

もう!Irelandの本屋小さい!規模小さいよぉ〜!Londonで探せば良かった・・・とは後の祭り。Roddy DoyleなんてIrelandじゃ大作家!かと思いきや、扱いは全くそうでもなく。Londonではその著作の殆どが置いてあったのに対して、Irelandでは数冊があるのみ。たまたま新刊が出たばかりのようで、それが『割引』の棚に・・・。もう割り引いちゃってるよ・・・。
実際Irelandでは『貧しすぎ!』『酷すぎる!』と物議を醸した『アンジェラの灰』の著者Frank McCourtなんて、マジで1冊も置いていない本屋もあった。
しかしJoseph O'Connorは結構沢山並んでいたが、その中に目的の本は置いていなかったと断言できる・・・できる?
数件の本屋を当たったが収穫なし・・・。Roddy Doyleの新刊(『The Deportees』これがどうも、あの『おれたち、ザ・コミットメンツ』の続編らしいのよ)でも買うか・・・と思ったが、真の目的が見つからなかったので意気消沈して手が出せず。

皮肉な事に、P.G Wodehouseの作品だけはやたらと見つかる。どの本屋でも大々的に取り上げている模様。日本では手に入らない小作などもずらりと勢揃い!もちろんジーヴス物意外も完全制覇だ。かなり垂涎必至のラインナップなれど、こちらの作品は英語としては難しすぎて、絶対確実当然至極に読めない事は立証済み(既にLondonで3年前に購入済み)なので、金の無駄と諦める。

散々本屋を探して歩き回り、結局疲れてHostelに戻ってこの日は終了した。そういやHostelでは、England対どこかの国のサッカーの試合をCommon roomで見ている人がいた。
そこはやはりIreland、Englandには興味が無いのか見ている人もまばら。いつもは大賑わいのCommon roomなのに、その日は人が少なかったのがちょっと面白かった。